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光の入らない部屋と笑わない少女
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光の入らないこの部屋では朝も夜も感じないが、時計は午前三時。外は真っ暗のはずだった。
緊張で吐いてしまいそうだった。正直なところ、私にそんな重要な役割はないのだがどうしても気持ちが昂る。
今回一番重要なのは伊藤さんだった。いつもニコニコしている彼が、珍しく影を落とし表情も暗くなっていた。さっきから何度も落ち着きなさそうに咳払いをし、困ったように息を吐いていた。
そんな彼を励ますように、九条さんが言う。
「大丈夫です。この二日間もリナさんと打ち解けて仲良くなってましたから。あなたはいつものように笑っていればそれで十分です」
「はい、行けます」
「もし感づかれた場合は計画通り強行突破です。いいですね」
「はい」
強く頷いた。そしてみんな顔を見合わせ、伊藤さんが先頭となって部屋から出る。
足音を立てないようにそうっと歩み、廊下に出た。床の軋む音すらどきりと心臓を鳴らせた。
伊藤さんがゆっくり目の前の扉を開ける。真っ暗な部屋に入り、九条さんが足元をライトで照らした。私は出入り口で見守ることにする。
二人は細心の注意を払いながらベッドに近づいた。熟睡しているリナちゃんと岩田さんがいる。
伊藤さんはしゃがみ込み、優しく寝ているリナちゃんの肩を叩いた。
とんとん、とんとん
その小さな衝撃だが、意外と彼女は目を覚ました。子供なら起きないかもしれないと心配していたが、彼女はパチっと目を覚ましたのだ。これも、何かの力が働いているのだろうか。
目を覚ましたリナちゃんを見て、伊藤さんがニコリと笑った。
そして人差し指を立て、口元に当てた。しーっと小声が漏れる。
リナちゃんは無言で頷いた。
伊藤さんは目を細めて優しく微笑み、ゆっくり布団を剥ぐ。リナちゃんも音を立てないように起き上がり、そうっとベッドから足を下ろした。
伊藤さんがそんなリナちゃんを抱きかかえた。素直にそれに従い、彼の服を握りしめている。
岩田さんはまるで起きなかった。寝息すら聞こえてこない。不気味なほどに、彼女は熟睡している。ハラハラしながら私はただ見守っていたが、これまでは思った以上にスムーズで早く事が進んでいる。
九条さんたちはそこから退散した。
寝室から出てきてハッキリ見えたリナちゃんの顔は、どこか柔らかく見えた。伊藤さんに抱っこされてるからなのか、これから外に出られる事を分かっているのか。
九条さんが先頭になり玄関へ急いで移動する。どうしても岩田さんが寝ている隙に外へ出たかった私達は、どうか彼女が起きませんようにと祈った。リナちゃんを外に出すだなんて、反対することはわかり切っているのだ。
そして私たちはそのまま玄関から飛び出し、あの光の閉ざされた部屋から脱出した。廊下は夜中のためひっそりとしており、当然ながら人気はない。
私は走り出し、すぐにエレベーターを呼んだ。エレベーターは即座に扉を開けた。
全てが驚くほど順調だ、恐ろしいほどに。
みんなで箱に乗り込み1階へと下がる。誰も言葉を発さなかった。ぐんぐんと下降するエレベーターの中で、みんなが険しい顔をしていた。ただ一人伊藤さんだけは、優しく微笑んでリナちゃんに笑いかけていた。今更ながら、彼のこういう気遣いは感嘆してしまう。
そしてついにエントランスに辿り着き、私たちはリナちゃんを連れて外に飛び出したのだ。
未だ暗い道。でも、外気の空気は心地よく街灯の灯りだけでも、あの部屋よりずっと明るく感じた。
「で、出た……っ」
私は声を出し、すぐにリナちゃんを振り返った。
彼女は怖がることもなく、暴れることもなかった。伊藤さんにしがみつき、キョロキョロとあたりを見回していた。伊藤さんはリナちゃんが寒くないよう、抱っこしながら自分のコートの中に彼女を入れる。
はあ、と息を吐く。緊張が解けた。
九条さんが言った。
「まだ迎えは来てませんでしたか。すぐ来るはずです、伊藤さんと黒島さんはここで待機しててください」
「え……九条さんは?」
私は驚いて彼を振り返る。九条さんはまだマンションの出入り口の扉を開いたままにしていた。オートロック式の入口なので、閉まったらもう中には入れなくなるのだ。
「戻ります」
「は」
「岩田さんは私のクライアントなので。調査報告をせねばなりません」
「で、でも!」
言葉を出したのは伊藤さんだった。九条さんはそれでも続ける。
「これを逃すとチャンスは無くなりますから。あなた方はここで迎えを待っていてください」
九条さんはそう告げると、くるりと踵を返してマンションの中へと入って行ってしまった。私は反射的に、閉まりそうになった扉を手に掴む。
こんな時に、律儀さを出さなくてもいいのに。調査報告なんて、今やってる場合ではない。
九条さんの白い服がエレベーターの中に吸い込まれていく。その背中を見て、どうしようもない不安に包まれた。
胸が締め付けられる。嫌な予感がする。
焦燥感に苦しくなり拳を握った。
諦めたように背後で伊藤さんが声を掛けてくる。
「光ちゃん、もう少し灯りのあるところに……」
「私……」
「え?」
「私、九条さんと一緒に行ってきます!」
「え、ちょ、ちょっと待って!!」
伊藤さんが慌てて私を呼んだが、それを無視して駆け出した。リナちゃんを抱っこして両手が塞がっている彼に、私を止める術などない。
マンションの中へ再び入り、すでに動き出してしまったエレベーターを見て焦りを感じる。私は隣にある階段を駆け上がった。
胸騒ぎがする。
もし、もし九条さんに何かあったら。
そんな想像をするだけで息が止まりそうだった。必死に足を回転させて階段を駆け上がっていく
緊張で吐いてしまいそうだった。正直なところ、私にそんな重要な役割はないのだがどうしても気持ちが昂る。
今回一番重要なのは伊藤さんだった。いつもニコニコしている彼が、珍しく影を落とし表情も暗くなっていた。さっきから何度も落ち着きなさそうに咳払いをし、困ったように息を吐いていた。
そんな彼を励ますように、九条さんが言う。
「大丈夫です。この二日間もリナさんと打ち解けて仲良くなってましたから。あなたはいつものように笑っていればそれで十分です」
「はい、行けます」
「もし感づかれた場合は計画通り強行突破です。いいですね」
「はい」
強く頷いた。そしてみんな顔を見合わせ、伊藤さんが先頭となって部屋から出る。
足音を立てないようにそうっと歩み、廊下に出た。床の軋む音すらどきりと心臓を鳴らせた。
伊藤さんがゆっくり目の前の扉を開ける。真っ暗な部屋に入り、九条さんが足元をライトで照らした。私は出入り口で見守ることにする。
二人は細心の注意を払いながらベッドに近づいた。熟睡しているリナちゃんと岩田さんがいる。
伊藤さんはしゃがみ込み、優しく寝ているリナちゃんの肩を叩いた。
とんとん、とんとん
その小さな衝撃だが、意外と彼女は目を覚ました。子供なら起きないかもしれないと心配していたが、彼女はパチっと目を覚ましたのだ。これも、何かの力が働いているのだろうか。
目を覚ましたリナちゃんを見て、伊藤さんがニコリと笑った。
そして人差し指を立て、口元に当てた。しーっと小声が漏れる。
リナちゃんは無言で頷いた。
伊藤さんは目を細めて優しく微笑み、ゆっくり布団を剥ぐ。リナちゃんも音を立てないように起き上がり、そうっとベッドから足を下ろした。
伊藤さんがそんなリナちゃんを抱きかかえた。素直にそれに従い、彼の服を握りしめている。
岩田さんはまるで起きなかった。寝息すら聞こえてこない。不気味なほどに、彼女は熟睡している。ハラハラしながら私はただ見守っていたが、これまでは思った以上にスムーズで早く事が進んでいる。
九条さんたちはそこから退散した。
寝室から出てきてハッキリ見えたリナちゃんの顔は、どこか柔らかく見えた。伊藤さんに抱っこされてるからなのか、これから外に出られる事を分かっているのか。
九条さんが先頭になり玄関へ急いで移動する。どうしても岩田さんが寝ている隙に外へ出たかった私達は、どうか彼女が起きませんようにと祈った。リナちゃんを外に出すだなんて、反対することはわかり切っているのだ。
そして私たちはそのまま玄関から飛び出し、あの光の閉ざされた部屋から脱出した。廊下は夜中のためひっそりとしており、当然ながら人気はない。
私は走り出し、すぐにエレベーターを呼んだ。エレベーターは即座に扉を開けた。
全てが驚くほど順調だ、恐ろしいほどに。
みんなで箱に乗り込み1階へと下がる。誰も言葉を発さなかった。ぐんぐんと下降するエレベーターの中で、みんなが険しい顔をしていた。ただ一人伊藤さんだけは、優しく微笑んでリナちゃんに笑いかけていた。今更ながら、彼のこういう気遣いは感嘆してしまう。
そしてついにエントランスに辿り着き、私たちはリナちゃんを連れて外に飛び出したのだ。
未だ暗い道。でも、外気の空気は心地よく街灯の灯りだけでも、あの部屋よりずっと明るく感じた。
「で、出た……っ」
私は声を出し、すぐにリナちゃんを振り返った。
彼女は怖がることもなく、暴れることもなかった。伊藤さんにしがみつき、キョロキョロとあたりを見回していた。伊藤さんはリナちゃんが寒くないよう、抱っこしながら自分のコートの中に彼女を入れる。
はあ、と息を吐く。緊張が解けた。
九条さんが言った。
「まだ迎えは来てませんでしたか。すぐ来るはずです、伊藤さんと黒島さんはここで待機しててください」
「え……九条さんは?」
私は驚いて彼を振り返る。九条さんはまだマンションの出入り口の扉を開いたままにしていた。オートロック式の入口なので、閉まったらもう中には入れなくなるのだ。
「戻ります」
「は」
「岩田さんは私のクライアントなので。調査報告をせねばなりません」
「で、でも!」
言葉を出したのは伊藤さんだった。九条さんはそれでも続ける。
「これを逃すとチャンスは無くなりますから。あなた方はここで迎えを待っていてください」
九条さんはそう告げると、くるりと踵を返してマンションの中へと入って行ってしまった。私は反射的に、閉まりそうになった扉を手に掴む。
こんな時に、律儀さを出さなくてもいいのに。調査報告なんて、今やってる場合ではない。
九条さんの白い服がエレベーターの中に吸い込まれていく。その背中を見て、どうしようもない不安に包まれた。
胸が締め付けられる。嫌な予感がする。
焦燥感に苦しくなり拳を握った。
諦めたように背後で伊藤さんが声を掛けてくる。
「光ちゃん、もう少し灯りのあるところに……」
「私……」
「え?」
「私、九条さんと一緒に行ってきます!」
「え、ちょ、ちょっと待って!!」
伊藤さんが慌てて私を呼んだが、それを無視して駆け出した。リナちゃんを抱っこして両手が塞がっている彼に、私を止める術などない。
マンションの中へ再び入り、すでに動き出してしまったエレベーターを見て焦りを感じる。私は隣にある階段を駆け上がった。
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