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第8章
26.大精霊の殿舎
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◆◆◆
光が収まると、目の前には精緻な外装を持つ巨大な殿舎がそびえ、堅く閉ざされた重厚な扉があった。周囲は色とりどりの神威で煌めいている。
『悪ガキは部屋にいるようだな』
山吹色の目を光らせたフレイムが呟いた。殿舎内を透視するか、シルファールの様子を遠視するかしたのだろう。
「結構大きいのね。それに装飾も綺麗。使役用の裏通路があるのだから、居住区域も下働きや神使の区画があるのだと思っていたわ」
マイカやヨルンたちが使っていた裏通路は、よく手入れされていたものの華美な作りではなかった。デザインよりも実用性と機能性を優先した典型だ。彼らは天界の主たる神々ではなく使役なので、当然である。
『主神の神殿に詰めてる奴らを除けば、共有領域担当の使役とかは、大半が専用の居住区で暮らしてる。けどシルファールは大精霊の子だからな』
山吹色の視線がチラと殿舎を一瞥した。
『ここは大精霊の殿舎なんだよ。神格を持つ使役は、神の神殿に準じた殿舎を持つことを認められる』
『当の大精霊は、息子を同居させるコトを渋ってたんすけどねー。今はまだただの精霊でしかないのに、幼い内から贅沢を覚えさせるのはどうかって。ですけど、いずれ神格を賜る可能性が高いと予測できてるんだから、幼少期から神々に準ずる物に触れさせ、順応させておくことも必要だって意見も出たんす』
『副大精霊もその一体だった。シルファールには純粋な審美眼を磨いて欲しいって言ってたんだ。神格を賜るかはともかく、上級精霊なんだから将来は高位神付きになる確率が高いしな。だが、結果がコレだから、自分があんなこと言わなければって気にしてるらしいぜ』
随行した従神とフレイムが、交互に説明してくれる。結果的にはそれらもシルファールのワガママを加速させる一因になってしまったのだろうが、アマーリエは咄嗟に責めることができなかった。
(確かに、頷けないことはないわよね……下にいた者が一足飛びに高位に駆け上がると、それなりに大変だし、苦労もするのよ)
アマーリエ自身、前触れ無しに聖威師となったことで、環境の変化に慣れるまで心も体もてんやわんやだった。フルードもそうだったという。属国とはいえ格式高い侯爵家に生まれたリーリアですら、寵を得た当初は右往左往しており、ミンディや大樹たちに至っては現在進行形で五里霧中の只中にいる。
(アシュトン様やランドルフ君たちは、最初から聖威師になることも視野に入れた教育を施されるから苦労しなかったのよね)
大公家と一位貴族、及びその係累の者たちは、いずれは神の寵を得る可能性を見据え、胎児の……下手をすれば受精卵の時点から特別教育を受ける。
それでも、人間の頃は情緒を制御できず、狼狽えたり感情を乱したりすることもある。皇国の先代大神官、当真はその良い例だったという。彼も一位貴族の子息として生まれ、みっちりと胎教を受けたが、人間であった頃は人前に立つのが極端に苦手だったらしい。胎教が不完全だったわけではなく、彼の個人的な気質と性格の問題だった。
何でも、まだ徴が発現していない時分は、神官府で行われる初歩的な口述試験にすら手こずっていたそうだ。知識や技量は習得済みだが、緊張で上手く話せず言葉が出て来ないという面で苦戦していた。そんな折、素性を知らないまま日香と秀峰を相手に模擬練習をさせてもらったという。
だが、そんな当真も聖威師になった瞬間、完全に自己を制御下におけるようになったと聞く。
加えて、大公家と一位貴族の子女は天に関するものに定期的に触れながら育つため、聖威師になった時も違和感なく適応できたそうだ。
意味が無いか逆効果な方法であれば、家門が数千年以上の歴史を紡いでいく中で淘汰されているはずなので、先を見据えた早期教育は一定の成果を生むのだろう……上手くいけば。失敗例がシルファールということだろうか。
『大精霊としても、下手に別の場所に住まわせて甘やかし隊に完全に囲い込まれるより、自分のトコに置いた方がまだ目が行き届くというメリットもありました。結局、悩んだ末に自分の殿舎に入れることにしたんす。効果は無かったっすけど』
将来の大精霊の筆頭候補に取り入ろうとする精霊たちは後を絶たなかった。精霊たちには皆、それぞれの務めがあるため、大精霊も常時監視させることはできず、結局はおだてられて驕慢な性格に歪んでしまったという。
「私は使役や精霊側の世界を知らないから、シルファールを持ち上げた者たちを頭ごなしに否定はしないわ。彼らには彼らの事情があったのかもしれないもの」
頭の中で考えを巡らせながら、アマーリエは腕組みした。
「けれど、シルファールは絶対に神格を得ると決まったわけではないのでしょう? 幼少期から甘やかしてしまえば、仮に大精霊や副大精霊に選ばれなかった時にどれほど苦労するか、想像しなかったのかしら」
ランドルフたちも、神に見初められた場合と見初められなかった場合、両方を想定して育てられた。例え神の寵を得られずとも、心身を持ち崩してしまうことがないように。天威師を輩出する皇帝家も同様で、天威師に覚醒してもしなくても、どちらになっても良いよう教育されるそうだ。
『そんなこと気にしませんよ。そうなったとしても、シルファールを切り捨ててほかに鞍替えすれば良いんすから。あとはシルファールが苦労するだけっす』
「……それはさすがに酷くないかしら?」
『精霊ってのは結構シビアで薄情な存在なんだぜ。神みたいに同胞を見捨てないなんてことはねえ。そうしないと生き残れねえからな』
光が収まると、目の前には精緻な外装を持つ巨大な殿舎がそびえ、堅く閉ざされた重厚な扉があった。周囲は色とりどりの神威で煌めいている。
『悪ガキは部屋にいるようだな』
山吹色の目を光らせたフレイムが呟いた。殿舎内を透視するか、シルファールの様子を遠視するかしたのだろう。
「結構大きいのね。それに装飾も綺麗。使役用の裏通路があるのだから、居住区域も下働きや神使の区画があるのだと思っていたわ」
マイカやヨルンたちが使っていた裏通路は、よく手入れされていたものの華美な作りではなかった。デザインよりも実用性と機能性を優先した典型だ。彼らは天界の主たる神々ではなく使役なので、当然である。
『主神の神殿に詰めてる奴らを除けば、共有領域担当の使役とかは、大半が専用の居住区で暮らしてる。けどシルファールは大精霊の子だからな』
山吹色の視線がチラと殿舎を一瞥した。
『ここは大精霊の殿舎なんだよ。神格を持つ使役は、神の神殿に準じた殿舎を持つことを認められる』
『当の大精霊は、息子を同居させるコトを渋ってたんすけどねー。今はまだただの精霊でしかないのに、幼い内から贅沢を覚えさせるのはどうかって。ですけど、いずれ神格を賜る可能性が高いと予測できてるんだから、幼少期から神々に準ずる物に触れさせ、順応させておくことも必要だって意見も出たんす』
『副大精霊もその一体だった。シルファールには純粋な審美眼を磨いて欲しいって言ってたんだ。神格を賜るかはともかく、上級精霊なんだから将来は高位神付きになる確率が高いしな。だが、結果がコレだから、自分があんなこと言わなければって気にしてるらしいぜ』
随行した従神とフレイムが、交互に説明してくれる。結果的にはそれらもシルファールのワガママを加速させる一因になってしまったのだろうが、アマーリエは咄嗟に責めることができなかった。
(確かに、頷けないことはないわよね……下にいた者が一足飛びに高位に駆け上がると、それなりに大変だし、苦労もするのよ)
アマーリエ自身、前触れ無しに聖威師となったことで、環境の変化に慣れるまで心も体もてんやわんやだった。フルードもそうだったという。属国とはいえ格式高い侯爵家に生まれたリーリアですら、寵を得た当初は右往左往しており、ミンディや大樹たちに至っては現在進行形で五里霧中の只中にいる。
(アシュトン様やランドルフ君たちは、最初から聖威師になることも視野に入れた教育を施されるから苦労しなかったのよね)
大公家と一位貴族、及びその係累の者たちは、いずれは神の寵を得る可能性を見据え、胎児の……下手をすれば受精卵の時点から特別教育を受ける。
それでも、人間の頃は情緒を制御できず、狼狽えたり感情を乱したりすることもある。皇国の先代大神官、当真はその良い例だったという。彼も一位貴族の子息として生まれ、みっちりと胎教を受けたが、人間であった頃は人前に立つのが極端に苦手だったらしい。胎教が不完全だったわけではなく、彼の個人的な気質と性格の問題だった。
何でも、まだ徴が発現していない時分は、神官府で行われる初歩的な口述試験にすら手こずっていたそうだ。知識や技量は習得済みだが、緊張で上手く話せず言葉が出て来ないという面で苦戦していた。そんな折、素性を知らないまま日香と秀峰を相手に模擬練習をさせてもらったという。
だが、そんな当真も聖威師になった瞬間、完全に自己を制御下におけるようになったと聞く。
加えて、大公家と一位貴族の子女は天に関するものに定期的に触れながら育つため、聖威師になった時も違和感なく適応できたそうだ。
意味が無いか逆効果な方法であれば、家門が数千年以上の歴史を紡いでいく中で淘汰されているはずなので、先を見据えた早期教育は一定の成果を生むのだろう……上手くいけば。失敗例がシルファールということだろうか。
『大精霊としても、下手に別の場所に住まわせて甘やかし隊に完全に囲い込まれるより、自分のトコに置いた方がまだ目が行き届くというメリットもありました。結局、悩んだ末に自分の殿舎に入れることにしたんす。効果は無かったっすけど』
将来の大精霊の筆頭候補に取り入ろうとする精霊たちは後を絶たなかった。精霊たちには皆、それぞれの務めがあるため、大精霊も常時監視させることはできず、結局はおだてられて驕慢な性格に歪んでしまったという。
「私は使役や精霊側の世界を知らないから、シルファールを持ち上げた者たちを頭ごなしに否定はしないわ。彼らには彼らの事情があったのかもしれないもの」
頭の中で考えを巡らせながら、アマーリエは腕組みした。
「けれど、シルファールは絶対に神格を得ると決まったわけではないのでしょう? 幼少期から甘やかしてしまえば、仮に大精霊や副大精霊に選ばれなかった時にどれほど苦労するか、想像しなかったのかしら」
ランドルフたちも、神に見初められた場合と見初められなかった場合、両方を想定して育てられた。例え神の寵を得られずとも、心身を持ち崩してしまうことがないように。天威師を輩出する皇帝家も同様で、天威師に覚醒してもしなくても、どちらになっても良いよう教育されるそうだ。
『そんなこと気にしませんよ。そうなったとしても、シルファールを切り捨ててほかに鞍替えすれば良いんすから。あとはシルファールが苦労するだけっす』
「……それはさすがに酷くないかしら?」
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