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第49話 沖縄 10
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港川ステイツサイドタウンを出ると、時間的にはもう夕方だった。もっとも、日の入りは十九時半と遅いのでまだ明るい。
地図で見つけた浦添城跡に寄りながら帰ろうとしたら、電動自転車でもきついくらいの坂が立ちはだかり、夏の沖縄に来ていることを否応なしに感じさせられた。
「その日、私たちは思い出した」
奈都が汗だくになりながらそう呟いて、スポーツドリンクを喉に流し込んだ。喉元が日に焼けて赤くなっている。日焼け止めを塗り忘れがちな場所だ。
何も言わずに自転車を漕ぐと、絢音が奈都の隣に並んで、ポンと背中を叩いた。
「私は理解したから」
「うん。アヤだけが私を理解してくれる」
何やら友情を深め合っているが、突っ込む気力もなかったのでスルーした。先頭を行く涼夏も口数が少ない。
浦添城跡は浦添大公園という広大な公園の一角にあり、駐車場の隅に自転車を駐めると、一番奥の見晴らしの良い広場にやってきた。本土なら天守跡といった場所だろうが、沖縄の城も同じような構造だったかはわからない。
「すごい眺めだ」
眼下の町並みと、遠くに見える海を眩しそうに見つめて、涼夏が疲れた顔でそう言った。高いビルもすべて遥か眼下で、どれだけ登ってきたかわかる。
「電動自転車じゃなかったら死んでたね」
「電動自転車じゃなかったら来てないな」
奈都の言葉に、涼夏が自信たっぷりに頷いた。偉そうに言うような台詞ではないと思うが、そんな涼夏はとても可愛い。
後ろに立つと、奈都のシャツが汗でべったり背中に張り付いていて、しっとりと濡れた髪の隙間から、首筋を流れ落ちる汗が見えた。そっと髪の毛をかき上げて、全力でうなじを舐めると、奈都が悲鳴を上げて飛び退いた。
「な、何? なんで舐めた?」
「しょっぱい」
「理由を聞いてる!」
「他に人がいなかったから」
「えっ? わけがわかんない。ねえ、この人、頭がおかしいよ?」
奈都が涼夏の袖をくいっと引いたが、涼夏も絢音も「うなじって舐めたくなるよねー」と笑っただけで、奈都はまるで宇宙人でも前にしたようにうろたえて、静かに首を振った。
「帰宅部はみんな頭がおかしいのを忘れてた」
「そう言えば、沖縄に来てから奈都とキスしてない気がする。しよっか」
「だから、意味がわかんないから!」
困惑している奈都をそっと抱きしめると、火傷しそうなほど肌が熱かった。奈都が助けを求めるように絢音を見たが、そもそも帰宅部にボディータッチ文化を広めた張本人は、「いい思い出になるねー」と穏やかに微笑んだ。
涼夏が景色を撮っていたスマホを私に向けて、「撮ってあげるね」と笑った。そっと口づけすると、奈都は一瞬体を強張らせたが、やがて諦めたように力を抜いて、水気のある音を立てながら舌を絡めた。
私の首と肩に両腕を回し、奈都が時々色っぽい声を漏らす。嫌がっているように見えたが、私よりノリノリなのは気のせいだろうか。
満足したので顔を離すと、奈都は潤んだ瞳で私を見つめながら、指先で唇を拭った。涼夏がスマホを突き出して、にっこりと微笑む。
「展望台にいる感じの写真が撮れたよ。ほら」
「本当だ。なんか照れる」
「送るね。ナッちゃんには、現像してバトン部の部室に貼っておくから」
「えっ? いや、違う」
奈都が我に返ったようにまばたきをして、顔を赤くして首を振った。
送られてきた写真は、冷静に見るとなんだか恥ずかしいが、そう言えば涼夏ともファーストキスの写真が残っているし、こういうのも悪くないと考え直した。
浦添城跡を出た後は、せっかくだから首里城にも寄って行こうと、真っ直ぐ南下した。ほとんど下りだったので、やはり相当登っていたようだ。
四キロほど戻り、やがて首里城公園の入口に着いた。少し歩くと有名な守礼門があったが、人はほとんどいなかった。
何枚か記念写真を撮って奥に進むと、人のいなかった理由がわかった。すでに開場時間を過ぎており、それどころか無料エリアすらもうじき閉まるとのことで、歓会門と瑞泉門で写真を撮って、首里城公園を後にした。
「まあ、元々来る予定でもなかったし、仕方ない」
涼夏があっけらかんとそう言って、自転車に跨った。日はだいぶ西に傾いていて、日差しは随分和らいでいる。天気がいいので、夕日が綺麗かもしれない。
もっとも、首里城公園からホテルまで、また五キロほどあり、夕日を見るだけのために海に行き、また国際通りに戻ってくるのは現実的ではない。
牧志駅まで三キロという、決して短くはない距離を自転車で走り、昨日と同じように自転車を駐めて国際通りを歩くことにした。
昨日は県庁の方から歩き始めて途中で引き返したので、丁度良い。偶然とはいえラッキーだと言うと、涼夏が得意気に笑った。
「偶然じゃないな。一応、今日は北から帰ってくることは、頭にあった」
「涼夏さん、計算通りですか」
「何も考えてない振りをして、実はみんなに楽しんでもらえるように、色々考えてるんだよ」
なるほど。冗談めかして言っているが、この子は大雑把に見えて気が回る。ウミカジテラスからこれまでの濃密な時間を考えたら、どれだけこの旅行のことを考えていたのかわかる。
「涼夏、ありがとね」
優しげにそう伝えると、涼夏は驚いたように眉を上げてから、ブンブンと手を振った。
「やめて。照れる」
「涼夏、可愛いね」
「それは、神の意思だから」
よくわからないことを言いながら、国際通りをブラブラ歩く。土産物はすでに買ったし、もはや雰囲気を楽しむ程度だ。
途中でなかなか良さそうな沖縄そばの店があったので入った。明日は午前の便で帰るので、恐らくこれが沖縄での最後の外食になる。
アーサそばやソーキそばを思い思いに注文して、ようやく一息ついた。考えてみればかなりの距離を自転車で走った。
「一生分、自転車に乗ったな」
涼夏がぐったりとテーブルに突っ伏してそう言った。絢音が楽しそうに顔を綻ばせて、髪に指を絡ませる。
「一生分は言い過ぎだけど、生まれてから今日までに走ったくらいは、この旅で自転車乗ってる気がする」
もちろんそれも言い過ぎだが、今日だけでも二〇キロくらい走っている。しかもパラセーリングとシュノーケリングをした後にだ。
「なんか、パラセーリングやったの、すごく前に感じる」
昨日の夜も同じようなことを思ったが、一日のポテンシャルは本当にすごい。朝学校に行って、授業を受けて帰ってくるだけの日と同じ二十四時間とはとても思えない。
「パラセーリングっていうと、写真もうアップされてるかなぁ」
「夜、やることやったらチサの部屋に集合しよう」
「やることやったらって、響きがエッチ」
「違うし! シャワー浴びたり、歯を磨いたりとか!」
三人がキャイキャイ喋っている。気を抜くと寝てしまいそうなくらい疲れた。市街地に戻ってきて気が抜けたのかもしれない。
運ばれてきた沖縄そばは抜群に美味しかった。これも最後の晩餐だと思うと名残惜しいが、今回の旅費を考えると、沖縄は私が思っていたよりもずっと身近だった。最初に涼夏が、「気楽に、軽率に」と言っていたが、そのノリでいいのかもしれない。もちろん、高校生には十分高い額だが、卒業したらもっとずっと気楽に来れるようになるだろう。
「さらば、沖縄」
ぽそっと呟くと、三人が慌てた様子で手を振った。
「まだ終わってないし!」
「うん。今夜は寝かさないよ?」
「絢音抱き枕があれば、一瞬で寝れそうな眠さ」
「涼夏抱き枕には及びません」
絢音が意味もなく胸を張る。
早く帰って写真を見ようということで、あまり長居はせずに店を出た。牧志駅に戻って自転車を回収し、昨日と同じように近くのステーションで自転車を返却して歩いて帰る。
いつの間にかすっかり夜だが、夜風も海と夏の匂いがする。友達と歩く沖縄の夜道も気持ちがいいが、早く帰ってシャワーを浴びたい。ひとまず今は、そんな気分だ。
地図で見つけた浦添城跡に寄りながら帰ろうとしたら、電動自転車でもきついくらいの坂が立ちはだかり、夏の沖縄に来ていることを否応なしに感じさせられた。
「その日、私たちは思い出した」
奈都が汗だくになりながらそう呟いて、スポーツドリンクを喉に流し込んだ。喉元が日に焼けて赤くなっている。日焼け止めを塗り忘れがちな場所だ。
何も言わずに自転車を漕ぐと、絢音が奈都の隣に並んで、ポンと背中を叩いた。
「私は理解したから」
「うん。アヤだけが私を理解してくれる」
何やら友情を深め合っているが、突っ込む気力もなかったのでスルーした。先頭を行く涼夏も口数が少ない。
浦添城跡は浦添大公園という広大な公園の一角にあり、駐車場の隅に自転車を駐めると、一番奥の見晴らしの良い広場にやってきた。本土なら天守跡といった場所だろうが、沖縄の城も同じような構造だったかはわからない。
「すごい眺めだ」
眼下の町並みと、遠くに見える海を眩しそうに見つめて、涼夏が疲れた顔でそう言った。高いビルもすべて遥か眼下で、どれだけ登ってきたかわかる。
「電動自転車じゃなかったら死んでたね」
「電動自転車じゃなかったら来てないな」
奈都の言葉に、涼夏が自信たっぷりに頷いた。偉そうに言うような台詞ではないと思うが、そんな涼夏はとても可愛い。
後ろに立つと、奈都のシャツが汗でべったり背中に張り付いていて、しっとりと濡れた髪の隙間から、首筋を流れ落ちる汗が見えた。そっと髪の毛をかき上げて、全力でうなじを舐めると、奈都が悲鳴を上げて飛び退いた。
「な、何? なんで舐めた?」
「しょっぱい」
「理由を聞いてる!」
「他に人がいなかったから」
「えっ? わけがわかんない。ねえ、この人、頭がおかしいよ?」
奈都が涼夏の袖をくいっと引いたが、涼夏も絢音も「うなじって舐めたくなるよねー」と笑っただけで、奈都はまるで宇宙人でも前にしたようにうろたえて、静かに首を振った。
「帰宅部はみんな頭がおかしいのを忘れてた」
「そう言えば、沖縄に来てから奈都とキスしてない気がする。しよっか」
「だから、意味がわかんないから!」
困惑している奈都をそっと抱きしめると、火傷しそうなほど肌が熱かった。奈都が助けを求めるように絢音を見たが、そもそも帰宅部にボディータッチ文化を広めた張本人は、「いい思い出になるねー」と穏やかに微笑んだ。
涼夏が景色を撮っていたスマホを私に向けて、「撮ってあげるね」と笑った。そっと口づけすると、奈都は一瞬体を強張らせたが、やがて諦めたように力を抜いて、水気のある音を立てながら舌を絡めた。
私の首と肩に両腕を回し、奈都が時々色っぽい声を漏らす。嫌がっているように見えたが、私よりノリノリなのは気のせいだろうか。
満足したので顔を離すと、奈都は潤んだ瞳で私を見つめながら、指先で唇を拭った。涼夏がスマホを突き出して、にっこりと微笑む。
「展望台にいる感じの写真が撮れたよ。ほら」
「本当だ。なんか照れる」
「送るね。ナッちゃんには、現像してバトン部の部室に貼っておくから」
「えっ? いや、違う」
奈都が我に返ったようにまばたきをして、顔を赤くして首を振った。
送られてきた写真は、冷静に見るとなんだか恥ずかしいが、そう言えば涼夏ともファーストキスの写真が残っているし、こういうのも悪くないと考え直した。
浦添城跡を出た後は、せっかくだから首里城にも寄って行こうと、真っ直ぐ南下した。ほとんど下りだったので、やはり相当登っていたようだ。
四キロほど戻り、やがて首里城公園の入口に着いた。少し歩くと有名な守礼門があったが、人はほとんどいなかった。
何枚か記念写真を撮って奥に進むと、人のいなかった理由がわかった。すでに開場時間を過ぎており、それどころか無料エリアすらもうじき閉まるとのことで、歓会門と瑞泉門で写真を撮って、首里城公園を後にした。
「まあ、元々来る予定でもなかったし、仕方ない」
涼夏があっけらかんとそう言って、自転車に跨った。日はだいぶ西に傾いていて、日差しは随分和らいでいる。天気がいいので、夕日が綺麗かもしれない。
もっとも、首里城公園からホテルまで、また五キロほどあり、夕日を見るだけのために海に行き、また国際通りに戻ってくるのは現実的ではない。
牧志駅まで三キロという、決して短くはない距離を自転車で走り、昨日と同じように自転車を駐めて国際通りを歩くことにした。
昨日は県庁の方から歩き始めて途中で引き返したので、丁度良い。偶然とはいえラッキーだと言うと、涼夏が得意気に笑った。
「偶然じゃないな。一応、今日は北から帰ってくることは、頭にあった」
「涼夏さん、計算通りですか」
「何も考えてない振りをして、実はみんなに楽しんでもらえるように、色々考えてるんだよ」
なるほど。冗談めかして言っているが、この子は大雑把に見えて気が回る。ウミカジテラスからこれまでの濃密な時間を考えたら、どれだけこの旅行のことを考えていたのかわかる。
「涼夏、ありがとね」
優しげにそう伝えると、涼夏は驚いたように眉を上げてから、ブンブンと手を振った。
「やめて。照れる」
「涼夏、可愛いね」
「それは、神の意思だから」
よくわからないことを言いながら、国際通りをブラブラ歩く。土産物はすでに買ったし、もはや雰囲気を楽しむ程度だ。
途中でなかなか良さそうな沖縄そばの店があったので入った。明日は午前の便で帰るので、恐らくこれが沖縄での最後の外食になる。
アーサそばやソーキそばを思い思いに注文して、ようやく一息ついた。考えてみればかなりの距離を自転車で走った。
「一生分、自転車に乗ったな」
涼夏がぐったりとテーブルに突っ伏してそう言った。絢音が楽しそうに顔を綻ばせて、髪に指を絡ませる。
「一生分は言い過ぎだけど、生まれてから今日までに走ったくらいは、この旅で自転車乗ってる気がする」
もちろんそれも言い過ぎだが、今日だけでも二〇キロくらい走っている。しかもパラセーリングとシュノーケリングをした後にだ。
「なんか、パラセーリングやったの、すごく前に感じる」
昨日の夜も同じようなことを思ったが、一日のポテンシャルは本当にすごい。朝学校に行って、授業を受けて帰ってくるだけの日と同じ二十四時間とはとても思えない。
「パラセーリングっていうと、写真もうアップされてるかなぁ」
「夜、やることやったらチサの部屋に集合しよう」
「やることやったらって、響きがエッチ」
「違うし! シャワー浴びたり、歯を磨いたりとか!」
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「さらば、沖縄」
ぽそっと呟くと、三人が慌てた様子で手を振った。
「まだ終わってないし!」
「うん。今夜は寝かさないよ?」
「絢音抱き枕があれば、一瞬で寝れそうな眠さ」
「涼夏抱き枕には及びません」
絢音が意味もなく胸を張る。
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