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第54話 文化祭2 2(2)
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その日のLHR。今年から同じクラスの委員長の岡山君が、黒板に「文化祭について」と書いてからみんなの方を向き直った。1年の時も委員長だったらしく、今年も推薦多数でサクッと決まった。誰もやりたがらないことを積極的にやってくれる人がいるのは有り難い。
それは、クラスの文化祭の実行委員も同じである。案の定、特にやりたがる人はおらず、推薦方式になった。みんな文化祭が面倒なのではなく、ユナ高は部活が盛んなので、そっちを頑張りたいのだ。奈都を見ていればわかる。クラスの方は、「自分がやらなくても、誰かやるだろう」という意識が働く。
どうやって決めようかと岡山君がおどけると、1年の時同じだった男子から声が上がった。
「野阪さんたち、今年はやらないの? 去年のカフェの段取りとか良かったよ」
たちというのは涼夏のことか、それとも川波君のことか。また涼夏が何か言ってくれるかと思ったが、直接名前が出たわけではないからか、何も言わなかった。あるいは、去年自分の発言で私や絢音に火の粉が降りかかったことを気にしているのかも知れない。
名前を出された以上、何か反応しておいた方がいいだろう。
「去年やったのは江塚君と川波君で、私は役立たずの王になったのを忘れたの?」
振り返ってそう言うと、別のところから「そんな王になってないだろ」と援護射撃があった。一部の女子がくすくすと笑うが、幸いにも嘲笑ではなさそうだ。
「野阪さんがやるなら、俺はまたやってもいいけど」
飄々と川波君がそう言った。その台詞は恥ずかしくないのかと思うが、川波君が私を好きなのはもはや周知のことだし、どうやらその「好き」はファン的なものだと認識されている。
その言葉に謎の勇気をもらったのか、何人かの男子が「俺もやってもいい」「じゃあ俺も」と手を挙げた。何だかわからないが、私はこういう絡まれ方をされるタイプではなかったはずだ。絢音の背中をつついて、「何が起きてる?」と小声で聞くと、絢音が半分だけ振り向いて口元に手を寄せた。
「昨日の千紗都が可愛すぎたんじゃない?」
「真面目に聞いたのに」
そっとため息をつくと、絢音も「真面目に答えたのに」と同じように息を吐いた。
「今年も帰宅部ってことなら、長井さんは?」
角が立たないように推薦すると、長井さんは待ち構えていたように手を振った。
「バイトもあるし、実行委員はパスかな。手伝いはするよ」
そう言われると、それ以上は誘いにくい。涼夏と同じ理由だからだ。
ちらっと涼夏を振り返ると、可愛らしくウインクされた。まったく意味がわからない。応援されたのだろうか。
広田さんと岩崎君は明らかに裏方タイプだし、実際に広田さんには振らないでと言わんばかりに手を合わせられたので、今後の友情のためにも声はかけない方がいいだろう。
「やってもいいけど、本当にやりたいこととかないし、船頭は無理だよ?」
渋々承諾すると、川波君が「じゃあ、男子は俺だな」と自信満々に立ち上がった。何故か私と川波君をセットで考えている人が多いのだが、私の方ではまったくそんなつもりはない。今回は反対の声が上がり、自分がやると何人かが同じように席を立った。
岡山君が「野阪さん、誰がいい?」と笑いながら聞いてきたが、そういうのは勘弁してほしい。
「私が決めることじゃないでしょ。女子は、私は決定でいいの?」
「暇そうだし、実績もあるし、いいんじゃない? そもそも立候補がなかったからこうなってるわけだし、委員長の俺の独断でいいよ」
岡山君が肩をすくめてそう言った。軽くディスられた気がするが、きっと気のせいだろう。
2列後ろの糸織に声をかけると、手伝ってくれるならやってみると頷いた。涼夏もバイトが忙しいから実行委員はやりたくないだけで、私がやるなら全力で手伝ってくれるだろう。
男子は何やら議論が紛糾して、熱いジャンケンバトルが始まりそうだったので軽く制した。
「実行委員は暇な帰宅部でやればいいよ。何するかわかんないけど、準備が始まったら手伝って」
この言葉に、川波君が勝ち誇った顔をする。そういう意味ではないのだが、また誤解が広がりそうだ。
そしてもう一人、去年から同じクラスの笹部君が立ち上がって自信満々に頷いた。
「ここで俺か」
「いや、誰も呼んでない」
川波君が冷静に却下したが、笹部君は「いや、俺帰宅部だし」と胸を張った。クラスが若干静まり返る。教壇から愛友の様子を窺うと、絢音は真ん前で笑いを堪え、涼夏はどうにかしろと、挑発的な目で私を煽った。
「とりあえず帰宅部でってことなら、いいんじゃない? 元3組ばっかりだけど、良かった?」
そう言いながら岡山君に確認すると、岡山君は「過去のことはいいんだ」と爽やかに首を振った。何かの罪が赦されたような響きだ。
4人で前に並ぶと、川波君が不思議そうに笹部君に言った。
「意外っていうか、お前、文化祭とか率先してやるタイプだっけ?」
「いいや。川波君も、野阪さんがいなくても手を挙げた?」
「挙げないな」
「つまりそういうことだな」
笹部君が大きく頷くと、クラスから不思議な笑いが零れた。突然のライバル宣言だが、生憎私はまったく二人に興味がない。川波君は誤解しているようだが、私の中で二人は限りなく同列だ。
「私、糸織、川波君、笹部君か。キャラが弱いな」
思案げに呟くと、糸織が「千紗都は濃いよ?」と言って目を細めた。それを無視して涼夏の方を見る。
「涼夏、仕切らない?」
「私は今、授業参観に来たお母さんの気持ちで見ている。続けてくれ」
何故か偉そうに腕を組んでそう言うと、何人かが笑った。完全に我が子を見守る母親モードだ。まあ、手に負えなくなったら助けてくれるだろう。
「とりあえず、今日中に何をするか決めたいと思います。みんな夏休み中、文化祭のことで頭がいっぱいだったと思うから、今から10分間、友達と話したり調べたりして、やりたいことを考えてください」
私がそう言うと、微妙な沈黙があった。岡山君がパンと手を叩いて行動を促し、クラスに声が戻る。「10分は短い」とか「せめて3日欲しい」とか、一部から声が上がったが、川波君が「答えは閃きの中にこそある」などとわけのわからないことを言って黙らせた。
「まあ、全員が賛成する案なんてないことは去年よくわかったし」
ガヤガヤする教室を眺めながら、川波君がため息をついた。笹部君が「大変だな」と他人事のように言って、「お前も実行委員だから」と正論を投げられていた。言葉はきついが、響きは柔かい。特に笹部君が嫌いとか苦手ということはないようだ。
そもそも、存在感の薄い、オタク気質の男子生徒で、誰からも好かれも嫌われもしていないポジションにいる。あの場で積極的に立ち上がったことに、私自身も驚いたほどだ。
涼夏は絢音と一緒に長井さんたちの輪にいたので、実行委員4人で他愛もない話をする。3人も私と同じで、特にやりたいことはないらしい。
いくらなんでも時間が短いと言われて5分延長し、出た案はカフェ、カジノ、お化け屋敷、ボウリング、ギネスに挑戦、何か演劇というラインナップになった。
「カフェはたぶん、隣がニーヨンカフェやるからな」
岡山君が念のためというように付け加える。4組に友達のいる何人かからも同じ声が上がり、この時点でカフェの選択肢はなくなった。
去年多数決にして無難なものになった反省からか、今年は川波君がそれぞれの発案者に即興でプレゼンさせ、みんなの意見を聞いた上で、予算や実現の難易度も加味して実行委員で決めると宣言した。
自分の発案を推したい人が前に出て、言いたいことを喋る。その後時間を切ってざっくばらんに意見を言い合い、それぞれのメリット・デメリットが出揃ったところで時間になった。
「去年は何も決まらずに終わったけど、さすが経験者だな。有意義な時間だった」
岡山君がそう言って手を叩いたが、それは私たちだけのおかげではない。全員が一度ユナ高の文化祭を経験したことで、具体的な提案が出来るようになっただけだ。もちろん中には何の意見も出さない人もいるし、文句しか言わない人もいるが、そういう人は適当になだめて放置する。カラオケ店の迷惑客と比べたら大したことはない。
席に戻ったら涼夏に「逞しくなったなぁ」と眩しそうに見られたので、改めて「お母さんか」と突っ込んでおいた。早速この後手伝ってもらおう。
それは、クラスの文化祭の実行委員も同じである。案の定、特にやりたがる人はおらず、推薦方式になった。みんな文化祭が面倒なのではなく、ユナ高は部活が盛んなので、そっちを頑張りたいのだ。奈都を見ていればわかる。クラスの方は、「自分がやらなくても、誰かやるだろう」という意識が働く。
どうやって決めようかと岡山君がおどけると、1年の時同じだった男子から声が上がった。
「野阪さんたち、今年はやらないの? 去年のカフェの段取りとか良かったよ」
たちというのは涼夏のことか、それとも川波君のことか。また涼夏が何か言ってくれるかと思ったが、直接名前が出たわけではないからか、何も言わなかった。あるいは、去年自分の発言で私や絢音に火の粉が降りかかったことを気にしているのかも知れない。
名前を出された以上、何か反応しておいた方がいいだろう。
「去年やったのは江塚君と川波君で、私は役立たずの王になったのを忘れたの?」
振り返ってそう言うと、別のところから「そんな王になってないだろ」と援護射撃があった。一部の女子がくすくすと笑うが、幸いにも嘲笑ではなさそうだ。
「野阪さんがやるなら、俺はまたやってもいいけど」
飄々と川波君がそう言った。その台詞は恥ずかしくないのかと思うが、川波君が私を好きなのはもはや周知のことだし、どうやらその「好き」はファン的なものだと認識されている。
その言葉に謎の勇気をもらったのか、何人かの男子が「俺もやってもいい」「じゃあ俺も」と手を挙げた。何だかわからないが、私はこういう絡まれ方をされるタイプではなかったはずだ。絢音の背中をつついて、「何が起きてる?」と小声で聞くと、絢音が半分だけ振り向いて口元に手を寄せた。
「昨日の千紗都が可愛すぎたんじゃない?」
「真面目に聞いたのに」
そっとため息をつくと、絢音も「真面目に答えたのに」と同じように息を吐いた。
「今年も帰宅部ってことなら、長井さんは?」
角が立たないように推薦すると、長井さんは待ち構えていたように手を振った。
「バイトもあるし、実行委員はパスかな。手伝いはするよ」
そう言われると、それ以上は誘いにくい。涼夏と同じ理由だからだ。
ちらっと涼夏を振り返ると、可愛らしくウインクされた。まったく意味がわからない。応援されたのだろうか。
広田さんと岩崎君は明らかに裏方タイプだし、実際に広田さんには振らないでと言わんばかりに手を合わせられたので、今後の友情のためにも声はかけない方がいいだろう。
「やってもいいけど、本当にやりたいこととかないし、船頭は無理だよ?」
渋々承諾すると、川波君が「じゃあ、男子は俺だな」と自信満々に立ち上がった。何故か私と川波君をセットで考えている人が多いのだが、私の方ではまったくそんなつもりはない。今回は反対の声が上がり、自分がやると何人かが同じように席を立った。
岡山君が「野阪さん、誰がいい?」と笑いながら聞いてきたが、そういうのは勘弁してほしい。
「私が決めることじゃないでしょ。女子は、私は決定でいいの?」
「暇そうだし、実績もあるし、いいんじゃない? そもそも立候補がなかったからこうなってるわけだし、委員長の俺の独断でいいよ」
岡山君が肩をすくめてそう言った。軽くディスられた気がするが、きっと気のせいだろう。
2列後ろの糸織に声をかけると、手伝ってくれるならやってみると頷いた。涼夏もバイトが忙しいから実行委員はやりたくないだけで、私がやるなら全力で手伝ってくれるだろう。
男子は何やら議論が紛糾して、熱いジャンケンバトルが始まりそうだったので軽く制した。
「実行委員は暇な帰宅部でやればいいよ。何するかわかんないけど、準備が始まったら手伝って」
この言葉に、川波君が勝ち誇った顔をする。そういう意味ではないのだが、また誤解が広がりそうだ。
そしてもう一人、去年から同じクラスの笹部君が立ち上がって自信満々に頷いた。
「ここで俺か」
「いや、誰も呼んでない」
川波君が冷静に却下したが、笹部君は「いや、俺帰宅部だし」と胸を張った。クラスが若干静まり返る。教壇から愛友の様子を窺うと、絢音は真ん前で笑いを堪え、涼夏はどうにかしろと、挑発的な目で私を煽った。
「とりあえず帰宅部でってことなら、いいんじゃない? 元3組ばっかりだけど、良かった?」
そう言いながら岡山君に確認すると、岡山君は「過去のことはいいんだ」と爽やかに首を振った。何かの罪が赦されたような響きだ。
4人で前に並ぶと、川波君が不思議そうに笹部君に言った。
「意外っていうか、お前、文化祭とか率先してやるタイプだっけ?」
「いいや。川波君も、野阪さんがいなくても手を挙げた?」
「挙げないな」
「つまりそういうことだな」
笹部君が大きく頷くと、クラスから不思議な笑いが零れた。突然のライバル宣言だが、生憎私はまったく二人に興味がない。川波君は誤解しているようだが、私の中で二人は限りなく同列だ。
「私、糸織、川波君、笹部君か。キャラが弱いな」
思案げに呟くと、糸織が「千紗都は濃いよ?」と言って目を細めた。それを無視して涼夏の方を見る。
「涼夏、仕切らない?」
「私は今、授業参観に来たお母さんの気持ちで見ている。続けてくれ」
何故か偉そうに腕を組んでそう言うと、何人かが笑った。完全に我が子を見守る母親モードだ。まあ、手に負えなくなったら助けてくれるだろう。
「とりあえず、今日中に何をするか決めたいと思います。みんな夏休み中、文化祭のことで頭がいっぱいだったと思うから、今から10分間、友達と話したり調べたりして、やりたいことを考えてください」
私がそう言うと、微妙な沈黙があった。岡山君がパンと手を叩いて行動を促し、クラスに声が戻る。「10分は短い」とか「せめて3日欲しい」とか、一部から声が上がったが、川波君が「答えは閃きの中にこそある」などとわけのわからないことを言って黙らせた。
「まあ、全員が賛成する案なんてないことは去年よくわかったし」
ガヤガヤする教室を眺めながら、川波君がため息をついた。笹部君が「大変だな」と他人事のように言って、「お前も実行委員だから」と正論を投げられていた。言葉はきついが、響きは柔かい。特に笹部君が嫌いとか苦手ということはないようだ。
そもそも、存在感の薄い、オタク気質の男子生徒で、誰からも好かれも嫌われもしていないポジションにいる。あの場で積極的に立ち上がったことに、私自身も驚いたほどだ。
涼夏は絢音と一緒に長井さんたちの輪にいたので、実行委員4人で他愛もない話をする。3人も私と同じで、特にやりたいことはないらしい。
いくらなんでも時間が短いと言われて5分延長し、出た案はカフェ、カジノ、お化け屋敷、ボウリング、ギネスに挑戦、何か演劇というラインナップになった。
「カフェはたぶん、隣がニーヨンカフェやるからな」
岡山君が念のためというように付け加える。4組に友達のいる何人かからも同じ声が上がり、この時点でカフェの選択肢はなくなった。
去年多数決にして無難なものになった反省からか、今年は川波君がそれぞれの発案者に即興でプレゼンさせ、みんなの意見を聞いた上で、予算や実現の難易度も加味して実行委員で決めると宣言した。
自分の発案を推したい人が前に出て、言いたいことを喋る。その後時間を切ってざっくばらんに意見を言い合い、それぞれのメリット・デメリットが出揃ったところで時間になった。
「去年は何も決まらずに終わったけど、さすが経験者だな。有意義な時間だった」
岡山君がそう言って手を叩いたが、それは私たちだけのおかげではない。全員が一度ユナ高の文化祭を経験したことで、具体的な提案が出来るようになっただけだ。もちろん中には何の意見も出さない人もいるし、文句しか言わない人もいるが、そういう人は適当になだめて放置する。カラオケ店の迷惑客と比べたら大したことはない。
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