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第2章
27.オーブリーの独白
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◆◆◆
「クソッ、どうなっている」
宿泊用にあてがわれた個室で、ドサリとソファに腰掛けたオーブリーは毒づいた。照覧祭のリハーサルが早めに終わったため、自室に戻って来たのだ。
《おい、聞こえるか。俺だ俺。ほら俺俺、俺だよ》
フルードが聞けば、『あの時の要領を得ない詐欺もどき念話はあなたでしたか』と笑顔でキレるだろう台詞をぶっ放しながら、マキシム家の使用人に念話する。
《俺の部屋まで酒を転送しろ。ほらアレだ、アレを持って来い。マキシム邸のあそこに寝かせてあるだろう、俺の気に入りの赤いアレが》
余談だが、オーブリーの指示は主語や具体性がなく分かりにくい、というのがテスオラ神官たちの評価だ。霊威の強さと侯爵家の威光を恐れ、表立っては言わないだけで。
それでも、使用人たちは長年の経験と勘でどうにか酒を見付け出し、転送霊具で送って来た。礼も言わずに念話を切ると、部屋に備え付けられていたグラスにトクトクとワインを注ぎ、忌々しげに呻く。
「認証で俺を聖威師とご認定いただき、世界中から賞賛されるはずだったのに」
(やっと頂上に立てると思っていたら……何故だ!)
予想外の展開に不快感が溢れ、胃の辺りが熱くなる。
(俺は父上の愛人との間に生まれた子だ。正妻が子をもうけず亡くなり、俺に徴が発現したことで侯爵家の跡取りになれた。しかし、どれほど努力しようとも、4つも年下のリーリアに及ばなかった)
いくら神官として研鑽を重ね、侯爵家の嫡男として邁進しても、常にリーリアの後塵を拝していた。
(霊威の強さは生まれ付きのものだから致し方ない。だが、実践技能、操作技術、卓上知識、事務能力、統率力、判断力……全てがあと一歩届かない)
次こそは一番を取れと父に言われながら、期待に応えられず二番手に甘んじる年月。加えて、その苛立ちをぶつけていたアマーリエが、あろうことか焔神に見初められてしまった。彼女に自分の仕打ちを暴露されれば、万事休すだ。
苛立ちと焦燥に焼かれる日々は、ある時終わりを迎える。
(その屈辱の期間は先日をもって終わった。俺は聖威師になった。神になった。リーリアどころか中央本府の頂に並んだのだ)
テスオラ神官府の要職者のみが参加した儀式中に、色を帯びた神威を纏う神が降臨し、オーブリーに寵を授けてくれたのだ。
あの瞬間の歓喜と高揚、泣きながら手放しで褒めてくれた父、老侯の愕然とした顔、リーリアの驚いた表情は忘れられない。初めてアヴェント家の娘に完勝したのだ。
(残念なことに、翌日にはリーリアも寵を受けてしまったが……それでも追いつかれただけだ。今までのように負けているわけではない。今日の認証で、俺は真の頂点に上り詰めるはずだったのに)
ここに来て、事態が思っても見なかった方向に転がった。ガン、とテーブルを叩く。
(何故だ。何故焔神様は、大神官は、俺をお認め下さらなかった)
腹の底から震え上がるほどの美貌で、ただこちらを睥睨していた焔神。凄まじいまでに蠱惑的な容貌から感情を削ぎ落とし、透明な眼差しを向けていた大神官。
そして――
(そうだ、アマーリエ・サード……あの場にはアイツもいた。――見違えるように美しくなっていた)
かつては八つ当たりの対象でしかなかった小娘は、一年足らずの内に激変していた。紅葉と紅蓮のドレスに身を包み、背筋を真っ直ぐに伸ばして立つその姿は、凛と咲く神華のごとき佇まいだった。
(あの娘はあれほど美麗だったのか。朝に見た時も衝撃だったが、間近で見るといっそう驚いた)
実はオーブリーは、父のマキシム当主と共に、朝ぼらけには帝都に到着していた。いずれオーブリーが栄転する地をゆっくり見ておこうと、父が言っためだ。
そこで、高貴なる神々を見た。
今朝方のことを思い返しながら、オーブリーは回想の波に沈んでいった。
◆◆◆
「父上、よろしいのですか。ここから先は立入禁止だそうですが」
「構うものか。聖威師になったお前ならば入っても問題あるまい」
朝日が燦々と照り付ける空の下、立入禁止の看板を無視した父がズンズンと進んでいく。進入防止の結界は、マキシム家に代々伝わる家宝の神器の力ですり抜けていた。自分たちの気配も消し、侵入者感知用の霊具にも引っかからないようにしている。
「ここが帝都郊外にある火山フェーレルか。見事な山体だと、テスオラでも有名な場所だ。中央本府の主任神官が管理しているそうだが……岩石だらけだな」
地面には大小様々な岩があちこちに転がっている。うっかりしていると、すぐに足を取られそうになる。
「ええい、目障りな。岩など全て吹き飛ばしてくれる」
舌打ちした父が神器を発動し、高出力で辺りの地面を薙ぎ払った。神威が放射され、ある方角からバキンと嫌な音が響く。
「ん?」
(何だ、今の音は?)
オーブリーは父と共にそちらに目を向けた。
視線の先に映ったのは、岩肌に固定して設置されている台座。そして、その上に乗っている玉が、火花を上げてひび割れている光景だった。台座の横には立て板があった。
『火山の噴火を停止させている神器である。衝撃を与えることは厳禁』
板に目を走らせた父が青ざめる。オーブリーもだ。台座の周囲には霊威の防壁が張り巡らされていたが、神器の一撃に貫通されてしまっていた。
同時に、火山が不気味な地鳴りを上げ、頂上からブスブスと不穏な煙が上がり始めた。
「ふ、噴火するのか!? オーブリー逃げるぞ、転移を使え!」
「は、はい!」
父子が避難しかけた時、天から降ってきた稲妻が近くの地面に突き刺さった。
(な、何だ!?)
オーブリーと父は動きを止める。稲妻が神威を帯びていたからだ。同時に警報が鳴り響いた。
《中央本府より帝都の住民に緊急連絡! 属国の神官府にて高位の神が荒れました。雷神系統の神です》
霊威で拡声した声が、帝都全体に響く。
《神は移動が可能な状態であったため、お鎮めするために中央本府にお連れしましたが、転送霊具の不具合により到着地点がずれ、フェーレル火山の麓にご来臨されました》
「クソッ、どうなっている」
宿泊用にあてがわれた個室で、ドサリとソファに腰掛けたオーブリーは毒づいた。照覧祭のリハーサルが早めに終わったため、自室に戻って来たのだ。
《おい、聞こえるか。俺だ俺。ほら俺俺、俺だよ》
フルードが聞けば、『あの時の要領を得ない詐欺もどき念話はあなたでしたか』と笑顔でキレるだろう台詞をぶっ放しながら、マキシム家の使用人に念話する。
《俺の部屋まで酒を転送しろ。ほらアレだ、アレを持って来い。マキシム邸のあそこに寝かせてあるだろう、俺の気に入りの赤いアレが》
余談だが、オーブリーの指示は主語や具体性がなく分かりにくい、というのがテスオラ神官たちの評価だ。霊威の強さと侯爵家の威光を恐れ、表立っては言わないだけで。
それでも、使用人たちは長年の経験と勘でどうにか酒を見付け出し、転送霊具で送って来た。礼も言わずに念話を切ると、部屋に備え付けられていたグラスにトクトクとワインを注ぎ、忌々しげに呻く。
「認証で俺を聖威師とご認定いただき、世界中から賞賛されるはずだったのに」
(やっと頂上に立てると思っていたら……何故だ!)
予想外の展開に不快感が溢れ、胃の辺りが熱くなる。
(俺は父上の愛人との間に生まれた子だ。正妻が子をもうけず亡くなり、俺に徴が発現したことで侯爵家の跡取りになれた。しかし、どれほど努力しようとも、4つも年下のリーリアに及ばなかった)
いくら神官として研鑽を重ね、侯爵家の嫡男として邁進しても、常にリーリアの後塵を拝していた。
(霊威の強さは生まれ付きのものだから致し方ない。だが、実践技能、操作技術、卓上知識、事務能力、統率力、判断力……全てがあと一歩届かない)
次こそは一番を取れと父に言われながら、期待に応えられず二番手に甘んじる年月。加えて、その苛立ちをぶつけていたアマーリエが、あろうことか焔神に見初められてしまった。彼女に自分の仕打ちを暴露されれば、万事休すだ。
苛立ちと焦燥に焼かれる日々は、ある時終わりを迎える。
(その屈辱の期間は先日をもって終わった。俺は聖威師になった。神になった。リーリアどころか中央本府の頂に並んだのだ)
テスオラ神官府の要職者のみが参加した儀式中に、色を帯びた神威を纏う神が降臨し、オーブリーに寵を授けてくれたのだ。
あの瞬間の歓喜と高揚、泣きながら手放しで褒めてくれた父、老侯の愕然とした顔、リーリアの驚いた表情は忘れられない。初めてアヴェント家の娘に完勝したのだ。
(残念なことに、翌日にはリーリアも寵を受けてしまったが……それでも追いつかれただけだ。今までのように負けているわけではない。今日の認証で、俺は真の頂点に上り詰めるはずだったのに)
ここに来て、事態が思っても見なかった方向に転がった。ガン、とテーブルを叩く。
(何故だ。何故焔神様は、大神官は、俺をお認め下さらなかった)
腹の底から震え上がるほどの美貌で、ただこちらを睥睨していた焔神。凄まじいまでに蠱惑的な容貌から感情を削ぎ落とし、透明な眼差しを向けていた大神官。
そして――
(そうだ、アマーリエ・サード……あの場にはアイツもいた。――見違えるように美しくなっていた)
かつては八つ当たりの対象でしかなかった小娘は、一年足らずの内に激変していた。紅葉と紅蓮のドレスに身を包み、背筋を真っ直ぐに伸ばして立つその姿は、凛と咲く神華のごとき佇まいだった。
(あの娘はあれほど美麗だったのか。朝に見た時も衝撃だったが、間近で見るといっそう驚いた)
実はオーブリーは、父のマキシム当主と共に、朝ぼらけには帝都に到着していた。いずれオーブリーが栄転する地をゆっくり見ておこうと、父が言っためだ。
そこで、高貴なる神々を見た。
今朝方のことを思い返しながら、オーブリーは回想の波に沈んでいった。
◆◆◆
「父上、よろしいのですか。ここから先は立入禁止だそうですが」
「構うものか。聖威師になったお前ならば入っても問題あるまい」
朝日が燦々と照り付ける空の下、立入禁止の看板を無視した父がズンズンと進んでいく。進入防止の結界は、マキシム家に代々伝わる家宝の神器の力ですり抜けていた。自分たちの気配も消し、侵入者感知用の霊具にも引っかからないようにしている。
「ここが帝都郊外にある火山フェーレルか。見事な山体だと、テスオラでも有名な場所だ。中央本府の主任神官が管理しているそうだが……岩石だらけだな」
地面には大小様々な岩があちこちに転がっている。うっかりしていると、すぐに足を取られそうになる。
「ええい、目障りな。岩など全て吹き飛ばしてくれる」
舌打ちした父が神器を発動し、高出力で辺りの地面を薙ぎ払った。神威が放射され、ある方角からバキンと嫌な音が響く。
「ん?」
(何だ、今の音は?)
オーブリーは父と共にそちらに目を向けた。
視線の先に映ったのは、岩肌に固定して設置されている台座。そして、その上に乗っている玉が、火花を上げてひび割れている光景だった。台座の横には立て板があった。
『火山の噴火を停止させている神器である。衝撃を与えることは厳禁』
板に目を走らせた父が青ざめる。オーブリーもだ。台座の周囲には霊威の防壁が張り巡らされていたが、神器の一撃に貫通されてしまっていた。
同時に、火山が不気味な地鳴りを上げ、頂上からブスブスと不穏な煙が上がり始めた。
「ふ、噴火するのか!? オーブリー逃げるぞ、転移を使え!」
「は、はい!」
父子が避難しかけた時、天から降ってきた稲妻が近くの地面に突き刺さった。
(な、何だ!?)
オーブリーと父は動きを止める。稲妻が神威を帯びていたからだ。同時に警報が鳴り響いた。
《中央本府より帝都の住民に緊急連絡! 属国の神官府にて高位の神が荒れました。雷神系統の神です》
霊威で拡声した声が、帝都全体に響く。
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