ほのぼの学園百合小説 キタコミ!

水原渉

文字の大きさ
46 / 381

第19話 文化祭 9(1)

しおりを挟む
 ユナ高の文化祭は土日2日間に渡って行われ、両日とも10時から15時まで一般客を迎え入れる。隣の仁町などは女子高ということもあってチケット制らしいが、ユナ高では誰でも参加することができるし、むしろウェルカムで人を呼び込んでいる。活気こそ正義。生徒会室に行った時、先輩がそんなことを言っていた。
 朝の8時に一度先生も含めて全員集まり、注意事項も含めて点呼を取ることになっていたが、私は7時過ぎには学校に着いていた。江塚君と川波君は私より先に来ていて、少ししてから涼夏もやってきた。他にも何人か、搬入担当や家の近い子、楽しみにしている子、部活がある子たちがいて、段取りを確認したり、文化祭がいかに楽しみかという雑談を交わした。
 私は今日はほとんど涼夏と一緒にいる予定になっている。午前中はカフェの宣伝をぶら提げながら外をウロウロして、カフェが一番忙しくなりそうな昼の時間帯に浴衣で店番をする。私は接客には向いていないと強く訴えたが、可愛さこそ正義という謎の理屈で押し切られた。
 絢音のステージは14時からなので、奈都と合流して3人で見に行くことにしている。ちなみに今日は奈都は午前中は模擬店にいて、バトン部の演技は明日の午前になっている。それは絢音と涼夏と3人で行けるよう、シフトを組んである。
 私がドーナツを準備していると、すぐそこで涼夏が川波君と不穏な会話をしていた。
「そういえば、昨日の千紗都のレンタル代をもらってないや。3千円ね」
「何それ!」
「前夜祭、一緒に見たんでしょ? 川波君は友達だけど、お金のことはきっちりしなくちゃね」
「美人局かよ!」
「難しい言葉を知ってるね。そういうのは、ちゃんと事務所を通してもらわないと困るんだよね」
 涼夏がお金を要求するように、手の平を上にして指を動かす。口調も表情も笑っているので冗談だろうが、若干牽制の意図もあるのかもしれない。私にも分け前があるかと期待して見ていたが、残念ながらお金の受け渡しは行われなかった。
 8時からの点呼が終わると、私は段ボールとビニール紐で作ったカフェの呼び込みボードを首から提げた。前にも後ろにも宣伝が書いてある優れ物だ。よく文化祭や学園祭の写真で見るので、秘かに楽しみにしていたのだが、喜んでいる私を見て絢音が残念そうにため息をついた。
「千紗都の可視部分が減った。可愛くない」
「午前中はこれをつけて練り歩くから」
「胸部を隠すなんて、戦闘力の半分を放棄したようなものだよ」
 今日も絢音は頭がおかしい。昼からステージがあるが、全然緊張していないようで何よりである。
 涼夏は教室に作った簡易更衣室でマイ浴衣に着替えると、袖を広げて微笑んだ。超絶に可愛い。足元は歩きやすいようにスニーカーを履いている。
「涼夏と野阪さんが宣伝してくれたらもう、繁盛間違いなしだね」
「でも、呼び込みの女の子は可愛かったのに、店に入ったら微妙とか思われたら」
「それだ! 二人とも、自分たちのシフトを言いながら宣伝してね」
 クラスの女子が好き勝手言うのを、涼夏が軽やかにいなす。このひと月でたくさんクラスメイトと話したが、まだこういう振りには上手く返せない。とりあえず曖昧に笑っておいた。
 一般開放は10時からだが、文化祭は9時から始まる。その前から校舎にも校庭にも声が溢れて賑やかだったが、お金のやりとりは9時から16時と決められている。
 涼夏と二人でグラウンドに出ると、日差しの眩しさに思わず目を細めた。天気には恵まれて、両日とも快晴の予報。暑くなるそうだから、みんな疲れてカフェに来てくれたらと思う。
「とりあえず敵情視察だ」
 涼夏が嬉しそうにそう言って、模擬店のテントを眺めながら歩き始めた。バトン部のテントにも寄ってみたが、奈都はいなかった。クラスの方を手伝っているのかもしれない。
 ちなみに奈都のクラスは、射的と輪投げをやるらしい。せっかくなので奈都のいる時間に行って挑戦したいと思う。
 9時になったのか、スピーカーから音楽が流れて、文化祭の開催のアナウンスとともに拍手が起きた。ステージの方から早速声が聴こえてきて、模擬店もにわかに活気づく。
 一般開放が始まる前にと言って、涼夏が校舎に戻って2年生がやっている占いの館にやってきた。涼夏との付き合いももう半年になるが、涼夏の口から占いの類の話題を聞いたことがない。好きなのだろうか。
 1回300円。中に案内されると、各ブース、暗幕で仕切られていて、少しアロマの香りがした。ヒーリングミュージックが流れ、机2つ分のテーブルには暗い色の布が敷かれて、ほの暗い照明が灯っている。真っ黒な服を着た女子の先輩に促されるまま椅子に座ると、涼夏が明るい笑顔を浮かべて言った。
「この子との相性を占ってください」
「友情的な?」
「愛情的な」
「なるほど」
 何がなるほどなのかわからないが、占い師の先輩は深く頷いてタロットカードをテーブルに広げた。黙って見つめていると、先輩はぽそりと「名前は?」と尋ねた。
「私は涼夏です。この子は千紗都」
「涼夏さんと千紗都さん。1年生ね。今日はカフェをやってる」
「わかりますか」
「書いてあるからね」
 先輩がからかうようにそう言ってから、カードをまとめて3つの山を作った。そして、ゆっくりとそれぞれの山から1枚ずつ表向きに並べる。カードには文字が書かれていたので、目で読むと、1枚目はTHE LOVERS、2枚目はQUEEN of WANDS、そして3枚目はTHE MOONだった。先輩は「大アルカナ2枚にワンドクイーンか」と呟いてから、静かに呼吸してじっとカードを見つめた。
 カードのことはまるでわからないが、なんとなくとても明るい結果に思える。恋人のカードなど、いかにも良さそうだ。チラリと隣を窺うと、涼夏も先輩と同じようにじっとカードを見つめていた。占いというものを初めてやるが、なかなか雰囲気がある。
「カードから、何を感じますか?」
 不意に先輩がそう言って顔を上げた。涼夏がカードを見つめたまま答えた。
「この月のカードのザリガニがなんか怖いのと、このこっちを見てる黒猫が不吉な感じ。恋人のカードのおっぱいがエッチ」
 言われてみると、確かに黒猫がこっちを見ている。存在すら気付かなかった。私も聞かれたので、それぞれのカードの印象を話した。
「全体的に黄色くて明るい感じがするのと、この向日葵がいいと思います。月のカードも、よく見ると確かに不吉な感じはしますけど、第一印象は静かな感じでした」
「同じカードなのに、随分印象が違うねぇ」
 涼夏がふふんと笑う。先輩はもう一度カードに視線を戻して、指で軽くカードに触れた。
「今持った印象は大事にしてもらいながら、カードの持つ意味と私の解釈を話すと、二人の相性はいいと考えます。恋人もワンドクイーンも恋愛的にポジティブなカードです。ただ、月は不安や迷い、不信や裏切りの意味があります。スプレッドはシンプルに時系列にしています。ですから、これまでの安定から、少し迷いが生じていくことを示唆しています」
 先輩の言葉に涼夏が大きく頷く。カードの意味自体はあまりいい兆候ではないが、先輩は私の解釈やインスピレーションは、不安を感じるに値しないと言った。逆に涼夏は、何かしらの不安を今抱いている状態だが、相手、つまり私の心の動きを考えると、素直にそれを話すことが問題の解決に繋がるとアドバイスした。
 その他にもいくつか解釈を聞かせてもらって、お礼を言って廊下に出た。一気に賑やかで明るい文化祭に引き戻されたが、心には不思議な静けさと高揚感がある。
「占いって初めてしたけど、結構面白かったね」
 そう言って笑いかけると、涼夏は私を見て、「うん」と大人しく頷いた。何やらぼんやりした顔をしている。まだスピリチュアルな世界から戻らないのか、占いの結果に何か思うところがあるのか。
「涼夏、私との恋愛に何か不安があるの?」
 面白おかしくそう聞いてみた。そもそも、私たちはいつから恋愛しているのかわからないが、とりあえず今はそういう設定にしておこう。前提を否定したら占い自体に意味がなくなってしまう。
 涼夏は私の顔を見て何やら得意気に笑うと、ギュッと手を握った。
「まあ、男子と二人で前夜祭とか行くし、危なっかしい子だとは思うよ」
「だからそれは、一人よりはましかなって程度の話で」
「私なら男子と行くくらいなら、一人で見に行く」
「もう、わかったから。ごめんって」
 私が謝ると、涼夏は曖昧に微笑んだ。何かしら不安を抱いているのが真実だとしたら、私の昨日みたいな言動が涼夏を不安にさせているのか。それとも、それは冗談で言っているだけでまったく気にしておらず、もっと別のことで不安を抱いているのか。
「千紗都の方は、特に私との恋愛に不安を抱いてないみたいで安心した。占いによると」
 涼夏がそう言って、満足そうに頷く。私は慌てて首を振った。
「いや、このままでいいのかなとか、私も色々考えてるよ。二人と違って、私って何もないし」
「それは恋愛の悩みとは違う」
「何もないから、愛想を尽かされないかなとか」
「私は千紗都が何もないとは思ってないし、もしそうだとしても、今大丈夫なんだから何も問題ない」
 涼夏はきっぱりとそう言って笑った。そう言ってもらえるのは嬉しいが、その言葉に甘えていいのだろうか。私自身が変わりたい気持ちもある。逆に二人は、私が変わることを望んでいないかもしれない。
 またそういうことも相談していこう。占いの先輩が言っていた通り、私たちは素直に話すのが一番だ。ひとまず今は文化祭だ。悩んでいる暇はない。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

義姉妹百合恋愛

沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。 「再婚するから」 そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。 次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。 それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。 ※他サイトにも掲載しております

さくらと遥香

youmery
恋愛
国民的な人気を誇る女性アイドルグループの4期生として活動する、さくらと遥香(=かっきー)。 さくら視点で描かれる、かっきーとの百合恋愛ストーリーです。 ◆あらすじ さくらと遥香は、同じアイドルグループで活動する同期の2人。 さくらは"さくちゃん"、 遥香は名字にちなんで"かっきー"の愛称でメンバーやファンから愛されている。 同期の中で、加入当時から選抜メンバーに選ばれ続けているのはさくらと遥香だけ。 ときに"4期生のダブルエース"とも呼ばれる2人は、お互いに支え合いながら数々の試練を乗り越えてきた。 同期、仲間、戦友、コンビ。 2人の関係を表すにはどんな言葉がふさわしいか。それは2人にしか分からない。 そんな2人の関係に大きな変化が訪れたのは2022年2月、46時間の生配信番組の最中。 イラストを描くのが得意な遥香は、生配信中にメンバー全員の似顔絵を描き上げる企画に挑戦していた。 配信スタジオの一角を使って、休む間も惜しんで似顔絵を描き続ける遥香。 さくらは、眠そうな顔で頑張る遥香の姿を心配そうに見つめていた。 2日目の配信が終わった夜、さくらが遥香の様子を見に行くと誰もいないスタジオで2人きりに。 遥香の力になりたいさくらは、 「私に出来ることがあればなんでも言ってほしい」 と申し出る。 そこで、遥香から目をつむるように言われて待っていると、さくらは唇に柔らかい感触を感じて… ◆章構成と主な展開 ・46時間TV編[完結] (初キス、告白、両想い) ・付き合い始めた2人編[完結] (交際スタート、グループ内での距離感の変化) ・かっきー1st写真集編[完結] (少し大人なキス、肌と肌の触れ合い) ・お泊まり温泉旅行編[完結] (お風呂、もう少し大人な関係へ) ・かっきー2回目のセンター編[完結] (かっきーの誕生日お祝い) ・飛鳥さん卒コン編[完結] (大好きな先輩に2人の関係を伝える) ・さくら1st写真集編[完結] (お風呂で♡♡) ・Wセンター編[完結] (支え合う2人) ※女の子同士のキスやハグといった百合要素があります。抵抗のない方だけお楽しみください。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

小学生をもう一度

廣瀬純七
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

処理中です...