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第25話 バドミントン(2)
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週末までは、帰宅部の活動の後、毎日走った。イヤホンをつけて走ると車の音が聴こえなくて危ない上、大して音楽に興味がないので、結局毎日自分の体と対話しながら走っている。
もう少し速くしても大丈夫か。膝は痛くないか。腕は振れているか。次の電柱まで全力で走ろう。インターバルは30秒。そんなことを考えながら走っていると話すと、涼夏が「運動部みたいだね」と感心するように言った。一応運動部に所属していたのだが、今の私を見て想像できないのも無理はない。
週末、奈都が久しぶりにバドミントンをしようと言ったので、埃をかぶっていたラケットを持って外に出た。お遊びのバドミントンではあまり運動にならないので、その前にラケットを置いて公園の周りを走ると、奈都が柔らかく微笑んだ。
「またチサと一緒に走れる日が来るなんて。嬉しいよ」
私は毎日一緒に走ろうと声をかけていたはずだが、自分から誘いを断ったのはなかったことになっているのだろうか。なかなか都合のいい子だ。
「来年は同じクラスになるといいね。そしたら、体育の授業で一緒に走れるよ」
私が冷静にそう言うと、奈都は無念そうに首を振った。
「そういうことじゃないんだよ!」
「どういうこと?」
なかなか難しいことを言う子だ。説明を求めたが、奈都は面倒になったのかそれ以上口を開かなかった。私もそこまで興味がなかったので聞かなかったが、恐らく中学の部活が懐かしいとか、そういう話だろう。
3キロくらい走っていい汗をかいたので、持ってきたスポーツドリンクを飲んでからラケットを握った。本気でやったら、大会に何度も出ている部長様に勝てるはずがないので、お遊びでシャトルを打ち合う。懐かしい感触だ。幸いにも、部活のトラウマはまったく想起されなかったが、奈都はわざとらしく声を震わせてくしゃっと顔をゆがめた。
「こうしてまたチサとバドミントンが出来る日が来るなんて!」
「言うほど私たち、一緒にやってなかったと思うよ?」
呆れ顔で答える。運動部はまず年功の序列があり、次に能力の序列がある。奈都とは同学年だが、奈都はレギュラーで私は補欠の端くれだった。練習でもほとんどペアを組んでいなかったし、考えてみると、奈都と仲良くなったのは例の事件の後という気がする。
「そういうことじゃないんだよ」
奈都が先程と同じ言葉を、残念そうに繰り返した。何を言っているのかさっぱりわからないが、とにかく私と一緒にバドミントンができて嬉しいようだ。
「今のバトン部と中学の時のバドミントン部、どっちがきつい?」
シャトルを打ちながら聞いてみる。奈都とは暗黙のルールにより、中学時代の話をして来なかったが、今日はなんだか自然とそういう話になる。バドミントン部の二人がラケットを持ってシャトルを打っていたら、当然そうなるだろう。
「圧倒的に中学かな。バドミントン部、きつかったでしょ?」
「そう言われるとそうだったかも。私、たぶんあんまり真面目にやってなかった」
バドミントン部がきついのは、一般的に言われることだ。練習もとにかく走るメニューが多かった気がするが、私はそこまできつかった記憶がない。余裕だったのではなく、単に真剣にやっていなかっただけだろう。遊びで入ったわけではなかったが、私の目的と部活の熱意が合っていなかったのは確かだ。
もっとも、その割には大会でいい成績を収めていたわけでもなければ、私のくだらない恋愛事件一つで部内の空気が悪くなったりと、おかしなバランスだった。当時どう思っていたのか聞いてみると、奈都は苦笑いを浮かべた。
「チサが今みたいにのんびりバドミントンを楽しみたかったのはわかってたし、そういう子は他にもたくさんいたよ。そういう子には練習も無理させなかった。だから同じ部活で同じメニューなのに、私とチサで印象が違うし、部員も多かった」
「奈都としては、もっと部員は少なくていいから、本気のメンバーだけで上を目指したかった?」
「わかんない。でも、やる気のない子にイライラしたことはないし、私自身、高校でバドミントンを続けてないし、私は意外とチサに近かったんじゃないかって思う」
高校に入って、奈都は比較的楽そうな屋内の運動部ということで、バトン部を選んだ。きっと中学でバドミントンを選んだのも同じ理由だったのだろう。それでも結局奈都は真剣にやっていたし、バトン部でも初心者の1年生としては上手な方らしい。運動神経が良くて、努力も出来る。私とは違う人種だ。
「奈都とはいつも、同じ入口から入って、違う出口から出るみたいなのを感じる」
私がそう言うと、奈都は不思議そうに首を傾げた。
「どういうこと?」
「一緒にバドミントン部に入ったけど、私は途中で辞めて、奈都は部長になったし、同じ高校に入ったけど、奈都はバトン部で私は帰宅部。いつも違う道に進むよね」
「そんな、結婚したけどすぐに家庭内別居になったみたいなこと言わないで」
「奈都、私と結婚するの?」
「喩えだよ!」
奈都が顔を赤くして力強いスマッシュを放った。いきなりで受けれるわけもなく、後ろに飛んで行ったシャトルを取りに行くと、不意に女の子の声で名前を呼ばれた。
「あれ? 千紗都と奈都じゃん。バドミントンしてる!」
何気なく顔を上げると、立っていたのは中学時代の同級生だった。古橋愛由美は私が中1の時は奈都よりも遥かに仲良しで、部活の練習でもよくペアを組んでいたが、あの事件の後ぎくしゃくして疎遠になってしまった一人である。
私がシャトルを取って振り返ると、奈都は軽い足取りで駆け寄って明るく笑いかけた。
「アユ、久しぶり」
体の前で両手を握り合って、再会を喜び合う。元気だったかと近況を聞き合う様子を見るに、今は連絡を取り合っていないようだ。中学時代の話は意図的にして来なかったから、奈都が今、誰とどのような付き合いをしているか、私はまったく知らない。
二人の話を邪魔するのも悪いと思い、一人でシャトルをポンポンと打っていると、愛由美が3年前のような気さくな調子で話しかけてきた。
「千紗都も元気だった? 奈都と同じ高校に行ったんだっけ? 二人とも、今もバドミントンやってるの?」
「いや、私は帰宅部だけど」
私がしどろもどろに答えると、奈都は自分はバトン部だと無意味に胸を張った。私のフォローをしてくれたようにも見えるが、涼夏や絢音と違って、奈都はあまりそういう気の回る子ではない。単に質問されたから答えただけだろう。
「バトン部かー。意外。ちなみに私は茶道部」
「そっちの方が意外だし! なんで茶道?」
「ほら、私って淑やかだし、互いに惹かれ合ったみたいな?」
「えっ? 誰が淑やか?」
「私!」
「アユ、たぶんだけど、淑やかを誤用してるよ」
「してないし!」
二人がテンポよく言葉を投げ合って、楽しそうに笑う。部活を辞めてから二人が一緒にいるのは見たことがないが、きっとこんなふうに毎日楽しく喋っていたのだろう。
複雑な気持ちでシャトルを打っていると、愛由美が私を見て口を開いた。
「千紗都は? 帰宅部はどう? 塾とか行ってるの?」
「行ってないよ。友達と毎日全力で帰宅してる」
「そりゃ、渾身の帰宅だ!」
そう言ってあははと笑ってから、愛由美はふっと探るような目で私を見つめた。
「千紗都は、まだ怒ってるの?」
「怒ってる? 何を?」
キョトンとして尋ねる。何も怒っていないが、どう接していいかわからない動揺を、そっけないと解釈されたのだろうか。ただ、「まだ」とはどういうことだろう。中学時代も、私は別に何も怒っていなかった。
愛由美は悩ましげに眉根を寄せてから、静かに首を振った。
「わからないって言うと怒られるかもだけど、千紗都、部活も辞めて友達も奈都以外全員切ったから、何かすごく怒ってたのかなって」
その言葉を、私は頭の中で3回繰り返したが、意味がわからなかった。ただ、それを愛由美に確認したいとも思わなかったので、曖昧に笑って誤魔化した。
「あんまり覚えてないや。ごめん」
「そっか。千紗都はほら、バド部で一番仲がいいって、私はそう思ってたし、喧嘩別れみたいな感じになっちゃって、ちょっと落ち込んでたっていうか、そんな感じで、だからまた仲良くなれたらいいなって思うよ!」
愛由美がそう言って、裏表のない笑顔を見せた。
愛由美の背中を見送ると、なんだかドッと疲れてベンチに腰掛けた。奈都が隣に座って、心配そうに私の顔を覗き込む。何と言っていいのかわからないように、口をパクパクさせてから、困ったように項垂れた。
私は地面に視線を落としたまま口を開いた。
「愛由美のあれ、どういうこと? 奈都は意味わかった?」
私の聞き違いでなければ、愛由美は例の一件の後、私が怒って部活を辞めて友達を切り捨てたと言っていた。それは私の認識している事実と大きく異なる。
奈都は言葉を選ぶように、たどたどしく言った。
「そう思ってる子もいるってことだと思う。私は、みんながチサが部活にいられない空気を作ったって思ってる」
「本当に?」
私が思わず冷たい瞳で奈都を見ると、奈都は驚いたように眉を上げてから、私の手をギュッと握った。そして、怒ったように眉をひそめた。
「それは私に失礼」
「そうだね。ごめん。ちょっと、何も信じれないモードに入ってた」
私の認識している世界では、私が学年で一番人気の男子に告白されて、それを断ったことで嫉妬を呼び起こし、いくつかの派閥が出来た末、男子も参戦して状況は混沌として、あまりの空気の悪さに私は部活を辞めた。その時誰も引き留めてくれなかったし、その後、段々と話しかけてくれる友達が減っていき、中2の冬にはもう、奈都しか友達がいなくなっていた。
しかし、どうやら愛由美の中では、私が怒って部活を辞め、友達を全員切り捨てたことになっている。そして、もしかしたら他にもたくさんの部員やクラスメイトが、同じように思っているのかもしれない。
温泉旅行の時、奈都が冗談で、あの状況は自分が作ったと言っていた。それはもちろん本当にただの冗談で、奈都がそんなことをするはずがないと心の底からそう思っているが、他の誰かが本当にあの状況を作り上げた可能性は否定できない。
「私、はめられた……?」
呆然とそう呟くと、奈都がそっと私の肩を抱き寄せた。
「チサが告白されたことで、チサを嫌ってた子がいたのは確かだよ。その子たちがあることないこと言った可能性はもちろんあるけど、そうだとしても、その子たちの言葉とチサと、どっちを信じるかって選択で、みんなチサを選ばなかった。同罪だよ」
奈都が耳元でそう囁いて、そのまま耳に軽く唇を押し当てた。
少しだけ奈都サイドの事情が見えてきた。情報量と立場の違いはあるが、私の認識と奈都の認識はズレていない。だから奈都は私を選んだ。もしかしたら、奈都は私が好きだからではなく、正しい方を選んだだけかもしれない。そう思って聞いてみると、奈都は顔を赤くして俯いた。
「いや、私は中1の時からチサが好きだったし、心のどこかで、チサを独り占めできてラッキーみたいに思ってたから、そんなに褒められたものじゃない」
「それは確かに、褒められたものじゃないね」
「14歳の私を許してあげて」
奈都が両手で顔を覆って、ブンブンと首を振った。この子は単に不器用で真っ直ぐなだけだ。あのわけのわからない状況の中で、私の味方をしながら、それでも部員をまとめ上げて部長になれたのは、きっとよくわかっていなかったからだろう。くだらない恋愛沙汰から距離を置き、バドミントン部の部員として、ただバドミントンに打ち込んでいた。
「奈都はすごいね」
くすっと笑ってそう言うと、奈都は恥ずかしそうに頭を掻いた。
「別にすごくないよ。なんか、男女の恋愛とか苦手で、単に見たくなかっただけ。ほら、男女の恋愛って、汚らわしいじゃん?」
そう言って、奈都が同意を求めるように真っ直ぐ私を見つめた。この子は一体、急に何を言い出したのだろう。私がまばたきをすると、奈都はギュッと私の手を握って言葉を続けた。
「やっぱり、恋愛って女同士がいいと思う。その方が綺麗じゃん? ああでも、私が綺麗かって言われるとそういう意味じゃないんだけど、じゃあ外から見てるだけってのも嫌だし。私だって、チサと涼夏の恋愛を美しいと思ってるよ?」
「ちょっと落ち着いて。一体何の話をしてるの?」
奈都がわけのわからない熱弁を振るい始めたので、私は向かってくる動物を押し留めるように両手を広げた。
奈都は我に返ったようにはっと身を引くと、両手で頭を抱えてからすくっと立ち上がった。
「バドミントンをしよう」
そう言って、ラケットをブンブン振りながらベンチから遠ざかる。私も呆れたように肩をすくめながらラケットを取った。
愛由美の認識がどうであれ、それはもう終わった話だ。今は奈都がいて、涼夏がいて、絢音がいる。
万が一同じようなことがあっても、この3人は私を守ってくれるだろうし、逆の立場になったら私も全力で3人を守る。
そんなことよりも、今はお腹の肉を落とす方が大切だ。今日はまだまだ、奈都には私の運動に付き合ってもらおう。
もう少し速くしても大丈夫か。膝は痛くないか。腕は振れているか。次の電柱まで全力で走ろう。インターバルは30秒。そんなことを考えながら走っていると話すと、涼夏が「運動部みたいだね」と感心するように言った。一応運動部に所属していたのだが、今の私を見て想像できないのも無理はない。
週末、奈都が久しぶりにバドミントンをしようと言ったので、埃をかぶっていたラケットを持って外に出た。お遊びのバドミントンではあまり運動にならないので、その前にラケットを置いて公園の周りを走ると、奈都が柔らかく微笑んだ。
「またチサと一緒に走れる日が来るなんて。嬉しいよ」
私は毎日一緒に走ろうと声をかけていたはずだが、自分から誘いを断ったのはなかったことになっているのだろうか。なかなか都合のいい子だ。
「来年は同じクラスになるといいね。そしたら、体育の授業で一緒に走れるよ」
私が冷静にそう言うと、奈都は無念そうに首を振った。
「そういうことじゃないんだよ!」
「どういうこと?」
なかなか難しいことを言う子だ。説明を求めたが、奈都は面倒になったのかそれ以上口を開かなかった。私もそこまで興味がなかったので聞かなかったが、恐らく中学の部活が懐かしいとか、そういう話だろう。
3キロくらい走っていい汗をかいたので、持ってきたスポーツドリンクを飲んでからラケットを握った。本気でやったら、大会に何度も出ている部長様に勝てるはずがないので、お遊びでシャトルを打ち合う。懐かしい感触だ。幸いにも、部活のトラウマはまったく想起されなかったが、奈都はわざとらしく声を震わせてくしゃっと顔をゆがめた。
「こうしてまたチサとバドミントンが出来る日が来るなんて!」
「言うほど私たち、一緒にやってなかったと思うよ?」
呆れ顔で答える。運動部はまず年功の序列があり、次に能力の序列がある。奈都とは同学年だが、奈都はレギュラーで私は補欠の端くれだった。練習でもほとんどペアを組んでいなかったし、考えてみると、奈都と仲良くなったのは例の事件の後という気がする。
「そういうことじゃないんだよ」
奈都が先程と同じ言葉を、残念そうに繰り返した。何を言っているのかさっぱりわからないが、とにかく私と一緒にバドミントンができて嬉しいようだ。
「今のバトン部と中学の時のバドミントン部、どっちがきつい?」
シャトルを打ちながら聞いてみる。奈都とは暗黙のルールにより、中学時代の話をして来なかったが、今日はなんだか自然とそういう話になる。バドミントン部の二人がラケットを持ってシャトルを打っていたら、当然そうなるだろう。
「圧倒的に中学かな。バドミントン部、きつかったでしょ?」
「そう言われるとそうだったかも。私、たぶんあんまり真面目にやってなかった」
バドミントン部がきついのは、一般的に言われることだ。練習もとにかく走るメニューが多かった気がするが、私はそこまできつかった記憶がない。余裕だったのではなく、単に真剣にやっていなかっただけだろう。遊びで入ったわけではなかったが、私の目的と部活の熱意が合っていなかったのは確かだ。
もっとも、その割には大会でいい成績を収めていたわけでもなければ、私のくだらない恋愛事件一つで部内の空気が悪くなったりと、おかしなバランスだった。当時どう思っていたのか聞いてみると、奈都は苦笑いを浮かべた。
「チサが今みたいにのんびりバドミントンを楽しみたかったのはわかってたし、そういう子は他にもたくさんいたよ。そういう子には練習も無理させなかった。だから同じ部活で同じメニューなのに、私とチサで印象が違うし、部員も多かった」
「奈都としては、もっと部員は少なくていいから、本気のメンバーだけで上を目指したかった?」
「わかんない。でも、やる気のない子にイライラしたことはないし、私自身、高校でバドミントンを続けてないし、私は意外とチサに近かったんじゃないかって思う」
高校に入って、奈都は比較的楽そうな屋内の運動部ということで、バトン部を選んだ。きっと中学でバドミントンを選んだのも同じ理由だったのだろう。それでも結局奈都は真剣にやっていたし、バトン部でも初心者の1年生としては上手な方らしい。運動神経が良くて、努力も出来る。私とは違う人種だ。
「奈都とはいつも、同じ入口から入って、違う出口から出るみたいなのを感じる」
私がそう言うと、奈都は不思議そうに首を傾げた。
「どういうこと?」
「一緒にバドミントン部に入ったけど、私は途中で辞めて、奈都は部長になったし、同じ高校に入ったけど、奈都はバトン部で私は帰宅部。いつも違う道に進むよね」
「そんな、結婚したけどすぐに家庭内別居になったみたいなこと言わないで」
「奈都、私と結婚するの?」
「喩えだよ!」
奈都が顔を赤くして力強いスマッシュを放った。いきなりで受けれるわけもなく、後ろに飛んで行ったシャトルを取りに行くと、不意に女の子の声で名前を呼ばれた。
「あれ? 千紗都と奈都じゃん。バドミントンしてる!」
何気なく顔を上げると、立っていたのは中学時代の同級生だった。古橋愛由美は私が中1の時は奈都よりも遥かに仲良しで、部活の練習でもよくペアを組んでいたが、あの事件の後ぎくしゃくして疎遠になってしまった一人である。
私がシャトルを取って振り返ると、奈都は軽い足取りで駆け寄って明るく笑いかけた。
「アユ、久しぶり」
体の前で両手を握り合って、再会を喜び合う。元気だったかと近況を聞き合う様子を見るに、今は連絡を取り合っていないようだ。中学時代の話は意図的にして来なかったから、奈都が今、誰とどのような付き合いをしているか、私はまったく知らない。
二人の話を邪魔するのも悪いと思い、一人でシャトルをポンポンと打っていると、愛由美が3年前のような気さくな調子で話しかけてきた。
「千紗都も元気だった? 奈都と同じ高校に行ったんだっけ? 二人とも、今もバドミントンやってるの?」
「いや、私は帰宅部だけど」
私がしどろもどろに答えると、奈都は自分はバトン部だと無意味に胸を張った。私のフォローをしてくれたようにも見えるが、涼夏や絢音と違って、奈都はあまりそういう気の回る子ではない。単に質問されたから答えただけだろう。
「バトン部かー。意外。ちなみに私は茶道部」
「そっちの方が意外だし! なんで茶道?」
「ほら、私って淑やかだし、互いに惹かれ合ったみたいな?」
「えっ? 誰が淑やか?」
「私!」
「アユ、たぶんだけど、淑やかを誤用してるよ」
「してないし!」
二人がテンポよく言葉を投げ合って、楽しそうに笑う。部活を辞めてから二人が一緒にいるのは見たことがないが、きっとこんなふうに毎日楽しく喋っていたのだろう。
複雑な気持ちでシャトルを打っていると、愛由美が私を見て口を開いた。
「千紗都は? 帰宅部はどう? 塾とか行ってるの?」
「行ってないよ。友達と毎日全力で帰宅してる」
「そりゃ、渾身の帰宅だ!」
そう言ってあははと笑ってから、愛由美はふっと探るような目で私を見つめた。
「千紗都は、まだ怒ってるの?」
「怒ってる? 何を?」
キョトンとして尋ねる。何も怒っていないが、どう接していいかわからない動揺を、そっけないと解釈されたのだろうか。ただ、「まだ」とはどういうことだろう。中学時代も、私は別に何も怒っていなかった。
愛由美は悩ましげに眉根を寄せてから、静かに首を振った。
「わからないって言うと怒られるかもだけど、千紗都、部活も辞めて友達も奈都以外全員切ったから、何かすごく怒ってたのかなって」
その言葉を、私は頭の中で3回繰り返したが、意味がわからなかった。ただ、それを愛由美に確認したいとも思わなかったので、曖昧に笑って誤魔化した。
「あんまり覚えてないや。ごめん」
「そっか。千紗都はほら、バド部で一番仲がいいって、私はそう思ってたし、喧嘩別れみたいな感じになっちゃって、ちょっと落ち込んでたっていうか、そんな感じで、だからまた仲良くなれたらいいなって思うよ!」
愛由美がそう言って、裏表のない笑顔を見せた。
愛由美の背中を見送ると、なんだかドッと疲れてベンチに腰掛けた。奈都が隣に座って、心配そうに私の顔を覗き込む。何と言っていいのかわからないように、口をパクパクさせてから、困ったように項垂れた。
私は地面に視線を落としたまま口を開いた。
「愛由美のあれ、どういうこと? 奈都は意味わかった?」
私の聞き違いでなければ、愛由美は例の一件の後、私が怒って部活を辞めて友達を切り捨てたと言っていた。それは私の認識している事実と大きく異なる。
奈都は言葉を選ぶように、たどたどしく言った。
「そう思ってる子もいるってことだと思う。私は、みんながチサが部活にいられない空気を作ったって思ってる」
「本当に?」
私が思わず冷たい瞳で奈都を見ると、奈都は驚いたように眉を上げてから、私の手をギュッと握った。そして、怒ったように眉をひそめた。
「それは私に失礼」
「そうだね。ごめん。ちょっと、何も信じれないモードに入ってた」
私の認識している世界では、私が学年で一番人気の男子に告白されて、それを断ったことで嫉妬を呼び起こし、いくつかの派閥が出来た末、男子も参戦して状況は混沌として、あまりの空気の悪さに私は部活を辞めた。その時誰も引き留めてくれなかったし、その後、段々と話しかけてくれる友達が減っていき、中2の冬にはもう、奈都しか友達がいなくなっていた。
しかし、どうやら愛由美の中では、私が怒って部活を辞め、友達を全員切り捨てたことになっている。そして、もしかしたら他にもたくさんの部員やクラスメイトが、同じように思っているのかもしれない。
温泉旅行の時、奈都が冗談で、あの状況は自分が作ったと言っていた。それはもちろん本当にただの冗談で、奈都がそんなことをするはずがないと心の底からそう思っているが、他の誰かが本当にあの状況を作り上げた可能性は否定できない。
「私、はめられた……?」
呆然とそう呟くと、奈都がそっと私の肩を抱き寄せた。
「チサが告白されたことで、チサを嫌ってた子がいたのは確かだよ。その子たちがあることないこと言った可能性はもちろんあるけど、そうだとしても、その子たちの言葉とチサと、どっちを信じるかって選択で、みんなチサを選ばなかった。同罪だよ」
奈都が耳元でそう囁いて、そのまま耳に軽く唇を押し当てた。
少しだけ奈都サイドの事情が見えてきた。情報量と立場の違いはあるが、私の認識と奈都の認識はズレていない。だから奈都は私を選んだ。もしかしたら、奈都は私が好きだからではなく、正しい方を選んだだけかもしれない。そう思って聞いてみると、奈都は顔を赤くして俯いた。
「いや、私は中1の時からチサが好きだったし、心のどこかで、チサを独り占めできてラッキーみたいに思ってたから、そんなに褒められたものじゃない」
「それは確かに、褒められたものじゃないね」
「14歳の私を許してあげて」
奈都が両手で顔を覆って、ブンブンと首を振った。この子は単に不器用で真っ直ぐなだけだ。あのわけのわからない状況の中で、私の味方をしながら、それでも部員をまとめ上げて部長になれたのは、きっとよくわかっていなかったからだろう。くだらない恋愛沙汰から距離を置き、バドミントン部の部員として、ただバドミントンに打ち込んでいた。
「奈都はすごいね」
くすっと笑ってそう言うと、奈都は恥ずかしそうに頭を掻いた。
「別にすごくないよ。なんか、男女の恋愛とか苦手で、単に見たくなかっただけ。ほら、男女の恋愛って、汚らわしいじゃん?」
そう言って、奈都が同意を求めるように真っ直ぐ私を見つめた。この子は一体、急に何を言い出したのだろう。私がまばたきをすると、奈都はギュッと私の手を握って言葉を続けた。
「やっぱり、恋愛って女同士がいいと思う。その方が綺麗じゃん? ああでも、私が綺麗かって言われるとそういう意味じゃないんだけど、じゃあ外から見てるだけってのも嫌だし。私だって、チサと涼夏の恋愛を美しいと思ってるよ?」
「ちょっと落ち着いて。一体何の話をしてるの?」
奈都がわけのわからない熱弁を振るい始めたので、私は向かってくる動物を押し留めるように両手を広げた。
奈都は我に返ったようにはっと身を引くと、両手で頭を抱えてからすくっと立ち上がった。
「バドミントンをしよう」
そう言って、ラケットをブンブン振りながらベンチから遠ざかる。私も呆れたように肩をすくめながらラケットを取った。
愛由美の認識がどうであれ、それはもう終わった話だ。今は奈都がいて、涼夏がいて、絢音がいる。
万が一同じようなことがあっても、この3人は私を守ってくれるだろうし、逆の立場になったら私も全力で3人を守る。
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