視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

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目覚めない少女たち

音楽室

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 夜更け。

 真っ白な壁をした校舎は暗闇からぽっかり浮いているように存在していた。数多くの窓ガラスから灯りが漏れている。誰もいなくなったはずのそこに、一つ影が揺れる。

 部屋の前には『音楽室』と記されていた。

 中は別段変わった様子はない音楽室だった。王道の黒いグランドピアノは鍵盤蓋がしっかり閉じられている。やや古びた椅子や机、背後には数多くの楽器がひっそりと収納してあった。明るい時間なら、ここに美しい音色や歌声が響いているだろうに。

 真っ暗なその部屋に、のそのそと緩慢な動きで影が動く。

 それは普段生徒たちが笑顔をたやしながら座るであろう机に躊躇なく登り、手に持っていた紐を天井からぶら下げた。

 その紐の先端は『輪』が作ってあった。両手でしっかりその輪を握りしめると、自分の頭部をそこに差し込む。それから数十秒。

 沈黙が流れた後、足元の机を蹴り上げた。支えとなる紐一本が首を締め付け、声にならない苦しさが襲ってくる。それを象徴するように、何もなくなった足元はジタバタと激しく足掻いた。紐が軋む音が僅かに聞こえる。

 次の瞬間、突如その首吊り行為に近づく影が現れた。軽やかで目にも止まらぬ速さだった。素早い動きで軽々と机の上に飛び乗ると、暴れ回っている者にたじろぐこともなく手に持っていたカッターナイフで目の前の紐を思い切り切った。

 支えだった紐が切られ、ぶら下がっていた体は床に落下し強く体を床に打ちつけた。長い髪とプリーツのスカートが広がっていた。




 ふう、とため息が漏れる。

 出入り口でその光景を見守っていた私はただ黙って床に落ちた女生徒と、まだ机の上で立ったままの九条さんを見比べた。

 とても骨の折れる行為だった。

 どこに現れるか分からない首吊りの霊を探し出し、自殺する瞬間それを阻止してみる。九条さんが提案した方法は大変時間と労力を要されるものだった。

 一体何日かかってしまうのだろうと私は心配していたが、九条さんは断言した。『きっとそう時間はかからないはずですよ』と。

 彼の言う通り、探し出して1日目に発見することができた。ただ、今はもう夜中三時。何時間も歩き回っての結果だったが……。

 手に持つカッターナイフをそっとポケットにしまう。いつもぼうっとしてる九条さんが、この音楽室をみた瞬間中に走り込んで机の上に飛び乗ったのに唖然としてしまった。その機敏さ、日常生活で1%でいいから出せないものか。

 私はそろそろと中に足を踏み入れる。床に寝そべったままの女生徒は未だピクリとも動かなかった。

 九条さんがひょいと机から飛び降りると、彼女に言った。

「よほど死にたいんですね」

 ピクリと肩が揺れる。

「これほど何度も自殺を試みて、あなたが死にたいと願っていることはよくわかりました。
 でも、死ねませんよ。あなたは生きているからです」

 九条さんの言葉が聞こえているのは明確だった。彼女はゆっくりした動作で上半身を起こしていく。私は次第に見えたその顔を見て、やっぱり、と再確認した。

 私が見た時は死後の顔だったためかなり恐ろしい形相となっていたが、今はまるで普通の少女だ。

 彼女———木下ちかさんは、無表情でどこかを見ていた。

 一番最初に眠り始めた少女だった。SNSで友達がいない事を嘆いていた彼女。今病院で眠っているはずのちかさんは、今目の前にいる。

 九条さんはじっとその子を見さげて続ける。

「あなたは死ねません。あなたの体はここにはないからです。
 そして何より、『死にたいけど死にたくない』と自分自身複雑な気持ちを抱いているからですよ」


 
 木下ちかさんは、恐らく私たちのような人とは違う摩訶不思議な能力を持っているのだろう、と九条さんは言った。

 それを本人が自覚しているかどうかは分からない。もしかしたら潜在的にある力かもしれない。しかし、一般人にはない何かを持っているのは確実だと断言していた。

 友達ができないことを思い悩んで死んでしまいたいと強く願っていたちかさん。死にたい、でも死にたくないという思春期にありがちな複雑な思いが、彼女を夢の世界へと連れて行ってしまった。一種の逃避だったのかもしれない。

 本体のちかさんは眠ったまま、彼女はそれに気づかず何度も自殺を試みた。ただ、場所ややり方に統一性がなく、さらにはここまで人に目撃されるように実行していたのは無意識に働く『死にたくない』の気持ちのせいではないかと九条さんは仮説を立てた。

 つまり、誰かに止めて欲しいのではないのか。

 死にたいけれど誰かに止めてほしいという正反対の気持ちがあるのは私は理解できると思った。元々友達が欲しかっただけなのだ、誰かに注目されたいと願っていたのだろう。もしかしたら、止めてもらうことで自分の存在に意義があるのだと確認したかったのかもしれない。

 だから九条さんは彼女の自殺を食い止めてみようという突拍子もない事を言い出した。相手が死んだ霊ではないからこそできる手法。

 これで本当に問題が解決できるかは断言できないと九条さんは言っていた。それでも、試してみる価値はあると。

 ちかさんが眠った後に同じような被害者が出たのは、やはり同じ悩みを持つ同士波長が合ったからだろう。ちかさんも仲間が欲しいと思っていたからかもしれない。きっと彼女の持つ不思議な能力が周りにも影響してしまった。

 ……これは私の考察だけれど、他の子達はきっと幸せな夢を見ているんじゃないのかなあ。

 私も夢の中で現実ではありえない幸せを味わって、途中まで時間が止まればいいのにとすら思っていた。幸運にもそれが夢だと気づいたから現実に戻ってきたけれど、気づかなければずっと眠ったままだったのかも。

 辛い現実から逃げてしまいたい少女が、夢の中で偽物の幸せを見つけて暮らしているのか――




「木下ちかさん。あなたの持つ紐は私がナイフで切りました。これでもう自殺はできませんよ。もう自分の体に帰る時間です」

 九条さんの言葉に、ちかさんは何の反応も示さなかった。ただぼうっとした目でどこかを眺めている。今までとは違うパターンに、九条さんも困ったように一瞬眉を顰めた。
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