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光の入らない部屋と笑わない少女
小話3
しおりを挟むその日、朝から九条氏の様子が普段から違うことに、伊藤陽太は気づいていた。
普段事務所に来るなりテレビを見る、本を読む、昼寝するかのどれかなのに、今日は九条氏はぼうっと窓の外を眺めいてた。
その表情はどこか憂いを帯びていて、同性であるはずの伊藤すら時折見惚れそうになる。
白い肌に悔しいほど通った鼻筋、綺麗な瞳。絵か彫刻か、と思ってしまうほど。
そんな美しい顔面を持った彼は珍しくポッキーすら手につけなかった。
伊藤はとうとう耐えきれず、仕事の手は動かしつつも九条氏に話しかけた。
「九条さんどうしたんですか、ポッキー食べないなんて。それに朝からぼーっとしてますね?」
「よく聞いてくれました伊藤さん」
九条氏ははあとため息をつくと、水を一口だけ飲んで困ったようにつぶやいた。
「…昨日の夜から、食欲がなくて」
「ええ」
「どこか苦しいような、そんな感じがして」
「ええ…」
「何も考えられないんです。これ、恋でしょうか」
最後の単語にあまりに驚いた伊藤は、持っていた書類を派手に落とした。バサバサと紙類が床に散らばる。
それすら気にならないほど、伊藤は驚いて九条氏を見た。
「へ!?こ、恋!?」
「昨日帰る時エレベーターに一緒に乗った女性がいたんです。なんだかそれから自分がおかしくて」
はあとまた息をつく。伊藤は落ちた書類もそのままに、立ち上がって九条の元へ歩み寄った。
「す、凄い!そんなことあるんですね、一目惚れですか!」
「はあ、はじめての経験です」
「九条さん人間らしいじゃないですか!僕応援しますよ!」
この上司ときたら、呆れ返るほど人間離れした天然男だ。それが誰かに一目惚れするなんて、可愛いところあるじゃないか!伊藤は鼻息荒くして思う。
「名前とか聞かなかったんですか!?」
「聞いてません」
「でも同じマンションですもんね?」
「ええきっと」
「どんな人なんですか、綺麗系?可愛い系?芸能人で言うと??」
矢継ぎ早にされる伊藤の質問に、九条氏は腕を組んで考え込む。
「綺麗…」
「おお!」
「ではなく」
「あれ」
「可愛い…」
「おお!」
「でもなく…」
「…はあ」
「芸能人でいうと…泉ピ○子に似てました」
「…………」
伊藤は長い沈黙を流した後、無言で九条氏の手を握った。そして呟く。
「…九条さん」
「私あんな人好みじゃなかったはずなんですけど。フィーリングですかね」
「風邪だ馬鹿やろー!!」
握った手は酷く熱い。これは39度近くありそうだ。
九条氏は目を丸くして伊藤を見る。
「風邪?」
「重症な風邪です!熱あるでしょ!測らなかったんですか!」
「生憎この人生ほぼ風邪などひいたことなくて…体温計なんて持ってませんし」
「泉ピ○子に一目惚れしないでしょう、歳の差ありすぎですからっ!!」
伊藤は九条氏を無理やり立たせて奥の仮眠室へ連れて行く。ズルズルと引きずられながら、九条氏もついてくる。
「もう!寝ててください!ちょっと僕ポカリとか色々買ってきますから!」
「風邪だったのですか…てっきり恋かと」
「食欲不振!倦怠感!発熱!ただの風邪!僕嫌ですよ九条さんと泉ピ○子の恋応援するの!!」
「まあ、私も流石におかしいと思ってたんですけど」
「この人はほんと…もういいから寝ててください」
伊藤は乱暴に毛布を被せると、九条氏を寝かせた。
どうなってるんだ、この事務所の責任者は。
恋を純粋に応援しようとした自分の時間を返してほしい。
伊藤は頭を抱えた。
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