トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

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15章※

1

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 送別の一人酒は、一洋の突然の帰還により、長い出張をねぎらうささやかな酒宴となった。
 この三月、毎週末向かいに座り食事を共にしたのはジェイムズで、それが日常の一部として馴染んでしまっていた。いくつになっても稚気の滲む、魅力的な微笑みを浮かべながら志貴をからかう異星人と、落ち着いた頼もしい幼馴染はまったくタイプが異なるのに、こうして目を細めて見つめてくるところはよく似ている、と志貴は改めて気がついた。あたたかな眼差しに、懐かしさすら覚える。
 その幼馴染への依存を断ち切るための酒は今、二つのグラスに注がれている。長旅で疲れているだろうに、一洋はグラスのセットは任せてくれたものの、煮込みの温めも志貴のための軽いつまみの用意も、自らの手で済ませてしまった。

「ガルシア夫人が休みに向けて何か作り置きをしてるだろうと踏んで、昼飯抜きで一番早い便で帰ってきたんだ。正解だったな、彼女の料理はやっぱり絶品だ」

 やっとありついた遅い昼食ということもあり、一洋はあっという間に皿を空にした。軍人として逞しい体躯を維持する必要もあり、元から健啖家の彼の食べる様は、見ていて気持ちがいい。
 まだ突然の再会を受けとめきれず、ぎこちなく強張っていた心が、変わらない一洋の朗らかさに少しずつほぐれていく。

「おかわりは?」
「飯時には変な時間だからな、やめておくよ。夕飯が入らなくなる。居間でゆっくり飲りながら、お前の話を聞こう」
「……うん」

 一洋が現れるまでは、一人でボトルを空けるつもりでいたのに、志貴の手はグラスから離れがちだった。一洋が戻ったことへの喜びと安堵、それらの身勝手な感情を抱く自身への嫌悪が入り混じり、飲み慣れたはずのワインの味は複雑で、苦い。
 彼の立場を思えば、潜水艦による極秘帰国を拝命し帰途に就いていた方が――マドリードに戻らない方が喜ばしいのだ。それなのに、一洋を前にして、これほど歓喜する自分がいる。心強い幼馴染は戻った、自分は一人ではないのだ、と。
 空白の三ヵ月について語り合いながらも、己れの未熟さに、心の片隅は晴れないままだった。

「――それで、兄さんは中立国を中心に欧州を巡っていたんだね」
「大使館も武官府も、ベルリンにいる連中はナチスの発表を鵜呑みにするだけの能天気ぶりだ。現実を正しく認識していそうな同胞と会おうと思ったら、少しでもその影響下にない国に行くしかないからな」

 そもそもは、ドイツでの会議に出席するための出張だった。
 そこで新たに得られることなど何もないと行く前から看破していた一洋は、適当な理由を付けて本国の許可をもぎ取り、会議後にドイツからスウェーデン、スイス、ポルトガル、トルコと、欧州大陸の中立国を回ることにした。その地の邦人に会い情報収集に努め、昨今の状況について話し合ったという。
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