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「電話してから、何も手に付かなかった」
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「さっきの話って何」
職場のリーダーの車が去ってから直ぐに、慶に聞いた。
返事ちょうだい、って言ってた。
「あ~…会社の忘年会に参加するかどうか」
「忘年会?」
あ~……まぁ、そういう時期だな。
「新人が何人か居るから、その歓迎会も兼てするみたい」
……歓迎会兼てんなら、お前、出席じゃん。
………忘年会って………
俺の我儘だけを言わせて貰うなら、絶対行って欲しくねぇけどなっ。
周りが酒入って、慶も勧められて、可愛いだのキレイだの言われて、隣に座らされて、帰り送るとか言われんだろ、どうせ。
ヤバい。
妄想だけでイラッと来るわ…。
「ここ、どんな傷?」
忘年会の事はとりあえず考えるのは止めといて、冷却シートを貼ってる顔の傷を指して言う。
「床で打ったみたいで……青黒い」
「……デカいの?」
「これぐらい」
指先で丸を作って大きさを示す。
「顔に傷とか、ほんとビビるわ。痕になったらどうすんだよ」
「……だって、」
「だってじゃねぇの」
額を弾いて軽くデコピンしてやった。
「痛っ」
「そんな力入れてねぇだろ」
業とらしく痛がってんなよ。
「歩けるか?」
「うん、大丈夫」
「掴まりな」
「うん」
照れた顔して俺の腕を掴む。
俺は自転車を押しながら歩き出す。
慶は、体重をかけると左足首が痛むようで、つま先でひょこひょこ歩く。
あんな筋肉質なマッチョ野郎に圧し潰されたら、そりゃケガするわな…
学生時代からずっとラグビーやってる、って慶から聞かされてて知ってる。
「何か、処置した?」
「湿布貼ってくれた」
貼ってくれた?
…貼って貰ってんじゃねぇよ………って思ったけど……また、しょうもない嫉妬で微妙な空気になんのも嫌だから、言わないでおいた。
店の裏口までは30メートルあるかないかだけど、割と時間がかかったとこを見ると、多分足はけっこう痛むんだろう。
裏口の手前に自転車を置き、ドアを開けて中へ入る。
「侑利くん…」
「ん?」
「…ごめんね…また、仕事中に急に来ちゃって…」
申し訳無さそうに言うけど……
「別に良いよ、むしろ、お前に早く会えて嬉しいわ」
「え?」
「今日は帰ったらもう寝てると思ってたからさ、会えんの明日かな、とか思ってたけど」
慶が驚いたような顔をして俺を見てる。
「どしたの、侑利くん」
「何が」
「……嬉しいとか…何か可愛い事言うから」
などと、照れた感じで言う。
「何」
「え…」
「ダメなの?」
「ダメな訳無いじゃん」
通路の壁に慶を緩く押し付ける。
「ケガは…ほんと無理だから。…今回のは、巻き込まれた感じだから仕方ねぇけど……ケガして来んの、マジ無理だわ…寿命縮む」
電話で「ケガした」って聞いてから……正直、仕事に集中出来なさ過ぎて焦ったし。
「ケガすんな」
少々無理な……我儘なお願いだって事は分かってるけどさ……
「電話してから、何も手に付かなかった」
俺がそう言うと、急に慶がキョロキョロと左右を確認して、誰も居ない事を確かめた後……すごく急いで俺に短いキスをした。
「心配してくれてありがとう」
「…あぁ、いや、まぁ…どういたしまして」
「ふふ…心配性だよ、侑利くんは」
「…いやいや、普通心配するでしょ、恋人がケガしてんだからさ」
こんな恥ずかしい事も、素面でスラスラ言える俺って……
「侑利くん、大好き」
「……知ってる」
2人でフッと笑い、離れる。
名残惜しさしか無いけど、今は思いっきり仕事中だし。
「あ、リベルテの2人、今来てるよ」
「え?」
そのまま、フロアへ向かう。
慶を連れてフロアへ出ると、ドアを開けたすぐ前に天馬と奏太がダブルで居た。
「「慶ちゃんっ」」
……揃ってんなぁ、お前らは…。
「ケガしたって大丈夫?」
「ちょっと、顔にもケガしてんじゃんっ」
2人に攻めて来られて、慶が少し後ずさる。
天馬と奏太が騒ぐので、桐ケ谷さんまで寄って来た。
「お前ら、足痛いのに早く座らせてやんな」
「あ、そうか」
奏太がそう言って、前にも座ったカウンターの端っこの席に慶を座らせる。
慶を初めて見る司くんは、思いっきり「?」な顔してる。
もう、慶の事を誰に言ったか、誰の耳まで届いてるのか…俺は把握してない。
隠すような事では無いし、知られて困るような奴も居ない。
「司くん、あれ、付き合ってる奴」
天馬達が慶を構ってくれてるのを良い事に、ハテナ顔の司くんの隣に行ってサクッとカミングアウト。
「んっ?侑利が?」
「うん」
「えっ、そうなの?」
「うん」
「お前、女好きじゃなかったの?」
「うん?」
「いや、噂で聞いたから」
「何を」
「侑利が昔、遊びまくってたって」
「……イメージ悪ぅ…」
「はははっ、いや、だから俺は、今は飽きちゃってんのかと思ってた」
「遊び尽くしたって事?」
「そうそう」
「尽くしてねぇし」
「ははっ」
可笑しそうに司くんが笑う。
「でも、意外だわぁ…」
「あぁ…」
「男からも人気あんのは知ってたけどさ」
「何で知ってんの」
「や、噂で」
「誰だよ、流してんの」
「あはは」
「祥子に言っとくわ」
司くんには、司くんよりも2つ年上の祥子(しょうこ)さんという彼女が居る。
店にも何度も来た事があるけど、凄くオシャレでサバサバした人。
インテリア関係の仕事してて、女性目線からデザインの案出したりしてて、バリバリ仕事してるカッコいい女性。
司くんとはすごく似合ってる。
「何を?」
「侑利が男に盗られたぞ、って」
「何で」
「祥子、侑利の事気に入ってるから」
「そうなの?」
「そうだよ。いつも言ってる、可愛いわぁ~って」
「可愛いって…」
「侑ちゃん侑ちゃん、だよ」
「へぇ……初耳」
「それにしても…」
チラッと慶を見て司くんが小声で言った。
「……侑利、面食いすぎ」
…まぁ、そりゃ……慶を見たらそうなるだろう……。
いつも周りがそう言ってくれるけど、誰より俺が一番慶の事を「超絶美人」だと思ってる。
普段、そんなに、言わねぇけど。
「ケガ、どしたの?」
「あぁ、バイト先で先輩の巻き添えくらってコケたって」
「すげぇ迷惑じゃん」
「あはは。…電話して来て、ケガした、とか…ほんと勘弁」
俺は、勝手に慶が好きそうな味を選んでノンアルコールのドリンクを作る。
「侑利、好きなんだな、あの子の事」
急に言われて、一瞬動きが止まる。
「……そりゃ、まぁ…付き合ってる訳だし」
行き成り、背中をバシバシ叩かれる。
「いっ、た…何っ」
「いやいや、何か、微笑ましい」
「どこがっ」
「だってあの子、さっきからチラチラこっち見てるしさ」
「え?」
言われて慶を見ると、天馬、奏太、桐ケ谷さんに加えて、巴流と大和と健吾までもがやって来て取り囲まれてて、みんなからケガについて質問責めに合ってた。
「あれは、困り果ててんだよ」
「あっはは、やっぱり。早く助けてやれよ」
可笑しそうに笑ってる司くんに「後で紹介する」と言い残し、ドリンクを持って慶の所へ戻る。
「ちょっと、どんだけ集まってんだよっ、桐ケ谷さんまでっ」
俺が間に割って入ると、慶があからさまにホッとした表情を浮かべる。
「いやいや、慶ちゃんのさぁ、こんなキレイな顔に傷なんか残ったらさぁ…」
健吾が言う。
「お前、厨房ほったらかしてんなよっ」
桐ケ谷さんがそう言ったけど……自分もカウンター業務ほったらかしてるしね…。
とりあえず、全員、持ち場に退散。
「…囲まれた」
「…ふっ……そうだな」
「笑ったな」
「や…ちょっとだけ面白かった」
慶の前にドリンクを置く。
「わっ、コレなに?」
「オレンジとパインをジンジャーエールで割ってみた」
「ええ~~?分かんないけどぉ」
「だろうな」
慶は嬉しそうな顔で一口ソレを飲む。
「わ~~、美味しいっ、侑利くんが作ったの?」
「そうだよ」
「え~…天才~」
出た。
俺が天才だったら健吾や司くんなんか神様の域だよ。
「あ、リベルテの2人」
慶とは少し離れた所のカウンター席に座ってる2人。
慶の登場には気付いてるようで………って、あんだけ取り囲まれてたら誰でも気付くか…。
「あ、」
慶は、俺が言った方を見る。
2人と目が合ってペコリとお辞儀をした。
慶はスツールを降りて行こうとしたけど、2人がこっちへ来た方が早くて………入れ替わりの多いカウンター席は、ちょうど慶の近くの席の2人が帰ったところだったってのもあって、そこへリベルテの2人が移動して来た。
*三上side*
「羽柴さんっ、こんばんは。……どうしたの?それ」
店長が自分の頬を指差しながら、羽柴さんに聞いた。
「あ、えっと、コケました」
コケるとか……可愛いけどさ…。
顔から突っ込んだって事?……だとしたら、どんだけ派手にコケてんのーっ。
「職場の先輩がコケちゃって、そのまま俺にぶつかって一緒にドーンって」
「あー、ドーン……って、それ思いっきり巻き添え食った感じですね」
そう言うと、羽柴さんは「あー、そうですね…」と言って小さく笑った。
目の前に居た久我さんが、フードメニューを羽柴さんの前に広げて置く。
「何か食うだろ?」
「え、何か悪いよぉ」
「何遠慮してんの」
「え~だって」
「家何もねぇからな」
「あー、ほんとだね」
「食っとけ」
「侑利くんは?」
「俺は、後で賄い」
「そっか…う~ん……え~っと………んーー迷う~」
……あのぉ……
すごく……………可愛いんですけどぉっ!!
何だよっ、この、緩い感じはっ……
ちょっと引っ掛かったのは「家何もねぇからな」ってとこ。
家というのは……久我さんの家なのか……はたまた羽柴さんの家なのか……それとも2人で住んでるのか………
カットモデルして貰った時に、住所が変わったばかりでまだ覚えてない、って言ってた…………
一緒に住んでんの?
付き合ってるって事で、間違い無いのっ??
………俺も………付き合ってみたいよ……羽柴さんなら…。
羽柴さんが決めたのは「オムライス」
チョイスも可愛いな、くそーっ。
久我さんや、黒瀬さん、それから、他のスタッフの人達も、カウンターに留まっては居なくて、次々入る注文をテーブル席へ運んでる。
見てたら、運んだ先で呼び止められて話したりけっこうしてる。
やっぱり、イケメンが運ぶから引き止められるんだろうな…。
「他はケガしてないの?」
店長が聞く。
「あ、腕と足首も…」
「えっ、そうなの?」
けっこう……ケガしてんな…。
服で隠れてるとこだから分からなかった。
どんだけ思いっきりコケたんだよ…。
「あの、この前はありがとうございました」
この前と言うのは、あの日の事だ。
羽柴さんが、変質者に暴行されそうになった日…。
「いえ、全然。それより……もう大丈夫ですか?だいぶショック受けてた感じだったから……」
店長を挟んだ席から羽柴さんに聞く。
「あ、はい、それはもう大丈夫です」
「そっか、良かったです」
「携帯はまだ直せてませんけど」
あの時、画面にヒビが入った携帯。
ほんとに、何も危ない事されなくて良かったって心底思う。
「携帯ぐらいすぐ直るからね、羽柴さんに何もなくてほんと良かったよ」
羽柴さんファンの店長がしみじみ言う。
「ほんとに、ありがとうございます。俺、走ってて…」
羽柴さんがあの日の事を思い出してる。
「三上さん達が店の前に居るの、遠くから気付いてたんです」
あの公園から、ずっと必死で走って来たんだろうな……
「とにかく三上さん達の所まで走ろうって思って……」
凄い勢いで走って来たもんね…あの時。
「足が言う事聞かなくて…突っ込んじゃいましたけど…」
「あはは、確かに、かなり凄い勢いで突っ込んで来ましたよね」
「すみません……もう、2人しか見えてなくて…」
俺らしか見えてない、とか言わないで…。
可愛いって思ってんだから…。
「はい、お待たせ、慶ちゃん」
厨房の長身のスタッフ……名札は一ノ瀬と書いてある。
一ノ瀬さんが美味しそうなオムライスが乗った皿を羽柴くんの前に置く。
「わ…すご…」
羽柴さんがそれを見て嬉しそうに呟く。
「これはサービス。ほんとは付いて無いんだよ?」
一ノ瀬さんが指さしたのは、オムライスの横に付いてる唐揚げ2つ。
「え、良いんですか?」
「どうぞ。慶ちゃんだから特別」
やっぱりな……
サービスしてあげたくなるよ……こんな人に待たれてたら…。
「ありがとうございますっ」
ちゃんと礼を言う。
いつも思うけど……ほんとに、今時の二十歳とは思えない程、ちゃんとしてる。
今時の二十歳がちゃんとしてないとは言わないけど……
やっぱり……ギャップかな、羽柴さんの場合。
ほんとにイケメンだから、調子乗っててもおかしくないのに……すんごい控えめだし…何て言うか…ネガティブ。
そのギャップがツボだよ、俺は…。
「ごゆっくり」
一ノ瀬さんがにっこり笑って、また厨房に去って行く。
「いただきま~す」
誰も聞いて無くても、小さい声でちゃんと言ってる。
マジで……女の子にしたい……
いや、男のままでも俺は良いっ。
羽柴さんは一口オムライスを食べて、何か誰かに言いたそうにキョロキョロした結果、こっちを見た。
「すっごい美味しいですっ」
かわいっ。
「良かったね。美味そうだもん、見てても」
店長も、今の可愛さにやられたに違いない…。
美味しさを誰かに言いたかったんだね。
いちいち、何なんだよ~……
目の前では、スタッフさん達が忙しなく行き来してて、ほんとに週末のこの店は忙しそうだ。
「そう言えば、慶ちゃん、髪切って更に可愛くなってんじゃん」
上杉、という名札を着けたこれまたイケメンがカウンターに来てそう言った。
「あ、切って貰ったんです、こちら美容師さんなんで…」
羽柴さんが俺達の事を上杉さんに説明する。
「えっ、そうなんですか?」
「はい」
「へぇ~、美容師さんなんですね~、何かオシャレだと思いました」
って、そんなイケメンに言われたら……何か擽ったいような…。
「羽柴さんにカットモデルになって貰ったんです」
「えっ、カットモデル?すげぇ~、慶ちゃん、そんな事したの?」
「切って貰って写真撮っただけです」
「ポーズ決めたりとかじゃないの?」
「それだったら……断ってます……」
羽柴さんが小さな声で言った。
「羽柴さんの写真は、店内にだけ貼らせて貰う約束で切らせて貰いました」
「へぇ~、そうなんですね。俺も今度切って貰おうかな」
上杉さんが髪を触りながら言う。
そりゃ、カットモデルやってくれるなら是非お願いしたいくらいのイケメンですけどね…。
「大和さんなら、ポーズいけそうです…」
控えめに羽柴さんが呟く。
「え?あははっ、そう?」
確かに、花束とか持って貰いたい感じのクールさがある人だ。
「久我さんに聞いて来てみたら、スタッフさんがイケメンだらけでほんとビックリしてて……ほんとに、声かけてくれたらいつでもカットモデルお願いしたいぐらいですよ」
店長が言う。
俺も同じ事考えてた……
ここのスタッフさんに順番にモデルになって貰えば、俺が街頭に立ってスカウトしなくても良いじゃんか~。
「色々なタイプのイケメン取り揃えてますから、どれからでもどうぞ」
桐ケ谷、という名札を着けた店長らしき人が隣から言う。
「どれからでも、って…」
「ははっ、あ、悪ぃ」
店長までもが、男前でシブいんだから……。
店の客層も若い女の子が多くて、スタッフさんはよく呼び止められたりしてる。
俺も超イケメンに生まれてたら、生活変わってたかなぁ……などと考えてみたり…。
羽柴さんは、もぐもぐオムライスを食べてる。
あんなに細いのに、けっこうがっつり食べるんだな…。
まぁ……可愛く見えても、二十歳の男なんだから、そりゃこの時間にでもがっつりいくだろう。
食べてるとこ見るの初めてだから、それもまたギャップなのかも…。
細いから、ほとんど食べないのかと思ってたら……案外食べる、みたいな。
食べてる姿さえも、何だか愛おしい。
もう、ファンなのか本気なのか、この気持ちが何なのか分からなくなって来る…。
店長の羽柴さんへの想いは、きっとファン目線なんだろうと思うけど……俺は……どうなんだろう……
今日だって……
この店で、会えるとは思って無かった…。
それが、偶然会えて……久我さんが居るけど……それでも、もっと羽柴さんの色んな表情を見たり言葉を聞いたりしたいって思ってる。
きっと、店長よりも上を行ってると思う…。
男には興味なかったはずだけど……羽柴さんは何か違う…。
片思いは実りそうも無いけど………でも、やっぱり気になってしまうんだよ…。
職場のリーダーの車が去ってから直ぐに、慶に聞いた。
返事ちょうだい、って言ってた。
「あ~…会社の忘年会に参加するかどうか」
「忘年会?」
あ~……まぁ、そういう時期だな。
「新人が何人か居るから、その歓迎会も兼てするみたい」
……歓迎会兼てんなら、お前、出席じゃん。
………忘年会って………
俺の我儘だけを言わせて貰うなら、絶対行って欲しくねぇけどなっ。
周りが酒入って、慶も勧められて、可愛いだのキレイだの言われて、隣に座らされて、帰り送るとか言われんだろ、どうせ。
ヤバい。
妄想だけでイラッと来るわ…。
「ここ、どんな傷?」
忘年会の事はとりあえず考えるのは止めといて、冷却シートを貼ってる顔の傷を指して言う。
「床で打ったみたいで……青黒い」
「……デカいの?」
「これぐらい」
指先で丸を作って大きさを示す。
「顔に傷とか、ほんとビビるわ。痕になったらどうすんだよ」
「……だって、」
「だってじゃねぇの」
額を弾いて軽くデコピンしてやった。
「痛っ」
「そんな力入れてねぇだろ」
業とらしく痛がってんなよ。
「歩けるか?」
「うん、大丈夫」
「掴まりな」
「うん」
照れた顔して俺の腕を掴む。
俺は自転車を押しながら歩き出す。
慶は、体重をかけると左足首が痛むようで、つま先でひょこひょこ歩く。
あんな筋肉質なマッチョ野郎に圧し潰されたら、そりゃケガするわな…
学生時代からずっとラグビーやってる、って慶から聞かされてて知ってる。
「何か、処置した?」
「湿布貼ってくれた」
貼ってくれた?
…貼って貰ってんじゃねぇよ………って思ったけど……また、しょうもない嫉妬で微妙な空気になんのも嫌だから、言わないでおいた。
店の裏口までは30メートルあるかないかだけど、割と時間がかかったとこを見ると、多分足はけっこう痛むんだろう。
裏口の手前に自転車を置き、ドアを開けて中へ入る。
「侑利くん…」
「ん?」
「…ごめんね…また、仕事中に急に来ちゃって…」
申し訳無さそうに言うけど……
「別に良いよ、むしろ、お前に早く会えて嬉しいわ」
「え?」
「今日は帰ったらもう寝てると思ってたからさ、会えんの明日かな、とか思ってたけど」
慶が驚いたような顔をして俺を見てる。
「どしたの、侑利くん」
「何が」
「……嬉しいとか…何か可愛い事言うから」
などと、照れた感じで言う。
「何」
「え…」
「ダメなの?」
「ダメな訳無いじゃん」
通路の壁に慶を緩く押し付ける。
「ケガは…ほんと無理だから。…今回のは、巻き込まれた感じだから仕方ねぇけど……ケガして来んの、マジ無理だわ…寿命縮む」
電話で「ケガした」って聞いてから……正直、仕事に集中出来なさ過ぎて焦ったし。
「ケガすんな」
少々無理な……我儘なお願いだって事は分かってるけどさ……
「電話してから、何も手に付かなかった」
俺がそう言うと、急に慶がキョロキョロと左右を確認して、誰も居ない事を確かめた後……すごく急いで俺に短いキスをした。
「心配してくれてありがとう」
「…あぁ、いや、まぁ…どういたしまして」
「ふふ…心配性だよ、侑利くんは」
「…いやいや、普通心配するでしょ、恋人がケガしてんだからさ」
こんな恥ずかしい事も、素面でスラスラ言える俺って……
「侑利くん、大好き」
「……知ってる」
2人でフッと笑い、離れる。
名残惜しさしか無いけど、今は思いっきり仕事中だし。
「あ、リベルテの2人、今来てるよ」
「え?」
そのまま、フロアへ向かう。
慶を連れてフロアへ出ると、ドアを開けたすぐ前に天馬と奏太がダブルで居た。
「「慶ちゃんっ」」
……揃ってんなぁ、お前らは…。
「ケガしたって大丈夫?」
「ちょっと、顔にもケガしてんじゃんっ」
2人に攻めて来られて、慶が少し後ずさる。
天馬と奏太が騒ぐので、桐ケ谷さんまで寄って来た。
「お前ら、足痛いのに早く座らせてやんな」
「あ、そうか」
奏太がそう言って、前にも座ったカウンターの端っこの席に慶を座らせる。
慶を初めて見る司くんは、思いっきり「?」な顔してる。
もう、慶の事を誰に言ったか、誰の耳まで届いてるのか…俺は把握してない。
隠すような事では無いし、知られて困るような奴も居ない。
「司くん、あれ、付き合ってる奴」
天馬達が慶を構ってくれてるのを良い事に、ハテナ顔の司くんの隣に行ってサクッとカミングアウト。
「んっ?侑利が?」
「うん」
「えっ、そうなの?」
「うん」
「お前、女好きじゃなかったの?」
「うん?」
「いや、噂で聞いたから」
「何を」
「侑利が昔、遊びまくってたって」
「……イメージ悪ぅ…」
「はははっ、いや、だから俺は、今は飽きちゃってんのかと思ってた」
「遊び尽くしたって事?」
「そうそう」
「尽くしてねぇし」
「ははっ」
可笑しそうに司くんが笑う。
「でも、意外だわぁ…」
「あぁ…」
「男からも人気あんのは知ってたけどさ」
「何で知ってんの」
「や、噂で」
「誰だよ、流してんの」
「あはは」
「祥子に言っとくわ」
司くんには、司くんよりも2つ年上の祥子(しょうこ)さんという彼女が居る。
店にも何度も来た事があるけど、凄くオシャレでサバサバした人。
インテリア関係の仕事してて、女性目線からデザインの案出したりしてて、バリバリ仕事してるカッコいい女性。
司くんとはすごく似合ってる。
「何を?」
「侑利が男に盗られたぞ、って」
「何で」
「祥子、侑利の事気に入ってるから」
「そうなの?」
「そうだよ。いつも言ってる、可愛いわぁ~って」
「可愛いって…」
「侑ちゃん侑ちゃん、だよ」
「へぇ……初耳」
「それにしても…」
チラッと慶を見て司くんが小声で言った。
「……侑利、面食いすぎ」
…まぁ、そりゃ……慶を見たらそうなるだろう……。
いつも周りがそう言ってくれるけど、誰より俺が一番慶の事を「超絶美人」だと思ってる。
普段、そんなに、言わねぇけど。
「ケガ、どしたの?」
「あぁ、バイト先で先輩の巻き添えくらってコケたって」
「すげぇ迷惑じゃん」
「あはは。…電話して来て、ケガした、とか…ほんと勘弁」
俺は、勝手に慶が好きそうな味を選んでノンアルコールのドリンクを作る。
「侑利、好きなんだな、あの子の事」
急に言われて、一瞬動きが止まる。
「……そりゃ、まぁ…付き合ってる訳だし」
行き成り、背中をバシバシ叩かれる。
「いっ、た…何っ」
「いやいや、何か、微笑ましい」
「どこがっ」
「だってあの子、さっきからチラチラこっち見てるしさ」
「え?」
言われて慶を見ると、天馬、奏太、桐ケ谷さんに加えて、巴流と大和と健吾までもがやって来て取り囲まれてて、みんなからケガについて質問責めに合ってた。
「あれは、困り果ててんだよ」
「あっはは、やっぱり。早く助けてやれよ」
可笑しそうに笑ってる司くんに「後で紹介する」と言い残し、ドリンクを持って慶の所へ戻る。
「ちょっと、どんだけ集まってんだよっ、桐ケ谷さんまでっ」
俺が間に割って入ると、慶があからさまにホッとした表情を浮かべる。
「いやいや、慶ちゃんのさぁ、こんなキレイな顔に傷なんか残ったらさぁ…」
健吾が言う。
「お前、厨房ほったらかしてんなよっ」
桐ケ谷さんがそう言ったけど……自分もカウンター業務ほったらかしてるしね…。
とりあえず、全員、持ち場に退散。
「…囲まれた」
「…ふっ……そうだな」
「笑ったな」
「や…ちょっとだけ面白かった」
慶の前にドリンクを置く。
「わっ、コレなに?」
「オレンジとパインをジンジャーエールで割ってみた」
「ええ~~?分かんないけどぉ」
「だろうな」
慶は嬉しそうな顔で一口ソレを飲む。
「わ~~、美味しいっ、侑利くんが作ったの?」
「そうだよ」
「え~…天才~」
出た。
俺が天才だったら健吾や司くんなんか神様の域だよ。
「あ、リベルテの2人」
慶とは少し離れた所のカウンター席に座ってる2人。
慶の登場には気付いてるようで………って、あんだけ取り囲まれてたら誰でも気付くか…。
「あ、」
慶は、俺が言った方を見る。
2人と目が合ってペコリとお辞儀をした。
慶はスツールを降りて行こうとしたけど、2人がこっちへ来た方が早くて………入れ替わりの多いカウンター席は、ちょうど慶の近くの席の2人が帰ったところだったってのもあって、そこへリベルテの2人が移動して来た。
*三上side*
「羽柴さんっ、こんばんは。……どうしたの?それ」
店長が自分の頬を指差しながら、羽柴さんに聞いた。
「あ、えっと、コケました」
コケるとか……可愛いけどさ…。
顔から突っ込んだって事?……だとしたら、どんだけ派手にコケてんのーっ。
「職場の先輩がコケちゃって、そのまま俺にぶつかって一緒にドーンって」
「あー、ドーン……って、それ思いっきり巻き添え食った感じですね」
そう言うと、羽柴さんは「あー、そうですね…」と言って小さく笑った。
目の前に居た久我さんが、フードメニューを羽柴さんの前に広げて置く。
「何か食うだろ?」
「え、何か悪いよぉ」
「何遠慮してんの」
「え~だって」
「家何もねぇからな」
「あー、ほんとだね」
「食っとけ」
「侑利くんは?」
「俺は、後で賄い」
「そっか…う~ん……え~っと………んーー迷う~」
……あのぉ……
すごく……………可愛いんですけどぉっ!!
何だよっ、この、緩い感じはっ……
ちょっと引っ掛かったのは「家何もねぇからな」ってとこ。
家というのは……久我さんの家なのか……はたまた羽柴さんの家なのか……それとも2人で住んでるのか………
カットモデルして貰った時に、住所が変わったばかりでまだ覚えてない、って言ってた…………
一緒に住んでんの?
付き合ってるって事で、間違い無いのっ??
………俺も………付き合ってみたいよ……羽柴さんなら…。
羽柴さんが決めたのは「オムライス」
チョイスも可愛いな、くそーっ。
久我さんや、黒瀬さん、それから、他のスタッフの人達も、カウンターに留まっては居なくて、次々入る注文をテーブル席へ運んでる。
見てたら、運んだ先で呼び止められて話したりけっこうしてる。
やっぱり、イケメンが運ぶから引き止められるんだろうな…。
「他はケガしてないの?」
店長が聞く。
「あ、腕と足首も…」
「えっ、そうなの?」
けっこう……ケガしてんな…。
服で隠れてるとこだから分からなかった。
どんだけ思いっきりコケたんだよ…。
「あの、この前はありがとうございました」
この前と言うのは、あの日の事だ。
羽柴さんが、変質者に暴行されそうになった日…。
「いえ、全然。それより……もう大丈夫ですか?だいぶショック受けてた感じだったから……」
店長を挟んだ席から羽柴さんに聞く。
「あ、はい、それはもう大丈夫です」
「そっか、良かったです」
「携帯はまだ直せてませんけど」
あの時、画面にヒビが入った携帯。
ほんとに、何も危ない事されなくて良かったって心底思う。
「携帯ぐらいすぐ直るからね、羽柴さんに何もなくてほんと良かったよ」
羽柴さんファンの店長がしみじみ言う。
「ほんとに、ありがとうございます。俺、走ってて…」
羽柴さんがあの日の事を思い出してる。
「三上さん達が店の前に居るの、遠くから気付いてたんです」
あの公園から、ずっと必死で走って来たんだろうな……
「とにかく三上さん達の所まで走ろうって思って……」
凄い勢いで走って来たもんね…あの時。
「足が言う事聞かなくて…突っ込んじゃいましたけど…」
「あはは、確かに、かなり凄い勢いで突っ込んで来ましたよね」
「すみません……もう、2人しか見えてなくて…」
俺らしか見えてない、とか言わないで…。
可愛いって思ってんだから…。
「はい、お待たせ、慶ちゃん」
厨房の長身のスタッフ……名札は一ノ瀬と書いてある。
一ノ瀬さんが美味しそうなオムライスが乗った皿を羽柴くんの前に置く。
「わ…すご…」
羽柴さんがそれを見て嬉しそうに呟く。
「これはサービス。ほんとは付いて無いんだよ?」
一ノ瀬さんが指さしたのは、オムライスの横に付いてる唐揚げ2つ。
「え、良いんですか?」
「どうぞ。慶ちゃんだから特別」
やっぱりな……
サービスしてあげたくなるよ……こんな人に待たれてたら…。
「ありがとうございますっ」
ちゃんと礼を言う。
いつも思うけど……ほんとに、今時の二十歳とは思えない程、ちゃんとしてる。
今時の二十歳がちゃんとしてないとは言わないけど……
やっぱり……ギャップかな、羽柴さんの場合。
ほんとにイケメンだから、調子乗っててもおかしくないのに……すんごい控えめだし…何て言うか…ネガティブ。
そのギャップがツボだよ、俺は…。
「ごゆっくり」
一ノ瀬さんがにっこり笑って、また厨房に去って行く。
「いただきま~す」
誰も聞いて無くても、小さい声でちゃんと言ってる。
マジで……女の子にしたい……
いや、男のままでも俺は良いっ。
羽柴さんは一口オムライスを食べて、何か誰かに言いたそうにキョロキョロした結果、こっちを見た。
「すっごい美味しいですっ」
かわいっ。
「良かったね。美味そうだもん、見てても」
店長も、今の可愛さにやられたに違いない…。
美味しさを誰かに言いたかったんだね。
いちいち、何なんだよ~……
目の前では、スタッフさん達が忙しなく行き来してて、ほんとに週末のこの店は忙しそうだ。
「そう言えば、慶ちゃん、髪切って更に可愛くなってんじゃん」
上杉、という名札を着けたこれまたイケメンがカウンターに来てそう言った。
「あ、切って貰ったんです、こちら美容師さんなんで…」
羽柴さんが俺達の事を上杉さんに説明する。
「えっ、そうなんですか?」
「はい」
「へぇ~、美容師さんなんですね~、何かオシャレだと思いました」
って、そんなイケメンに言われたら……何か擽ったいような…。
「羽柴さんにカットモデルになって貰ったんです」
「えっ、カットモデル?すげぇ~、慶ちゃん、そんな事したの?」
「切って貰って写真撮っただけです」
「ポーズ決めたりとかじゃないの?」
「それだったら……断ってます……」
羽柴さんが小さな声で言った。
「羽柴さんの写真は、店内にだけ貼らせて貰う約束で切らせて貰いました」
「へぇ~、そうなんですね。俺も今度切って貰おうかな」
上杉さんが髪を触りながら言う。
そりゃ、カットモデルやってくれるなら是非お願いしたいくらいのイケメンですけどね…。
「大和さんなら、ポーズいけそうです…」
控えめに羽柴さんが呟く。
「え?あははっ、そう?」
確かに、花束とか持って貰いたい感じのクールさがある人だ。
「久我さんに聞いて来てみたら、スタッフさんがイケメンだらけでほんとビックリしてて……ほんとに、声かけてくれたらいつでもカットモデルお願いしたいぐらいですよ」
店長が言う。
俺も同じ事考えてた……
ここのスタッフさんに順番にモデルになって貰えば、俺が街頭に立ってスカウトしなくても良いじゃんか~。
「色々なタイプのイケメン取り揃えてますから、どれからでもどうぞ」
桐ケ谷、という名札を着けた店長らしき人が隣から言う。
「どれからでも、って…」
「ははっ、あ、悪ぃ」
店長までもが、男前でシブいんだから……。
店の客層も若い女の子が多くて、スタッフさんはよく呼び止められたりしてる。
俺も超イケメンに生まれてたら、生活変わってたかなぁ……などと考えてみたり…。
羽柴さんは、もぐもぐオムライスを食べてる。
あんなに細いのに、けっこうがっつり食べるんだな…。
まぁ……可愛く見えても、二十歳の男なんだから、そりゃこの時間にでもがっつりいくだろう。
食べてるとこ見るの初めてだから、それもまたギャップなのかも…。
細いから、ほとんど食べないのかと思ってたら……案外食べる、みたいな。
食べてる姿さえも、何だか愛おしい。
もう、ファンなのか本気なのか、この気持ちが何なのか分からなくなって来る…。
店長の羽柴さんへの想いは、きっとファン目線なんだろうと思うけど……俺は……どうなんだろう……
今日だって……
この店で、会えるとは思って無かった…。
それが、偶然会えて……久我さんが居るけど……それでも、もっと羽柴さんの色んな表情を見たり言葉を聞いたりしたいって思ってる。
きっと、店長よりも上を行ってると思う…。
男には興味なかったはずだけど……羽柴さんは何か違う…。
片思いは実りそうも無いけど………でも、やっぱり気になってしまうんだよ…。
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