ほのぼの学園百合小説 キタコミ!

水原渉

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番外編 ハンバーグ(1)

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 朝は慌ただしいので、ルーチン化して思考を挟まずにこなすのがよい。靴下一つ履く順番を変えるだけで何かを忘れたりする。
 テキパキ準備して家を出る。朝方は少し肌寒くなってきたから、そろそろ何か1枚増やした方がいいだろうか。
 夏と比べると、冬は服の枚数が多い分、時間がかかる。涼夏クラスになると、夏と冬でメイクも違いそうだ。
 何となく夏と冬のメイクを検索してみると、むしろ変えるのが一般的なようだった。確かに、湿度も肌の状態も全然違うし、紫外線対策も変わってくる。さすが涼夏だ。本人に確認したわけじゃないけど。
 駅で先に来ている奈都に「おはよー」と声をかける。ここから先は毎日奈都の反応が違うし、話題も様々だ。もっとも、奈都と何か話しながら学校に行くという大きな枠組みの中では同じとも言える。
 ただ、それを言ってしまうと、帰宅部活動すら毎日同じことの繰り返しだ。究極的には「朝起きて、学校に行って、帰宅して寝る」という一連の行動ですら同じだが、さすがにそれはルーチンとは言えないだろう。
「どう思う?」
 思考過程をすべて省略してそう聞くと、奈都はうっとりと目を細めて微笑んだ。
「今日も可愛いよ。特に腰のくびれが色っぽい」
 そう言いながら、奈都が両手を私の腰に添えて、お尻の方に滑らせた。色々な場所が好きな人だ。
「生きる土偶って呼ばれてる」
「人間の逆輸入だね」
「人間の逆輸入……」
 なかなか力のある言葉だ。元々土偶は人間を象ったものだから、人間を土偶みたいと表現するのはおかしい。人間の逆輸入というのは上質なツッコミだ。
「奈都にしてはいいね。私も使っていくよ」
「使えるシーンがすごく少ないから、ここぞという時は躊躇なく口にするといいよ」
 奈都が何やら得意げにそう言った。確かに想像しても使いどころが思い浮かばないので、引き出しの奥に眠ったままになりそうだ。
 いつものように手を繋いで隣同士で座ると、奈都が親指で私の手をむにむに触りながら言った。
「大きなハンバーグを焼いて食べたい」
「驚きのロバ?」
「どっちかと言うと、食べることより焼く方が大事」
「驚きの奈都だね」
 奈都は料理をする子ではない。家で親の手伝いをしている話も聞かないし、バレンタインやクリスマスにお菓子を焼くようなこともない。
 その奈都がハンバーグを焼きたいというのは成長を感じるが、大きなハンバーグに限定している辺り、また何か元ネタありだろう。
 聞いてみたら、奈都は当然だと頷いた。
「アニメに出てきて、ネット上で大きなハンバーグを焼くのがブームになってる」
「オタクの力ってすごいね」
「でしょ!」
 奈都がパッと表情を明るくする。今のは必ずしも褒めたわけではなかったが、奈都がポジティブに捉えたのなら、わざわざそれを否定することもないだろう。
「それで、作るの?」
「涼夏が作ってくれないかなぁ」
「いや、待って」
 平然と言われた一言に、私は思わず声を上げた。奈都がキョトンとした顔で私を見る。
「さっき、食べるより作るのが大事だって言ったじゃん」
「フライパンいっぱいのハンバーグが焼きたい」
「自分で焼かなくてもいいの?」
「うん。涼夏って、私みたいなものでしょ?」
 奈都がわかるよね、という顔をしたが、さっぱりわからない。大きなハンバーグを焼く体験をしたいわけでも、それを食べたいわけでもないのなら、一体何がしたいのか。
 私がクエスチョンマークを浮かべていると、奈都が丁寧に説明を始めた。
「一体感だよ。例えば餅つき大会を見に行ったら、それはもう自分で餅をついたも同然でしょ?」
「どうだろう」
「オール帰宅部として、誰かが焼くのを間近で見られたらそれでいいよ。どうせなら美味しく作りたいじゃん?」
「その点には同意するけど」
 一体感というのはわからないでもない。帰宅部で遊んでいて、一人しか経験しなかったことを、さも全員がしたかのように表現することはある。
 それに、どうせ食べるなら美味しい方がいい。それなら、元料理部にして料理が趣味の子に作ってもらうのが確実だ。
 私が一応納得したからか、奈都が満足げに頷いた。
「そういうわけで、涼夏によろしく言っておいて」
 得意の他力本願だ。それくらい自分で頼めばいいと思うが、クラスも違うし、涼夏にアニメの話をするのが憚られるのもわかる。
 動機はともかく、企画としては帰宅部的だし、涼夏も喜んで乗ってくるだろう。せっかくなら私も焼いてみたいので、みんなで作るのもいいかも知れない。言い出しっぺはわからないが。
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