黒に染まった華を摘む

馬場 蓮実

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第8章 告白

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 わたしのせい——?

 たしか、死因は交通事故。それ以上詳しいことは知らない。でも、今の言い方からして……お母さんは麻美ちゃんを庇って事故に遭った、ということなのだろうか。

「……お母さんは、車の事故で亡くなったの?」

「うん。トラックに撥ねられたの。即死だったと思う」

 感情を押し殺したようなその声に、かすかに震えが混じる。無理に平静を装っているようで、かえって痛々しかった。

 彼女はしゃがみ込み、雑草の間に咲く小さな白い花を摘み取った。名前も知らない、どこにでも咲いているような花。

「よくね、同じ夢を見るんだ」

 その声は、風に乗って消えてしまいそうだった。

「黒い百合の花が一面に咲いてて、そこにお母さんがポツンと立ってるの。私がどんなに近づこうとしても、近づけない。無表情で、横を向いて、ただじっと私を見つめてる。何を言っても返事はなくて……何度『ごめんなさい』って泣いても、やっぱり無言のまま。せめて、罵倒の一つでもしてくれたらいいのに」

 …………。

 返す言葉が、どうしても見つからなかった。

 どうやら、彼女が負っている傷は、僕が想像していたよりもずっと深いらしい。大切な人を失ったことのない僕が何を言っても、今の彼女にはきっと届かないだろう。慰めも、励ましも、全てが浅はかに思えてしまう。

「うたた寝するとその夢を見ることが多くてね。だから私、寝不足で学校には行かないようにしてるんだ。授業中に発作でも起こしたら、みんなびっくりするだろうから」

 彼女がちょくちょく遅刻してくるのは、そういう理由だったのか……。

「その……僕にできることって、ある?」

 正直、自分でも「あるわけないだろ」とは思った。いくら彼女と過ごす時間があったからって、さすがの僕でもそこまで自惚れてはいない。

 でも、意外にも彼女は即答した。

「あるよ。というより、忘れたの?」

 摘み取った花を地面に置き、スッと立ち上がる。


「明希君は、死ぬまで私のことを想って生きるんだよ」


 視界に映る景色が、あの日の一瞬と重なった。

 ……それが、僕にできること?
 その言葉は、当然覚えている。始業式の日の放課後——代償の一つとして、彼女が僕に告げたものだ。でも、あれは僕が犯した罪への“代償”だったはず——。

「それは、また別の話じゃないの……?」

「え、そうだっけ?」

 さっきまで切なげだった彼女が、とぼけたような口調で、澄んだ笑顔を僕に向ける。初夏の風とでも表現したくなるような、そんな飾り気のない笑みは、初めて見たかもしれない。

 と、今度はまるで空気を変えるように、彼女がパチンッと手を叩いた。

「はい、昔話はとりあえずおしまい!昨日はね、そういう負の感情全開だったから、花火どころじゃなかったんだ。田中君には申し訳なかったけど、結局みんなに迷惑かけちゃった」

「いや、それなら仕方ないよ」

「でも、一番心配させたのは間違いなく明希君だよね。だから、今日は“お詫び”しておこうと思って」

「お詫び……?」

 困惑する僕を見て、彼女はふふッと怪し気な笑みを浮かべる。なんだか素直に期待できる状況ではないけれど、何はともあれ彼女に戻ってくれて、ひとまず安心した。

「そういえば、結局昨日はどうだったの?デート」

 ピロティーを右に曲がり、中庭を進んでいる途中で、彼女は思い出したように尋ねてきた。試験期間中の校内はいやに静かで、誰かがいれば、この会話は丸ごと聞かれてしまいそうだ。

「ど、どうっていうのは?」

「キスとか、しちゃった?」

「しッしてないよ」

「そっか。私がラインするタイミング悪かったもんね」

「い、いや。別にそんな予定無かったし……」

「あれ、もう付き合ってるんじゃないの?」

「え!?いや、全然……」

「なんだー。私てっきり、しーちゃんがお見舞い行った日に告白でもして、それで花火行くことになったのかと思った」

 つまらなそうに笑みを浮かべる彼女。その嘘偽りのない雰囲気が、さっきとは別の意味で僕の心を突き刺す。

「それより、どこに向かってるの?」

「それは着いてからのお楽しみ。と言っても、制服だし予想はついてると思うけど」

 僕の予想通りなら、かなり遠回りしていることになる。図書館からそのまま目指した方が近いし、生徒や先生に出くわす可能性も低い。まあ、“ひとけ”を確認しておくという意味があったのかもしれないけれど。

 そしてやはり、着いた場所は生徒会室だった。正確に言えば、生徒会室の裏。

 僕らは二週間前、ここで会っている。と言うより、二人きりで顔を合わせたのはそれが最後だった。たった半月の間に地面には落ち葉が積もり、あのときとは少し違う景色が広がっている。それでも、どういうわけか懐かしさを覚える。あのときも——彼女の指が僕の唇に触れたあと、さっきと同じことを言われたっけ。

「なんだか、悪いことしてる気分だね」

 そう呟きながら彼女は靴を脱ぎ、窓をそっと閉めて鍵をかけた。誰も通らない廊下、そして、閉塞された空間。外は外で静かだなと思っていたけれど、ここは完全な『無』。まるで吸音材が使われている視聴覚室のようだ。
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