トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

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18章

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 使命のために必要な男は、感情が欲する男でもあり、志貴は己の欲と誘惑に抗えなかった。常にはない行動から、その弱さを、鋭い幼馴染は嗅ぎつけたのかもしれない。
 もしかしたら、テオバルドに対する感情も──。
 暖かい室内で表情を冷え固まらせてしまったら、それはもう答えたも同然だ。
 どうにか取り繕う前の一瞬の逃避──わずかに俯いた志貴の顎を、人差し指の指先が、持ち上げるようにすいっと掬う。
 恐れながら目線を上げた志貴が見たものは、目前に迫る男の顔だった。

(え……)

 唇に、やわらかな感触。
 乾いてカサついたそれが、一洋の唇だとようやく認識し、かすかに身動ぎするまで、志貴の唇は啄むように男に吸われていた。

「……俺は、もっとどうかしてる男だがな」

 自虐的に囁く男を、茫然と見つめる。
 どうして一洋は──ひととき使命を忘れ、私人として丸一日マドリードを離れた、愚かな同志の唇を吸うのか。腰に手を回し、こうして抱き寄せるのか。
 固まったまま凝視する志貴に、一洋は自嘲の笑みを浮かべた。

「豆鉄砲を食らったような顔をしてる。そんな顔をさせるなら、俺の演技もなかなかのものだな」
「……どういう、こと?」
「名演技も、結局無駄になったが。──どうしても、俺は志貴を諦めきれないらしい」

 そう言って、一洋の大きな手が志貴の頬を包む。夜気に晒されたせいか、それとも緊張のせいか、その手は冷え切っている。
 やるせない吐息とともに、その言葉は真っ直ぐに志貴へと注がれた。

「お前を愛してる、昔からずっと」

 一洋の声が、音の連なりから言葉として頭の中で意味を成した時、真っ先に浮かんだのは、まさか、という思いだった。
 体を捧げ心を繋ぎとめようとし、拒まれたのは年末──三ヵ月前のことだ。以来、一洋を手淫で慰めることを許されるようになったが、一方的に『薬』を与えられるようになってから一年が経っていた。
 それまで、相互自慰の申し出はいつも半端な形で受け入れられ、ただ志貴だけが甘やかされていた。一洋は一貫して、志貴を使って快楽を得ることを頑なに拒んでいたのだ。
 何故今になって、これまで触れることもなかった唇に、一洋は──。

「お国のために心身ともに擦り減って、様子がおかしいお前を前に、据え膳を食うほど俺は卑怯じゃないつもりだ」

 無言の問いが届いたかのように、一洋は続けた。その表情はいつもと変わりないが、どこか吹っ切れたようにも見える。
 静かに肚が据わった様子に、志貴は逆に恐れを覚える。一洋の態度が、これは一時の気の迷いなどではないと──逃げ道を塞いでると感じたからだ。

「それに体目当てなら、とっくに手に入れてる。お前の体は、俺に靡いてるからな。前も後ろもとろとろにして何度も達かせて、訳もわからなくなってるうちに奪うのは造作もなかっただろう。──あんなことをされて、怒りもせずに身を委ねてくるお前を見て、触れるたびにどうにかなりそうだった。快楽で丸め込めるなら、このまま俺のものにしてしまおうかと、……何度思ったか知れない」
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