トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

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11章

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 七月も半ばを過ぎ、マドリードはすっかり夏に衣替えをしている。梅雨がない分、ジリジリと地表を焼き尽くす太陽は残酷な神のようでもあり、高地の強い光線は現地人でもなるべく浴びるのを避けようとする。昼休みシエスタが長く取られるのも、この過酷な時間帯を避けて活動するためだ。
 その暑さの中でも、志貴は『スペイン語』のためにレティーロ公園まで足を運ぶ日課を変えなかった。なるべく日陰を通り、園内に入ってしまえば、豊かな緑の空間が広がっている。大樹の並木道を歩き、大池に近い木陰のベンチに陣取れば、乾いた風に心地よく汗が引いていく。
 そうして日の下にいると、内にわだかまる濁った感情が、少しでも浄化される気がする。勿論それは気のせいで、捻れた状況は少しも改善される訳ではないのだが、明るい空を清々しく感じると、自分はまだまともだと確認できる。
 仕事を離れた、ふと訪れる待ち時間のような空白は、志貴に心のゆとりを与えてくれるものではなくなっていた。以前なら故国の家族に思いを馳せていたところだが、今は志貴の手を掴んで離そうとしない男たちの顔が浮かんでしまう。

 その一人、テオバルドとの『スペイン語』の時間は変わらず続いていた。殆ど毎日、この時期なら公園のベンチで待ち合わせ、他愛のない話を交わして別れる。傍から見れば、友人同士ののんびりした昼休みの光景にしか見えないはずだ。
 付かず離れずの距離を保ちながら飼い犬を自称する男は、しかし昨日、いつもとは違っていた。陽気な兄ちゃんの顔を消し去って、志貴の腕を掴んだのだ。――自らが定めた、飼い犬の掟を破って。

「悠長ってのは、日本人の風土病か。――もしくは見て見ぬふりの現実逃避か」
「……テオ、言い過ぎだ」
「わかっているはずだ、志貴」

 強く腕を掴まれた痛みも動揺も微塵も浮かべず、無言のまま見返す志貴に、テオバルドは眉をひそめた。一瞬ちりっと苛立ちを露わにした直後、綺麗にそれを消し去ると、不意にその精悍に整った顔を近づけて睦言のように囁く。

「俺たちに残された時間は、――もう長くない」

 ざあっと木漏れ日が揺れた。
 二人の顔に落ちる木影も揺らめき――一瞬、周囲の音がすべて掻き消えた。

「……何か、あったのか。君らしくないよ」
「俺らしいと言えるほど、あんたは俺を知っていて、俺に興味があったのか?」

 当てこするような言い方に志貴は眉をひそめたが、彼の態度に心当たりはないと断言するには、後ろめたさが残る。吐息が触れるほどテオバルドが近づいても、彼との距離を黙殺してきたのは志貴だ。そして、彼が唇に乗せる恋情も――その真意を探ることもないまま。
 その理由を口にできるわけもなく、志貴はただ唇を引き結ぶ。――掴まれた腕が、熱い。
 その様子をどう思ったか、男の態度はさらに辛辣なものになる。
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