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第46話 流行(4)
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外に出ると再び焦げるような日差しが降り注ぎ、涼夏がうんざりしたように目を細くした。
「日差しが痛い」
「今、太陽が痛いようって言った?」
「言ってないな」
「涼夏って、ハンドスピナー回してても、太陽が痛いようとか言っても絵になるからズルイよね」
「一瞬、尊み秀吉とか流行ってたし、親父ギャグが見直される日も来るかもね」
それは来なくていい。私はああいうのはちょっと寒く感じるから、陽キャにはなれそうもない。
陰になるので1本裏の通りを歩くと、不意に涼夏が足を止めて手を合わせた。何かと思ったら、1年くらい前に涼夏に叩かれた場所である。敢えてスルーすると、涼夏が不服そうに頬を膨らませた。
「コンビニっていうと、話題のカヌレは食べた?」
あくまで無視してそう聞くと、涼夏は諦めたように首を振った。
「食べてないな。今日食べよう」
カヌレはフランスの洋菓子で、ゼリーのカップを引っくり返したような形をしているが、最近発売されたのはドーナツの形で、真ん中に生クリームが詰まっている。新発売の上、動画サイトで紹介されたとかで話題になっている。
「ハロハロもカヌレも食べたら太りそう」
私がお腹をさすりながらそう言うと、涼夏が私のお腹をじっと見つめた。
「半分こする?」
「じゃあ、私が食感と味を担当するから、涼夏はカロリーを担当して」
「超越した半分こだな」
涼夏が笑いながら私のお腹の肉をつまもうとしたが、幸いにも何も挟めずに終わった。言うほど太っていない。
モールの近くのコンビニに入ると、エアコンが涼しくて気持ち良かった。私はメロン、涼夏は桃のハロハロを買って、イートインスペースに座る。
「これも半分こしよう」
涼夏がにこにこしながら、長いスプーンを突き立てた。
「じゃあ、私は桃の『兆』の部分をもらう」
「桃の兆し? 意味がわからんけど、カッコイイな」
「クリームとハロを一緒に食べると美味しいんだよね」
スプーンですくって口に入れると、甘さと冷たさに思わず頬が緩んだ。シャクシャクしている。
「ハロハロメロンはロがたくさんあるな」
「ロに文字を入れてください」
「『兆』入れる?」
「ハ兆ハ兆メ兆ン」
ちょっと面白かったので二人で笑ったが、冷静に考えると全然面白くなかった。とりあえず絢音に「ハキザシハキザシメキザシン」と送ったので、返事を期待したい。
今日、絢音がオルチャンメイクという単語を言っていたので、涼夏とメイクの話をする。そういえば、朝も少しだけプチプラの話題が出た。奈都はまったく興味がなさそうだったが、涼夏はそうではない。
「種類いっぱいあるし、安くて可愛くて肌に合うのが見つかると、喜びしおしお。喜び組に入れる」
「わかる。奈都は全然理解してくれない」
「適材適所だな」
「さっきから日本語おかしいから」
時間をかけてハロハロを平らげると、涼夏が追加でカヌレを買ってきてくれた。見た目は完全にドーナツだ。
「ドーナツは穴が空いてるからカロリーが低いのに、そこにクリームを詰めたらギルティーだよね」
私が冷静にそう指摘すると、涼夏が袋を開けながら「これはカヌレだ」と言った。
「それはわかってる」
「まあ、カロリーが凝縮しがちな真ん中の部分をくり抜くことで、カロリーを抑えてるのはドーナツと同じだな」
涼夏がそう言いながら端をかじった。無言で手渡されたので、私も端をかじる。パリッとサクッの中間くらいの硬さで、中はしっとりとして大人の味がした。
「これは上品な食べ物だね」
「フランスだしね。ブエノス・アイレス」
「なんだっけそれ」
「スペイン語の挨拶」
「フランス全然関係なかった」
ようやくクリームに辿り着くと、大体予想通りの味になった。カロリーを食べている気がする。そう感想を述べると、涼夏がいたずらっぽく笑った。
「カロリーだけ引き受けようか?」
そういえばそんな話をしていた。味だけ楽しむというのは、利き酒みたいなものだろうか。
いいとこ取りで悪い気がするが、涼夏がどうしてもカロリーだけ引き受けたそうに目を輝かせていたので、仕方なくクリームと一緒に一口頬張った。
もぐもぐと味わってから、周囲の目がないことを確認して顔を近付ける。一応口元を隠しながら、咀嚼したカヌレを涼夏に口移しすると、涼夏はうっとりした表情でしばらく口を動かしてから飲み込んだ。
「美味しい」
「涼夏は頭がおかしい」
「考案したのは私じゃない」
「考えるのとするのじゃ、大違いだから」
「思い付きもしなかった私は、頭がおかしくない」
涼夏が無罪を主張する。どっちもどっちだろうか。
時間を確認しがてらスマホを見たが、絢音からの返事はなかった。外に出ると暑さはだいぶ和らいでいた。恵坂と違って大してすることがないので、そのまま隣のショッピングモールに入る。
「流行を追うのは悪くない」
ブラブラとモールの中を歩きながら涼夏が言った。どこから話が繋がっていたのかわからなかったので、「カヌレ?」と聞くと、涼夏は大きく頷いた。
「ミーハーだって言われたらそうかも知れないけど、常に新しい感性に触れるって言い換えると、急に文化的な響きになる」
他にも、クラスの話題についていけるとか、新しい発見があるとか、確かにメリットは多い。だからこそ流行を取り入れている人は多いのだろう。
メイクだって、チークが濃かった時期もあれば、唇が赤かった時期もあるし、涙袋しか勝たん時代もあった。
少し前は白こそ正義だったが、絢音の言っていたルーズソックスの時代は黒こそ正義だった。いわゆるコギャルというやつだ。あれも何も可愛く思えないから、今私たちがしているメイクも、未来の女子高生には全然可愛く思えないかもしれない。
涼夏とプチプラを眺めていると、絢音から返事が来た。
『ハロハロメロンまでは解析できたけど、キザシがどこから来たのか、まったくわからない。わかれる?』
わかれるというのは新しい日本語だ。涼夏がグループに投稿されたメッセージを自分のスマホで見ながら、勝ち気に微笑んだ。
「ハロハロだけでもすごいな。確か、絢音と別れてからしか言ってないよね?」
「そうだね」
いきなり答えを言ってもつまらないと思い、「涼夏は違うのを食べた。そしてそれを半分こした」と書いておいた。
既読になってすぐ、考えるエビのスタンプが飛んできたので、絢音の話をしながら買い物に戻った。
モールのベンチに座って、人気YouTuberのコスメ紹介動画を見ていたら、絢音から「桃か!」とメッセージが飛んできた。賢い子だ。
『それだ。すごいね。涼夏が木、私が兆を食べた』
『飛躍的な発想だけど、答えられるだけの情報はあった。ちょっと悔しい』
『悔しさをバネにして。ブエノス・アイレス!』
挨拶で締めくくると、絢音から「どういう話からブエノス・アイレスが出てきたのか気になって、夜も眠れない」と送られてきた。
若干の違和感があったので検索すると、ブエノス・アイレスはアルゼンチンの首都だった。語源はスペイン語らしいので、30%くらいは正解と言っていい。
明日話すと送ると、悲しみのエビのスタンプが送られてきた。涼夏と二人でくすくす笑う。
そもそもブエノス・アイレスがスペイン語の挨拶だったとして、カヌレの話題からその言葉が出てくるのはおかしい。桃と違って答えを聞いても感動がないから、今夜電話で教えてあげよう。
「さあ、流行探しを続けよう」
腰を上げて、涼夏が私の手を引いた。
いつからそういう遊びになったのかはわからないが、新しい感性に触れるのは大切だ。涼夏の手をギュッと握る。
「可愛いハンドスピナーないかな」
涼夏が歯を見せて笑った。
残念だけど、それはないと思う。
「日差しが痛い」
「今、太陽が痛いようって言った?」
「言ってないな」
「涼夏って、ハンドスピナー回してても、太陽が痛いようとか言っても絵になるからズルイよね」
「一瞬、尊み秀吉とか流行ってたし、親父ギャグが見直される日も来るかもね」
それは来なくていい。私はああいうのはちょっと寒く感じるから、陽キャにはなれそうもない。
陰になるので1本裏の通りを歩くと、不意に涼夏が足を止めて手を合わせた。何かと思ったら、1年くらい前に涼夏に叩かれた場所である。敢えてスルーすると、涼夏が不服そうに頬を膨らませた。
「コンビニっていうと、話題のカヌレは食べた?」
あくまで無視してそう聞くと、涼夏は諦めたように首を振った。
「食べてないな。今日食べよう」
カヌレはフランスの洋菓子で、ゼリーのカップを引っくり返したような形をしているが、最近発売されたのはドーナツの形で、真ん中に生クリームが詰まっている。新発売の上、動画サイトで紹介されたとかで話題になっている。
「ハロハロもカヌレも食べたら太りそう」
私がお腹をさすりながらそう言うと、涼夏が私のお腹をじっと見つめた。
「半分こする?」
「じゃあ、私が食感と味を担当するから、涼夏はカロリーを担当して」
「超越した半分こだな」
涼夏が笑いながら私のお腹の肉をつまもうとしたが、幸いにも何も挟めずに終わった。言うほど太っていない。
モールの近くのコンビニに入ると、エアコンが涼しくて気持ち良かった。私はメロン、涼夏は桃のハロハロを買って、イートインスペースに座る。
「これも半分こしよう」
涼夏がにこにこしながら、長いスプーンを突き立てた。
「じゃあ、私は桃の『兆』の部分をもらう」
「桃の兆し? 意味がわからんけど、カッコイイな」
「クリームとハロを一緒に食べると美味しいんだよね」
スプーンですくって口に入れると、甘さと冷たさに思わず頬が緩んだ。シャクシャクしている。
「ハロハロメロンはロがたくさんあるな」
「ロに文字を入れてください」
「『兆』入れる?」
「ハ兆ハ兆メ兆ン」
ちょっと面白かったので二人で笑ったが、冷静に考えると全然面白くなかった。とりあえず絢音に「ハキザシハキザシメキザシン」と送ったので、返事を期待したい。
今日、絢音がオルチャンメイクという単語を言っていたので、涼夏とメイクの話をする。そういえば、朝も少しだけプチプラの話題が出た。奈都はまったく興味がなさそうだったが、涼夏はそうではない。
「種類いっぱいあるし、安くて可愛くて肌に合うのが見つかると、喜びしおしお。喜び組に入れる」
「わかる。奈都は全然理解してくれない」
「適材適所だな」
「さっきから日本語おかしいから」
時間をかけてハロハロを平らげると、涼夏が追加でカヌレを買ってきてくれた。見た目は完全にドーナツだ。
「ドーナツは穴が空いてるからカロリーが低いのに、そこにクリームを詰めたらギルティーだよね」
私が冷静にそう指摘すると、涼夏が袋を開けながら「これはカヌレだ」と言った。
「それはわかってる」
「まあ、カロリーが凝縮しがちな真ん中の部分をくり抜くことで、カロリーを抑えてるのはドーナツと同じだな」
涼夏がそう言いながら端をかじった。無言で手渡されたので、私も端をかじる。パリッとサクッの中間くらいの硬さで、中はしっとりとして大人の味がした。
「これは上品な食べ物だね」
「フランスだしね。ブエノス・アイレス」
「なんだっけそれ」
「スペイン語の挨拶」
「フランス全然関係なかった」
ようやくクリームに辿り着くと、大体予想通りの味になった。カロリーを食べている気がする。そう感想を述べると、涼夏がいたずらっぽく笑った。
「カロリーだけ引き受けようか?」
そういえばそんな話をしていた。味だけ楽しむというのは、利き酒みたいなものだろうか。
いいとこ取りで悪い気がするが、涼夏がどうしてもカロリーだけ引き受けたそうに目を輝かせていたので、仕方なくクリームと一緒に一口頬張った。
もぐもぐと味わってから、周囲の目がないことを確認して顔を近付ける。一応口元を隠しながら、咀嚼したカヌレを涼夏に口移しすると、涼夏はうっとりした表情でしばらく口を動かしてから飲み込んだ。
「美味しい」
「涼夏は頭がおかしい」
「考案したのは私じゃない」
「考えるのとするのじゃ、大違いだから」
「思い付きもしなかった私は、頭がおかしくない」
涼夏が無罪を主張する。どっちもどっちだろうか。
時間を確認しがてらスマホを見たが、絢音からの返事はなかった。外に出ると暑さはだいぶ和らいでいた。恵坂と違って大してすることがないので、そのまま隣のショッピングモールに入る。
「流行を追うのは悪くない」
ブラブラとモールの中を歩きながら涼夏が言った。どこから話が繋がっていたのかわからなかったので、「カヌレ?」と聞くと、涼夏は大きく頷いた。
「ミーハーだって言われたらそうかも知れないけど、常に新しい感性に触れるって言い換えると、急に文化的な響きになる」
他にも、クラスの話題についていけるとか、新しい発見があるとか、確かにメリットは多い。だからこそ流行を取り入れている人は多いのだろう。
メイクだって、チークが濃かった時期もあれば、唇が赤かった時期もあるし、涙袋しか勝たん時代もあった。
少し前は白こそ正義だったが、絢音の言っていたルーズソックスの時代は黒こそ正義だった。いわゆるコギャルというやつだ。あれも何も可愛く思えないから、今私たちがしているメイクも、未来の女子高生には全然可愛く思えないかもしれない。
涼夏とプチプラを眺めていると、絢音から返事が来た。
『ハロハロメロンまでは解析できたけど、キザシがどこから来たのか、まったくわからない。わかれる?』
わかれるというのは新しい日本語だ。涼夏がグループに投稿されたメッセージを自分のスマホで見ながら、勝ち気に微笑んだ。
「ハロハロだけでもすごいな。確か、絢音と別れてからしか言ってないよね?」
「そうだね」
いきなり答えを言ってもつまらないと思い、「涼夏は違うのを食べた。そしてそれを半分こした」と書いておいた。
既読になってすぐ、考えるエビのスタンプが飛んできたので、絢音の話をしながら買い物に戻った。
モールのベンチに座って、人気YouTuberのコスメ紹介動画を見ていたら、絢音から「桃か!」とメッセージが飛んできた。賢い子だ。
『それだ。すごいね。涼夏が木、私が兆を食べた』
『飛躍的な発想だけど、答えられるだけの情報はあった。ちょっと悔しい』
『悔しさをバネにして。ブエノス・アイレス!』
挨拶で締めくくると、絢音から「どういう話からブエノス・アイレスが出てきたのか気になって、夜も眠れない」と送られてきた。
若干の違和感があったので検索すると、ブエノス・アイレスはアルゼンチンの首都だった。語源はスペイン語らしいので、30%くらいは正解と言っていい。
明日話すと送ると、悲しみのエビのスタンプが送られてきた。涼夏と二人でくすくす笑う。
そもそもブエノス・アイレスがスペイン語の挨拶だったとして、カヌレの話題からその言葉が出てくるのはおかしい。桃と違って答えを聞いても感動がないから、今夜電話で教えてあげよう。
「さあ、流行探しを続けよう」
腰を上げて、涼夏が私の手を引いた。
いつからそういう遊びになったのかはわからないが、新しい感性に触れるのは大切だ。涼夏の手をギュッと握る。
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