トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

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11章

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「連合国は早期の終戦を望んでいる。最善はドイツからの和平交渉だが、残念ながらそのためのカードは私にはない。イタリアは……ムッソリーニには、もう一月も持ち堪える力はないだろう。とすれば、アメリカに喧嘩を売った日本に降伏してもらうのが、手柄として一番旨味があるんだよ」

 自身が政権に返り咲くための手土産として、降伏を勧めているのだ。あまりに身勝手な動機だが、悪びれもせず言ってのける様はいっそ清々しく、志貴は苦笑するしかない。
 それにおそらく、ナヴァスは野心だけでこの話を持ち掛けてきたわけではない。これ以上の戦争継続は、日本国民にとって、ただ生活を圧迫し疲弊させるだけだと――限界まで国力を削られた国の惨めさを思い知っている者として、良心から声を掛けてきたという側面もあるだろう。外相の地位にあった時も今も、無傷の勝者など一人もいない内戦を経た国の政治家の顔を、彼はしている。
 昨秋のパーティーの件といい、目的のためなら手段を選ばない、実に食えない人物だが、どうにも憎めない。さすがテオバルドの古い友人というだけある。

「確かにお手柄となりそうですが、梶公使ではなく何故私に?」
「君が矢嶋周の息子で、今この国にいるジェイムズ・アスターと昵懇の間柄だからだよ。実に個人的なものではあるが、君はイギリスの中枢に強力なパイプを持っている」

 ここで初めて、ナヴァスは志貴に向き直った。その強い眼差しに、矢嶋周の息子なら、このまま戦争を続けることの愚がわからないはずがない、という圧力を感じる。
 ジェイムズは、会うたびにもっと明け透けに「君の国にまともな政治家はいないのか。いないのだな。いまだに講和という唯一の出口を見つけられない、節穴揃いのようだからな!」などと貶してくるが、ナヴァスのそれは志貴個人を標的としている。連合国の欧州の要、イギリスへのパイプ――自身をそのように考えたことなど一度もなかったが、その手札カードを切れと唆しているのだ。
 父が偉大な外交官であったことはよく知っているつもりだったが、まさかこのような局面でその名を聞くことになろうとは。

「君の国にも、ドイツと組んだのは失敗だったと気づいた人間はいるだろう。先般戦死した山本提督は、日独伊三国同盟の締結にそもそも反対していたと聞く。存命であれば、おそらく君の父上も――。慧眼の持ち主は彼らだけではないのでは? ――まあ、この事態になってからそう思うのは、慧眼でも何でもないが」

 自嘲するように付け加えたナヴァスの声が聞こえたのか、通り掛かった女がふとこちらを見る。聞かれても問題ない話ではあるが、注意を促すために志貴はさりげなく目配せした。
 わずかに目線を上げ、ようやくその存在に気がついたナヴァスに、女はつかつかと歩み寄ってくる。
 
「やっぱり、フェデリコ。珍しいところで会うわね」
「それはこちらの台詞だよ」

 挨拶を交わす二人に、つられるように志貴も彼女に視線を向けた。
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