かつて世界を救った英雄は、いつの間にか女神にされてやさぐれてました ~世間知らずの修道女が、物理で殴る最強魔術師と共に偽りの神話を暴く~

青山茜

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第十八話 作られた神話

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「――~~ァッ!」

 アルシアは声にならない声を上げた。
 向ける視線の先には、テーブルの上の《誓盟せいめいの真理》。
 その台座にある水色の魔石は、ぼんやりと輝いていた。

 私は誓盟の真理をテーブルへ置く際に、渾身の魔力を込めていた。
 私の手から離れても、少しの間は誓盟の真理が起動したままとなるように。

 それが見事にハマった。
 私の作戦勝ちだ。

 アルシアはそれが悔しいのか、口をひん曲げている。

「……謀ったわね。完全に油断した」
「参りましたか?」
「完敗よ。まさかこれほどの僅かな時間で、ここまで成長するなんてね」

 アルシアはそう言うと、私へ静かに顔を向けた。
 その顔は先ほどまでとは打って変わって、柔らかいものとなっていた。
 
「では……お認めになるのですね」
「今更でしょ。いくら私でも、本物の天才には敵わない」
「……天才?」

 私が天才?
 それは買いかぶり過ぎでは……。
 
「そんな、天才だなんて……」
「《女神の加護》を貰った私ですら、体内の魔力を感じ取れるようになるのにかかった。だけどアンタは、やそこらで出来るようになったのよ。ながい時を生きてきたけど、これほどの才を持った人間は見た事が無い」

 確かに考えてみれば、私はとんでもない事をしてしまったのだろう。
 これまでは自分の魔力しか感じられなかったけど、今では空気中に漂う魔力を感じることも出来る。
 歴史に残るような大魔道士ならば出来たのだろうが、私がそんな事をできるようになるなんて夢にも思ってなかった。
 
 けれど私なんて、アルシアさんに比べれば大したことはないでしょう。
 《女神の加護》を受けたアルシアさんに比べれば――ん?

 ……女神の加護?
 《世界の監視者》……では?

 誓盟の真理で分かったのは、アルシアが《世界の監視者》であるということ。

 いや、そもそも世界の監視者がどういった存在なのかを私は知らない。
 では女神の加護……とは?
 もしかして二千年前の《神々の聖戦》で《女神の祝福》を受けた人間?
 世界の監視者は、女神の祝福者と同一人物?

「……あの、アルシアさんは、世界の監視者なのですよね?」
「そうよ」
「では、《神々の聖戦》のお話に出てくる《女神の祝福者》とは別なのですか?」
「一緒よ」
「――ッ!」

 あの神話の登場人物が、目の前にいる。
 夢のような現実に、私の胸は熱くなる。

 目を輝かせる私に、アルシアは自慢げに頬を上げ、そして神代の神話で彩られたその名を口にする。
 
「――私は、《神話・神々の聖戦》に出てくる《女神の祝福者アルシア》。その本人よ」

 アルシアが口にした祝福者の名前。
 その名を聞き、私の頭の中にあった今まで持っていた様々な疑問は、綺麗さっぱり吹き飛んだ。

「す、凄いです! 色々とお話を――!」

 それはまるで夢見る少女のように、私は大好きな神話の話を聞きたいと興奮した。
 けれどそんな様子の私にアルシアは、右人差し指を私の唇へ封じるようにぴとりと付けた。

「けど、前にも言ったけど、あの神話と私は全くの別物。物語はあくまで物語」

 慌てないで、と諭すように告げる言葉。
 その言葉を私はすぐに理解できなかった。
 それを察したアルシアは優しい微笑みを浮かべ、言葉を続ける。

「真実とは掛け離れているという事。《女神の祝福》なんて存在しないし、私が何の才能もない《魔力無し》のただの人間である事に変わりはない」

 女神の祝福が存在しない?
 アルシアが、ただの人間?
 私にはそうは思えない。
 
 アルシアが神話と同一人物なのならば、彼女は二千年は生きているという事になる。
 女神の祝福無しで、そんなに生きられるはずがない。
 それに魔力の扱いもとんでもないし、魔法操作技術も極めて高い。

 間違いなくアルシアは《人類史上最強の魔術師》のはず。
 それなのに、ただの人間とは一体どういうことなのだろうか。

 私はアルシアが自分の唇へ付けている指を手に取ると、そのまま彼女の手を両手で包み込んだ。
 そして真っ直ぐアルシアの瞳を見つめ、問いかける。
 
「ですが……破壊神ソルスを滅ぼしたのですよね?」

 するとアルシアは、目をそらすように少し下を向く。
 
「時空の狭間、亜空間へ吹き飛ばしただけよ。それもリンが居なかったら出来なかった」

 私には、アルシアが少し負い目を感じているように見えた。

 本当に力が無くて、全て他人に頼り切っているような物言いだ。
 けれど彼女も女神様から力を授かっているはずだ。
 神話によれば、転生者リンも女神様から力を授かっている。
 だから負い目に感じる必要は無いはず……。
 
「ですが……、リンと同じくアルシアさんも女神様から力を授かっているのですよね。同じ力で共に戦ったのですから、誇っていいと思いますよ」

 するとアルシアは突然私の右手を取り、自身の胸元へ私の右手を押しつけた。

「何を……、――ッ!」

 アルシアの胸元へ押し付けられた――自分の右手から伝わってくる感触。
 それはすぐに分かった――違和感。

 指先に伝わる鎖骨と柔らかい肌の感触。
 その下、胸の谷間の上、そこから手の平に伝わるゴツゴツとした石のような感触。
 触ったことのない、違和感。

 それは――魔導具が胸元へ埋め込まれていることを示唆していた。

「アルシアさん……これ……」
「……これが、貴女達が女神と呼ぶ存在から貰った《加護のろい》」
「呪い……?」

 私が聞き返すと、アルシアは静かに息を吸い込んだ。

「《恒久こうきゅういしずえ》。……私の《魂》から造られた魔導具」
「――ッ!」

 それはまさに、御伽噺おとぎばなしのような代物しろものだった。
 
 魂から魔導具を造るなんてことは、それこそ神の所業。
 まさに《神の魔導具》。
 けどそれをアルシアは《呪い》と評している。
 それほど危険なもの?
 神の力を秘めているのではないのだろうか。

「これが……呪いですか? これには神の力が封じられているのですよね?」

 するとアルシアはフッと笑った。

「この魔導具の能力はただ一つ。《魔導具へ魔力を無限に溜められる》」
「………………、……それだけ?」
「それだけ」

 私はその能力を聞いて呆気にとられた。
 
 確かに魔力を無限に溜められるのは強い。
 けれど、それは直接強さに影響する訳では無い。

 魔法の強さは術者の技量に左右されるし、強大な魔法を使うのにも相応の魔力を溜めなければならず、無闇に連発もできない。

 この魔導具の利点はただ一つ。
 
 使
 
 それだけ。
 
「それって……」
「言いたい事は分かるわ。ショボすぎよね」
「………………」

 自分の中で、何かが粉々に砕け散ったような気がした。
 
 今まで信じていたものが作られた物だった。
 伝承なんて往々おうおうにしてそんなものではある。
 けれど、実際に聞かされると受け入れがたい。
 それがルクナ教に関わる物だから尚更――。

 アルシアは私の手をスッと放すと、顔を少し下へ向けて目の前のテーブルを見つめた。
 
「私は何の才能も力も無い、その辺にいるようなただの村娘だった。私は色々偶然が重なってルクナから魔導具を授けられただけ。神話のような神の使徒じゃない」
「………………」
「魔力の扱いや魔法は死ぬほどの努力をして覚えたし、いざという時のために魔力を溜めないといけないから、普段は魔導具の魔力を使わずに魔法を使ってる」

 呪いと言うのも分かる気がする。
 魔法も使えないただの少女が、魔法を使えるようになっただけ。
 それだけで神と戦うことになった。
 その苦労や苦痛は、計り知れないものだ。

「……後悔、してるんですか?」
「昔はしてたけどね。今は……そうでもないかな」
「では、良かったと思ってるんですか?」
「ま、この世の誰もできない体験をしてるって考えれば、良かったんじゃない。魔導具が肉体を維持してるおかげで不老にはなったし。オススメはしないけど」

 そう言ったアルシアは、微かな笑みを私へ向ける。
 それに対して、私はどういった顔をしたらいいか分からない。
 きっと想像もできないようなことをたくさん経験してきたのだろう。
 とても達観している。

――そこで、アルシアは私が暗い顔になっているのに気付いたのか、羽織っているローブの懐に手を突っ込んだ。
 そして懐から鉄製の箱を取り出してきた。
 
「……?」
 
 私がそれに気付いて好奇心の眼差しを向けていると、アルシアは箱をテーブルの上に置き、蓋を開ける。

 箱の中を見ると、中には手巻き煙草が綺麗に並んで入っていた。
 彼女の性格が出ているのか丁寧に一本一本、紙で手巻きされ、綺麗に整っている。

 アルシアは、私が箱の中の手巻き煙草を眺めているのを見ると、煙草を一本手に取った。
 そしてその煙草を私へと差し出してきた。
 
「吸う?」

 流石に受け取るわけにはいかない。
 私は、差し出された煙草へ右手の平を向けた。
 
「……たしなまれるのですか?」
「そりゃね。吸わなきゃやってられない事もあるわよ」

 アルシアはそう言うと、差し出していた煙草を自分の口へ咥えた。
 私はそれを見て慌てる。
「ここは教会ですよ!」
 そう言ってアルシアの口から煙草を取り上げた。

「お堅いのね」
「そういう問題ではありません!」

 私は慌てて取り上げた煙草を丁寧に箱へと戻し、蓋を閉める。
 その様子を見ていたアルシアは、ニコリと笑っていた。
 したり顔みたいな感じだ。
 
 もしかしたら、私の気を案じて雰囲気を変えようとしたのかもしれない。
 確かに私の気持ちは軽くなっていた。

 そんな様子を見たアルシアは煙草の入った箱を懐へ戻すと、テーブルへ頬杖を突いて私を優しく見つめた。

「さて、それじゃを教えてあげましょう」

 そう言ったアルシアの表情は柔らかかったが、私を見つめる瞳は鋭いものだった。
 その瞳に、私は息を呑んだ。

 これからとんでもない言葉が飛び出してくる。
 そんな気がした。
 
「気になる事……というのは?」
「――《世界の監視者》について」
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