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光の入らない部屋と笑わない少女
諦めきれない心
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しかし彼はキョトンとして言った。
「何を言ってるんですか。あの子の犬のぬいぐるみについて初めに気づいたのはあなたですよ」
「そうですけど、報告してなかったし……」
「それに、親子ではないという説を確かなものにしたのはあの林檎のお菓子たちです。あれが私の中では決め手でした。あれはあなたが最初に持ってきたからですよ」
彼が気遣いから励ましなどをするタイプではないことは分かっていた。きっと本当にそう思ってくれているんだろう。
私は俯いて小さくお礼を言った。
「ありがとうございます……」
「お礼を言うのは私の方ですよ。
あなたが体を張って助けてくれたこと、嬉しかったですから」
私が顔を上げると、そこには笑っている九条さんがいた。その笑顔が目に入った瞬間、またしても心臓が一人暴走し始めたので慌てて目を逸らす。
この人いつでも、凄いタイミングで笑うんだから。無自覚だろうか。
「け、結局は助けられてませんでしたけど! 九条さんがあんな機敏に動けるだなんて意外でした!」
「結果論はどうでもいいんですよ。私を心配してきてくれたことが重要です」
「……べ、別に大した事してません」
私はそう答えながらも、頭の中で考えていた。
ここ数日、ずっと思っていた事だ。
あの時、マンションに戻っていく九条さんの後ろ姿を見て言いようのない不安感に包まれた。誘拐犯と二人きりになることで、九条さんに何かあったらどうしようと気が気ではなかった。
いても立ってもいられなかっただけ。自分は女だし護身術なんてなにも知らないから行っても役に立たないくせに、そんなことすら思いつかないほど九条さんで頭がいっぱいだった。
失うかもしれないと考えるだけで、苦しかった。
はあとため息を漏らす。
これはもういい加減、認めざるを得ない。
こんな変人を好きだなんて一瞬の気の迷いだと思っていたが、さすがに誤魔化しきれない。どうやら私は本当にこの人を想ってしまっているようだ。
「どうしました、大きなため息をついて」
「いえ、なんでもありません」
当の本人はまるで気づかず私に尋ねてくる。あんただよ、あんたのことで悩んでるんだよ。このポッキー星人め。
できればあのまま気のせいだと思っていたかったのに。だって、この人が私と恋愛をするなんてありえないと分かりきっているからだ。寝たらなかなか起きない、ポッキー主食で、これだけ自分にも無頓着な男が恋愛をするなんて。
九条さんと付き合えたら? 普通恋をしたらそういう想像をして楽しむものだが私の脳内にそんな妄想は成り立たない。デートしてる様子も手を繋いでる様子もなんっにも思い浮かばない。本当に人間かこの人は?
彼女はいたらしいけど絶対しつこく言い寄られてちょっと付き合って呆れられて別れてるだけだ。確信がある。一般的な恋人たちがするような事をしてくれるなんてありえない。
しかも、同じ職場。上司。万が一にもこの気持ちが気づかれれば気まずい事この上ない。なんて厄介な恋なんだろうと思う。
出来れば、このままフェードアウトしたいと思った。こんな恋、さっさと諦めた方が自分のためだとも思う。叶わない恋を続けるのは辛すぎる。
そうだ! 調査中の九条さんのことは考えないことにしよう。調査中は悔しいが頭は回るし冷静だしで、そんな彼に惚れてしまったのは否めない。
事務所にいる九条さんだ。ほら、ポッキーばっか貪ってソファに寝転んで、髪は濡れたまま出勤するし白か黒の服しか持ってないし! うん、この調子だ。
そしてもっと普通の人を好きになって……
「光さん」
はっと、息が止まる。
振り返ると、九条さんがこちらを見ていた。風が吹いて彼の黒髪が揺れる。なんだかその光景は、出会ったあの日を思い出した。
「これから先も、無理はしてはなりませんよ。何かあったらどうするんですか。体を張る事はしないでください。あなたは女性なんですからね」
こんな時に、
こんなタイミングで、
そんな風に呼んで、
そんな事を言うの?
ぶわっと顔が熱くなった。さっき私の名前を呼んだ声が頭の中でこだまする。
聞き慣れているはずの名前が特別な響きに聞こえた。今、自分の名前が生まれて史上最高に好きに思えた。
(……この人、無自覚でこんなことしてるの……?)
悔しくて悔しくて、私は唇を噛んだ。
この天然鈍感ポッキー男。ずるいよ。
こんなの、諦められるはずがない。
「依頼でしたよー! きたきた、依頼!」
電話を終えた伊藤さんがルンルンで帰ってくる。九条さんは何事もなかったように伊藤さんに言った。
「早速入りましたか。バリバリ働かねば、今回の巻き返しが必要です」
「でもまあ、今日はもう遅いから明日詳しく聞くことにしました! 朝イチで電話します!」
「分かりました」
「ラーメン食べていきません? 光ちゃんも!」
くるりと私を振り返る伊藤さんに、平然を装って頷いた。
「はい、行きたいです!」
「九条さんの奢りだから!」
「またあなたは勝手に……まあ、いいですけど」
「やったね! 僕味噌~」
伊藤さんが大きく伸びをしながら道を歩いていく。九条さんが振り返って私に声をかけた。
「行きますよ、光さん」
「……はい!」
また名前を呼ばれた事にスキップしてしまいそう。
なんて単純なんだろう私は。
高鳴る胸を秘めながら、私は笑顔で二人の背中を追った。
「何を言ってるんですか。あの子の犬のぬいぐるみについて初めに気づいたのはあなたですよ」
「そうですけど、報告してなかったし……」
「それに、親子ではないという説を確かなものにしたのはあの林檎のお菓子たちです。あれが私の中では決め手でした。あれはあなたが最初に持ってきたからですよ」
彼が気遣いから励ましなどをするタイプではないことは分かっていた。きっと本当にそう思ってくれているんだろう。
私は俯いて小さくお礼を言った。
「ありがとうございます……」
「お礼を言うのは私の方ですよ。
あなたが体を張って助けてくれたこと、嬉しかったですから」
私が顔を上げると、そこには笑っている九条さんがいた。その笑顔が目に入った瞬間、またしても心臓が一人暴走し始めたので慌てて目を逸らす。
この人いつでも、凄いタイミングで笑うんだから。無自覚だろうか。
「け、結局は助けられてませんでしたけど! 九条さんがあんな機敏に動けるだなんて意外でした!」
「結果論はどうでもいいんですよ。私を心配してきてくれたことが重要です」
「……べ、別に大した事してません」
私はそう答えながらも、頭の中で考えていた。
ここ数日、ずっと思っていた事だ。
あの時、マンションに戻っていく九条さんの後ろ姿を見て言いようのない不安感に包まれた。誘拐犯と二人きりになることで、九条さんに何かあったらどうしようと気が気ではなかった。
いても立ってもいられなかっただけ。自分は女だし護身術なんてなにも知らないから行っても役に立たないくせに、そんなことすら思いつかないほど九条さんで頭がいっぱいだった。
失うかもしれないと考えるだけで、苦しかった。
はあとため息を漏らす。
これはもういい加減、認めざるを得ない。
こんな変人を好きだなんて一瞬の気の迷いだと思っていたが、さすがに誤魔化しきれない。どうやら私は本当にこの人を想ってしまっているようだ。
「どうしました、大きなため息をついて」
「いえ、なんでもありません」
当の本人はまるで気づかず私に尋ねてくる。あんただよ、あんたのことで悩んでるんだよ。このポッキー星人め。
できればあのまま気のせいだと思っていたかったのに。だって、この人が私と恋愛をするなんてありえないと分かりきっているからだ。寝たらなかなか起きない、ポッキー主食で、これだけ自分にも無頓着な男が恋愛をするなんて。
九条さんと付き合えたら? 普通恋をしたらそういう想像をして楽しむものだが私の脳内にそんな妄想は成り立たない。デートしてる様子も手を繋いでる様子もなんっにも思い浮かばない。本当に人間かこの人は?
彼女はいたらしいけど絶対しつこく言い寄られてちょっと付き合って呆れられて別れてるだけだ。確信がある。一般的な恋人たちがするような事をしてくれるなんてありえない。
しかも、同じ職場。上司。万が一にもこの気持ちが気づかれれば気まずい事この上ない。なんて厄介な恋なんだろうと思う。
出来れば、このままフェードアウトしたいと思った。こんな恋、さっさと諦めた方が自分のためだとも思う。叶わない恋を続けるのは辛すぎる。
そうだ! 調査中の九条さんのことは考えないことにしよう。調査中は悔しいが頭は回るし冷静だしで、そんな彼に惚れてしまったのは否めない。
事務所にいる九条さんだ。ほら、ポッキーばっか貪ってソファに寝転んで、髪は濡れたまま出勤するし白か黒の服しか持ってないし! うん、この調子だ。
そしてもっと普通の人を好きになって……
「光さん」
はっと、息が止まる。
振り返ると、九条さんがこちらを見ていた。風が吹いて彼の黒髪が揺れる。なんだかその光景は、出会ったあの日を思い出した。
「これから先も、無理はしてはなりませんよ。何かあったらどうするんですか。体を張る事はしないでください。あなたは女性なんですからね」
こんな時に、
こんなタイミングで、
そんな風に呼んで、
そんな事を言うの?
ぶわっと顔が熱くなった。さっき私の名前を呼んだ声が頭の中でこだまする。
聞き慣れているはずの名前が特別な響きに聞こえた。今、自分の名前が生まれて史上最高に好きに思えた。
(……この人、無自覚でこんなことしてるの……?)
悔しくて悔しくて、私は唇を噛んだ。
この天然鈍感ポッキー男。ずるいよ。
こんなの、諦められるはずがない。
「依頼でしたよー! きたきた、依頼!」
電話を終えた伊藤さんがルンルンで帰ってくる。九条さんは何事もなかったように伊藤さんに言った。
「早速入りましたか。バリバリ働かねば、今回の巻き返しが必要です」
「でもまあ、今日はもう遅いから明日詳しく聞くことにしました! 朝イチで電話します!」
「分かりました」
「ラーメン食べていきません? 光ちゃんも!」
くるりと私を振り返る伊藤さんに、平然を装って頷いた。
「はい、行きたいです!」
「九条さんの奢りだから!」
「またあなたは勝手に……まあ、いいですけど」
「やったね! 僕味噌~」
伊藤さんが大きく伸びをしながら道を歩いていく。九条さんが振り返って私に声をかけた。
「行きますよ、光さん」
「……はい!」
また名前を呼ばれた事にスキップしてしまいそう。
なんて単純なんだろう私は。
高鳴る胸を秘めながら、私は笑顔で二人の背中を追った。
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