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番外編 帰宅部活動 2.マック
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帰宅部は、活動の内容によって活動する場所も様々だ。プールに縛られている水泳部や、ゴールに縛られているサッカー部とは違い、私たちは自ら活動の内容を考え、それにふさわしい場所を選ばなくてはならない。
常に自主性と想像力が問われている。その点では、被写体を探し求める写真部に近いかもしれないが、撮影という行為すら、帰宅部の活動は網羅してしまう。実に自由度の高い部活なのだ。
そんなわけで、今日は絢音と二人で、マックでポテトをつまんでいる。先程まで一緒に宿題をやっていたのだが、丁度今終わって片付けたところだ。
店内は9割方席が埋まっていて、とても騒々しい。右隣では私の倍くらい生きてそうな私服の男性が、イヤホンを耳につけてスマホをいじっている。反対側では高校生のカップルが、至近距離で見つめ合っている。完全に二人の世界だ。
私も微笑みながらじっと絢音を見つめると、絢音がくすっと笑ってつまんだポテトを私の口に近付けた。大人しく頂戴してシェイクで流し込む。「そういえば」と絢音が静かに切り出した。
「マックで隣の女子高生が言ってた話、知ってる?」
「いつの?」
突然何を言い出したのだろう。今右隣は高校生ではないし、左隣の女子高生は何も喋っていない。過去形だったが、少し前のことだろうか。それとも、もっとずっと前の話だろうか。
首を傾げると、絢音は「概念だよ」と笑った。
「ネットスラングっていうの? ネット上に自分の意見を書くと叩かれるから、最後に『~って、マックで隣の女子高生が言ってた』ってつけるの」
「へー」
それは初耳だ。そもそも私はSNSをやらないし、インターネットもYouTubeや通販サイトを見るくらいだ。あまりそういう個人のやり取りや、誰かの主張を目にしたことがない。
続きを促すと、絢音は満足そうに頷いた。
「つまり、きっとその人の隣には女子高生なんていなかったし、そもそもマックにすら行ってなかったかもしれない」
「まあ、そうだろうね」
「じゃあ、例えば、今私たちが話してることを、隣の男の人が聞いていたとして、それをそのままネットに書いたらどうなるだろう」
絢音が静かにそう問いかける。もし本当にマックで隣の女子高生が話していたとしても、もはや誰もそれを信用しないだろう。
「私たちは実在するけど、隣の人から見たら、もはや概念なんだよ」
絢音が嬉しそうにそう言って笑った。なるほどと思う。もう少し深くその意味を考えると、つまり、私たちが今ここで何を言ったところで、それは私たちが言ったことにはならないのだ。
「むしゃくしゃするから、私、明日の朝一番に線路に置き石する」
「やばいね。隣の人は大慌てだよ。『明日の朝一番に線路に置き石するって、マックで隣の女子高生が言ってた』って、隣の人はネットに書きました」
「私は許された」
「おめでとう」
絢音がうっとりと目を細めて拍手する。どうも釈然としないが、その言葉は発信者のものとなるだろう。これは逆に、私が世紀の大発見をしても同じだろうか。
「ここだけの話だけど、動いてる電車の中でジャンプしても、同じ場所に着地するって知ってた?」
「それはビックリだね。『動いてる電車の中でジャンプしても、同じ場所に着地するって、マックで隣の女子高生が言ってた』って、隣の人がネットに書きました。やがてこの偉大な発見をした発信者のもとに、マスコミが殺到」
「ちゃんと言ってくれるかなぁ。本当にマックで隣の女子高生が言ってたんだって。調べればわかりそう」
「信用金庫の時代ならともかく、今は無理だね。マックにいる隣の女子高生を、人々は見つけることができない。なぜなら、概念だから」
それは、嬉しくもあり、寂しくもある。今隣の人はイヤホンをしているから、私たちの話など聞いていないだろう。しかしもし、実は何もかけていなくて、私たちの話を聞いて、それを逐一スマホでネットに流しているとしたらどうか。かなり変態的な行為ではあるが、その内容は概念的存在の言動に過ぎない。
「何か書かれて面白いことを言おう」
そう提案すると、絢音が口元に手を寄せて肩を震わせた。
「千紗都って面白いよね」
「そんなことはない。でも、マックで隣の女子高生が、マックにいる隣の女子高生の話をしてるっていうのも、十分面白い気もする」
「マックにいる隣の女子高生は存在しないって、マックで隣の女子高生が言ってた」
「クレタ人みたいになってきたなぁ」
ポテトを頬張りながらそう言うと、絢音が少しだけ驚いたように眉を上げてから、柔らかく微笑んだ。
「突然のクレタ人。私は嘘しかつきません」
「痺れる13文字だね。しかも、絢音が言うと、なんかすごい知的な発言に聞こえるよ」
「それはどうも。もっと短い語数の、キレのある言葉を探そう」
絢音がそう言って、頭をひねらせる。私は静かに首を振った。
「その13文字は美しすぎるよ。ハイパーロボットで、いきなり『5手』って言われた時と同じくらいの、もういいや感がある。4手を探す気にもならない」
「じゃあ、『私は嘘しかつきません』が優勝ってことで」
絢音がやったねとガッツポーズをする。なんだかとても可愛らしい。
隣の男性はずっとスマホをいじっている。もし良かったら、「私は嘘しかつきませんって、マックで隣の女子高生が言ってた」と投稿してほしい。そうしたら、このくだらない会話も価値が得られるだろう。
常に自主性と想像力が問われている。その点では、被写体を探し求める写真部に近いかもしれないが、撮影という行為すら、帰宅部の活動は網羅してしまう。実に自由度の高い部活なのだ。
そんなわけで、今日は絢音と二人で、マックでポテトをつまんでいる。先程まで一緒に宿題をやっていたのだが、丁度今終わって片付けたところだ。
店内は9割方席が埋まっていて、とても騒々しい。右隣では私の倍くらい生きてそうな私服の男性が、イヤホンを耳につけてスマホをいじっている。反対側では高校生のカップルが、至近距離で見つめ合っている。完全に二人の世界だ。
私も微笑みながらじっと絢音を見つめると、絢音がくすっと笑ってつまんだポテトを私の口に近付けた。大人しく頂戴してシェイクで流し込む。「そういえば」と絢音が静かに切り出した。
「マックで隣の女子高生が言ってた話、知ってる?」
「いつの?」
突然何を言い出したのだろう。今右隣は高校生ではないし、左隣の女子高生は何も喋っていない。過去形だったが、少し前のことだろうか。それとも、もっとずっと前の話だろうか。
首を傾げると、絢音は「概念だよ」と笑った。
「ネットスラングっていうの? ネット上に自分の意見を書くと叩かれるから、最後に『~って、マックで隣の女子高生が言ってた』ってつけるの」
「へー」
それは初耳だ。そもそも私はSNSをやらないし、インターネットもYouTubeや通販サイトを見るくらいだ。あまりそういう個人のやり取りや、誰かの主張を目にしたことがない。
続きを促すと、絢音は満足そうに頷いた。
「つまり、きっとその人の隣には女子高生なんていなかったし、そもそもマックにすら行ってなかったかもしれない」
「まあ、そうだろうね」
「じゃあ、例えば、今私たちが話してることを、隣の男の人が聞いていたとして、それをそのままネットに書いたらどうなるだろう」
絢音が静かにそう問いかける。もし本当にマックで隣の女子高生が話していたとしても、もはや誰もそれを信用しないだろう。
「私たちは実在するけど、隣の人から見たら、もはや概念なんだよ」
絢音が嬉しそうにそう言って笑った。なるほどと思う。もう少し深くその意味を考えると、つまり、私たちが今ここで何を言ったところで、それは私たちが言ったことにはならないのだ。
「むしゃくしゃするから、私、明日の朝一番に線路に置き石する」
「やばいね。隣の人は大慌てだよ。『明日の朝一番に線路に置き石するって、マックで隣の女子高生が言ってた』って、隣の人はネットに書きました」
「私は許された」
「おめでとう」
絢音がうっとりと目を細めて拍手する。どうも釈然としないが、その言葉は発信者のものとなるだろう。これは逆に、私が世紀の大発見をしても同じだろうか。
「ここだけの話だけど、動いてる電車の中でジャンプしても、同じ場所に着地するって知ってた?」
「それはビックリだね。『動いてる電車の中でジャンプしても、同じ場所に着地するって、マックで隣の女子高生が言ってた』って、隣の人がネットに書きました。やがてこの偉大な発見をした発信者のもとに、マスコミが殺到」
「ちゃんと言ってくれるかなぁ。本当にマックで隣の女子高生が言ってたんだって。調べればわかりそう」
「信用金庫の時代ならともかく、今は無理だね。マックにいる隣の女子高生を、人々は見つけることができない。なぜなら、概念だから」
それは、嬉しくもあり、寂しくもある。今隣の人はイヤホンをしているから、私たちの話など聞いていないだろう。しかしもし、実は何もかけていなくて、私たちの話を聞いて、それを逐一スマホでネットに流しているとしたらどうか。かなり変態的な行為ではあるが、その内容は概念的存在の言動に過ぎない。
「何か書かれて面白いことを言おう」
そう提案すると、絢音が口元に手を寄せて肩を震わせた。
「千紗都って面白いよね」
「そんなことはない。でも、マックで隣の女子高生が、マックにいる隣の女子高生の話をしてるっていうのも、十分面白い気もする」
「マックにいる隣の女子高生は存在しないって、マックで隣の女子高生が言ってた」
「クレタ人みたいになってきたなぁ」
ポテトを頬張りながらそう言うと、絢音が少しだけ驚いたように眉を上げてから、柔らかく微笑んだ。
「突然のクレタ人。私は嘘しかつきません」
「痺れる13文字だね。しかも、絢音が言うと、なんかすごい知的な発言に聞こえるよ」
「それはどうも。もっと短い語数の、キレのある言葉を探そう」
絢音がそう言って、頭をひねらせる。私は静かに首を振った。
「その13文字は美しすぎるよ。ハイパーロボットで、いきなり『5手』って言われた時と同じくらいの、もういいや感がある。4手を探す気にもならない」
「じゃあ、『私は嘘しかつきません』が優勝ってことで」
絢音がやったねとガッツポーズをする。なんだかとても可愛らしい。
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