トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

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19章 ※

3

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「何があったんだ、こんな時間に」
「しばしの別れを言いに来た」

 緊張した志貴の問い掛けに、反対にテオバルドは落ち着きを取り戻したようだ。ふっと肩の力を抜き、強張っていた頬をゆるめた。

「衛藤といい、今日はよく待ち伏せされる日だ。車を返しに行った帰り、口先だけは丁寧に、有無を言わさず招待してくる奴らがいたんだ。奴らの事務所で、実に紳士的に、アメリカでの活動から手を引いて協力者になれと誘われたよ」
「……連合国のスカウトか」
「あのアクセント、イギリスの情報部だろう」

 テオバルドはいつもの余裕のある調子で答えるが、その内容は物騒極まりないものだった。

「警告はこれまでもあった。去年の七月に、アメリカで活動してたカルロスの連絡が途絶えたんだ。上げる情報が減ったから、あんたも気づいてたんじゃないか」

 志貴は頷いた。
 重点的に届けられていた新型兵器の情報が、少なくなったと感じる時期があった。確か、あれは──。

「向こうの諜報員の数は限られる。カルロスの捜索に手を割くことはできなかった。それがようやく、奴の消息がわかったんだ。連絡が途絶えた日の前日に、ラスベガスのホテルで射殺されていた。犯人も動機も不明、事件は早々にお蔵入りだそうだ」
「いつそれを知ったんだ」
「いつだろうと、それが大事なことか」
「……昨日なんだな」

 答えないことで確信した。
 昨日の時点で、テオバルドはこの事態を予測していた。遠からず、自身に危険が迫ることを。
 だから、志貴をドライブに誘ったのだ。
 愛した故郷を見せるために。流血の地に眠る父と母に、恋人を見せるために。
 そして別れを告げるために。

「もし誘いを──二重スパイを断ったら、と脅されたが、俺もこれを持ってるからな。くぐり抜けてきた修羅場の数は、こっちの方が上だ。天井に向かって撃って、混乱に乗じて逃げ出してきた」

 これ、と言ってテオバルドが上着の内ポケットから取り出したのは、拳銃だった。
 それは、志貴を驚かせるものではない。何故なら志貴も、『スペイン語』のレッスンを含め、出歩く時は常に携帯しているからだ。──勿論、二人きりの今日の遠出にも。
 心から求めながらも、心の底からは信じられなかったスパイが、職務への忠実さのために命の危険に晒されている。いつだって不誠実なのは志貴一人で、テオバルド、そして一洋も、常に志貴が求めるものを与え、それでいて恩を着せることなくその意思を尊重してきたのだ。

「これからどうするつもりなんだ」

 引きとめる調子にならないように、志貴は訊ねた。
 昔から何も変わらない、甘やかされるばかりの自分を嫌悪し自省するのは、今でなくていい。

「国を出て身を隠す」
「どこに。当てはあるのか」
「こういう時の飛び先も用意してこそ諜報員だ。始発の切符と荷物も、ここに来る前に手配した」
「どこへ行くんだ」
「知らない方がいい。それがあんたのためだ」

──俺たちに残された時間は、──もう長くない。

 不意に、焦燥に翳るテオバルドの顔が蘇った。
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