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第63話 スタンプ(2)
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※今回、話の切れ目ではないところで切っています。
* * *
さて、企画の当日。さすがに一日ですべてのスタンプを集める気はなかったので、9時に恵坂で待ち合わせた。絢音は定期券の範囲外だが、今日は一日乗車券である。
「今日はイエローラインと紅葉通線のスタンプを集めよう。そしてこのスタンプラリーのことは忘れよう」
涼夏が始める前からそう言って、絢音があははと笑った。この人はいつも元気で明るい。
この虚無系スタンプラリーは全部で100ヶ所あるが、制覇賞の他に中間賞が設定されており、イエローラインと紅葉通線のスタンプをすべて集めると記念品がもらえる。他にも駅数の多いパープルラインの制覇と、亀歩公園線と駅以外のスタンプをすべて押すという、合計3つの中間賞がある。その内の一つだけでも頑張ろうというのが今日の趣旨だ。
ちなみに、一応沿線のカフェなどを調べはしたが、前にざっと計算した通り、ただひたすら押し続けても何時間もかかる。とても寄っている時間はないだろう。
「1日遊んで600円っていうのは、リーズナブルでいいね」
絢音が楽しそうにそう言ったが、問題はこの遊び自体があまり楽しそうではないことだ。ちなみに各自、自分の定期券の範囲のスタンプを押すことは出来たが、上ノ水と古沼だけに止めている。ただでさえ虚無なのに、すでに押した駅にもう一度行くのは精神的にしんどそうという理由だ。私も定期券の範囲だけでイエローラインの半分を網羅しているが、押さないでおいた。
「まずイエローラインを終点まで乗ろう。途中から地上に出るぞ?」
「この時はまだ、涼夏も元気いっぱいだった」
「回想のようなモノローグ要らんし」
恵坂からイエローラインに乗って、古沼、上ノ水を通り過ぎて東へと向かう。涼夏の言う通り、途中から地上に出て、地下鉄は地上鉄になる。市内の地下鉄全線で、地上鉄になるのはイエローラインのこの区間だけだ。
「逆に言えば、今日はここら辺でスタンプを押したら、後はずっと地下なんだね」
私が日光を恋しがると、絢音が「ドワーフだね!」と嬉しそうに言った。この人はいつも楽しそうだ。
「私たちは随分絢音の存在に助けられてる」
窓から見慣れない景色を眺めながらそう言うと、絢音が助け合おうと拳を握った。
恵坂から30分、終点で降りると乗車券を通して改札を出た。スタンプ台は改札の外と中が混在している。いっそすべて外なら、レンタサイクルで回るとかも気持ち良さそうだが、それでは地下鉄は何も儲からない。
今日1つ目のスタンプを押すと、すぐに改札をくぐってホームに戻った。駅の周りはショッピングセンターもあるが、もちろん寄っている時間はないし、まだ始めたばかりで休憩も必要ない。
始発駅から電車に乗り、一つだけ乗って降りる。この駅はスタンプ台が改札内だったので、改札は通らずにスタンプだけ押してホームに戻った。この間、1分。イエローラインは5分間隔で来るが、それでも4分近く待たなくてはならない。
「虚無だ……」
虚ろな瞳で呟く涼夏の隣で、私も大きく頷いた。
「ルールを読んで想像した通りのプレイ感ってやつだね」
百点満点の予想だった。スタンプもただの電車の絵だが、こちらは色々なバリエーションがあることは知っており、3つ目の駅は所縁のある戦国武将だった。どういう関係なのか調べたら、生誕の地とのこと。
「勉強になるね!」
絢音が感心したように言った。無理して明るく振る舞っている様子はないので、本当に楽しんでいるのだろう。もっとも、スタンプラリーを楽しんでいるかは怪しい。この人は基本、私や涼夏と一緒にいること自体に喜びを感じてくれる。
「絢音がはしゃいでくれるから、私は遠慮なく虚無のモードでいられるよ」
涼夏が4駅にして早くもため息をついた。虚無になっているが、機嫌が悪いわけでも不貞腐れているわけでもない。もちろん、疲れてもいないし、楽しくないわけでもない。ただ、虚無になっているだけだ。
上ノ水まで8個のスタンプを押すと、これで合計10個になった。3分の1も終わっていないが、時刻はすでに11時近い。ランチはどうするか聞いたら、紅葉通線の終点で食べたいとのこと。特に行きたい店があるわけではなく、単に古沼で食べるといつも通り過ぎるだけだ。時間もまだ少し早い。
「一応、なんかモールがあるみたい。そこで食べよう」
涼夏がスマホをスワイプしながら言った。古沼から南へ、未知の世界に入る。
「私は毎日使ってるけどね」
何故か得意げに絢音が言った。途中で絢音の家の最寄り駅を通過する。ここから通っているのかと涼夏と二人で少しだけ感慨に耽ったが、地下鉄なので視覚的な感動は何もなかった。
古沼から終点までまた30分ほど。改札を出て、新しいページに1つ目のスタンプを押す。ここから古沼までで10個。しかも紅葉通線は10分に1本なので、それだけで2時間くらいかかる。虚無な遊びだ。
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さて、企画の当日。さすがに一日ですべてのスタンプを集める気はなかったので、9時に恵坂で待ち合わせた。絢音は定期券の範囲外だが、今日は一日乗車券である。
「今日はイエローラインと紅葉通線のスタンプを集めよう。そしてこのスタンプラリーのことは忘れよう」
涼夏が始める前からそう言って、絢音があははと笑った。この人はいつも元気で明るい。
この虚無系スタンプラリーは全部で100ヶ所あるが、制覇賞の他に中間賞が設定されており、イエローラインと紅葉通線のスタンプをすべて集めると記念品がもらえる。他にも駅数の多いパープルラインの制覇と、亀歩公園線と駅以外のスタンプをすべて押すという、合計3つの中間賞がある。その内の一つだけでも頑張ろうというのが今日の趣旨だ。
ちなみに、一応沿線のカフェなどを調べはしたが、前にざっと計算した通り、ただひたすら押し続けても何時間もかかる。とても寄っている時間はないだろう。
「1日遊んで600円っていうのは、リーズナブルでいいね」
絢音が楽しそうにそう言ったが、問題はこの遊び自体があまり楽しそうではないことだ。ちなみに各自、自分の定期券の範囲のスタンプを押すことは出来たが、上ノ水と古沼だけに止めている。ただでさえ虚無なのに、すでに押した駅にもう一度行くのは精神的にしんどそうという理由だ。私も定期券の範囲だけでイエローラインの半分を網羅しているが、押さないでおいた。
「まずイエローラインを終点まで乗ろう。途中から地上に出るぞ?」
「この時はまだ、涼夏も元気いっぱいだった」
「回想のようなモノローグ要らんし」
恵坂からイエローラインに乗って、古沼、上ノ水を通り過ぎて東へと向かう。涼夏の言う通り、途中から地上に出て、地下鉄は地上鉄になる。市内の地下鉄全線で、地上鉄になるのはイエローラインのこの区間だけだ。
「逆に言えば、今日はここら辺でスタンプを押したら、後はずっと地下なんだね」
私が日光を恋しがると、絢音が「ドワーフだね!」と嬉しそうに言った。この人はいつも楽しそうだ。
「私たちは随分絢音の存在に助けられてる」
窓から見慣れない景色を眺めながらそう言うと、絢音が助け合おうと拳を握った。
恵坂から30分、終点で降りると乗車券を通して改札を出た。スタンプ台は改札の外と中が混在している。いっそすべて外なら、レンタサイクルで回るとかも気持ち良さそうだが、それでは地下鉄は何も儲からない。
今日1つ目のスタンプを押すと、すぐに改札をくぐってホームに戻った。駅の周りはショッピングセンターもあるが、もちろん寄っている時間はないし、まだ始めたばかりで休憩も必要ない。
始発駅から電車に乗り、一つだけ乗って降りる。この駅はスタンプ台が改札内だったので、改札は通らずにスタンプだけ押してホームに戻った。この間、1分。イエローラインは5分間隔で来るが、それでも4分近く待たなくてはならない。
「虚無だ……」
虚ろな瞳で呟く涼夏の隣で、私も大きく頷いた。
「ルールを読んで想像した通りのプレイ感ってやつだね」
百点満点の予想だった。スタンプもただの電車の絵だが、こちらは色々なバリエーションがあることは知っており、3つ目の駅は所縁のある戦国武将だった。どういう関係なのか調べたら、生誕の地とのこと。
「勉強になるね!」
絢音が感心したように言った。無理して明るく振る舞っている様子はないので、本当に楽しんでいるのだろう。もっとも、スタンプラリーを楽しんでいるかは怪しい。この人は基本、私や涼夏と一緒にいること自体に喜びを感じてくれる。
「絢音がはしゃいでくれるから、私は遠慮なく虚無のモードでいられるよ」
涼夏が4駅にして早くもため息をついた。虚無になっているが、機嫌が悪いわけでも不貞腐れているわけでもない。もちろん、疲れてもいないし、楽しくないわけでもない。ただ、虚無になっているだけだ。
上ノ水まで8個のスタンプを押すと、これで合計10個になった。3分の1も終わっていないが、時刻はすでに11時近い。ランチはどうするか聞いたら、紅葉通線の終点で食べたいとのこと。特に行きたい店があるわけではなく、単に古沼で食べるといつも通り過ぎるだけだ。時間もまだ少し早い。
「一応、なんかモールがあるみたい。そこで食べよう」
涼夏がスマホをスワイプしながら言った。古沼から南へ、未知の世界に入る。
「私は毎日使ってるけどね」
何故か得意げに絢音が言った。途中で絢音の家の最寄り駅を通過する。ここから通っているのかと涼夏と二人で少しだけ感慨に耽ったが、地下鉄なので視覚的な感動は何もなかった。
古沼から終点までまた30分ほど。改札を出て、新しいページに1つ目のスタンプを押す。ここから古沼までで10個。しかも紅葉通線は10分に1本なので、それだけで2時間くらいかかる。虚無な遊びだ。
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