神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘

文字の大きさ
104 / 601
第2章

1.始まりの朝

しおりを挟む
(あそこだわ。……一気に片を付ける!)

 紅葉色の聖威せいいを纏い、アマーリエは快晴の空を高速で飛翔した。耳元で風が唸る。流星が残像を引くかの如き勢いで、眼下の景色が後ろに流れていく。

「確かに神だけでなく魔物もいる」

 アマーリエよりもやや先を翔ける青年が呟いた。恐怖を感じるほどの凄絶な美貌は、一目見ただけでは女神と見まごうほどにろうたけたものだ。完璧に均整の取れた肢体は虹色がかった藍色の輝きを帯び、射干玉ぬばたまの長髪を閃かせている。

「魔物はそなたに任せよう、焔の愛し子よ」

 青年は漆黒の瞳をチラとアマーリエに向け、抑揚の無い口調で言った。

「承知いたしました、藍闇皇らんあんあこう様」

 即応したアマーリエは、世界の東を統べる神千皇国しんせんこうこくの皇帝の称号を呼んで頷く。

「神の鎮めは私がやる」

 短く告げた藍の皇帝は一気に速度を上げ、眼前に見えて来た荒れ狂う神――荒神こうじんの元を目がけて一直線に飛んだ。

 対するアマーリエは、迷いなく高度を落として急降下した。見開いた碧眼で眼下の大地を透視する。地下に重なる領域に、モゾモゾと蠢く異形の塊があった。

(やっぱりいる。魔物の群れだわ)

 怒れる神の神威をはばかって、今は大人しくしているようだ。だが、隙あらば地上世界に這い出て街を蹂躙するつもりだ。潜め切れない物騒な殺気がそう語っていた。

(人の世に被害は出させないわよ)

 心の中で誓い、右手を胸の前に掲げた。自身の奥底に押し秘めている神威しんいの一端を、聖威として掌中に顕現けんげんさせる。

「はっ!」

 気合いと共に右腕を横薙ぎに払うと、紅葉色の輝きが宙に軌跡を刻んだ。振り抜いた腕を返してそれを掴み取った瞬間、光は細身の剣に転じた。

「ここまでです。街に害なすことは許しません!」

 キラキラと火の粉を散らす刃を斜に構え、翔け降りる勢いを上乗せして次元を超える一刀を振るいながら、アマーリエは凛烈な声で引導を渡した。

 ◆◆◆

 始まりは突破的な地震だった。
 世界の西を覇するミレニアム帝国の一角を、突如として揺れが襲った。しかも、震源地が地中深くにあったため、地下世界にも振動が走り、眠っていた古代の魔物たちが覚醒してしまったのだ。

 魔物や悪鬼邪霊といった存在は、地下世界と呼ばれる異空間で暮らしている。人間の世界とは次元を隔てた場所にあるが、人世で起こった出来事が地下の空間にまで影響を及ぼすこともある。

 覚醒した魔物たちは、起き抜けの興奮と腹ごなしとばかりに、次元の壁を超えて地上に這い出ると、人々に襲いかかろうとした。

 だが同時に、別の事件が発生する。地震が発生した地域にある神官府の分府が、勧請した高位神の怒りを買ったのだ。
 激昂し、神威の大きさと激しさ、強さを通常時の何倍にも増長させた状態の神を、荒神という。荒神化した神の御稜威みいつの前に、人々だけでなく魔物も恐れおののいた。

 結果的に、魔物は地下に逃げ戻って息を潜め、神の怒りが収まるのを待った。神が鎮まれば、改めて人間たちを襲うために。

 ――という緊急連絡と救助要請が、分府から帝都の中央本府に届いたのが先ほど。

 当然だが、どちらも人間の霊威師れいいしでは手に負えない。必然的に、神格を持つ存在――天威師てんいし聖威師せいいしが連携して収拾に当たることになった。

「……ふぅ」

 魔物の群れを瞬時に掃討したアマーリエは、手を軽く一振りして剣を消した。体を反転させて跪拝すると、神を宥め終えた皇帝が音も無く降り立った。

「こちらは完了いたしました」
「楽にせよ。……短期間で随分と腕を上げた。手際も良くなったものだ」

 皇帝が淡々と呟く。藍色の外套が、風を孕んでふわりとなびいた。

「焔の愛し子。今一度問う。そなたの名は何といったか」
「皇帝様に申し上げます。私はアマーリエ・ユフィー・サードと申します」
「アマーリエか」

 淡々と繰り返した皇帝が、口の中で再度アマーリエと呟く。そして、双眸を和ませて微笑んだ。

「覚えた」

 その声には、今まで無かった柔らかさが宿っている。
 アマーリエはふと俯き、大地の下を一瞥した。

「魔物たちは滅しました。できれば穏便に済ませたかったのですが……今回は街や人々への強襲行為が確認されていたことから、話し合いの余地は無いと中央本府の方で判断いたしました」
「そうか」

 皇帝は短く首肯した。滅された魔物を偲ぶことも、襲われた人間を思いやることもしない。どちらにも関心がないことがありありと伝わって来る。

「こちらも荒神を鎮めた。我らがやるべきことは終わりだ」
「はい、藍闇皇様」
「私の名は高嶺こうれいだ」

 端的に告げられた御名。わざわざ名乗ったということは、呼んで良いということだ。

「……光栄に存じます、藍闇皇高嶺様」
「ああ。帰ろう、アマーリエ」

 最後にこちらの名を呼ぶ時だけ、微かながら温かさが滲んだ。

「承知いたしました」

 神は同族たる神にしか情を抱かない。それを再認識しながら、アマーリエは聖威を練り上げた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

元侯爵令嬢の異世界薬膳料理~転生先はみんな食事に興味が無い世界だったので、美味しいご飯で人の身も心も癒します~

向原 行人
ファンタジー
 異世界へ転生して数日。十七歳の侯爵令嬢、アリスとして目覚めた私は、早くも限界を迎えていた。  というのも、この世界……みんな食事に興味が無くて、毎食パンとハムだけとか、ハムがチーズに変わるとか、せいぜいその程度だ。  料理というより、食材を並べているだけって感じがする。  元日本人の私としては温かいご飯がたべたいので、自分で食事を作るというと、「貴族が料理など下賤なことをするのは恥だ!」と、意味不明な怒られ方をした。  わかった……だったら、私は貴族を辞める!  家には兄が二人もいるし、姉だっているから問題無いでしょ。  宛てもなく屋敷を飛び出した私は、小さな村で更に酷い食事事情を目の当たりにする。  育ち盛りの子供たちや、身体を使う冒険者たちが、それだけしか食べないなんて……よし、美味しいご飯でみんなも私も幸せになろう!  医食同源! 大食いモフモフ聖獣に、胃袋を掴んでしまった騎士隊長と一緒に、異世界で美味しくて身体に良い食材探しだ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

教養が足りない、ですって

たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。

【完結】欲しがり義妹に王位を奪われ偽者花嫁として嫁ぎました。バレたら処刑されるとドキドキしていたらイケメン王に溺愛されてます。

美咲アリス
恋愛
【Amazonベストセラー入りしました(長編版)】「国王陛下!わたくしは偽者の花嫁です!どうぞわたくしを処刑してください!!」「とりあえず、落ち着こうか?(にっこり)」意地悪な義母の策略で義妹の代わりに辺境国へ嫁いだオメガ王女のフウル。正直な性格のせいで嘘をつくことができずに命を捨てる覚悟で夫となる国王に真実を告げる。だが美貌の国王リオ・ナバはなぜかにっこりと微笑んだ。そしてフウルを甘々にもてなしてくれる。「きっとこれは処刑前の罠?」不幸生活が身についたフウルはビクビクしながら城で暮らすが、実は国王にはある考えがあって⋯⋯? 

婚約破棄から50年後

あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。 そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。

永遠の十七歳なんて、呪いに決まってる

鷹 綾
恋愛
永遠の十七歳―― それは祝福ではなく、三百年続く“呪い”だった。 公には「名門イソファガス家の孫娘」として知られる少女キクコ。 だがその正体は、歴史の裏側で幾度も国を救ってきた不老の元聖女であり、 王家すら真実を知らぬ“生きた時代遺産”。 政治も権力も、面倒ごとは大嫌い。 紅茶と読書に囲まれた静かな余生(?)を望んでいたキクコだったが―― 魔王討伐後、王位継承問題に巻き込まれたことをきっかけに、 まさかの王位継承権十七位という事実が発覚する。 「……私が女王? 冗談じゃないわ」 回避策として動いたはずが、 誕生した新国王アルフェリットから、なぜか突然の求婚。 しかも彼は、 幼少期に命を救われた“恩人”がキクコであることを覚えていた―― 年を取らぬ姿のままで。 永遠に老いない少女と、 彼女の真実を問わず選んだ自分ファーストな若き王。 王妃になどなる気はない。 けれど、逃げ続けることももうできない。 これは、 歴史の影に生きてきた少女が、 はじめて「誰かの隣」を選ぶかもしれない物語。 ざまぁも陰謀も押し付けない。 それでも―― この国で一番、誰よりも“強い”のは彼女だった。

婚約破棄したその場から、ざまぁは始まっていました

ふわふわ
恋愛
王国随一の名門、アルファルド公爵家の令嬢シャウラは、 ある日、第一王子アセルスから一方的に婚約を破棄される。 理由はただ一つ―― 「平民出身の聖女と婚約するため」。 だが、その“婚約破棄したその場”で、ざまぁはすでに始まっていた。 シャウラは泣かず、怒らず、抗議もしない。 ただ静かに席を立っただけ。 それだけで―― 王国最大派閥アルファルド派は王子への支持を撤回し、 王国最大の商会は資金提供を打ち切り、 王太子候補だったアセルスは、政治と経済の両方を失っていく。 一方シャウラは、何もしていない。 復讐もしない。断罪もしない。 平穏な日常を送りながら、無自覚のまま派閥の結束を保ち続ける。 そして王国は、 “王太子を立てない”という前代未聞の選択をし、 聡明な第一王女マリーが女王として即位する――。 誰かを裁くことなく、 誰かを蹴落とすことなく、 ただ「席を立った」者だけが、最後まで穏やかでいられた。 これは、 婚約破棄から始まる―― 静かで、上品で、取り返しのつかないざまぁの物語。 「私は何もしていませんわ」 それが、最強の勝利だった。

旦那様。私が悪女ならば、愛人の女は何になるのかしら?

白雲八鈴
恋愛
 我が公爵家主催の夜会の最中。夫が愛人を連れてやってきたのです。そして、私を悪女という理由で離縁を突きつけてきました。  離縁して欲しいというのであれば、今まで支援してきた金額を全額返済していただけません?  あら?愛人の貴女が支払ってくれると?お優しいわね。  私が悪女というのであれば、妻のいる夫の愛人に収まっている貴女は何なのかしら?

ローザリンデの第二の人生

梨丸
恋愛
伯爵令嬢、ローザリンデの夫はいつも彼女より仕事を優先させ、彼女を無碍にしている。 彼には今はもういない想い人がいた。 私と結婚したことにいい思いをしていないことは知っていた。 けれど、私の命が懸かっていた時でさえも、彼の精神は変わらなかった。 あなたが愛してくれないのなら、私は勝手に幸せになります。 吹っ切れたローザリンデは自分自身の幸せのために動くことにした。 ※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。)

処理中です...