黒に染まった華を摘む

馬場 蓮実

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第8章 告白

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「この奥のスペース、前から気になってたけど……なるほど、こうなってたんだ」

 生徒会室には、ドアから見えない位置にちょっとしたスペースがある。階段の真下で、かつ何より光が入ってこない造りだからほぼ物置みたいな状態。一度昼寝を試みたけれど、床はゴツゴツしてるし行き来する足音はうるさいしで、有効活用はできなかった。

「この和太鼓、めちゃくちゃ邪魔じゃない?体育祭で使うやつでしょ?」

「まあ、邪魔だね」

「叩いてみてもいい?」

「ちょ、なに言ってるの!?」

「ふふっ……あ、ちょうどいいのあるじゃん。これ使うね」

 そう言って彼女が手に取ったのは、数十枚のビブスだった。体育祭やクラスマッチで使うゼッケンで、体育の授業用とは別物。だから基本はここで眠っている。使う前後の洗濯は僕ら生徒会の仕事で、今思えばかなり手間だった。百枚以上を洗って干して、畳んで……それを全部僕らがやっていたんだから。そんなこと、在校生のほとんどが知らないだろう。

 彼女はそれを数枚ずつに分けて床に並べると、厚みを手で確認して、また何枚か足していく。そんな作業を何度か繰り返し、「うん」と頷くと、そのままそこに寝転んだ。

「な、なにしてるの……?」

「まあまあ、ここに座って」

 意味ありげな笑みを浮かべながら、右手で床をトントンと叩く。言われるがまま、僕はその隣に腰を下ろした。だけど、“お詫び”と言われた割には、何をするつもりなのか皆目見当がつかない。というより、自然に触れてくる彼女の指先に、どうしても意識が引っ張られてしまう。

「私が二人のデートの邪魔しちゃったから、その分を取り返す“裏技”を教えてあげる」

「裏技……?」

「そう。マッサージ」

 その響きと彼女の声色に、脳裏に浮かぶのはロクでもない連想ばかり。仰向けに寝た彼女の姿と“マッサージ”という単語が、どうしても健全な方向へはつながらない。

「もしかして、ヘンなこと期待してる?」

「い、いや」

「ふふ。ほら、手貸して」

 彼女は僕の右手を取ると、そっと自分のお腹のあたりへと導いた。薄い布越しに伝わるぬくもりと、ゆっくりと上下する呼吸のリズム。

「これから教えるのは、あくまで特別なやつだからね。あ、私から聞いたって言っちゃダメだよ?絶対に」

「うん。……で、どこをマッサージするの?」


「ここ——」


 彼女の手が僕の手を導き、おへそのあたりからじわじわと下へおりていく。そして、骨のようなものに小指が触れたところで、彼女がそっと囁いた。


「……分かる?今指の奥にあるのが、子宮だよ」


 思考が、停止する。


 
 子宮。


 
 別に変な意味じゃない。ただの体の部位。授業で習ったし、教科書にも載っている。なのに、こんなにも躊躇いなく、しかも彼女の口から出てくると、どうしてこんなに生々しいんだろう。

「前に生理の話になったんだけど、しーちゃんも生理痛ひどいんだって。だから、明希君にはマッサージの仕方を教えてあげる。やってあげたら、しーちゃん喜ぶよ」

 何故だろう。彼女の声は真面目なはずなのに、どこか扇情的で、僕の鼓動を落ち着かせてくれない。

 
「まずは上下左右に揺らして。子宮全体を振動させるように」

「……こう?」

「んー……もう少し小刻みにかな?……あ、いい感じ」

 言われるままに、手を動かす。しばらくは何の反応もなく、僕は「本当に合ってるのか」と不安になりながら、一定のリズムで揺らし続けた。

 やがて、彼女は目を瞑り、眉をふっと緩める。

「次は軽くトントンって押してみて」

「押す?縦に揺らす感じ?」

「そうそう。指の腹の方がいいかも。あと若干斜めに——」

 揺するような手の動きから、突くような指の動きへ。
 彼女の指示通りやっているつもりだけれど……これがマッサージになっているのかは、正直僕には分からない。

「……明希君、意外と上手。ほんとに初めて?」

「あ、当たり前だよ」

「ふふ……なんか、慣れてるみたいで……ちょっと不思議」

 困惑と、緊張と、焦り——そんな感情が頭の中でぐるぐると回る中、僕は指先に神経を集中させた。

「これ、どれくらいやったらいいの?」

「そんなすぐには効かないから、最低でも三十分かな」

「三十分……結構長いね」

「でも、効き始めたらきっと分かるよ」

「そ、そうなんだ。ちなみに麻美ちゃんは、今これ効いてるの?」

「んー、まだかな。なんとなく気持ちはいいけど」

 それからまたしばらく、僕はこの動作を続けた。段々と熱を帯びてきた体から、じんわり汗が滲み出てくる。でも、エアコンをつけるわけにはいかない。九月末といえど、日中の締め切った室内の空気は淀んでいて、その暑く乾いた空気に、制服の擦れる音だけが静かに混ざる。

「あ、そうだ。一つ聞きたかったんだけど」

 ふと、彼女が思い出したように口を開いた。目を閉じたまま、まるで天井に向かって話しかけるみたいに。

「私、プールに行ったあの日、田中君と写真撮ったんだ。二人で」

「……え、そうなの!?」

 内容があまりに斜め上すぎて、『羨ましい』よりも、純粋に『驚き』が勝った。

「ふふっ。撮りたいって言われたからね。でも正直、写真を変に広められると困るからさ。だから『誰にも言わないし誰にも見せないならいいよ』って条件つけたの。その感じだと、意外と田中君も約束守る人なんだ」

 驚きが、今度は『納得』に変わる。僕が驚いた一番の理由は、そんな話をヤツは一切していなかったこと。浩大の性格上、黙っておけるはずがない。ましてや、あの時二人で撮ったということは、ただのツーショットじゃない。間違いなく水着姿だ。
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