128 / 237
11章
9
しおりを挟む
「連合国は早期の終戦を望んでいる。最善はドイツからの和平交渉だが、残念ながらそのためのカードは私にはない。イタリアは……ムッソリーニには、もう一月も持ち堪える力はないだろう。とすれば、アメリカに喧嘩を売った日本に降伏してもらうのが、手柄として一番旨味があるんだよ」
自身が政権に返り咲くための手土産として、降伏を勧めているのだ。あまりに身勝手な動機だが、悪びれもせず言ってのける様はいっそ清々しく、志貴は苦笑するしかない。
それにおそらく、ナヴァスは野心だけでこの話を持ち掛けてきたわけではない。これ以上の戦争継続は、日本国民にとって、ただ生活を圧迫し疲弊させるだけだと――限界まで国力を削られた国の惨めさを思い知っている者として、良心から声を掛けてきたという側面もあるだろう。外相の地位にあった時も今も、無傷の勝者など一人もいない内戦を経た国の政治家の顔を、彼はしている。
昨秋のパーティーの件といい、目的のためなら手段を選ばない、実に食えない人物だが、どうにも憎めない。さすがテオバルドの古い友人というだけある。
「確かにお手柄となりそうですが、梶公使ではなく何故私に?」
「君が矢嶋周の息子で、今この国にいるジェイムズ・アスターと昵懇の間柄だからだよ。実に個人的なものではあるが、君はイギリスの中枢に強力なパイプを持っている」
ここで初めて、ナヴァスは志貴に向き直った。その強い眼差しに、矢嶋周の息子なら、このまま戦争を続けることの愚がわからないはずがない、という圧力を感じる。
ジェイムズは、会うたびにもっと明け透けに「君の国にまともな政治家はいないのか。いないのだな。いまだに講和という唯一の出口を見つけられない、節穴揃いのようだからな!」などと貶してくるが、ナヴァスのそれは志貴個人を標的としている。連合国の欧州の要、イギリスへのパイプ――自身をそのように考えたことなど一度もなかったが、その手札を切れと唆しているのだ。
父が偉大な外交官であったことはよく知っているつもりだったが、まさかこのような局面でその名を聞くことになろうとは。
「君の国にも、ドイツと組んだのは失敗だったと気づいた人間はいるだろう。先般戦死した山本提督は、日独伊三国同盟の締結にそもそも反対していたと聞く。存命であれば、おそらく君の父上も――。慧眼の持ち主は彼らだけではないのでは? ――まあ、この事態になってからそう思うのは、慧眼でも何でもないが」
自嘲するように付け加えたナヴァスの声が聞こえたのか、通り掛かった女がふとこちらを見る。聞かれても問題ない話ではあるが、注意を促すために志貴はさりげなく目配せした。
わずかに目線を上げ、ようやくその存在に気がついたナヴァスに、女はつかつかと歩み寄ってくる。
「やっぱり、フェデリコ。珍しいところで会うわね」
「それはこちらの台詞だよ」
挨拶を交わす二人に、つられるように志貴も彼女に視線を向けた。
自身が政権に返り咲くための手土産として、降伏を勧めているのだ。あまりに身勝手な動機だが、悪びれもせず言ってのける様はいっそ清々しく、志貴は苦笑するしかない。
それにおそらく、ナヴァスは野心だけでこの話を持ち掛けてきたわけではない。これ以上の戦争継続は、日本国民にとって、ただ生活を圧迫し疲弊させるだけだと――限界まで国力を削られた国の惨めさを思い知っている者として、良心から声を掛けてきたという側面もあるだろう。外相の地位にあった時も今も、無傷の勝者など一人もいない内戦を経た国の政治家の顔を、彼はしている。
昨秋のパーティーの件といい、目的のためなら手段を選ばない、実に食えない人物だが、どうにも憎めない。さすがテオバルドの古い友人というだけある。
「確かにお手柄となりそうですが、梶公使ではなく何故私に?」
「君が矢嶋周の息子で、今この国にいるジェイムズ・アスターと昵懇の間柄だからだよ。実に個人的なものではあるが、君はイギリスの中枢に強力なパイプを持っている」
ここで初めて、ナヴァスは志貴に向き直った。その強い眼差しに、矢嶋周の息子なら、このまま戦争を続けることの愚がわからないはずがない、という圧力を感じる。
ジェイムズは、会うたびにもっと明け透けに「君の国にまともな政治家はいないのか。いないのだな。いまだに講和という唯一の出口を見つけられない、節穴揃いのようだからな!」などと貶してくるが、ナヴァスのそれは志貴個人を標的としている。連合国の欧州の要、イギリスへのパイプ――自身をそのように考えたことなど一度もなかったが、その手札を切れと唆しているのだ。
父が偉大な外交官であったことはよく知っているつもりだったが、まさかこのような局面でその名を聞くことになろうとは。
「君の国にも、ドイツと組んだのは失敗だったと気づいた人間はいるだろう。先般戦死した山本提督は、日独伊三国同盟の締結にそもそも反対していたと聞く。存命であれば、おそらく君の父上も――。慧眼の持ち主は彼らだけではないのでは? ――まあ、この事態になってからそう思うのは、慧眼でも何でもないが」
自嘲するように付け加えたナヴァスの声が聞こえたのか、通り掛かった女がふとこちらを見る。聞かれても問題ない話ではあるが、注意を促すために志貴はさりげなく目配せした。
わずかに目線を上げ、ようやくその存在に気がついたナヴァスに、女はつかつかと歩み寄ってくる。
「やっぱり、フェデリコ。珍しいところで会うわね」
「それはこちらの台詞だよ」
挨拶を交わす二人に、つられるように志貴も彼女に視線を向けた。
20
あなたにおすすめの小説
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
本物の夫は愛人に夢中なので、影武者とだけ愛し合います
こじまき
恋愛
幼い頃から許嫁だった王太子ヴァレリアンと結婚した公爵令嬢ディアーヌ。しかしヴァレリアンは身分の低い男爵令嬢に夢中で、初夜をすっぽかしてしまう。代わりに寝室にいたのは、彼そっくりの影武者…生まれたときに存在を消された双子の弟ルイだった。
※「小説家になろう」にも投稿しています
あなたの隣で初めての恋を知る
彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる