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番外編 十五夜(4)
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翌日はもこもこと夏っぽい雲のある日だったが、一応晴れ予報なので満月は期待できそうだった。
登校中に、奈都に昨日の話をしながら、月の裏側を見たことがあるか聞いてみた。
「月って自転してるはずなのに、ずっとこっち向いてるよね」
「日本からだと、裏側が見れない?」
「パラグアイからも見れないって、涼夏が言ってた」
「火星から見る」
思ったよりも遠かった。地球から火星すら点のようにしか見えないので、火星から月はまったく見えないだろう。
学校に着くと、奈都が試したいことがあると言って、校舎には入らずに中庭の隅に移動した。そこで、お互いに正面を向き合って、両手を握り合う。
「私が月で、チサが地球ね」
そう言って、奈都が手を繋いだまま、私を中心にぐるぐる回り出した。私から見ると、奈都の背中が見えないという実験のようだ。
「私、自転してなくない? ずっと手を繋いでるし」
「月は実は自転してないっていう仮説を立てよう」
「偉い人たちの勘違いかも知れない」
授業に遅れるといけないので、話はそれくらいにして校舎に入った。
その日は大体月の話をして放課後を迎える。バイトのある涼夏を見送り、部活に向かう奈都を捕まえて中庭に来ると、絢音に朝の実験を見てもらった。
両手を繋いで私を中心に奈都がぐるぐる回ると、絢音が楽しそうに微笑んだ。
「私からは、ナツの背中もお腹も見えたけど」
「つまり?」
「奈都が千紗都の周りを1周回る間に、ナツ自身も1周回ったって考えていいんじゃない?」
「観測者は地球の外側にいるってこと?」
奈都が首を傾げる。地球から観測していて、ずっと同じ面が見えているなら、月は1周していないはずだ。
「自転せずに千紗都の周りを回るなら、こうなるんじゃない?」
そう言って、絢音がずっと校舎の方を向いたまま私の周りを1周した。それだと私からは絢音のお腹も背中も見えるが、確かに絢音自身は回っていない気がする。
「月が地球の周りを1周するスピードと、月自身が1周するスピードが丁度同じってこと? そんな偶然ある?」
奈都が怪訝そうに首を傾げる。もしこのタイミングがズレていたら、私たちは色々な月を楽しめるということになる。
「偶然じゃないね。地球の引力で固定された状態で、これをしおしおロックって言うよ」
「しおしおロック。可愛い」
奈都が満足したように頷いて、部活に行くと言って校舎に戻って行った。その背中に手を振りながら、絢音が困ったように微笑んだ。
「いつかどこかで、ナツが真顔でしおしおロックとか言って恥をかかないように、本当のことを教えてあげないといけない」
「すぐ教えてあげて」
本当は潮汐ロックというらしいが、確かに「潮」も「汐」も「しお」と読める。「河川」と同じ構造だ。
今日は一応月が見られるまで一緒にいようということで、涼夏とも別れた後だし、日暮れまで学校に残ることにした。校舎に戻ってコンピュータールームに向かう。
「月って地球の衛星でしょ? 衛星は全部しおしおロックされてるの?」
確か木星などは衛星が多かったはずだ。それらすべてが、木星から見た時に月と同じように片方の面しか見られないのだろうか。
絢音は知らないと首を振り、今日の好奇心を満たす遊びの題材にすることにした。
パソコンで調べてみると、木星にはガリレオ衛星と呼ばれる有名な4つの天体があるが、これらはすべて潮汐ロックされているらしい。ちなみに、木星には50個以上の衛星があり、中には逆向きに回っているものなど、色々あるそうだ。
「木星は衛星がたくさんあるから、空を見上げると、地球で言う月がたくさん見れるのかな」
新たな議題を掲げると、絢音が嬉しそうに頷いた。テキトーなことを言う時の顔だ。
「木星の友達と喋ってたら、今日はイオが綺麗とか、エウロパに隠れてガニメデが見えないとか、天体が面白いって言ってた」
「土星って、土星からだと環が天の川みたいに見えるの?」
「土星の友達によると、それはそれは綺麗だけど、当たり前に存在するからあんまり気にしてないって」
一応裏付けを取りたかったが、あまり木星や土星から衛星がどう見えるかという情報はヒットしなかった。同じ疑問を持つ人は多いだろうが、実際に行って見ることが出来ないので、すべては机上の空論だ。
一応、イオは地球から見た月と同じように見えると書いてあるページを見つけたが、別の人は明るい星程度にしか見えないと書いていた。真相は闇の中だ。
外が薄暗くなってきたので、リュックを背負って校舎を出た。一昨日涼夏と話していた通り、今日の月の出は、昨日より30分も遅い。
「日の入りは1、2分しか違わないのに、不思議なものだ」
「宇宙に想いを馳せる2日間だね」
「絢音は宇宙は好き?」
「別に」
冷めた答えに、思わず笑った。かく言う私も、星座にロマンを感じることもないし、これまでの日食などの天体イベントにも関心がなかった。帰宅部に入ってから、本当に色々なものに興味を持つようになったが、実際のところは涼夏と絢音に興味があるだけで、遊びの対象にこだわりはない。
古沼まで行ってしまうと明るいので、少し手前の公園に入ってベンチに座った。空のあまり高くない場所に、真ん丸の月が浮かんでいる。
「チューチューの名月?」
絢音が唇を突き出しながら言った。
「それは昨日」
素っ気なくあしらったが、せっかくなのでチューしながら月をバックに写真を撮る。なかなかいい記念になる。
「チューチューコレクション」
「響きはネズミだね」
「可愛い」
「ある有名なキャラクターを想像してるなら同意するけど、私が想像するネズミとは異なるね」
ネズミというと、渋谷などの都心で大量発生しているらしい。確かに、そういうコレクションは私もノーサンキューだ。
人目もなかったので、ギュッとハグして、濃いめのキスを楽しんだ。何枚か写真も撮ってみたので、綺麗に撮れていることを期待しよう。
私のカメラロールは涼夏と絢音と奈都の写真で埋め尽くされているが、定期的に今日みたいなキスの写真とか、妙にエッチな写真が挟み込まれているので、他の人には見せられない。
見せるあてもないからいいけれど。
一応、主役である満月の写真も1枚撮ってみた。やっぱり、ぼやけた白い丸が写っただけだけど、今日を思い出すトリガーになればと思う。
登校中に、奈都に昨日の話をしながら、月の裏側を見たことがあるか聞いてみた。
「月って自転してるはずなのに、ずっとこっち向いてるよね」
「日本からだと、裏側が見れない?」
「パラグアイからも見れないって、涼夏が言ってた」
「火星から見る」
思ったよりも遠かった。地球から火星すら点のようにしか見えないので、火星から月はまったく見えないだろう。
学校に着くと、奈都が試したいことがあると言って、校舎には入らずに中庭の隅に移動した。そこで、お互いに正面を向き合って、両手を握り合う。
「私が月で、チサが地球ね」
そう言って、奈都が手を繋いだまま、私を中心にぐるぐる回り出した。私から見ると、奈都の背中が見えないという実験のようだ。
「私、自転してなくない? ずっと手を繋いでるし」
「月は実は自転してないっていう仮説を立てよう」
「偉い人たちの勘違いかも知れない」
授業に遅れるといけないので、話はそれくらいにして校舎に入った。
その日は大体月の話をして放課後を迎える。バイトのある涼夏を見送り、部活に向かう奈都を捕まえて中庭に来ると、絢音に朝の実験を見てもらった。
両手を繋いで私を中心に奈都がぐるぐる回ると、絢音が楽しそうに微笑んだ。
「私からは、ナツの背中もお腹も見えたけど」
「つまり?」
「奈都が千紗都の周りを1周回る間に、ナツ自身も1周回ったって考えていいんじゃない?」
「観測者は地球の外側にいるってこと?」
奈都が首を傾げる。地球から観測していて、ずっと同じ面が見えているなら、月は1周していないはずだ。
「自転せずに千紗都の周りを回るなら、こうなるんじゃない?」
そう言って、絢音がずっと校舎の方を向いたまま私の周りを1周した。それだと私からは絢音のお腹も背中も見えるが、確かに絢音自身は回っていない気がする。
「月が地球の周りを1周するスピードと、月自身が1周するスピードが丁度同じってこと? そんな偶然ある?」
奈都が怪訝そうに首を傾げる。もしこのタイミングがズレていたら、私たちは色々な月を楽しめるということになる。
「偶然じゃないね。地球の引力で固定された状態で、これをしおしおロックって言うよ」
「しおしおロック。可愛い」
奈都が満足したように頷いて、部活に行くと言って校舎に戻って行った。その背中に手を振りながら、絢音が困ったように微笑んだ。
「いつかどこかで、ナツが真顔でしおしおロックとか言って恥をかかないように、本当のことを教えてあげないといけない」
「すぐ教えてあげて」
本当は潮汐ロックというらしいが、確かに「潮」も「汐」も「しお」と読める。「河川」と同じ構造だ。
今日は一応月が見られるまで一緒にいようということで、涼夏とも別れた後だし、日暮れまで学校に残ることにした。校舎に戻ってコンピュータールームに向かう。
「月って地球の衛星でしょ? 衛星は全部しおしおロックされてるの?」
確か木星などは衛星が多かったはずだ。それらすべてが、木星から見た時に月と同じように片方の面しか見られないのだろうか。
絢音は知らないと首を振り、今日の好奇心を満たす遊びの題材にすることにした。
パソコンで調べてみると、木星にはガリレオ衛星と呼ばれる有名な4つの天体があるが、これらはすべて潮汐ロックされているらしい。ちなみに、木星には50個以上の衛星があり、中には逆向きに回っているものなど、色々あるそうだ。
「木星は衛星がたくさんあるから、空を見上げると、地球で言う月がたくさん見れるのかな」
新たな議題を掲げると、絢音が嬉しそうに頷いた。テキトーなことを言う時の顔だ。
「木星の友達と喋ってたら、今日はイオが綺麗とか、エウロパに隠れてガニメデが見えないとか、天体が面白いって言ってた」
「土星って、土星からだと環が天の川みたいに見えるの?」
「土星の友達によると、それはそれは綺麗だけど、当たり前に存在するからあんまり気にしてないって」
一応裏付けを取りたかったが、あまり木星や土星から衛星がどう見えるかという情報はヒットしなかった。同じ疑問を持つ人は多いだろうが、実際に行って見ることが出来ないので、すべては机上の空論だ。
一応、イオは地球から見た月と同じように見えると書いてあるページを見つけたが、別の人は明るい星程度にしか見えないと書いていた。真相は闇の中だ。
外が薄暗くなってきたので、リュックを背負って校舎を出た。一昨日涼夏と話していた通り、今日の月の出は、昨日より30分も遅い。
「日の入りは1、2分しか違わないのに、不思議なものだ」
「宇宙に想いを馳せる2日間だね」
「絢音は宇宙は好き?」
「別に」
冷めた答えに、思わず笑った。かく言う私も、星座にロマンを感じることもないし、これまでの日食などの天体イベントにも関心がなかった。帰宅部に入ってから、本当に色々なものに興味を持つようになったが、実際のところは涼夏と絢音に興味があるだけで、遊びの対象にこだわりはない。
古沼まで行ってしまうと明るいので、少し手前の公園に入ってベンチに座った。空のあまり高くない場所に、真ん丸の月が浮かんでいる。
「チューチューの名月?」
絢音が唇を突き出しながら言った。
「それは昨日」
素っ気なくあしらったが、せっかくなのでチューしながら月をバックに写真を撮る。なかなかいい記念になる。
「チューチューコレクション」
「響きはネズミだね」
「可愛い」
「ある有名なキャラクターを想像してるなら同意するけど、私が想像するネズミとは異なるね」
ネズミというと、渋谷などの都心で大量発生しているらしい。確かに、そういうコレクションは私もノーサンキューだ。
人目もなかったので、ギュッとハグして、濃いめのキスを楽しんだ。何枚か写真も撮ってみたので、綺麗に撮れていることを期待しよう。
私のカメラロールは涼夏と絢音と奈都の写真で埋め尽くされているが、定期的に今日みたいなキスの写真とか、妙にエッチな写真が挟み込まれているので、他の人には見せられない。
見せるあてもないからいいけれど。
一応、主役である満月の写真も1枚撮ってみた。やっぱり、ぼやけた白い丸が写っただけだけど、今日を思い出すトリガーになればと思う。
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