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第17話 海 2
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春はあけぼの、夏は海。お盆も過ぎて、充実した夏休みもいよいよ終盤戦に差し掛かろうとしている。
夏休みの宿題はお盆中にすべて片付けて、もはや遊ぶことに何の罪悪感もない。今日と明日の天気は上々。日中の温度も上がる。
「完全に勝利した!」
涼夏が腕を突き上げてそう宣言した。集まって早々の勝利宣言に奈都が驚いた顔をするが、私も絢音もいつものことだとスルーした。
「涼夏、宿題は終わった?」
絢音が熱を冷ますように聞くと、涼夏がガクッと肩を落とした。
「今日くらい宿題のことは忘れよう。旅が終わったら一緒にラストスパートしよう」
「私も千紗都ももう全部終わったから。ナツは?」
「私も終わったよ。涼夏は元々後半追い込み型だって言ってたじゃん」
奈都が爽やかに笑う。まるで悪意のない顔だが、涼夏は胸に手を当ててよろめいた。
「おかしい。今年はみんなで一緒にやってたはずなのに」
「まあでも、後少しでしょ? また何か美味しいもの食べさせてくれたら手伝うよ」
私がそう言うと、涼夏は気を取り直したように笑顔を浮かべた。
「塩チャーハン作るよ」
「パエリアが食べたい」
「そんなオシャレなものは作ったことがないけど、レシピと材料があれば出来るよ」
冗談で言ったが、涼夏は自信たっぷりに頷いた。経験に裏付けられた自信だ。私にもこれくらい人に胸を張って誇れるものがあればいいが、今のところ何もないし、この先もできる気がしない。
中央駅からレッドライナーに乗る。行き先は一番有名な乙ヶ浜ではなく、稲浪海岸にした。規模は小さいが県内では砂浜も海も綺麗で、民宿は安く、近くにコンビニもある。花火もできる。駅から歩いては行けないが、1本で行けるバスがある。本数は少ないが、時間を合わせれば問題ない。
座席を回転させて4人で座ると、涼夏が向かいに座る奈都に笑いかけた。
「今日はナッちゃんも来れて本当に良かった。ナッちゃんは海水浴は?」
笑顔が眩しい。心から歓迎しているのは、奈都にも伝わっているだろう。
「去年は部活の子たちと行ったよ」
奈都が何気なく答える。部活とはもちろん、私が辞めたバドミントン部のことで、その話は去年聞いたから知っているが、やはりそこに私がいないのは胸がチクリと痛む。
涼夏が「そっかー」と意外そうに眉を上げてから、小さく二度ほど頷いた。
「千紗都にはナッちゃんしかいなかったけど、ナッちゃんには普通に友達がたくさんいたんだね?」
「私は、奈都が気が向いた時に、たまに、ちょっとだけ遊んでもらってたの」
私が片目をつむりながら、親指と人差し指でいかにわずかだったかを表現すると、奈都が呆れたように息を吐いた。
「夏休みなんて、ほとんど一緒にいたと思うけど」
「たまに、ほんのちょっとだけ……」
「ほとんど一緒にいたって!」
奈都が心外そうに声を上げる。そのやりとりに、帰宅部の二人がくすっと笑った。
車窓の世界が流れていき、景色が段々と田舎に変わっていく。見たことのない場所は、ワクワクしながらも、少しだけ緊張感がある。まだ15歳だし、きっと他の人よりずっと行動範囲が狭い。県外にだってほとんど行ったことがない。
みんなの旅行経験を聞くと、涼夏は「どこもないねぇ」と達観したように薄く笑った。両親がいつ離婚したかはわからないが、きっとその前からずっと仲が悪かったのだろう。家族旅行などなかったことが、容易に想像できる。
「私は北海道は行ったよ。全然海じゃないけど、冬に雪まつりに」
絢音が懐かしむように目を細める。
「北海道って、海の向こうじゃん!」
私が思わず声を上げると、涼夏が「そりゃそうだろ」と冷静に突っ込んで、絢音は小さく噴き出して手で顔を覆った。
「今の、意味がわからない! 真顔だった。何なの?」
何がウケたのか、むしろ私がわからない。隣を見ると、奈都が呆れた顔で私を見ていた。そんなに変なことを言っただろうか。
「私、飛行機とか乗ったことないから。あれって、どんな原理で飛んでるの?」
「そんなの知らないよ。千紗都、時々面白いよね」
絢音が笑いすぎて出てきた涙を拭うと、涼夏が「いつもだよ」と笑顔で付け加えた。とても心外だ。
視線が奈都に集まると、奈都は何でもないように言った。
「私、グアムに行ったことがある」
「はい、優勝。ハロー、ホワッツ・ニュー?」
涼夏が秒でそう言って、奈都が困ったように微笑んだ。私も聞いたことがなかったので、口をポカンと開けて見つめると、奈都が可愛らしく頭を掻いた。
「小学生の頃だし、あんまり覚えてない。パスポートももう切れちゃったんじゃないかなぁ」
「もったいない! 覚えてて! 何食べたの? オージービーフ? パエリア?」
涼夏が頭の悪そうな質問をする。突っ込みたい気持ちをグッと堪えていると、向かいで絢音も微笑みながら目を細めた。奈都がチラリと窓の外に目をやって、考えるように顎に指を当てた。
「ステーキみたいなのは食べた気がするけど、日本の方が美味しかった」
「贅沢言うな! グアム経験者に稲浪海岸とか、もう国賓に缶詰で作った親子丼を振る舞うようなものだよ!」
涼夏が頭を抱えて首を振る。喩えは全然わからないが、楽しそうで何よりだ。
奈都のグアムの記憶を掘り起こしていると、やがて電車は稲浪海岸の最寄り駅に到着した。何人か一緒に駅を降りたが、海水浴客と思われる人はいなかった。みんな車で行くのだろう。1本早く来たせいで、バスが来るまで1時間近くある。涼夏が駅前に停まっていたタクシーに値段を聞いたら、4人でバスに乗るより倍以上高かったので断念した。
「タクシーを使おうっていう発想が、そもそも私にはない」
運転手のおじさんと値段交渉を始めた涼夏を遠巻きに眺めながら、奈都が感心したように呟いた。絢音がくすっと笑う。
「千紗都と同じこと言ってる。仲良しだね」
プールの帰りにタクシーを使ったことを話すと、奈都は納得したように頷いた。
「涼夏は大人だね。童顔なのに」
「それ、関係ないし!」
絢音がお腹を抱えて笑いながら、奈都の背中を叩いた。今日は笑いのツボが浅い。テンションが上がっているのだろう。奈都が驚いたようにまばたきをした。
「アヤって、結構笑うんだね。清楚なイメージがあった」
「ないよ。帰宅部の清楚担当は千紗都だから」
「あー、チサは大人しいね」
奈都が柔らかな眼差しで私を見つめる。私は半眼で睨んだ。
「今、暗いって言った?」
「言ってないよ! どこに耳ついてんの!?」
「顔だよ!」
テンポよく言葉を投げ合うと、絢音が笑いすぎてもうダメだと私に寄りかかった。
結局交渉は決裂して、駅の待合室でバスを待つことになった。最近のタクシーは行動がシステムで管理されていて、値引きは出来ないようになっているらしい。なんとなく、どこどこまでいくらでという交渉が楽しい乗り物というイメージがあったが、そんなことはないようだ。
次の電車で、自分たちと同じような海水浴客が何組か降りた。バスのルート上に海水浴場は他にもあるので、みんな稲浪海岸に行くとは限らないが、他に人がいるのは安心する。
やがてやってきたバスに乗り込むと、通路を挟んで一列横並びに座った。もちろん奈都は私と一緒に座ったが、この旅行の間に、どういう組み合わせでも気楽に楽しめるようになれたらと思う。
30分ほどで海岸付近のバス停に着くと、潮の香りが鼻腔をくすぐった。独特の湿度と、アスファルトからの照り返し。立っているだけで汗が滴り落ちる。防波堤に駆け上がると、白い砂浜が広がっていた。海はまあまあ。綺麗な海のある県ではないので、泳げるだけで有り難い。
「海だ!」
涼夏が子供のように声を上げて両腕を伸ばす。そんな涼夏を下から見上げながら、絢音がメガホンのように両手を丸めて口に当てた。
「隊長、これからどうするの?」
絢音の声に、涼夏はトンと防波堤から降りて明るく笑った。
「まずは宿だな。荷物を置きたい」
「チェックイン、まだだいぶ先だよ?」
チェックインは15時からだが、まだ昼前だ。民宿など利用したことがないので仕組みがわからないが、荷物だけ預かってもらえるのだろうか。不安がる私に、涼夏が元気に頷いた。
「大丈夫大丈夫。たぶん」
意味もなく奈都の背中を押しながら、涼夏が歩き始める。たぶんと言いながら、大丈夫なのを確信している口振りだ。恐らく事前に確認しているのだろう。
海岸から徒歩10分、少し坂を登ったところにある民宿は、いかにも古そうな建物だった。なんとなくこういう場所に子供だけで泊まるのは緊張するが、それはそもそも私の人生経験が足りてないせいだろう。何も民宿に限らない。
涼夏はまるで臆することなく入っていき、宿の人を呼んで話し始めた。
「逞しいね」
奈都が眩しそうに目を細める。奈都も部活で部長を務めるなど、人よりリーダーシップのある子だが、それは同世代の中での話である。内弁慶という表現が正しいかはわからないが、大人や知らない人に対しては意外と人見知りだ。
お金のやり取りまで済ませて戻ってくると、涼夏が私たちを部屋に導いた。どうやら平日ということもあって昨日は誰も使っておらず、清掃の必要がないので特別に部屋に入れてくれたらしい。もっとも、部屋の準備が必要だから、荷物を置いて着替えたら、なるべく15時までは外で遊んできて欲しいとのこと。なお、料金は一人2千円。平日の素泊まりとはいえ、立地と季節を考えたら十分安いだろう。
部屋に入ると、エアコンがついていないこともあってむわっとしていた。涼夏が畳の上に大の字に寝転がって「勝った」と呟く。
「まだ始まったばかりだから」
絢音が荷物を置いて、無造作にシャツを脱いだ。プールの時同様、下に水着を着てきている。今日は私も水着を着てきたが、プールで着てくるのが当たり前のように言っていた涼夏は、バッグから水着を引っ張り出した。
「今日は部屋で着替えれるのがわかってたから」
そう言いながら、向こうを向いて上を脱ぐ。奈都も水着を着てくるという発想がなかったのか、もしくは忘れていたようで、隅の方で服を脱いだ。
とりあえず、プールの時に凝視されたので、じっと涼夏を見つめていると、涼夏は下着を脱いで素早く水着に着替えた。一瞬見えたお尻が水着の形に白かったのは、プールの時の日焼けのせいだろうか。
奈都はどうだろうと振り返ると、すでに水着に着替えていた。花柄の白の水着で、水着の上からショートパンツを穿く。
「奈都のお尻が見たかった」
ぽつりと呟くと、3人が動きを止めて部屋がシンと静まり返った。一呼吸置いて、奈都が顔を赤くして、ショートパンツの上からお尻を隠すように手で押さえた。
「いきなり何!? 頭おかしいの?」
「そうだね。お風呂で見るよ」
「そうだねって、私何も言ってないし!」
奈都が唾を飛ばす勢いで言うと、絢音が声を上げて笑った。目をパチクリさせていた涼夏も、我に返ったようにニッと笑った。
「夫婦喧嘩?」
「違うよ! チサがこんなふうになっちゃったのは、二人のせいだからね!」
「いや、千紗都は元々変だったよ?」
涼夏の言葉に、絢音が大きく頷く。こんなふうとはどんなふうだろう。そもそも、私は変ではない。
「とにかく海に行こうよ。時間がもったいない!」
奈都がそう言いながら、座っている私の手を引っ張った。確かに、宿の人も特別に入れてくれただけだし、長居は無用だ。よいしょと腰を上げながら、せっかくなので奈都のお尻を触っておいた。
夏休みの宿題はお盆中にすべて片付けて、もはや遊ぶことに何の罪悪感もない。今日と明日の天気は上々。日中の温度も上がる。
「完全に勝利した!」
涼夏が腕を突き上げてそう宣言した。集まって早々の勝利宣言に奈都が驚いた顔をするが、私も絢音もいつものことだとスルーした。
「涼夏、宿題は終わった?」
絢音が熱を冷ますように聞くと、涼夏がガクッと肩を落とした。
「今日くらい宿題のことは忘れよう。旅が終わったら一緒にラストスパートしよう」
「私も千紗都ももう全部終わったから。ナツは?」
「私も終わったよ。涼夏は元々後半追い込み型だって言ってたじゃん」
奈都が爽やかに笑う。まるで悪意のない顔だが、涼夏は胸に手を当ててよろめいた。
「おかしい。今年はみんなで一緒にやってたはずなのに」
「まあでも、後少しでしょ? また何か美味しいもの食べさせてくれたら手伝うよ」
私がそう言うと、涼夏は気を取り直したように笑顔を浮かべた。
「塩チャーハン作るよ」
「パエリアが食べたい」
「そんなオシャレなものは作ったことがないけど、レシピと材料があれば出来るよ」
冗談で言ったが、涼夏は自信たっぷりに頷いた。経験に裏付けられた自信だ。私にもこれくらい人に胸を張って誇れるものがあればいいが、今のところ何もないし、この先もできる気がしない。
中央駅からレッドライナーに乗る。行き先は一番有名な乙ヶ浜ではなく、稲浪海岸にした。規模は小さいが県内では砂浜も海も綺麗で、民宿は安く、近くにコンビニもある。花火もできる。駅から歩いては行けないが、1本で行けるバスがある。本数は少ないが、時間を合わせれば問題ない。
座席を回転させて4人で座ると、涼夏が向かいに座る奈都に笑いかけた。
「今日はナッちゃんも来れて本当に良かった。ナッちゃんは海水浴は?」
笑顔が眩しい。心から歓迎しているのは、奈都にも伝わっているだろう。
「去年は部活の子たちと行ったよ」
奈都が何気なく答える。部活とはもちろん、私が辞めたバドミントン部のことで、その話は去年聞いたから知っているが、やはりそこに私がいないのは胸がチクリと痛む。
涼夏が「そっかー」と意外そうに眉を上げてから、小さく二度ほど頷いた。
「千紗都にはナッちゃんしかいなかったけど、ナッちゃんには普通に友達がたくさんいたんだね?」
「私は、奈都が気が向いた時に、たまに、ちょっとだけ遊んでもらってたの」
私が片目をつむりながら、親指と人差し指でいかにわずかだったかを表現すると、奈都が呆れたように息を吐いた。
「夏休みなんて、ほとんど一緒にいたと思うけど」
「たまに、ほんのちょっとだけ……」
「ほとんど一緒にいたって!」
奈都が心外そうに声を上げる。そのやりとりに、帰宅部の二人がくすっと笑った。
車窓の世界が流れていき、景色が段々と田舎に変わっていく。見たことのない場所は、ワクワクしながらも、少しだけ緊張感がある。まだ15歳だし、きっと他の人よりずっと行動範囲が狭い。県外にだってほとんど行ったことがない。
みんなの旅行経験を聞くと、涼夏は「どこもないねぇ」と達観したように薄く笑った。両親がいつ離婚したかはわからないが、きっとその前からずっと仲が悪かったのだろう。家族旅行などなかったことが、容易に想像できる。
「私は北海道は行ったよ。全然海じゃないけど、冬に雪まつりに」
絢音が懐かしむように目を細める。
「北海道って、海の向こうじゃん!」
私が思わず声を上げると、涼夏が「そりゃそうだろ」と冷静に突っ込んで、絢音は小さく噴き出して手で顔を覆った。
「今の、意味がわからない! 真顔だった。何なの?」
何がウケたのか、むしろ私がわからない。隣を見ると、奈都が呆れた顔で私を見ていた。そんなに変なことを言っただろうか。
「私、飛行機とか乗ったことないから。あれって、どんな原理で飛んでるの?」
「そんなの知らないよ。千紗都、時々面白いよね」
絢音が笑いすぎて出てきた涙を拭うと、涼夏が「いつもだよ」と笑顔で付け加えた。とても心外だ。
視線が奈都に集まると、奈都は何でもないように言った。
「私、グアムに行ったことがある」
「はい、優勝。ハロー、ホワッツ・ニュー?」
涼夏が秒でそう言って、奈都が困ったように微笑んだ。私も聞いたことがなかったので、口をポカンと開けて見つめると、奈都が可愛らしく頭を掻いた。
「小学生の頃だし、あんまり覚えてない。パスポートももう切れちゃったんじゃないかなぁ」
「もったいない! 覚えてて! 何食べたの? オージービーフ? パエリア?」
涼夏が頭の悪そうな質問をする。突っ込みたい気持ちをグッと堪えていると、向かいで絢音も微笑みながら目を細めた。奈都がチラリと窓の外に目をやって、考えるように顎に指を当てた。
「ステーキみたいなのは食べた気がするけど、日本の方が美味しかった」
「贅沢言うな! グアム経験者に稲浪海岸とか、もう国賓に缶詰で作った親子丼を振る舞うようなものだよ!」
涼夏が頭を抱えて首を振る。喩えは全然わからないが、楽しそうで何よりだ。
奈都のグアムの記憶を掘り起こしていると、やがて電車は稲浪海岸の最寄り駅に到着した。何人か一緒に駅を降りたが、海水浴客と思われる人はいなかった。みんな車で行くのだろう。1本早く来たせいで、バスが来るまで1時間近くある。涼夏が駅前に停まっていたタクシーに値段を聞いたら、4人でバスに乗るより倍以上高かったので断念した。
「タクシーを使おうっていう発想が、そもそも私にはない」
運転手のおじさんと値段交渉を始めた涼夏を遠巻きに眺めながら、奈都が感心したように呟いた。絢音がくすっと笑う。
「千紗都と同じこと言ってる。仲良しだね」
プールの帰りにタクシーを使ったことを話すと、奈都は納得したように頷いた。
「涼夏は大人だね。童顔なのに」
「それ、関係ないし!」
絢音がお腹を抱えて笑いながら、奈都の背中を叩いた。今日は笑いのツボが浅い。テンションが上がっているのだろう。奈都が驚いたようにまばたきをした。
「アヤって、結構笑うんだね。清楚なイメージがあった」
「ないよ。帰宅部の清楚担当は千紗都だから」
「あー、チサは大人しいね」
奈都が柔らかな眼差しで私を見つめる。私は半眼で睨んだ。
「今、暗いって言った?」
「言ってないよ! どこに耳ついてんの!?」
「顔だよ!」
テンポよく言葉を投げ合うと、絢音が笑いすぎてもうダメだと私に寄りかかった。
結局交渉は決裂して、駅の待合室でバスを待つことになった。最近のタクシーは行動がシステムで管理されていて、値引きは出来ないようになっているらしい。なんとなく、どこどこまでいくらでという交渉が楽しい乗り物というイメージがあったが、そんなことはないようだ。
次の電車で、自分たちと同じような海水浴客が何組か降りた。バスのルート上に海水浴場は他にもあるので、みんな稲浪海岸に行くとは限らないが、他に人がいるのは安心する。
やがてやってきたバスに乗り込むと、通路を挟んで一列横並びに座った。もちろん奈都は私と一緒に座ったが、この旅行の間に、どういう組み合わせでも気楽に楽しめるようになれたらと思う。
30分ほどで海岸付近のバス停に着くと、潮の香りが鼻腔をくすぐった。独特の湿度と、アスファルトからの照り返し。立っているだけで汗が滴り落ちる。防波堤に駆け上がると、白い砂浜が広がっていた。海はまあまあ。綺麗な海のある県ではないので、泳げるだけで有り難い。
「海だ!」
涼夏が子供のように声を上げて両腕を伸ばす。そんな涼夏を下から見上げながら、絢音がメガホンのように両手を丸めて口に当てた。
「隊長、これからどうするの?」
絢音の声に、涼夏はトンと防波堤から降りて明るく笑った。
「まずは宿だな。荷物を置きたい」
「チェックイン、まだだいぶ先だよ?」
チェックインは15時からだが、まだ昼前だ。民宿など利用したことがないので仕組みがわからないが、荷物だけ預かってもらえるのだろうか。不安がる私に、涼夏が元気に頷いた。
「大丈夫大丈夫。たぶん」
意味もなく奈都の背中を押しながら、涼夏が歩き始める。たぶんと言いながら、大丈夫なのを確信している口振りだ。恐らく事前に確認しているのだろう。
海岸から徒歩10分、少し坂を登ったところにある民宿は、いかにも古そうな建物だった。なんとなくこういう場所に子供だけで泊まるのは緊張するが、それはそもそも私の人生経験が足りてないせいだろう。何も民宿に限らない。
涼夏はまるで臆することなく入っていき、宿の人を呼んで話し始めた。
「逞しいね」
奈都が眩しそうに目を細める。奈都も部活で部長を務めるなど、人よりリーダーシップのある子だが、それは同世代の中での話である。内弁慶という表現が正しいかはわからないが、大人や知らない人に対しては意外と人見知りだ。
お金のやり取りまで済ませて戻ってくると、涼夏が私たちを部屋に導いた。どうやら平日ということもあって昨日は誰も使っておらず、清掃の必要がないので特別に部屋に入れてくれたらしい。もっとも、部屋の準備が必要だから、荷物を置いて着替えたら、なるべく15時までは外で遊んできて欲しいとのこと。なお、料金は一人2千円。平日の素泊まりとはいえ、立地と季節を考えたら十分安いだろう。
部屋に入ると、エアコンがついていないこともあってむわっとしていた。涼夏が畳の上に大の字に寝転がって「勝った」と呟く。
「まだ始まったばかりだから」
絢音が荷物を置いて、無造作にシャツを脱いだ。プールの時同様、下に水着を着てきている。今日は私も水着を着てきたが、プールで着てくるのが当たり前のように言っていた涼夏は、バッグから水着を引っ張り出した。
「今日は部屋で着替えれるのがわかってたから」
そう言いながら、向こうを向いて上を脱ぐ。奈都も水着を着てくるという発想がなかったのか、もしくは忘れていたようで、隅の方で服を脱いだ。
とりあえず、プールの時に凝視されたので、じっと涼夏を見つめていると、涼夏は下着を脱いで素早く水着に着替えた。一瞬見えたお尻が水着の形に白かったのは、プールの時の日焼けのせいだろうか。
奈都はどうだろうと振り返ると、すでに水着に着替えていた。花柄の白の水着で、水着の上からショートパンツを穿く。
「奈都のお尻が見たかった」
ぽつりと呟くと、3人が動きを止めて部屋がシンと静まり返った。一呼吸置いて、奈都が顔を赤くして、ショートパンツの上からお尻を隠すように手で押さえた。
「いきなり何!? 頭おかしいの?」
「そうだね。お風呂で見るよ」
「そうだねって、私何も言ってないし!」
奈都が唾を飛ばす勢いで言うと、絢音が声を上げて笑った。目をパチクリさせていた涼夏も、我に返ったようにニッと笑った。
「夫婦喧嘩?」
「違うよ! チサがこんなふうになっちゃったのは、二人のせいだからね!」
「いや、千紗都は元々変だったよ?」
涼夏の言葉に、絢音が大きく頷く。こんなふうとはどんなふうだろう。そもそも、私は変ではない。
「とにかく海に行こうよ。時間がもったいない!」
奈都がそう言いながら、座っている私の手を引っ張った。確かに、宿の人も特別に入れてくれただけだし、長居は無用だ。よいしょと腰を上げながら、せっかくなので奈都のお尻を触っておいた。
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