ほのぼの学園百合小説 キタコミ!

水原渉

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番外編 インバウンド(5)

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  *  *  *

 さて、第1展示室はArms and Armorだ。大名家の刀や弓矢、銃などが展示されている。
「説明が、Daimyoしかわからない。evoking? reverence? admiration?」
 奈都が小声でそう囁きながら、悲しそうな顔をした。からかいたいところはやまやまだが、生憎私にもよくわからない。とにかく大名が所持したり使用したりしたものなのだろう。
 ちなみに、この手の美術館にしては珍しく、スマホでの撮影はOKだったので、記念に何枚か写真も撮った。気になるアイテムは、また家に帰って日本人に戻ってから説明を読むことにしよう。
 第2展示室はDaimyo's Tea Room、つまり茶室だ。説明文の単語を拾うと、江戸時代の武士たちがお茶を楽しんだとか、そういうことが書かれてそうだ。たぶん。
 第3展示室はFormal Chamber of a Daimyo's Residence。ちょっとChamberがわからないが、とにかく大名の家のようだ。
「謁見の間だね」
 3人で首をひねっていたら、絢音がさらっと教えてくれた。
「さすが絢音」
「ネイティブだからね」
「いつからネイティブになったの?」
 奈都が呆れた顔でそう言ってから、すぐに今日のコンセプトを思い出したらしく、恥ずかしそうに頭を掻いた。マレーシアのカニと違って、絢音は英語圏から来た旅行者なのだ。
 第4展示室の能、第5展示室の調度品やら駕篭やらを見た後、いよいよ現在展示中のお姫様の調度品エリアに足を踏み入れる。
 煌びやかで雅だった。そもそも調度品とは婚礼調度で、お姫様が嫁ぐ時に作られたものである。ちなみに、お姫様についての説明も書かれているが、3歳で嫁いだとのこと。政略結婚かわからないが、いっそそこまで幼いと気にならないかも知れない。
 展示は調度品の他に、当時のことが記された書の類もたくさん展示されていた。とても同じ国の言葉とは思えない文字で、まったく読めないが。
「私、インバウンドだから読めない」
 あっけらかんとそう言うと、涼夏が「私もだ」と深く頷いた。
「漢字ばかりだ。紀貫之を見習ってほしい」
 涼夏が知的なことを言って、私が思わずおおと唸ると、絢音が可笑しそうに顔を綻ばせた。
「ちなみに、土佐日記もまったく読めない」
 そう言って、画像検索した画面を見せてくれたが、漢字しかない文よりは希望がありそうだった。
 数々の重要文化財の後、いよいよ最後にNational Treasureエリアにやってくる。最初に飾られていた長持がいきなり国宝で、目を輝かせながら写真を撮っていたら、フロアに展示されている品のほとんどが国宝だった。
「熊野古道みたいだね」
 そう言って、奈都が笑う。私は思わず息をのんだ。
「カニが知的なこと言った!」
「私、意味がわからなかった」
 涼夏がキョトンとする。絢音は意味がわかったようで、私が口を開く前に説明した。
「世界遺産の登録が『紀伊山地の霊場と参詣道』だから、一つに見せかけてあれもこれも世界遺産っていう喩えだね。国宝は9つに見せかけて、その内の1つが、すごくたくさんの集合体だったってこと。ねっ?」
「冷静に解説されると恥ずかしいんだけど」
 奈都がもじもじしながら俯いた。可愛い。
 実際、数が多かった。何とか箱、何とか桶、何とか台、櫛から枕まで様々だ。絢音がいちいち、「絢音蒔絵昆布箱か」「絢音蒔絵祝之枕ね」「なるほど、絢音蒔絵旅眉作箱」などと、自分の名前を付けて呟いていて面白い。
「それにしても、よくぞ生き存えた」
 涼夏が展示の写真を撮りながら、感嘆の声を上げた。私も思わず大きく頷いた。
 我がプリフェクチャーでは、戦争で城からお寺から学校から、様々な建物が焼失している。説明によると、一部の調度品は疎開していたらしい。偶然戦火を免れたというわけではないようだ。
 人が多く、進みが遅かったのもあるが、結局美術館には1時間以上滞在した。あまりにも展示が見事だったので、最後の方はインバウンド設定を忘れて日本語の説明を読み耽っていたが、さすがは国宝。それだけの力があったということだろう。
 学びに繋がる良い遊びだ。
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