ほのぼの学園百合小説 キタコミ!

水原渉

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第61話 俳句(2)

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 そんなわけで、俳句である。俳句とは、季語を入れた五七五の17文字で構成されたものである。
 俳句と言われてパッと思い付くのは、「松島やああ松島や松島や」だが、これには季語がない。多くの人が俳句と言われて思い付く代表句に季語が入っていないのは、文化として負けな気がするが、そこが松尾芭蕉のすごいところだろう。
 私が敬意を表すると、絢音にそれは芭蕉の句ではないと言われた。きっと私と異なる世界線を生きてきたのだろう。
 放課後、バイトのある涼夏を見送ってから、絢音と二人で図書室に移動した。その途中で兼題写真の写真を撮ってスマホに収める。
 兼題写真には季節を感じさせる要素がない。しいて言えばシャツが長袖だが上着は着ていないので、春か秋という感じがする。「ユナ高やああユナ高やユナ高や」みたいな無季の句でもいいが、それは勝利の放棄に等しい。
「季語、どうしよね」
 そもそも季語とは何か。調べてみると、特に俳句連盟みたいな団体が季語はこれですと定めたものがあるわけではないらしい。例えばかき氷は何百年にも前にはもちろんなかったが、今では夏の季語になっている。つまり、読み手が季節を感じればそれが季語というわけだ。
 とは言え、一応目安となる本があって、それが俳句歳時記である。せっかく図書室にいるのだし、置いてないか調べてみたら、貸出中になっていた。
「俳句ガチ勢に先を越されたね」
 絢音が無念そうにため息をつく。応募のために貸し出されたとは限らないが、募集の案内が掲示されたのが昨日の夕方なので、十分有り得ることだ。
「歳時記を押さえることで、他の人が俳句を作れなくする作戦だね」
 私が苦々しくそう言うと、絢音が「そうだね」と深刻そうに頷いた。たまには突っ込んで欲しい。
 季語はもちろんインターネットでも調べることができる。ただ、季語の一覧を検索して『貝寄風』などと書いてあったとして、それが何かも、どんなふうに使ったらいいかもわからない。貝寄風にいたっては、読み方もわからないから文字数もわからない。
「3文字で『かいよせ』って読むみたい」
 絢音がスマホをいじりながら言った。疑問に思ったらすぐに調べるのは帰宅部の基本ムーブだ。
「『風』はどこに行ったの?」
「さあ。3月下旬頃に吹く西風だって」
「季語の持つイメージが全然わからないね。歓声よ貝寄風の吹く校庭は」
 春休みにも頑張って部活に励む学生たちを詠むと、絢音があははと笑った。
「最後の『は』って何?」
「知らない」
「『貝寄風』って言いたかっただけ感がすごいね。面白い」
 そう言って、絢音がくつくつと笑う。真面目に詠んだのだが、完全に冗談と解釈されたようだ。これも全部貝寄風のせい。
「他の季語を探そう。『鳥の卵』って季語がある。今はまだ鳥の卵の君たちは」
 これから未来に羽ばたいていく生徒たち。まさに羽ばたきの先を詠んだ歌だと解説すると、絢音が図書室であることを忘れたように大笑いした。
「もうダメ! 面白すぎる。鳥の卵の君たち! あははははははっ!」
「いや、真面目に詠んでるから。絢音も何か詠んで」
 季語一覧を押し付けると、絢音が涙を拭いながらスワイプした。
「ギリギリ使えそうな変な季語ないかなぁ」
「真面目にやって」
「『松明あかし』、カッコイイ」
「行事ジャンル、無理だと思う。どう考えても兼題と合わない」
 ちなみに、『松明あかし』は福島県の火祭りらしい。どうやってもユナ高の句にはならない。
「燃えよ君たち松明あかしのごと」
 絢音が指を折りながら詠んだ。句またがりの一句で、なかなか良く聞こえるのはさすが絢音と言ったところか。私が感心したように声を漏らすと、絢音に「笑ってよ」と怒られた。理不尽だ。
「福島の学校なら、あるいは良かったかもだけど、『松明あかし』って言いたかっただけ感が強いね」
 絢音が自分で突っ込んで、他の季語はないかと楽しそうにスマホをいじった。実際、私の感想としては3句ともそんなに悪くはないので、写真から季語を探すより、季語を写真に当てはめるアプローチは正解なのかもしれない。
「紅きがまずみの実よ未来に進め」
 目についた季語を入れて詠んでみる。一応がまずみの実がどういうものかは調べたが、赤い何かということしかわからなかった。
「がまずみの実って言えば赤いし、安易な擬人化の上、何を目的としたものかまったくわからない、何となくいい感じなだけの一句だね」
 絢音がにっこり笑ってそう言った。心が折れそうだ。
「この一瞬記憶に残る海螺廻し」
 絢音がよくわからない季語を選んでそう詠んだ。どうやらべい独楽のことで、懐かしく思えるような青春時代を送れというエールらしい。
「懐かしさを感じるものなら何でもいいね。海螺廻しである必要性が皆無だから、季語へのリスペクトが足りない」
 先程のお返しにバッサリ切り捨てると、絢音がなるほどと感心したように頷いた。この子はどこまで本気かよくわからない。
 その後も、敢えて使えなさそうな季語を選んでは二人で指摘をし合い、夕方になったので学校を後にした。応募出来そうな句は一句も出来なかったが、勉強にはなったのでここからが本番だ。
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