かつて世界を救った英雄は、いつの間にか女神にされてやさぐれてました ~世間知らずの修道女が、物理で殴る最強魔術師と共に偽りの神話を暴く~

青山茜

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第二十話 ミアと修道院

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「大司教……様へ?」

 私は耳を疑った。
『私は教団にマークされる』
 そう言っていたアルシアの言葉が、現実のものになろうとしているのだから。

 けれど何故?
 何故報告をしようとしたの?
 
 私はダンガルに問い詰める。
「アルシアさんは、ただの冒険者ですよ。そのような事をする必要は無いではないですか」

 そう言った私の言葉に、ダンガルの笑顔は崩れない。
 
「何をおっしゃいますか。伝道師様もあのお姿をご覧になったでしょう? まさに女神様。この世界をお救いになられるべく再臨なされたのです」

 ダンガルは平然と言い放った。
 まるで迷いが無い。
 本気で信じているんだ。

 ……どうしようか。
 
 私はどうにか対処しようと考える。
 だが、これ以上ダンガルに何を言っても意味がないだろう。
 既に報告をされてしまったのだから後の祭りだ。
 ここはひとまず、どの大司教に報告したのかを聞いておこう。
 
「……ちなみに、どちらの大司教様へ?」
「ローマン管区大司教猊下げいかへ。報告書は聖騎士団へお渡し致しましたので、明後日には確実に届くかと」

 ……最悪だ。
 管区大司教は国内の教団組織をまとめている大司教のトップ。
 その耳に入れば、必ずシルヴァエ枢機卿団へもアルシアのことは伝わる。
 法王の耳に入るのも時間の問題だ……。

「それなら……法王聖下せいかのお耳にも入るでしょうね」
「確実に」

 ダンガルは、そのにこやかな笑顔を崩さずに軽く会釈した。

 アルシアの存在を知って何をしたいのかは分からないが、アルシアにこの事を早く伝えるべきだろう。
 けれど私は、アルシアが寝泊まりしている所を知らない。
 なので伝えられるのは明日になってしまう。
 こんな事ならば聞いておけば良かった。

 私は、すぐに伝えられないという悶々とした気持ちを胸に抱えつつ、落としてしまった本を手に取る。
 そして拾った本を本棚へと戻すと、ダンガルが話しかけてきた。

「伝道師様は、どちらのご出身ですか?」

 ダンガルの表情は先ほどと変わらない。
 けれど、私の一連の言葉で何か疑っているのかもしれない。
 
「出身……ですか?」
「はい。失礼ながら伝道師様は、かなりお若いようにお見受けしますので」

 なるほど。
 確かに私は異例の若さで伝道師になった。
 それを怪しいと思うのは当然だろう。
 もしかしたら、偽物なのではないかと邪推しているのかもしれない。
 
 私には何の後ろめたいことは無いが、変に勘繰られるのも癪に感じる。
 なのでここは正直に話す事にする。

「私の生まれは、ここから東にある海を越えた先の大陸にあるアミステル王国です」
「おお、アミステル王国ですか。ではそちらで神の使いへ?」
「いえ、神の使いとなったのは、幼い頃にここドミヌス帝国へとやって来た時です」
「ほう……」

 ダンガルは、興味深げに顎へと手を添えた。
 意外な出自に思う所があるのだろう。

「アミステル王国は、王位継承を巡って大きく荒れたと聞きます。さぞ、お辛い思いをなされたのでしょう」

 ダンガルは哀れみを感じたのか、悲しい顔をしている。
 その顔がどこまで本当なのか、私には分からない。
 なので私は淡々と答える。

「そうですね。私の故郷は滅びました」

 すると、ダンガルは顎に添えていた手を下ろした。
 そして、私をジッと見つめる。

 私の淡々とした態度が気に食わなかったのだろうか。
 けれどジロジロ見られるのは、あまり心地の良いものではない。
 何か言いたい事があるのならば、言ってもらおう。

「……何か?」
「いえ、お姿を見るに、修道院で神の使いをされていたようですが……どちらの修道院へ?」

 やはり疑っているのだろう。
 そういえばテオにも最初疑われた。
 ここは身の潔白を証明しなければいけない。

「シュライン平原の奥地にある深き森の更に奥、そちらにある修道院でお世話になりました」
「深き森……?」

 ダンガルは説明を聞くと、上を向いてしまった。
 どこのことか考えているみたいだ。

 もしかして……知らない?

 私がそう思っていると、ダンガルが聞いてきた。

「その修道院のお名前は?」
「名前……」

 ……え? 名前?

 そういえば、私はあの修道院の名前を覚えていない。
 いや、知らないと言うべきか。
 私はいつも修道院と呼んでいた。
 修道院の皆も修道院長も、修道院は修道院と呼んでいた。
 
 今考えれば、十年も居て修道院の名前を知らないなんておかしな話だ。
 修道院へ入ってすぐの時に修道院長へ名前を尋ねたときも《修道院》と言われた。

 けれど、本当に名前が修道院なんてフザケた名前のはずがない。
 私は必死に思い出す。
 十年も居たんだ。
 必ずどこかで名前が出ているはず……!
 
――そこで、おぼろげながら思い出す。
 外から人が尋ねてきた時に、確かその人が『ルクナ修道院』と言っていた……はず。
 恐らく……それが本当の名前だ!
 多分! きっと!

「ルクナ修道院……です!」
「……ふむ」

 私は堂々と断言してやった。
 納得してくれたかな?
 
 私はそう思ったが、ダンガルの表情は変わっていない。
 そして続けて聞いてきた。
 
「では修道院長のお名前は?」

 あれ?
 まだ駄目?
 今度は修道院長の名前?
 名前ね……。
 
 ……何だったかな。
 
 修道院長は、自分の名前を一切名乗らなかった。
 私も皆も先生と呼んでいた。
 外から来た人も修道院長と呼んでいた。
 多分どこかで見聞きしているとは思うのだけれど、普段名前を呼んだりしないから全く覚えていない。

 思い出せ……思い出せ!

 私は頭をフル回転させる。
 絶対にどこかで聞いたり見ているはずだ。

 だが……思い出せない!
 どうしよう。
 けど嘘をつくわけにもいかない。
 必ずバレる。

 ……仕方がない。
 ここは正直に話すしか無いだろう。

「それは……覚えていません」
「……そうですか」

 そう言ったダンガルの表情は変わらない。
 ……駄目かも知れない。
 更にダンガルは続けて言ってきた。

「では、そちらの天玲てんれいの鎖を見せて頂いても?」

 これも偽物と疑っているのか……。

「……勿論です」

 私は首から下げている天玲の鎖を外し、ダンガルへと手渡した。
 そしてダンガルは、天玲の鎖をまじまじと調べるように見つめる。
 
 完全に疑われただろう。
 ここまで何も知らなければ仕方がないことだ。
 だが私は、自分が本物の伝道師だと信じている。
 天玲の鎖も本物……のはずだ。
 
 ここは堂々と、疑われる不安を顔に出さず、私はダンガルの天玲の鎖を見る顔を静かに見守る。

 するとダンガルは、ポツリと言葉を漏らした。

「名も無き修道院……か」

 そうダンガルは漏らすと、天玲の鎖をこちらへと差し出してきた。
 そして私がそれを受け取ると、ダンガルは静かにうなずいた。

「失礼ながら、伝道師様の出自は心の内に納めていたほうが宜しいかと」

 忠告とも捉えられる発言。
 ダンガルの顔は、またしてもにこやかな笑顔をしていた。

 その笑顔は、きっと何かを考えている。
 相手の心の内を読むような事をしたくはないが、私自身に関わる事ならばそうも言っていられないだろう。
 私は、その忠告とも取れる言葉の真意を尋ねてみる。
 
「隠していたほうがよいと……?」

 私がそう聞くと、ダンガルはにこやかな笑みをそのままに、目を細めた。

「はい。私も忘れます。教団の政治に巻き込まれるのは、私も御免なので」

 その言葉の意味を私は、理解したくなかった。
 それは、教団内部のドロドロとした権力闘争を示唆するのに十分な言葉だったからだ。
 あの修道院には情も愛着もあるが、そんなものに巻き込まれるのは私も御免だ。
 私も忘れよう。そうすれば修道院に何か起きることもない。

 ……そうしよう。

「わかりました……忘れます」

 私は返してもらった天玲の鎖を首にかけると、ダンガルへ向かって安心するように、微笑みを向けた。
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