PULLUSTERRIER《プルステリア》

杏仁みかん

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Section9:空を翔(か)る者たち

62:元旦の変 - 1

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 西暦二二〇四年一月一日
 仮想世界〈プルステラ〉東ロシアサーバー 第一〇四五番地域 第二〇七番集落

 プルステラへ来て初めての年越しを迎えた。
 大晦日の深夜にはクリスマスの時同様に大勢の住民で賑わい、カウントダウンの掛け声と共に同じ時を分かち合った。
 ……けど、キリルくんだけは違った。
 彼は「伝書鳩」の解析に追われ、まともに年越しを楽しむ余裕も無かったのだ。

「ヒマリ達はゆっくりしてていいよ」

 ……って気楽に言われたものの、そんな状況で正月を楽しむ気にはなれない。
 せめてお手伝いでもしたかったけど、わたしの持つ知識や技術では何の役にも立たないだろうし……どちらかと言えば、足を引っ張ることになる。

「んー……」

 だったら、出来ることでキリルくんをサポートしよう。
 そう、例えば――。


 ◆


「――だからって、元旦早々に家事を一挙に引き受けるのはなぁ」

 わたしが進んで決めたことに、お兄ちゃんは呆れる一方だった。
 むしろ、感心してくれてもいいと思うんだけど。

「お兄ちゃんも少しは手伝ったらどうなの? キリルくんは元旦でも頑張って解析続けてるんだよ?」

 「元旦でも」のところを強調して言うと、さすがのお兄ちゃんも気まずそうに顔をしかめた。

「……ま、まぁ、確かにな。部屋を借りているのもあるし、このままここでぼうっとするよりは、何かをして気晴らしをした方が無駄にはならないか」

 そう言って、お兄ちゃんは物置から箒と塵取りを取り出した。

「大して落ち葉は落ちてないだろうけど、外を掃いてくる」
「うん。行ってらっしゃい」

 パタリとドアが閉まると、部屋にはわたし一人が残された。
 ……暖炉をくべても、人がいないと寒さを感じるのは気のせいだろうか。
 わたしは、有り合わせの食材で作っているお雑煮もどきに視線を戻した。

 ――エリカとジュリエットは、早朝に二人で外へ出かけたきり、まだ戻ってこない。正月だと言うのに、一体どこまで行ったのやら。
 何でも、クリスマスの晩に話をしていたところ、ジュリエットの上司がエリカのお兄さんだってことが判明したらしく、以来、エリカはベットリと付きまとうようにジュリエットと一緒だった。きっと、お兄さんのことで知りたいことがいっぱいあるのだろう。
 確か、五年も離れていた兄妹だった。
 わたしも、カイと別れて半年になる。その寂しさは分からないでもない。

「……カイ、今頃どうしてるかな……」

 クリスマスの晩、キリルくんから聞いた事実。その事が今でも頭の中でぐるぐると渦巻いている。

 ――いいかい。彼は、確かに、筆談で、こう言ったんだ。
 『兄ちゃんは命を狙われている。その事だけを伝えて欲しい』――と。

 カイはどうやってその事を知ったのか。
 何を根拠にそう思ったのか。
 ユヅキわたしが知らない秘密を、彼が握っている。そもそも、何故わたしが狙われなくてはいけないのか。

「やっぱり……カイに直接訊かなくちゃダメ、だよね」

 誰もいないのに一人で呟き、ほうっと溜め息をつく。

 カイと対面することを、わたしは恐れている。
 今の姿を見られるのが怖い……わけではない。

 ――そうだ。
 わたしは常に、カイと向き合うことが怖かったんだ。

 その感情が何なのかは、どうしても思いつかない。
 そもそもわたしは、ある時を境に、大事なことを忘れているような気がするのだ。
 カイとまともに顔を合わせられず、彼もまた、わたしを避けてきた理由は、恐らくそこにあるのだろう。

「わっとと……!」

 ぼうっとしていたら吹きこぼれそうになったので慌てて火を止めた。
 やっぱり、考え事は良くない。わたしらしくもない。
 今は、明確な道だけを選ぶ時なのだ。

「あ、そうだ。新年の挨拶!」

 思えば、年を越したというのに、日本サーバーにいるみんなと挨拶をしていなかった。
 ユウリママにダイチパパ。それと、ミカルちゃん、レン、コウタ、ムツミ……アカネちゃんにも挨拶しておこうかな。
 プルステラで知り合った大勢の人々。
 一人ずつ挨拶をすると、蓄積された思い出も独りでに蘇るというものだ。

「もしもし、ママ!? 明けましておめでとー!」
『あら、ヒマリ? 明けましておめでとう』

 久々に聞いたママの声。……と言っても、あの手術の日以来なので大した日数は経っていないのだが。
 それでも何だかほっとする。ママも元気そうだ。

『ねえ、そっちの様子はどう?』
「うん。ちょっと寒いけどね。キリルくんのお家には暖炉があるからあったかいんだ」
『そう。……でも、残念ね、正月にこっちに戻れなくて。折角美味しいお節料理を用意したのに』
「……でもそれ、ママが作ったんでしょ? 大丈夫なの?」
『あら、酷い事を言うわねぇ。ヒマリ達が出て行ってからは、ずっと私が料理を担当しているのよ?』

 ズキン、と胸が痛んだ。
 家を出て行ったのは、わたしが原因だったからだ。

「そっか……ごめんね、ママ。なるべく早く帰れるようにするから」
『いいのよ、気にしなくて。お陰様で、パパから文句を言われないぐらいの腕にはなったんだから』
「へえ。戻ったら楽しみだなあ」

 ママはスピーカーの向こうでクスクスと笑う。

『だからね、ヒマリ。くれぐれも気をつけて、ゆっくりでいいから戻ってらっしゃい』

 ――言ってる事が前と逆だよ、ママ。

 そう言いたいのを、わたしはぐっと堪えた。
 ママの精一杯の支援。本当は凄く凄く心配で、直ぐにでも帰って来なさいって言いたいのに、我慢してくれている。
 だから、わたしは何も言わず、ただ、「ありがとう」と応え、通話を終了させた。

「……後は友達のみんなか」

 特にミカルちゃん。
 ロシアサーバーへ行く時に暖かい服装を送ってくれた。
 今頃どうしているんだろう。レン達はちゃんと面倒を見てくれているだろうか。

『もしもし、ヒマリちゃん!? 明けましておめでとう!』

 いつもの――わたしがあの集落にいた頃のように、元気な声だった。
 それだけでほっとする。
 何も変わっていない。日常は保持されているのだと。

「ミカルちゃん、明けましておめでとう! 元気?」
『うん。ヒマリちゃんも元気そうで良かったあ。……今ね、正月の新作衣装を作ってるとこなんだー!』
「うわあ、元旦なのに精が出るね」

 相も変わらず裁縫か。
 三度の飯より好きなんだなぁ。

『今度、またデリバリンクで送ってあげるね! ……それで、ヒマリちゃんは今、何してるの?』
「わたしはお雑煮っぽいのを作ってるところだよ。……ちょっと火をかけすぎちゃったけど。あはは……」
『えー!? ロシアでお雑煮!? どういうこと!?』
「んー、ちょっと日本料理が恋しくなっちゃったからさ。テキトウに作ったんだけど、味見はこれから」
『そうなんだ。……うん。でも、あれから元気になって良かったよ、ヒマリちゃん』
「…………うん」

 長かった、と思う。
 日本サーバーの集落を出て、ちょうど二ヶ月。
 何度も泣いて、何度もみんなにすがって……。

 いつも明るいミカルちゃんをも泣かせてしまった。
 でも、ようやく、元のヒマリに戻れたんだ。

『ヒマリちゃんは、まだ、そっちにいるの?』
「まぁ……もう少し、ね」わたしは言葉を濁した。「色々あって、帰るのはもう少し後になるかな。……はは、学年が変わっちゃうかもね」
『……それでも待ってるよ。だって、プルステラの時間って永遠なんだから』
「……永遠、かぁ……。――ん、それもそうだね。じゃあ、また、連絡するから」
『はーい。またね、ヒマリちゃん!』

 通話を切り、わたしは永遠という言葉の意味を考える。
 この世に永遠なんてものがあるなら、それは、どんなにすばらしいことなんだろうか、と。

 でも実際、此処にある。
 このプルステラに寿命はなく、少なくとも百年や二百年ちょっとじゃ滅びはしない世界のはずだ。
 地球がどうにかなるような事件さえ起こらなければ、バベルはわたし達をずっと守ってくれるだろう。

「…………一年まであと半年、か」

 お兄ちゃん達はあと三ヶ月。
 それで、試用期間と称された一年に到達する。
 その時、四月にこの世界へやって来たお兄ちゃん達は、戻りたいと思うだろうか。無限ではなく、有限である現世に。

 確かに、思い返せばリザードマンや怪物の襲撃とか酷かったけど、それでもこの世界には、現世にはない多くの魅力があった。
 どんなに遠くても鮮明に見える大自然の景色、マスク無しで深呼吸出来る澄んだ空気、美味しい自家製料理の数々――。
 そんなものを体験した今となっては、どんな過酷な環境でもここで生きていきたいと思える程になっている。

 でも、それはわたしの考えだ。
 他のみんなはどうなのだろう。まともに怪物達と戦えない連中だっているし、帰りたいと思う人はいるのだろうか。

 ――そんなことを直接訊いたらきっと、その人は嫌がるだろうな。
 だって、帰りたくても他のみんなを裏切るような形になるのだから。
 特にお兄ちゃんは――いや、ママやパパも同じだろう、「ヒマリわたし」が戻らないと言えば、内心嫌でも、絶対に戻りはしない。――そういう人達なんだ。


 ◆


 元旦の昼が閑散としているのは何処も同じようで、しばらくすると出かけていたエリカやジュリエット、掃除をしていたお兄ちゃんが一斉に戻ってきた。

「随分外を歩いてたみたいだけど、エリカ達は何処行ってたの?」
「うん。ちょっとお話をしながらぶらぶらと集落の周りをね。当然だけど、店なんて開いてなかったわ」

 やっぱり、エリカはお兄さんの事を根掘り葉掘り訊いていたのだろう。
 ジュリエットは少し疲れた顔をしているようにも見える。

「いい加減、昼を過ぎたぞ。キリルも根を詰めすぎているし、一旦食事にした方がいいんじゃないか?」

 お兄ちゃんの提案には、わたしも賛成だった。
 このままだと、いくらプルステリアとはいえ、キリルくんの精神的な負担が気になる。

「それもそうだね。わたし、呼んでくる」

 ――と。
 わたしが踵を返すと、直ぐ目の前にキリルくんが立っていて、危うく顔がぶつかりそうになった。

「きっ、きっ、キリルくん!?」

 わたしの動揺なんて露知らず、キリルくんはわたしの両肩をがしっと掴むと、満面の笑顔を見せつけた。

「ヒマリ! やったよ! ついに完成したんだ!」
「え、まさか……!?」
「うん! 『伝書鳩』の解析が終わったんだ! これで現世と通信が出来る!」

 テンションの高いキリルくんと裏腹に、わたし達は、ついに来るべき時が来たのだ、と息を飲んだ。
 早速、「伝書鳩」をテーブルの上に置いたキリルくんは、VIPのプログラマ用コンソールを呼び出し、何やらコマンドを打ち込んで行くのだが――。

 ふいに、大気を震わせる轟音と共に、地面が揺らいだ。

「……何だ!?」

 キリルくんは直ぐにコンソールを閉じ、迷うことなく「伝書鳩」をインベントリに仕舞った。
 咄嗟に思いついた行動なんだろうけど、わたしはそれが正しいと思う。
 ……そして、この感じ。前にも一度経験がある。

「…………アイツだ!」

 窓の外、集落の中央に降り立った巨大な影。
 黒い岩のような鱗に覆われたその姿は、紛れもなく、黒竜ディオルクだった――。
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