ほのぼの学園百合小説 キタコミ!

水原渉

文字の大きさ
260 / 381

第55話 誕生日2 5(1)

しおりを挟む
 宅配ピザはMサイズ3枚とLサイズ2枚のどちらがいいか、検討を重ねた結果、Mサイズ3枚になった。お得なキャンペーンもやっていたので、その範囲で注文する。値段は気にしなくていいと言われているとはいえ、特にこだわりはないし、安く済むに越したことはない。
 百均で買った、ピザのピースを集めて並べるゲームをやりながらピザを待ち、到着するや否や開封して、冷蔵庫で冷やしたコーラをグラスに注いだ。
 足りなければケーキの残りもあると、涼夏が冷蔵庫を指差しながら笑ったが、サイドメニューも頼んだし、足りないということはないだろう。ケーキを食べてからそれほど時間も経っていないし、動いてもいない。
 奈都だけ一人、「お腹空いた!」と歓喜の声を上げたので、代謝が違うのだろう。運動部だし、私より基礎代謝が100キロカロリー以上多そうだ。
「それで、どうした? 今日は千紗都と絢音の誕生日会という、実にハッピーなお祝いの席であることをくれぐれも理解した上で喋ってくれ」
 涼夏がわざとらしく手を広げると、妹氏はピザを頬張りながら「喋りにくいなぁ」とぼやいた。
「今、彼氏がいて付き合ってるんだけど、付き合ってまだひと月でキスされた」
「それはおめでとう。お姉ちゃんはファーストキスは高1だったから、随分早いな。マセ妹め」
 涼夏がグラスを置いて小さく拍手した。まったくおめでたいと思ってなさそうな口調だ。絢音が「ファーストキスだったの?」と聞くと、妹氏は首を振って否定した。
「それはもっと前」
「マセ妹め」
 さっきより幾分本気の声で涼夏が言った。羨ましいと言うよりは、親心的な心配だろう。
「お姉ちゃんこそ、男に全然興味なさそうなのに、キスとかするんだ」
「恋愛イコール男と女だと思っている内はまだまだだな。それで、それは妹にとってそんなにハッピーなことじゃなかったと解釈すればいい?」
「なんか、喋り方がキモいんだけど」
 妹氏が半眼になりながら、「まあそう」と頷いた。友達がいると反応が変わるのは、私も親がいる時に奈都が遊びに来ると、変に意識してしまうからわかる。
「軽い女になる気はないけど、そういうふうに見られてるんじゃないかってモヤった」
「そうか。お姉ちゃんには、秋歩はとても軽い女に見えるぞ?」
 真顔でそう言いながら、涼夏がピザにかじりついた。随分素っ気ない言い方なので、また戦争が起きるのではないかと心配したが、妹氏はさらっと流して私たちを見回した。
 発言を求められた気がしたので、何か言おうと思ったら、先に奈都が口を開いた。
「望んだキスとは違ったってこと? 無理矢理されたなら、その男はホームから突き落とした方がいいと思う」
「身内から犯罪者が出るのは勘弁してくれ」
 涼夏がそっと首を振る。妹氏は「無理矢理ではないけど」と前置きしてから、自分でもわからないとため息をついた。
「なんか違うんだよね」
「唇から愛を感じなかったんだね」
 絢音がわかるわかると頷いた。さすが帰宅部一のわかり手だ。
「男は80%が性欲で出来てるから、妥協が必要だな」
 涼夏が顔も上げずにそう言ってから、「私は100%、愛で出来ている」と胸に手を当ててうっとりと微笑んだ。割とそうではないという前提があってこその冗談だろう。
「お姉ちゃんは男に対して辛辣すぎ」
「秋歩はどうして彼氏が欲しいのか、一度しっかり考えた方がいい。周りがみんな彼氏持ちだからとか、逆に彼氏がいないからとか、そういう理由はとてもくだらないことだ」
 涼夏が正論を吐く。私から見ても彼氏をステータスに感じている妹氏には耳が痛い話だろう。
 妹氏はムッとした顔で唇を尖らせた。
「友達と話合わせるの、大事じゃん? みんな彼氏とか恋愛の話ばっかりだし」
「女子はみんな恋バナ好きだよね。バトン部も割とそう」
 奈都が妹氏を援護するようにそう言ったが、涼夏があっさりと自分側に取り込んだ。
「バトン部がみんなそうでも、ナッちゃんは違うでしょ。合わせるのと染まるのは違う」
「お姉ちゃんは友達に恵まれたからそう言えるんだよ。私も別に、暇だから恋愛してるわけじゃないし」
 恋愛感情は自然と湧いてくるものらしいから、その感情をセーブするのは難しいだろう。私にはまったくわからないが。
「恋愛は人生を豊かにするね。両想いなら」
 絢音がにこにこしながらそう言って、憧れるように指先を合わせた。涼夏も絢音も奈都も、別に恋愛が嫌いな人間ではない。単にその感情が、何故か私の方を向いているだけだ。私の方でも3人のことは大好きなので、ちゃんと気持ちに応えられていたらと思うが、こればかりは永遠に自信がない。私には感情の区別は難しい。
「絢音さんは、ファーストキスはどんなだった?」
 当然済ませている前提で、妹氏が身を乗り出した。まあ、恋愛は人生を豊かにするとか言っておいて、恋愛経験がなかったら説得力がない。
「どんなだっけ?」
 絢音が可愛らしく首を傾げて私を見る。これがキラーパスというやつか。もちろん私は覚えているし、絢音も忘れてはいないだろう。
「夕日に赤く染まる校舎裏だった。グラウンドからは運動部の声がして、人が来ないかドキドキしながらキスをした」
 テキトーにそう言うと、絢音が「私の記憶と違うなぁ」と不思議そうに呟いた。妹氏が呆れたように言った。
「千紗都さんのファーストキスはそういうのだったんだね?」
「今のは絢音のファーストキスの話をしただけ。私は夕日に赤く染まる帰り道だった。家路を急ぐサラリーマンの波に逆らうように、歩道の真ん中でキスをした」
「すっごい迷惑だな」
 涼夏が呆れたように首を振った。仕草が妹氏と似ている。さすが姉妹だ。
「千紗都さん、夕日大好きだね。お姉ちゃんは?」
「家路を急ぐサラリーマンの波に逆らうように、歩道の真ん中でキスをしたらしいぞ?」
 涼夏が半笑いでそう言うと、妹氏はしばらく動きを止めてから、怪訝そうに首をひねった。
「お姉ちゃんのファーストキスの相手が千紗都さんってこと?」
「それは界隈では有名な話だ」
「いや、3人くらいしか知らないと思う」
 静かに否定したが、涼夏の言う界隈は、私が思うよりずっと狭い範囲なのかもしれない。
 ようやく絢音が私にパスした意味に気が付いたようで、妹氏が目を丸くした。
「絢音さんのファーストキスの相手も千紗都さんってこと?」
「そうだね」
「私もだよ」
 一応というように、奈都が小さく手を挙げる。驚いたように固まっている妹氏に、涼夏がひらひらと手を振った。
「私たちは愛100%の関係だから気楽にキスとかしてるけど、キミは性欲80%の男たちと、違和感を抱きながら恋愛をしなさい。ちなみにナッちゃんは性欲80%だ」
 涼夏が突然パスを投げて、奈都が「違うから!」と慌てたように首を振った。今のは図星だった人間の反応だ。気を付けよう。
 私がそっと距離を取ると、奈都がムンクのように叫んだ。ムンクは叫んでないけど。
 妹氏が難しそうな顔で唸った。
「お姉ちゃんたち、思ったよりも複雑な人間模様なんだね」
「千紗都が可愛いだけで、別に何も難しくない。要するに、まあキスくらいいいんじゃないかって思うけど、相手が男だとやっぱりダメだな」
 涼夏がそう言いながら、絢音に近付いて肩に手をかけた。そして、何をとち狂ったのか絢音にしばらくキスをして、絢音がうっとりした顔で微笑んだ。
「いや、その人、千紗都さんじゃないし」
 妹氏がドン引きしたようにそう言ってから、「なんか、色々どうでも良くなった」と息を吐いた。
 悩んでいたようなので、それが解消したのなら良かった。私には意味がわからないが、涼夏なりに妹氏を案じてのカミングアウトだったのだろう。
 とりあえずピザを食べよう。この世界は私には難しい。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

不思議な夏休み

廣瀬純七
青春
夏休みの初日に体が入れ替わった四人の高校生の男女が経験した不思議な話

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

さくらと遥香

youmery
恋愛
国民的な人気を誇る女性アイドルグループの4期生として活動する、さくらと遥香(=かっきー)。 さくら視点で描かれる、かっきーとの百合恋愛ストーリーです。 ◆あらすじ さくらと遥香は、同じアイドルグループで活動する同期の2人。 さくらは"さくちゃん"、 遥香は名字にちなんで"かっきー"の愛称でメンバーやファンから愛されている。 同期の中で、加入当時から選抜メンバーに選ばれ続けているのはさくらと遥香だけ。 ときに"4期生のダブルエース"とも呼ばれる2人は、お互いに支え合いながら数々の試練を乗り越えてきた。 同期、仲間、戦友、コンビ。 2人の関係を表すにはどんな言葉がふさわしいか。それは2人にしか分からない。 そんな2人の関係に大きな変化が訪れたのは2022年2月、46時間の生配信番組の最中。 イラストを描くのが得意な遥香は、生配信中にメンバー全員の似顔絵を描き上げる企画に挑戦していた。 配信スタジオの一角を使って、休む間も惜しんで似顔絵を描き続ける遥香。 さくらは、眠そうな顔で頑張る遥香の姿を心配そうに見つめていた。 2日目の配信が終わった夜、さくらが遥香の様子を見に行くと誰もいないスタジオで2人きりに。 遥香の力になりたいさくらは、 「私に出来ることがあればなんでも言ってほしい」 と申し出る。 そこで、遥香から目をつむるように言われて待っていると、さくらは唇に柔らかい感触を感じて… ◆章構成と主な展開 ・46時間TV編[完結] (初キス、告白、両想い) ・付き合い始めた2人編[完結] (交際スタート、グループ内での距離感の変化) ・かっきー1st写真集編[完結] (少し大人なキス、肌と肌の触れ合い) ・お泊まり温泉旅行編[完結] (お風呂、もう少し大人な関係へ) ・かっきー2回目のセンター編[完結] (かっきーの誕生日お祝い) ・飛鳥さん卒コン編[完結] (大好きな先輩に2人の関係を伝える) ・さくら1st写真集編[完結] (お風呂で♡♡) ・Wセンター編[完結] (支え合う2人) ※女の子同士のキスやハグといった百合要素があります。抵抗のない方だけお楽しみください。

義姉妹百合恋愛

沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。 「再婚するから」 そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。 次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。 それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。 ※他サイトにも掲載しております

小学生をもう一度

廣瀬純七
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

処理中です...