視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

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光の入らない部屋と笑わない少女

ぬいぐるみの中に

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 夜、日付がもう少しで変わるという頃。

 私と九条さんは動き出そうとしていた。岩田さんとリナちゃんはもう寝静まっている。

 伊藤さんは帰宅していた。夜中になれば着物の人が出るのは分かりきっており、御守りを持っているとは言え伊藤さんと得体の知れない彼女を近づけるのは危険との九条さんの判断だった。

 昼間にいくらか睡眠をとっているとはいえ私の疲労は溜まりに溜まっていた。眠いし疲れたし、今日は結局メイクも施していない。女を捨てていた。

 それでも眠い体に鞭を打ち起き上がる。眠っているリナちゃんからあのぬいぐるみを拝借するという役割があるのだ。

「行きましょう。もう熟睡しているはずです。これ以上遅くなってはまたあの女が出てきてしまいます」

「はい」

 私と九条さんは物音を立てないように控え室から出た。照明の明かりが入るといけないので、廊下も電気をつけなかった。

 そっと目の前の扉を開ける。暗い部屋に寝息が響いていた。

 九条さんは携帯のライトを足元にかざし、足音を立てないように確実に進む。私もそれに続いて中へ入った。

 今日もカメラは起動していた。録画中の赤いランプが光っている。ベッドでは岩田さんがリナちゃんを抱きしめるようにして眠っていた。

 ベッドサイドにたどり着いた私たちは、その姿を見た。リナちゃん自身も、今日はきちんと眠っている。寝顔はよくいる子供のように思えた。

(ちょっと布団を……ごめんよ)

 私は心の中で呼びかけながらゆっくりと布団をめくった。やはり、リナちゃんの腕の中に例の犬はいた。だが、眠っているためそこまで強く握られてはいない。

 九条さんが隣で頷いた。私はそうっと手を伸ばし、ぬいぐるみを掴む。

 そのまま優しく引き抜いた。幸運にもリナちゃんは起きなかった。規則的な寝息を立てているだけで、私たちに気付いてはいなそうだ。

 ほっと息をつきながら、布団を優しく元に戻して二人その場を離れる。足音を立てないよう細心の注意を払い、扉を閉める。

 意外にも簡単に成功したことに拍子抜けした。てっきりあの女の霊が出てくるとか、リナちゃんが突然目を開けたりするとか想像していたのに。

 控え室に戻った私ははあーと大きな息を吐く。

「こんなアッサリ終わるとは思いませんでした、びっくり」

「同感ですね。あっという間のことでした、気を張っていたのが無駄でしたね」

「さて、これですが……」

 私は手に持っていたぬいぐるみを見た。普段リナちゃんに握られているため全貌はよく見てなかったが、よくある白いぬいぐるみだった。

 UFOキャッチャーの景品でありそうな小さめなもので、いつも握られているためか汚れが目立つ。垂れた耳、黒い目、笑った口。なんの変哲もない可愛らしいものだ。

「ぱっと見普通ですけど。どうぞ」

 九条さんに手渡すと、彼はじっとそれを観察した。くるくる回しながら一通り見たところで頷く。

「特に変なところはありませんね。外は」

 そう言って彼は用意しておいた裁ち鋏を手に取った。キラリと銀色が光る。

 ああ、ぬいぐるみを真顔で切りつける姿はちょっとヤバい人に見える。それにごめんねリナちゃん、頑張って縫うから。ワンコもごめん。

 心の中で謝る私とは裏腹に、九条さんは一切の迷いなくお腹を切り裂いた。

 例えば。きみの悪いお札が出てきたとか。

 女の長い髪が入っていたとか。

 血に汚れたハンカチが入ってたとか。

 ホラー映画に出てきそうな展開の方が、私は心の準備は出来ていたのに。

「…………え?」

 九条さんが中から見つけ出した物は小さな紙切れだった。彼の隣からそれを覗き込み、首を傾げる。

「どういうことですか? なんですか、これ? え?」

 疑問ばかり浮かぶ私をよそに、九条さんは顔を固まらせていた。

 そしてはっとした顔になると、彼はくるりと振り返った。部屋の端にあるクローゼットだった。

 彼は無言でそれを開いて中を見る。私も背後から覗き込むが、何の変哲もない物入れだった。数多くのおもちゃが積み重なっている。

 それでも九条さんはやはり、というように息を吐いた。さらに、勢いよく方向を変え、今度はモニターの隣に置かれた紙袋を手に取った。

 それは私が初日持ってきたお菓子の残りだった。リナちゃんに返された嫌いなお菓子たち。

「あの、九条さん?」

「こっちは今日伊藤さんが持ってきた物ですね」

 私の呼びかけも無視して、伊藤さんが置いていったお菓子も漁る。それを眺めた後、彼は確信したように鋭い目つきとなった。

 まるでついて行けていない私はポカンとしたまま見つめる。

 珍しく、九条さんはしばし呆然としたように立ち尽くした。そして、片手で顔を覆う。

「九条さん?」

「……不覚」

 九条さんはポツリとそう呟き、私に持っていたぬいぐるみを差し出した。

「とりあえず、これはもう不要なので元に戻してください」

「は、はい」

 九条さんはまた大きなため息をつき、言った。

「根本的な部分を見直さなくてはなりません」



 その夜、九条さんが立てた仮説が正しいのだよと示すかのように、

あの着物の女性は姿を現さなかった。











  




 
 

 

 

 
 























 







 
 

 







 



 

 




 

 
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