トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

文字の大きさ
35 / 237
4章

1

しおりを挟む
 休日を翌日に控えた十月初旬のその夜、志貴はフェデリコ・ナヴァス外相の招きで懇親会に参加していた。
 顔をつなぐのが主な目的である社交の場は、官邸や各国の在外公館がその会場となることが多いが、この日は一軒家のレストランを貸し切っている。マドリードでは珍しい、アンダルシア風の回廊がめぐる中庭に面した部屋は、すべての扉が開け放たれ、人々のざわめきが噴水の水音に混じり合う。秋風が自由に通り抜ける、内と外をゆるやかに繋ぐ開放的な空間。
 いつもとは異なる雰囲気は新鮮で、心なしか参加者たちも華やいで見える。新しい知己を得られるかもしれないという期待が高まるが、会場に足を踏み入れて以来、志貴はわずかな違和感を覚えていた。

 ――若手の外交官や実業家の懇親会だそうだよ。私に招待状が来ないということは、老いぼれだと烙印を押されたんだな。

 梶は若干拗ねながらも「楽しんでおいで」と送り出してくれたが、公使館には志貴より若手の書記生もいる。それなのに、招待状は志貴のみに届けられた。書記生は入省二年目の研修もかねての配属だから、若手にも数えられないひよっ子扱いということなのだろうか。「美味しいもの、僕の分まで沢山食べてきてくださいねえ」と恨めし気だった彼に苦笑しつつ、日本公使館の若手代表として参加したわけだが、――どこか落ち着けない。
 その理由がわからず、据わりが悪い思いをしながらもまずは招待主に挨拶をと思ったが、くだけた場なのか案内係はつかず、「どうぞ奥へ」と通されただけだった。自分で探せということなのだろう。しかし、中庭を取り囲むすべての部屋をまわっても、ナヴァスの姿は見当たらない。別室で、特別な客と人に聞かれたくない話をしているのかもしれない。
 時間を置いて探してみよう、と志貴は通り掛かった給仕から発泡酒カヴァのグラスを受け取り、壁際に寄って乾いた喉を潤した。そうして一息つき、改めてその場の人々を観察しようとグラスから顔を上げて――違和感の正体に気が付いた。

 参加者はみな身なりがよく洗練された雰囲気を持つ、社交の場でよく見掛ける階層の人々だ。グラスを片手に料理をつまみながら、それぞれが和やかに会話を楽しんでいる。誰も志貴など眼中にない――それなのに、見られているような気がする。常に、誰かに。
 確かめるように、顔は動かさずに目だけで視界の端に映る人物をさっと見遣ると、気づいていないのかこちらを見たままだ。ゆっくり顔を向けると、相手は不自然にならないように視線を外す。さりげなく反対側も同じように確認したが、同様の反応を返された。
 志貴だけが弾かれた大きな一つの意思がその場を支配し、志貴を観察している。そんな錯覚を覚える。しかし敵意は感じないのだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

創作BL短編集

さるやま
BL
短編まとめました。 美形×平凡、ヤンデレ、執着・溺愛攻め多め

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...