ほのぼの学園百合小説 キタコミ!

水原渉

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第19話 文化祭 2

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 席が遠くなってしまったので、お昼休みは自分から移動しなくてはいけなくなった。もっとも、1学期は私と絢音の席が近かったせいで、涼夏がわざわざ来てくれていた。その涼夏は時々他の子と食べることもあるので、昼は今まで通り絢音の席に集まることにした。私の席だと、隣の男子がちょっかいをかけてくるかもしれない。実際、お弁当を持って立ち上がった私に、川波君がなかなかチャレンジングな一言を投げてきた。
「野阪さん、せっかく隣になったし、一緒に食べようぜ」
「いやいや、ないでしょ。有り得ないでしょ」
「これからじっくりとだな」
「何百年待ってもその日は来ないから」
 私が力強く訴えると、川波君は何故か楽しそうに笑った。からかわれただけらしい。
 絢音の席でぐったりと机に頭をつけると、絢音は可笑しそうに微笑みながら私の頭を撫でた。涼夏が心配そうに私を見つめる。
「川波君、結構人気だから気を付けてね」
「私があの子になびくことは絶対にないから安心して」
「そうじゃなくて……まあ、それもあるけど、それより千紗都の中2の事件の話が気になってる」
 なるほど。涼夏の言っているのは、私が中学の時、学年で一番人気の男子に告白され、それを断ったことが波紋を呼んで、最終的に奈都以外の友達をすべて失った事件のことである。確かにそんなこともあったが、今は絢音と涼夏がいるし、逆に他に友達らしい友達はいない。それに、あの頃はまだみんな子供だった。もう大丈夫だと笑ったが、心配性のお姉ちゃんは不安げに眉を曲げたままじっと私を見つめていた。
 ご飯を食べ始めるとすぐに、絢音が「そういえば」と前置きして顔を上げた。私と涼夏が食べる手を止めると、絢音は少しだけ困ったように微笑んだ。
「文化祭にね、莉絵がまた一緒に演奏しようって」
 夏と同じ展開だ。絢音は中学の時、LemonPoundというバンドを組んでいた。豊山莉絵はその時のメンバーの一人で、メンバーの中ではただ一人だけ、絢音と同じユナ高に進学した。夏のステージの後、絢音がバンドメンバーの男子に告白されたこともあって、LemonPoundの活動自体は再開には至っていないようだが、豊山さんとは夏休みも時々二人で遊んでいたと聞いている。
「LemonPoundで演奏するの?」
 涼夏が明るく問いかけると、絢音は静かに首を横に振った。
「牧島さん知ってる? 1組の。あの子がキーボードを弾くから、3人でどうかって」
 私はその子を知らなかったが、涼夏は知っていて「さぎりちゃんかー」と呟いた。帰宅部のくせに顔が広い。牧島さぎりは1組の帰宅部員で、バンド経験はないが小さい時からずっとピアノを習っており、ポップスも好きだという。サマセミでLemonPoundのステージを見て、友達経由で豊山さんと仲良くなり、何度か夏休みにも遊んだらしい。絢音とは昨日初めて引き合わせ、大丈夫と判断したのか、豊山さんが夜にステージの話を持ち出したそうだ。
「私は賛成だけど。また絢音のステージ見たいし」
 もちろん、夏の時同様、一緒に帰れなくなるのは寂しいが、またあのかっこいい絢音が見られるのは大歓迎だ。私が賛同すると、涼夏も大きく頷いた。
「千紗都が賛成なら、私に反対する理由はない」
「そう。二人がそう言うなら、またやろうかな」
 そう言って、絢音はどこか安心したように息を吐いた。恐らく、帰宅部に影響さえなければ楽器がやりたいのだろう。そういう情熱は大切だし、私は持ち合わせていないので羨ましい。
「今回はみんなユナ高だし、女子しかいないし、千紗都も暇してたら練習に遊びに来てよ。退屈かもしれないけど」
 その提案に、私は「是非」と頷いた。前に一緒に楽器屋に行った時、間近で絢音の演奏を見て感動したし、友達が真剣に打ち込んでいる姿を見ていて退屈になるはずがない。涼夏が「私も行きたい」と唇を尖らせると、絢音は「もちろん」と笑った。仲間外れにしたわけではなく、涼夏は別に寂しくないだろうとのことだ。
「私だって絢音と会えないのは寂しいから!」
「本当かなぁ」
 拗ねる涼夏を絢音が笑顔でなだめる。夏と違って、今回は絢音の練習期間も楽しく過ごせそうだ。私はじゃれ合う二人をにこにこ眺めながら、弁当のおかずを口に運んだ。

 事態が一変したのは、その日のLHRの時間だった。学級委員の委員長が黒板の左上に「文化祭」と大きく議題を書き、ユナ高の文化祭について一通り説明した後、やにわにとんでもないことを口走った。
「それで文化祭なんだけど、涼夏、クラス展示の取りまとめをお願いできない?」
 委員長が見るのに合わせて、クラスの視線が涼夏に集まった。何か事前に打ち合わせていたのかと思ったら、まったくそんなことはなかったようで、涼夏が呆れたように肩をすくめて手を振った。
「待て。意味がわからん。なんで私?」
 涼夏の発言に、私は思わず頷いた。確かに委員長と涼夏は友達だし、時々一緒にお昼ご飯も食べている仲だ。だが今は、そんな個人的な友情を持ち込む場ではない。私が成り行きを見守っていると、委員長はいい質問だというように大きく頷いた。
「みんな部活もあって忙しいでしょ? だから、部活に入っていない中で、涼夏が一番求心力も行動力もあるかなって。委員長推薦ってやつ?」
「私は部活をしてない時間、遊んでるわけじゃない。部活に入ってないって理由だけで、そんな大役を任されるのはおかしい」
 涼夏が冷静に申し出を退ける。涼夏は部活をしていないからバイトをしているわけではない。バイトをするために部活をしていないのだ。中学の時料理部に入っていた涼夏は、何も部活動が嫌いなわけではない。みんなが部活をしている間、涼夏はバイトに励んでいる。条件は同じという涼夏の言い分はもっともだ。
 ただ、後の二人はどうか。絢音は塾に行っているが、部活をしながら塾に行っている子はたくさんいる。涼夏と比べて理由が弱い。そして、私は何もしていない。涼夏が忙しいからという理由を盾に委員長の申し出を断ったのは、帰宅部全体として見たら悪手だった。
 委員長が諦めたように絢音を見た瞬間、きっと涼夏はそのことに気が付いた。しかし、涼夏が何か言うより先に、思わぬところから声が上がった。
「帰宅部がってことなら、その役、俺がやってもいいよ? 暇だし、面白そうだし」
 後ろの方の席からそう言ったのは、男子帰宅部の筆頭、江塚君だった。気付かれないように隣の様子を窺うと、川波君は江塚君の意図を理解したようで、すぐさま手を挙げて明るく笑った。
「んじゃ、俺もやるわ。男子は二人で十分でしょ。まとめるだけで、準備は全員でやるんしょ?」
 川波君は私に一瞥もくれなかったが、それ自体が完璧だった。江塚君は「帰宅部」を強調し、川波君は「男子」を強調した。そうして、帰宅部の女子からも人を出さなくてはいけないムードを完全に作り上げながら、まるで私のことなど意識していないように振る舞っている。私の想像よりずっとやり手だ。
「じゃあ……」
 委員長が絢音を見て口を開く。私はそれを制して、わざと音を立てて立ち上がった。そして、クラスの注目が集まるのを確認してから、努めて平然と言い放った。
「女子は私がやります。暇なので。江塚君と川波君がやるなら、女子は私一人で十分でしょ?」
 挑発的に隣の席を見下ろすと、川波君は一瞬驚いた顔をしてから、ニヤッと笑って立ち上がった。
「もちろん。野阪さんがいたら百人力だ」
 よく言う。男子二人が嬉しいという以外に、友達も少なくて発言力もない私が役に立てるシーンなどない。二人が前に出るのに続くように椅子を引くと、絢音が勢いよく立ち上がった。
「私もやります!」
 いつもより少しだけ高い声。見ると珍しく余裕のない表情で私を見つめていて、私は教壇に上がるついでに絢音の席に寄って、ポンと肩に手を乗せて座らせた。
「私一人で大丈夫。絢音はステージを頑張って」
「でも!」
「大丈夫だから。必要な時だけ手伝って」
 せっかく新しい友達と新しい活動を始めようとしたところだ。そこに水を差される事態だけは阻止しなくてはいけない。
 教壇に立って改めて教室を見回すと、絢音は初めてのお遣いに出した子供を見守る母親のように、ハラハラした顔で私を見ていた。涼夏は机に肘をついて頭を抱えている。私に押し付けたような流れになってしまったことを後悔しているのかもしれないが、そうではない。私が涼夏と絢音の分まで引き受けただけだ。
「今日は書記やるから、適当にまとめてよ」
 黒板の前に立ってチョークを取ると、江塚君が当然というように頷いて教卓に手を置いた。
「じゃあまあ、今日は1つだけ決めたいと思います。何をするか、1、今ここでみんなで決める。2、俺たち3人が勝手に決める。3、2日くらい考えて提出してもらって、多いのをやる。オススメは3番ね。2番の場合は、俺たちが決めたものに全員前向きに強制参加で」
「ちなみに、男子は全員バニーボーイ、女子は全員短いメイド服の混合喫茶になる可能性が高いから」
 川波君が笑顔でそう言うと、クラス中から悲鳴が上がった。私も思わず振り返って、冷静に手を振った。
「いや、それは私が却下するから。3人で決めるんでしょ?」
「2対1だから。オススメは3番ね」
 川波君が江塚君の言葉をもう一度言うと、もう完全に3番以外選べない空気になり、実際そうなった。白々しいやり取りだが、壇上で勝手に3番と決めるよりはずっといい。二人の求心力は伊達ではない。この二人に任せておけば大丈夫だと思ったし、クラスのみんなもそう思っただろう。何ぶんまだ1年で、初めての文化祭である。率先してくれる人がいるならついていく方が楽だ。
「出来るだけ他のクラスと被らないようにしたいし、部活の出し物も気になるから、各自調査して決めてください。どうしてもやりたいものがあったら、仲間を集めて組織票を入れてください。投票は無記名なので、何に決まっても俺たちで仕切ります。ただし、準備や当日は全員でやるから、それだけは忘れずに」
 江塚君の言葉に、みんなが静かに頷いた。もちろん、中には気に入らない人もいるだろうが、じゃあ替われと言われてもやらないだろう。全員が納得するのは無理だから、少しの犠牲は仕方ない。
 残りの時間は、部活の出し物の情報を共有したり、中学時代の文化祭の話をしたりして盛り上がった。私は出た意見をひたすら黒板に書き連ねて、最後に写真を撮って残した。私自身も何か考えなくてはいけないが、特に何のアイデアもない。何か当日楽そうなものを書いて出しておこう。

 HRの後、男子二人が少し話がしたいと言ってきたので、渋々OKした。絢音が抱き付いてきて「ごめん」と謝るので、必死になだめて送り出した。とにかく絢音にはステージを頑張ってほしいし、どうせ練習期間中は会えないから、涼夏がバイトの日はぼっちで暇することになる。文化祭の準備でもしている方が気が紛れると言うと、絢音は仕方なさそうにため息をついた。
 涼夏は憮然とした顔で、今日はバイトがないから一緒に残ると言って隣に座った。涼夏の向かいで猪谷組の江塚君が嬉しそうに顔を綻ばせる。チャラそうなくせに子供っぽい顔をするのが、女子ウケの良い理由の一つだろう。私はまったく興味がないが。
「猪谷さんも手伝ってくれると思った」
 悪びれずに江塚君がそう言うと、涼夏が片肘をついて半眼で睨んだ。
「千紗都を人質に取られたからね。で、今日は何するの? 票が集まるまでやることないでしょ」
 苛立ちを隠そうともしない。涼夏にこんなにつっけんどんにされたら、私なら心が折れるが、江塚君は涼夏と話せるだけで満足なようだった。
「まあ、キックオフ的な? 一緒に過去のユナ高の文化祭を見よう。昔のパンフレットも借りてきた」
 そう言いながら、江塚君が机の上に紙束を置く。私が無言で1部手に取ると、隣で涼夏が不快そうに眉をひそめた。
「はぁ? そんなの、各自でいいじゃん。アンタたち、ただ千紗都と一緒にいる理由が欲しいだけでしょ?」
「いやいや、もし野阪さんがいなくてもやってたから。猪谷さんは文化祭は何がしたい?」
 にこにこと川波君がそう聞くと、涼夏が腕を組んで背もたれにもたれた。
「そんなん、何でもいいし。適当に一人1つ謎を考えてもらって、謎解きイベントでもやればいいんじゃない? 当日やることは、用紙を配って景品を渡すだけ」
「もう少し煮詰めたら、そのアイデアは面白そうだと思う。野阪さんは?」
 同じ質問をされて、チラリと涼夏を見た。私は特にやりたいことがないので、涼夏が謎解きがやりたいならそれでもいい。ただ、どう考えても今の涼夏のアイデアはテキトーだった。テキトーな割に楽しそうなのが、さすがは涼夏である。
 自分としてやりたいことは何だろうか。少し考えようと思ったら、涼夏が遮るように手を伸ばした。
「っていうか、それは2日間で考えればいいんでしょ? さっさとキックオフとやらをやって、千紗都を解放して」
「猪谷さんは文化祭は嫌いなの? もっとやりたがるタイプかと思った」
「幻滅してもらって結構。楽しみにしてたけど、こういう関わり方はしたくなかった」
「決めたのは委員長だろ? 委員長が猪谷さんに振らなかったら、俺だってあんなこと言ってないよ」
「二人でやればよかったじゃん。男女どっちも必要だった?」
「野阪さんの意志だろ? 俺たちは別に何も頼んでない」
「うっわ、そういうこと言う? それはないわー」
 涼夏がうんざりしたように吐き捨てる。男子二人がさすがに表情を曇らせたが、涼夏は挑発的な目で睨むばかりだった。
 空気が悪い。涼夏が私のために言ってくれているのは間違いないが、決まった以上は前向きに取り組みたいと思っている。これ以上の対立は、後で面倒になるだけだ。私は仕方なくパンフレットを置いて顔を上げた。
「涼夏。私一人で大丈夫だから、先に帰っていいよ」
 なるべく穏やかにそう告げると、涼夏だけでなく、男子二人も驚いたように息を呑んだ。涼夏が目を丸くして私を見てから、信じられないというように、「えっ」と声を漏らした。私はそっと涼夏の手を取って頷いた。
「涼夏にも、協力してほしい時には言うから、とりあえず私に任せて」
「待って。私はただ、千紗都を手伝おうと思って……」
「ここで二人を責め立てることは、私の手伝いになってない」
 出来るだけ棘のないように言ったが、どう考えてもその言葉は涼夏の心を斬り付けた。涼夏はしばらく呆然と私を見つめてから、恥ずかしそうに俯いてリュックを引っ掴んだ。涼夏が椅子を倒す勢いで立ち上がるのと同時に私も立ち上がり、男子のことなど気にせずに抱きしめる。ギュッと背中を引き寄せて、耳元に唇を寄せた。
「気持ちは嬉しいから。絢音にはステージを頑張って欲しいし、涼夏は誕生日の企画を練って欲しい。こっちは私に任せて」
 しばらく抱きしめながら髪を撫でていると、涼夏は私の肩に顔をうずめたまま小さく頷いた。体を離して見つめ合うと、涼夏は「任せる」と小さな声で言った。あまりにも可愛くて思わずキスしたくなったが、さすがに自重する。
 涼夏を帰らせて椅子に座ると、江塚君が渋い顔をした。
「二人に喧嘩をさせるつもりはなかった。野阪さんも無理せずに帰っていいよ」
「大丈夫」
 短く答えて再びパンフレットを取る。各クラスの展示内容に、ステージ企画のタイムテーブル。見ているだけで文化祭の賑わいが伝わってくる。
 何も無理はしていない。私は二人や涼夏が思っているよりずっと、文化祭を楽しみにしている。
「私と涼夏は大丈夫。涼夏が江塚君たちをどう思ったかは知らないけど」
 顔を上げずにそう言うと、江塚君が苦笑いを浮かべて頭を掻いた。
 涼夏とは大丈夫。そう思うけれど、念のため夜にもう一度フォローしておこう。私が友達を守るだけのために手を挙げたわけではないことを伝えれば、涼夏もわかってくれるだろう。それを目の前の男子に話す気はまったくないけれど。
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