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第二十一話 ミア・マラコイデスの朝
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翌朝、私は教会にある客室のベッドで目が覚めた。
窓の外は、まだ薄暗い。
それは夜がまだ明けず、空が明るくなり始めたばかりの暁の時である事をあらわしていた。
「うう……眠い……」
こんな朝早くに起きる人なんて聖職者くらいだろう。
本当はもう少し寝ていたい。
けれど女神様への朝のお祈りと教会の掃除、洗濯などの聖務を行わなければならない。
いくら客人として教会へ寝泊まりさせてもらっているとはいえ、私は神に仕える聖職者。
これも修行。聖職者としての義務は果たさなければ。
私は眠気で沈むまぶたを手でこすりながら、ゆっくりと身体を起こす。
昨夜はなかなか寝付けなかった。
だがそれは、教会で色々あったせいだけではない。
今日は三人で冒険へ行くのだ。
夢にまで見た冒険へ行けると、私は心底ワクワクしていた。
冒険へと行くためにも、早く朝の聖務を済まさなければ。
私はベッドを降りると、乱れたシーツを整える。
着ていたシュミーズを脱ぐとベッドの横に置かれた蓋付きの籠へ放り込み、いつものように白い布をバストへきつく巻き付けて、修道服へ袖を通す。
次に寝癖の付いた髪を整えてリボンでくくり、手鏡片手に白粉をクマへぽんぽんと。
最後に天玲の鎖を首にかけて頭巾《ウィンプル》をかぶり、服や髪が乱れていないか鏡でチェック!
これでやっと聖務に取りかかれる。
私は礼拝室へ赴き、起きてきたダンガルと共に女神像へ祈りを捧げる。
そして、彼と一緒に教会の掃除をし、その後ダンガルが朝食の準備に取りかかっている間に、私は着替えた服(と、内心舌打ちしながらダンガルの洗濯物)を裏庭の井戸で洗濯してそばに掛けられた物干しの紐へと干す。
それが終わると、丁度ダンガルが朝食を作り終えていたので、食堂で彼と共に朝食をとった。
何てことはない、修道院では普段から行なっていた――いつもの朝。
全てが終わる頃には、太陽が輝かしく東から昇っていた。
綺麗な朝日……と言うには少し遅いか。
けれどまだ太陽は、上へと上がってはいない。
時刻にして八時くらい。
十分朝と呼べるだろう。
私はダンガルへ冒険者ギルドへ向かうと告げると、教会を後にした。
◇ ◇
――ダンガルは私が冒険者ギルドへ向かうと言うと、「アルシア様へ宜しくお伝え下さい」と言ってきた。
誰が伝えるものか。
アルシアを余計な事へ巻き込むつもりはさらさら無い。
けれど、管区大司教へアルシアの存在が知られたという事は伝えなければならない。
恐らくダンガルは私とアルシアが書斎にいる間に、伝書鳥を使って聖騎士団へ報告書を送ったのだろう。
まったく、余計な事をしてくれた。
私は伝道師の役の傍ら、冒険者をやりながらロードリックの後を追おうと考えていたのに、教団のゴタゴタへ巻き込まれそうになっている。
ロードリックが探していた世界の監視者と出会えたのは僥倖だが、このまま呑気に冒険ともいかないだろう。
……そういえば、ダンガルに冒険者ギルドと何があったのかを聞いていない。
聞かなきゃいけないと思っていたのに、アルシアの事で頭が一杯になっていて完全に頭の中からその事が抜けていた。
「はぁ……」
これから起きるであろう面倒事を思うと、溜息が出る。
けれど今更どうしようもない。
事が起きた時に、どうするか考えようかな……。
私は考える事を放棄した。
今は、今日の冒険に集中しよう。
私は頭の中を空っぽにし、冒険への期待で胸を膨らませてギルドへと足を進める。
そしてルンルン気分で歩いていると、私の瞳にギルドの姿を捉える。
すると、ギルドの玄関前に誰か一人立っているのに気づいた。
あれはアルシアさんだ!
私は思わず駆け足になる。
そして急ぎ足で駆け寄っていくと、アルシアの周りに煙がモクモク浮かんでいるのに気付く。
しかも普段はしない甘い香りが漂っている。
一体何だろうと思ってアルシアをよく見ると、アルシアは腕を組み、口へ火のついた煙草を咥え、そしてコチラをジーッと見ていた。
「――遅い!」
アルシアが苛ついたように言ってきた。
彼女の足元には、煙草の吸い殻が何本も転がっている。
この香りは煙草の匂いか!
私はそれを見て、黙ってはいられなかった。
「アルシアさん、公共の場ですよ!」
私は思わず叫んでしまう。
けれどアルシアは、一体何を言っているんだみたいな顔でこちらを見ている。
私が何を言いたいのか分かりませんか。
ならば言ってやりましょう。
「こんな所で煙草を吸って、しかもポイ捨てなんて……!」
私はそう言ってアルシアへ詰め寄る。
けれどアルシアは、煙を吐き出しながら平然としている。
「……それがどうしたの」
本当にこの人は……!
「モラルの問題です! こんな事をして……女神様はお怒りですよ!」
私はアルシアをそう叱ると、足元へポイ捨てされた吸い殻を拾い、彼女へと突きつけた。
するとアルシアはブスッとした表情を見せた。
そんな顔をしても許しませんよ!
私が吸い殻を突きつけ続けると、アルシアは「はぁ」と溜息をつき、それを左手で渋々掴み取った。
「冒険者にモラルを期待するんじゃないわよ」
アルシアはそう言うと、吸い殻を掴んだ左手を上へ向けて開き、手の平の上に吸い殻を置く。
すると吸い殻が『ボッ』と一気に燃え上がり、灰となって散っていった。
私はそれを見て驚く。
「……火の魔法も使えるんですか」
「当たり前でしょ。誰だと思ってんの」
平然と言い放つアルシアが咥えている煙草から、灰がポロリと落ちていく。
ふぅと吐く息は白く、甘い香りを漂わせる。
その美しい見た目とは相反するダーティーな姿。
見たことのない彼女の意外な側面に、私は思わず見惚れてしまう。
私のそんな様子を見たアルシアは、ジトリとコチラへ視線を向けた。
「……なに?」
「あ、いえ、煙草を嗜まれている所を初めて見たもので」
「ああ……」
するとアルシアは口を閉じて息を吸いこみ、『ジジ……』と先が赤く燃える煙草を左手の指先で挟む。
そして、唇から離した。
「もう隠すのは、やめた」
アルシアの口元から白い煙が立ち昇る。
その顔には、どこか諦めにも似た感情が浮かんでいるように見えた。
「煙草は目立つでしょ? だから人前では吸わないようにしてたんだけど、教団にもマークされただろうし、……もう意味無いかなって」
確かに、こんな綺麗な人が煙草を吸っていれば印象に残る。
目立ちたくないアルシアが喫煙を隠すのは当然の判断と言える。
けれど、それをやめてしまったら……。
「……大丈夫なんですか?」
「むしろ大丈夫よ」
アルシアは余裕の表情を浮かべている。
ただでさえ印象的な姿で目立つのに、これ以上目立つような真似をしてどこが大丈夫なのだろうか。
そう私が疑問に思っていると、アルシアは左手に持つ煙草をこちらへスッと向けてくる。
そして言った。
「女神様が煙草を吸うわけないでしょ?」
ああ、なるほど。
『本物の女神様なら煙草を吸うわけがない』というわけか。
更に冒険者ならば喫煙をしていても違和感は無いので、誰が見ても普通の冒険者。
これなら教団の目を欺く事が出来るかもしれない。
私も煙草を吸うアルシアを傍目で見れば、女神様ではないと思うだろう。
ダンガルのような盲信者ならば尚更だ。
――そこで私は思い出す。
ダンガルがアルシアの事を大司教へ報告したのだ。
伝えなければ!
「そうだアルシアさん。ダンガル司教様がアルシアさんの事をローマン管区大司教猊下へ報告したそうです」
「……そう」
アルシアは、さも知っていたかのような反応だ。
「……知ってたんですか?」
「いや。けど容易に想像がつくでしょ。これから私の大捜索が始まるでしょうね」
恐らくそうだろう。
教団がアルシアの事を知れば、彼女をルクナ教の象徴として崇め奉ろうとするだろう。
民衆への布教活動としても使える。
私でも教えを説く為にそれを考える。
「……どうするんですか?」
アルシアはそれをとても嫌うだろう。
そもそも彼女は女神ではない。
女神でもないのに女神と奉られるとなれば、アルシアが取る選択は……。
「アンタが冒険者になれたら、ここを離れるわ」
「ッ!」
それは当然の帰結だろう。
教団から逃げる為に、ここを離れる。
けれどそれは、私とお別れをするという意味も含まれているのではないかと感じた。
「お別れ……なんですか?」
「……そうね」
アルシアは、フッと微笑みを見せる。
それは昨夜見せた、寂しさを感じさせる微笑みだった。
アルシアもお別れはしたくないのだろう。
私もお別れはしたくない。
せっかく会えたのに、これからもっと仲良くなれると思ったのに……。
「……ダメです」
「大丈夫。きちんとアンタを一週間で強くしてあげるから」
「ダメです! 一緒に……」
「ダメよ」
「ッ……」
明確な拒否。
ダメと言うアルシアの瞳には、強い意志が映っていた。
アルシアの決意は堅い。
「……どうしてですか。なんでなんですか」
私は思わず顔を伏せてしまう。
瞳から涙が零れそうになる。
するとアルシアが、右手で私の頭をやさしく撫でてきた。
彼女は優しい微笑みを浮かべている。
私を撫でるその手と優しい微笑みは、幼い頃のおぼろげな記憶にある母のような温かさを感じた。
――すると遠くから声がした。
「おーい!」
振り返ると、離れた所からテオが手を振って歩いてきていた。
それを見たアルシアが叫ぶ。
「遅い!!!」
「ワリィワリィ――って、オメェ煙草吸ってんのか!」
「悪い?」
「いや、初めて見るからよ。オメー喫煙者だったのか」
「そうよ」
「へー、意外だな。けど、そのギャップも悪かねぇ」
「はぁあ?」
「いや、オメェが煙草を吹かしてるっつうのは、何とも――」
「キモ」
「んだと!」
いつものコントが始まった。
テオのおちゃらけた言葉に、アルシアが憎まれ口を叩く。
この二人を見ていると、さっきまでの悲しい気持ちが吹き飛んで心が軽くなる――。
「――もういいから。それより、ちゃんと依頼を受けてきたんでしょうね」
「ったりめーだろ!」
テオはそう言うと、私達の目の前へ一枚の紙を突き出す。
そして堂々と言い放った。
「魔物退治だ!」
窓の外は、まだ薄暗い。
それは夜がまだ明けず、空が明るくなり始めたばかりの暁の時である事をあらわしていた。
「うう……眠い……」
こんな朝早くに起きる人なんて聖職者くらいだろう。
本当はもう少し寝ていたい。
けれど女神様への朝のお祈りと教会の掃除、洗濯などの聖務を行わなければならない。
いくら客人として教会へ寝泊まりさせてもらっているとはいえ、私は神に仕える聖職者。
これも修行。聖職者としての義務は果たさなければ。
私は眠気で沈むまぶたを手でこすりながら、ゆっくりと身体を起こす。
昨夜はなかなか寝付けなかった。
だがそれは、教会で色々あったせいだけではない。
今日は三人で冒険へ行くのだ。
夢にまで見た冒険へ行けると、私は心底ワクワクしていた。
冒険へと行くためにも、早く朝の聖務を済まさなければ。
私はベッドを降りると、乱れたシーツを整える。
着ていたシュミーズを脱ぐとベッドの横に置かれた蓋付きの籠へ放り込み、いつものように白い布をバストへきつく巻き付けて、修道服へ袖を通す。
次に寝癖の付いた髪を整えてリボンでくくり、手鏡片手に白粉をクマへぽんぽんと。
最後に天玲の鎖を首にかけて頭巾《ウィンプル》をかぶり、服や髪が乱れていないか鏡でチェック!
これでやっと聖務に取りかかれる。
私は礼拝室へ赴き、起きてきたダンガルと共に女神像へ祈りを捧げる。
そして、彼と一緒に教会の掃除をし、その後ダンガルが朝食の準備に取りかかっている間に、私は着替えた服(と、内心舌打ちしながらダンガルの洗濯物)を裏庭の井戸で洗濯してそばに掛けられた物干しの紐へと干す。
それが終わると、丁度ダンガルが朝食を作り終えていたので、食堂で彼と共に朝食をとった。
何てことはない、修道院では普段から行なっていた――いつもの朝。
全てが終わる頃には、太陽が輝かしく東から昇っていた。
綺麗な朝日……と言うには少し遅いか。
けれどまだ太陽は、上へと上がってはいない。
時刻にして八時くらい。
十分朝と呼べるだろう。
私はダンガルへ冒険者ギルドへ向かうと告げると、教会を後にした。
◇ ◇
――ダンガルは私が冒険者ギルドへ向かうと言うと、「アルシア様へ宜しくお伝え下さい」と言ってきた。
誰が伝えるものか。
アルシアを余計な事へ巻き込むつもりはさらさら無い。
けれど、管区大司教へアルシアの存在が知られたという事は伝えなければならない。
恐らくダンガルは私とアルシアが書斎にいる間に、伝書鳥を使って聖騎士団へ報告書を送ったのだろう。
まったく、余計な事をしてくれた。
私は伝道師の役の傍ら、冒険者をやりながらロードリックの後を追おうと考えていたのに、教団のゴタゴタへ巻き込まれそうになっている。
ロードリックが探していた世界の監視者と出会えたのは僥倖だが、このまま呑気に冒険ともいかないだろう。
……そういえば、ダンガルに冒険者ギルドと何があったのかを聞いていない。
聞かなきゃいけないと思っていたのに、アルシアの事で頭が一杯になっていて完全に頭の中からその事が抜けていた。
「はぁ……」
これから起きるであろう面倒事を思うと、溜息が出る。
けれど今更どうしようもない。
事が起きた時に、どうするか考えようかな……。
私は考える事を放棄した。
今は、今日の冒険に集中しよう。
私は頭の中を空っぽにし、冒険への期待で胸を膨らませてギルドへと足を進める。
そしてルンルン気分で歩いていると、私の瞳にギルドの姿を捉える。
すると、ギルドの玄関前に誰か一人立っているのに気づいた。
あれはアルシアさんだ!
私は思わず駆け足になる。
そして急ぎ足で駆け寄っていくと、アルシアの周りに煙がモクモク浮かんでいるのに気付く。
しかも普段はしない甘い香りが漂っている。
一体何だろうと思ってアルシアをよく見ると、アルシアは腕を組み、口へ火のついた煙草を咥え、そしてコチラをジーッと見ていた。
「――遅い!」
アルシアが苛ついたように言ってきた。
彼女の足元には、煙草の吸い殻が何本も転がっている。
この香りは煙草の匂いか!
私はそれを見て、黙ってはいられなかった。
「アルシアさん、公共の場ですよ!」
私は思わず叫んでしまう。
けれどアルシアは、一体何を言っているんだみたいな顔でこちらを見ている。
私が何を言いたいのか分かりませんか。
ならば言ってやりましょう。
「こんな所で煙草を吸って、しかもポイ捨てなんて……!」
私はそう言ってアルシアへ詰め寄る。
けれどアルシアは、煙を吐き出しながら平然としている。
「……それがどうしたの」
本当にこの人は……!
「モラルの問題です! こんな事をして……女神様はお怒りですよ!」
私はアルシアをそう叱ると、足元へポイ捨てされた吸い殻を拾い、彼女へと突きつけた。
するとアルシアはブスッとした表情を見せた。
そんな顔をしても許しませんよ!
私が吸い殻を突きつけ続けると、アルシアは「はぁ」と溜息をつき、それを左手で渋々掴み取った。
「冒険者にモラルを期待するんじゃないわよ」
アルシアはそう言うと、吸い殻を掴んだ左手を上へ向けて開き、手の平の上に吸い殻を置く。
すると吸い殻が『ボッ』と一気に燃え上がり、灰となって散っていった。
私はそれを見て驚く。
「……火の魔法も使えるんですか」
「当たり前でしょ。誰だと思ってんの」
平然と言い放つアルシアが咥えている煙草から、灰がポロリと落ちていく。
ふぅと吐く息は白く、甘い香りを漂わせる。
その美しい見た目とは相反するダーティーな姿。
見たことのない彼女の意外な側面に、私は思わず見惚れてしまう。
私のそんな様子を見たアルシアは、ジトリとコチラへ視線を向けた。
「……なに?」
「あ、いえ、煙草を嗜まれている所を初めて見たもので」
「ああ……」
するとアルシアは口を閉じて息を吸いこみ、『ジジ……』と先が赤く燃える煙草を左手の指先で挟む。
そして、唇から離した。
「もう隠すのは、やめた」
アルシアの口元から白い煙が立ち昇る。
その顔には、どこか諦めにも似た感情が浮かんでいるように見えた。
「煙草は目立つでしょ? だから人前では吸わないようにしてたんだけど、教団にもマークされただろうし、……もう意味無いかなって」
確かに、こんな綺麗な人が煙草を吸っていれば印象に残る。
目立ちたくないアルシアが喫煙を隠すのは当然の判断と言える。
けれど、それをやめてしまったら……。
「……大丈夫なんですか?」
「むしろ大丈夫よ」
アルシアは余裕の表情を浮かべている。
ただでさえ印象的な姿で目立つのに、これ以上目立つような真似をしてどこが大丈夫なのだろうか。
そう私が疑問に思っていると、アルシアは左手に持つ煙草をこちらへスッと向けてくる。
そして言った。
「女神様が煙草を吸うわけないでしょ?」
ああ、なるほど。
『本物の女神様なら煙草を吸うわけがない』というわけか。
更に冒険者ならば喫煙をしていても違和感は無いので、誰が見ても普通の冒険者。
これなら教団の目を欺く事が出来るかもしれない。
私も煙草を吸うアルシアを傍目で見れば、女神様ではないと思うだろう。
ダンガルのような盲信者ならば尚更だ。
――そこで私は思い出す。
ダンガルがアルシアの事を大司教へ報告したのだ。
伝えなければ!
「そうだアルシアさん。ダンガル司教様がアルシアさんの事をローマン管区大司教猊下へ報告したそうです」
「……そう」
アルシアは、さも知っていたかのような反応だ。
「……知ってたんですか?」
「いや。けど容易に想像がつくでしょ。これから私の大捜索が始まるでしょうね」
恐らくそうだろう。
教団がアルシアの事を知れば、彼女をルクナ教の象徴として崇め奉ろうとするだろう。
民衆への布教活動としても使える。
私でも教えを説く為にそれを考える。
「……どうするんですか?」
アルシアはそれをとても嫌うだろう。
そもそも彼女は女神ではない。
女神でもないのに女神と奉られるとなれば、アルシアが取る選択は……。
「アンタが冒険者になれたら、ここを離れるわ」
「ッ!」
それは当然の帰結だろう。
教団から逃げる為に、ここを離れる。
けれどそれは、私とお別れをするという意味も含まれているのではないかと感じた。
「お別れ……なんですか?」
「……そうね」
アルシアは、フッと微笑みを見せる。
それは昨夜見せた、寂しさを感じさせる微笑みだった。
アルシアもお別れはしたくないのだろう。
私もお別れはしたくない。
せっかく会えたのに、これからもっと仲良くなれると思ったのに……。
「……ダメです」
「大丈夫。きちんとアンタを一週間で強くしてあげるから」
「ダメです! 一緒に……」
「ダメよ」
「ッ……」
明確な拒否。
ダメと言うアルシアの瞳には、強い意志が映っていた。
アルシアの決意は堅い。
「……どうしてですか。なんでなんですか」
私は思わず顔を伏せてしまう。
瞳から涙が零れそうになる。
するとアルシアが、右手で私の頭をやさしく撫でてきた。
彼女は優しい微笑みを浮かべている。
私を撫でるその手と優しい微笑みは、幼い頃のおぼろげな記憶にある母のような温かさを感じた。
――すると遠くから声がした。
「おーい!」
振り返ると、離れた所からテオが手を振って歩いてきていた。
それを見たアルシアが叫ぶ。
「遅い!!!」
「ワリィワリィ――って、オメェ煙草吸ってんのか!」
「悪い?」
「いや、初めて見るからよ。オメー喫煙者だったのか」
「そうよ」
「へー、意外だな。けど、そのギャップも悪かねぇ」
「はぁあ?」
「いや、オメェが煙草を吹かしてるっつうのは、何とも――」
「キモ」
「んだと!」
いつものコントが始まった。
テオのおちゃらけた言葉に、アルシアが憎まれ口を叩く。
この二人を見ていると、さっきまでの悲しい気持ちが吹き飛んで心が軽くなる――。
「――もういいから。それより、ちゃんと依頼を受けてきたんでしょうね」
「ったりめーだろ!」
テオはそう言うと、私達の目の前へ一枚の紙を突き出す。
そして堂々と言い放った。
「魔物退治だ!」
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