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番外編 TRPG 3(1)
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それなりのレストランに案内されると、女性はまず自分はトリノア・ルベルーデだと名乗った。こちらも代表して私が名乗ると、トリノアは不満げに頬を膨らませた。
「あなたたち、ルベルーデ家を知らないの?」
どうやらルベルーデと名乗った時点で驚いて欲しかったようだが、生憎聞いたことがない。
「田舎者なので」
「ユナから出てきたんですよ」
スズカが明るく笑う。それは「お前もユナとか知らないだろう」という挑発だったが、トリノアは「リックターの近くの村ね」と何でもないように言った。
スズカがしゅんとして、アヤネがくすくすと笑った。単に個人情報を明かしただけで終わってしまったが、それでトリノアは少し安心したらしい。幾分表情を和らげた。
「ルベルーデ家はチェスターで一番お金持ちなの」
「そうなんですね!」
実に貧弱な語彙だと笑いそうになったが、機嫌を損ねないように大袈裟に相槌を打つ。こういう人はへそを曲げたら面倒だが、おだてれば気持ち良くお金を出してくれる。
「それは報酬も期待できますね!」
スズカがにこにこしながら揉み手をすると、トリノアは呆れたように肩をすくめた。
「私個人はあんまり持ってないわ。ちゃんとギルドに相手してもらえるくらいあればよかったんだけど」
「それは残念ですわ」
スズカが口調を真似る。和ませているのか怒らせているのかよくわからないが、トリノアは特に気にした様子もなく続けた。
「飼い猫がいなくなったから探して欲しいの。名前はルベリーだけど、名前を呼んで近寄ってくるような性格じゃないわね」
「飼い主に似てるんだね」
ナツが納得したように微笑んだが、今のは共感を得ようとしたのだろうか。ひやひやしたが、トリノアは困ったように笑っただけだった。
「そのルベリーは、特殊な猫なんですか? 例えば使い魔だとか、世界の均衡を保つ鍵の役割を果たしてるとか」
スズカが真顔で尋ねる。使い魔なら感覚を共感しているし、どこかに行けばわかる。トリノアは見るからにマナスキルはなさそうだし、実際に首を横に振った。
「ただのペットよ。世界に影響を及ぼす存在かは知らないけど」
「いなくなった経緯は? 放し飼いしてたら戻ってこなかったとか」
ナツの質問に、トリノアはやはり首を横に振った。
「屋敷からは出さないようにしてたし、自分から出ようとしたこともなかったわね」
だとすると、あれだろうか。死期を悟った猫は、死に場所を求めて身を隠すという。私が一人で表情を曇らせていると、トリノアは声をひそめて核心を語り始めた。
「一週間くらい前に、泥棒に入られたのよ。悔しいし情けないけど、まあお金持ちの宿命ね。ルベリーの姿が見えなくなったのはそれから。どう思う?」
明らかに返事を誘導している質問だったし、実際にそれが答えだろう。何かしら関係している前提で私も聞いてみた。
「盗みに入った人たちは、ルベリーを狙ったんですか?」
「それはわからないわ。少なくとも、貴重な魔宝石も盗まれたし、金銭的な被害はあった。ルベリーが攫われたのかはわからないし、単に巻き込まれただけかもしれない」
そう言って、トリノアが重たいため息をついた。生きていない可能性も重々承知しているようだ。
ナツが「きっと世界の鍵だな」と呟く隣で、スズカが私にだけ聞こえるように言った。
「トリノアは何か隠してると思う?」
依頼は信頼が大事である。盗まれたものを取り戻す依頼を受けたら、単に盗みの片棒を担がされただけということもあるらしい。
マナスペルには嘘を看破できるものもあるが、スズカにはまだ使えない。もっとも、トリノアはそんな器用な人間には見えないし、盗みに入られて忙しい両親が、娘の飼い猫に構っている暇がないのもわかる。ギルドに相手にされなかったのも妥当だ。
依頼の内容はわかったが、問題が2つある。1つは、依頼料。
これについては、率直に聞くと、2000ツェルなら出せると言われた。もちろん、生きて連れて帰るという成功報酬だし、冒険者への依頼としては少し安い。しかし、贅沢を言っていられる状況ではないし、2000ツェルあれば贅沢をしなければしばらく食べられるのも事実だ。チェスターで一番の富豪の家と繋がりができるのも有り難い。
問題はもう1つ。もし盗みに入った人間が連れ去ったとして、私たちの手に負えるかだ。恐らく堅牢なルベルーデ家から宝石を盗み、もし猫まで連れて帰ったとしたら、盗賊スキルはもちろん、何かしらのスペルも使えると考えるのが妥当だ。まだまだ駆け出しの私たちにどうにかできる相手だろうか。
「心当たりはあるの?」
ナツがそう聞くと、トリノアは渋い顔で唸った。
「森の連中だと思うけど。確証はないけど、ある程度うちを理解してる人間の仕業だって、色んな人が言ってた。通りすがりの旅人に出来る真似じゃないって」
やはりそこに繋がった。もし犯人がその連中だとしたら、ますます私たちには難しいかもしれない。ドワーフたちが人間の手を借りたがっていたし、それなりに実害が出てなお、チェスターで討伐隊が結成された話もない。
もし本当に彼らがハークゲルトの元兵士で、しかもそれなりに多いとしたら、私たちでは勝ち目がない。
ただ、依頼はあくまで猫の奪還だ。何も戦う必要はない。
私たちがどうしたものかと顔を見合わせると、トリノアが少しだけ慌てた様子で言った。
「お願いできる宛てがないの。今、美味しいものご馳走したでしょ? 断るっていう選択肢はないからね?」
必死だ。トリノアとて、出来れば私たちみたいな頼りなさそうなパーティーに依頼したくはないだろう。お互い、藁にもすがる思いなのは共通している。
「とりあえず、色々相談したいから、返事は明日でもいい?」
私が締め括るようにそう言うと、トリノアは必死な形相で首を左右に振った。
「今ここで相談して。とりあえず受けてよ。どうせ成功報酬しかないんだし」
「それもちょっとね。悪いけど、もしルベリーがもう生きてなかったら、私たち、働き損でしょ?」
「わかったわ。着手に500、見つけたらもう500、連れ戻したら残りの1000でどう?」
トリノアがあっさりと条件を変えて身を乗り出した。掴みかかる勢いだ。
スズカが軽い調子で「もう一声」と言うと、トリノアが「じゃあ、1500で」と市場の競りのノリで声を上げた。形勢はすっかり逆転している。
このまま交渉を続ければ金額を倍くらいに出来そうだが、さすがに可哀想になってきた。それに、気持ち良く依頼を受けて、次に繋げたい。依頼を達成できても、依頼主が苦い思いをしたら、それは成功とは言えない。
「ぶっちゃけ、どう思う? 私たちに何とかなる?」
私が仲間たちにそう聞くと、トリノアはようやく私たちの懸念を理解したようにポンと手を打った。とにかく依頼すれば何とかなると思っていたようだが、人には力量というものがある。
「猫を連れて行った理由がさっぱりわからんから何とも。本当に世界の鍵なら、死力を尽くして守ってくるだろうし」
「そもそも、犯人が同じじゃない可能性も残ってるね」
「でも、それだったらお手上げじゃん」
「森の連中が犯人なら、五分じゃない? 私たちも森なら一日の長ってやつでしょ」
私がそう言うと、トリノアがぶんぶんと首を振った。
「そうよ。緑も紫も同じだって! あなたたちなら出来るわ!」
「一体私たちの何を知ってるの?」
ナツが呆れたように笑みを浮かべる。いずれにせよ、森には行くつもりだったし、受けるしかないだろう。テーブルには空になった皿が並んでいる。
喉から手が出るほど欲しかった初めての依頼だ。それが猫探しというのも、実に私たちらしい。
ルートはまったく考えたものと違ったが、ひとまずこうして、私たちは初めての依頼を獲得した。
「あなたたち、ルベルーデ家を知らないの?」
どうやらルベルーデと名乗った時点で驚いて欲しかったようだが、生憎聞いたことがない。
「田舎者なので」
「ユナから出てきたんですよ」
スズカが明るく笑う。それは「お前もユナとか知らないだろう」という挑発だったが、トリノアは「リックターの近くの村ね」と何でもないように言った。
スズカがしゅんとして、アヤネがくすくすと笑った。単に個人情報を明かしただけで終わってしまったが、それでトリノアは少し安心したらしい。幾分表情を和らげた。
「ルベルーデ家はチェスターで一番お金持ちなの」
「そうなんですね!」
実に貧弱な語彙だと笑いそうになったが、機嫌を損ねないように大袈裟に相槌を打つ。こういう人はへそを曲げたら面倒だが、おだてれば気持ち良くお金を出してくれる。
「それは報酬も期待できますね!」
スズカがにこにこしながら揉み手をすると、トリノアは呆れたように肩をすくめた。
「私個人はあんまり持ってないわ。ちゃんとギルドに相手してもらえるくらいあればよかったんだけど」
「それは残念ですわ」
スズカが口調を真似る。和ませているのか怒らせているのかよくわからないが、トリノアは特に気にした様子もなく続けた。
「飼い猫がいなくなったから探して欲しいの。名前はルベリーだけど、名前を呼んで近寄ってくるような性格じゃないわね」
「飼い主に似てるんだね」
ナツが納得したように微笑んだが、今のは共感を得ようとしたのだろうか。ひやひやしたが、トリノアは困ったように笑っただけだった。
「そのルベリーは、特殊な猫なんですか? 例えば使い魔だとか、世界の均衡を保つ鍵の役割を果たしてるとか」
スズカが真顔で尋ねる。使い魔なら感覚を共感しているし、どこかに行けばわかる。トリノアは見るからにマナスキルはなさそうだし、実際に首を横に振った。
「ただのペットよ。世界に影響を及ぼす存在かは知らないけど」
「いなくなった経緯は? 放し飼いしてたら戻ってこなかったとか」
ナツの質問に、トリノアはやはり首を横に振った。
「屋敷からは出さないようにしてたし、自分から出ようとしたこともなかったわね」
だとすると、あれだろうか。死期を悟った猫は、死に場所を求めて身を隠すという。私が一人で表情を曇らせていると、トリノアは声をひそめて核心を語り始めた。
「一週間くらい前に、泥棒に入られたのよ。悔しいし情けないけど、まあお金持ちの宿命ね。ルベリーの姿が見えなくなったのはそれから。どう思う?」
明らかに返事を誘導している質問だったし、実際にそれが答えだろう。何かしら関係している前提で私も聞いてみた。
「盗みに入った人たちは、ルベリーを狙ったんですか?」
「それはわからないわ。少なくとも、貴重な魔宝石も盗まれたし、金銭的な被害はあった。ルベリーが攫われたのかはわからないし、単に巻き込まれただけかもしれない」
そう言って、トリノアが重たいため息をついた。生きていない可能性も重々承知しているようだ。
ナツが「きっと世界の鍵だな」と呟く隣で、スズカが私にだけ聞こえるように言った。
「トリノアは何か隠してると思う?」
依頼は信頼が大事である。盗まれたものを取り戻す依頼を受けたら、単に盗みの片棒を担がされただけということもあるらしい。
マナスペルには嘘を看破できるものもあるが、スズカにはまだ使えない。もっとも、トリノアはそんな器用な人間には見えないし、盗みに入られて忙しい両親が、娘の飼い猫に構っている暇がないのもわかる。ギルドに相手にされなかったのも妥当だ。
依頼の内容はわかったが、問題が2つある。1つは、依頼料。
これについては、率直に聞くと、2000ツェルなら出せると言われた。もちろん、生きて連れて帰るという成功報酬だし、冒険者への依頼としては少し安い。しかし、贅沢を言っていられる状況ではないし、2000ツェルあれば贅沢をしなければしばらく食べられるのも事実だ。チェスターで一番の富豪の家と繋がりができるのも有り難い。
問題はもう1つ。もし盗みに入った人間が連れ去ったとして、私たちの手に負えるかだ。恐らく堅牢なルベルーデ家から宝石を盗み、もし猫まで連れて帰ったとしたら、盗賊スキルはもちろん、何かしらのスペルも使えると考えるのが妥当だ。まだまだ駆け出しの私たちにどうにかできる相手だろうか。
「心当たりはあるの?」
ナツがそう聞くと、トリノアは渋い顔で唸った。
「森の連中だと思うけど。確証はないけど、ある程度うちを理解してる人間の仕業だって、色んな人が言ってた。通りすがりの旅人に出来る真似じゃないって」
やはりそこに繋がった。もし犯人がその連中だとしたら、ますます私たちには難しいかもしれない。ドワーフたちが人間の手を借りたがっていたし、それなりに実害が出てなお、チェスターで討伐隊が結成された話もない。
もし本当に彼らがハークゲルトの元兵士で、しかもそれなりに多いとしたら、私たちでは勝ち目がない。
ただ、依頼はあくまで猫の奪還だ。何も戦う必要はない。
私たちがどうしたものかと顔を見合わせると、トリノアが少しだけ慌てた様子で言った。
「お願いできる宛てがないの。今、美味しいものご馳走したでしょ? 断るっていう選択肢はないからね?」
必死だ。トリノアとて、出来れば私たちみたいな頼りなさそうなパーティーに依頼したくはないだろう。お互い、藁にもすがる思いなのは共通している。
「とりあえず、色々相談したいから、返事は明日でもいい?」
私が締め括るようにそう言うと、トリノアは必死な形相で首を左右に振った。
「今ここで相談して。とりあえず受けてよ。どうせ成功報酬しかないんだし」
「それもちょっとね。悪いけど、もしルベリーがもう生きてなかったら、私たち、働き損でしょ?」
「わかったわ。着手に500、見つけたらもう500、連れ戻したら残りの1000でどう?」
トリノアがあっさりと条件を変えて身を乗り出した。掴みかかる勢いだ。
スズカが軽い調子で「もう一声」と言うと、トリノアが「じゃあ、1500で」と市場の競りのノリで声を上げた。形勢はすっかり逆転している。
このまま交渉を続ければ金額を倍くらいに出来そうだが、さすがに可哀想になってきた。それに、気持ち良く依頼を受けて、次に繋げたい。依頼を達成できても、依頼主が苦い思いをしたら、それは成功とは言えない。
「ぶっちゃけ、どう思う? 私たちに何とかなる?」
私が仲間たちにそう聞くと、トリノアはようやく私たちの懸念を理解したようにポンと手を打った。とにかく依頼すれば何とかなると思っていたようだが、人には力量というものがある。
「猫を連れて行った理由がさっぱりわからんから何とも。本当に世界の鍵なら、死力を尽くして守ってくるだろうし」
「そもそも、犯人が同じじゃない可能性も残ってるね」
「でも、それだったらお手上げじゃん」
「森の連中が犯人なら、五分じゃない? 私たちも森なら一日の長ってやつでしょ」
私がそう言うと、トリノアがぶんぶんと首を振った。
「そうよ。緑も紫も同じだって! あなたたちなら出来るわ!」
「一体私たちの何を知ってるの?」
ナツが呆れたように笑みを浮かべる。いずれにせよ、森には行くつもりだったし、受けるしかないだろう。テーブルには空になった皿が並んでいる。
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