視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

文字の大きさ
78 / 450
目覚めない少女たち

私には、わかる

しおりを挟む
『死んだ霊相手ではないことなんて、初めてなんです』

 ここにくるまでの間、九条さんはそう言っていた。どこか楽しげで、困っているようにも感じる表情だった。

 今までは全て、当然のように死んでからもこの世に居続ける魂相手に依頼をこなしてきた。九条さんはそういった相手と会話をするのが長所なのだし、それを活かして事件を解決してきたのだ。

『しかし今回は、本体は生きているというまた変わった現象なので、まず第一に私の声が届くかもよくわかりません』

『確かにそうですね……』

『とにかく、この終わりのない自殺の連続を断ち切って状況を変えてみる必要はあると思っています。本人もきっとそれを望んでいるはず。これだけ多くの人たちにアピールしながら首吊りするんですからね』

 あの言葉通り、九条さんは見事自殺を食い止めてみたわけだけれど、未だちかさんが満足しているような顔は見えなかった。床に力なくへたり込んでいるちかさんの顔にはまるで活力がない。

 九条さんはさらに声をかけた。

「分かってらっしゃいますか。あなたは死んでいない。そして、自覚があるのか無いのか分かりませんが、他の方も巻き込んで眠りについているのですよ。
 ここで彷徨って死に続けても苦痛が繰り返されるだけ。体に還ってはどうですか」

 恐らく。ちかさんは九条さんの言葉が聞こえているのだと思う。

 それは無表情なりに、時々見せる僅かな体の動きから察することができる。彼女の耳には届いているはずなのだ。しかし、彼女はゆっくりと俯き顔を伏せてしまった。

 全く手応えを感じない様子に、九条さんはやや天井を仰いだ。次にどんな手を打とうか考えているのかもしれない。

 じっとその様子を見ていた私は、無意識にちかさんに近づいた。そして少し距離をとりつつも、彼女の隣に行くとゆっくりと床にしゃがみ込んだ。九条さんは私を止めることもなく、無言でこちらを眺めている。

 声をかけようとして一旦飲み込む。何を言いたいのかなんてわからないし、言って意味があるのかもわからない。

 ……それでも。

「私も……友達が一人もいないんです」

 ポツリと言った。

 自分に霊と会話する能力がないのは承知だった。それは九条さんの特技であって、私はみる専門なのだが。

 それでも、彼女に声を掛けずにはいられなかった。なぜなら、ちかさんの気持ちがよくわかるからだ。

「学生時代、移動教室も一人だったし、休み時間も一人で過ごしたし、いい思い出なんか何もありません……。でも、家族だけは私のそばにいたから」

 思い出せる学生時代の思い出はそんなものばっかりだった。

 なんとか卒業まで迎えられたことに安心した。勉強だってスポーツだって得意ではなかったし、学校という存在意義がわからなかった。

 でも母だけは。理解のある母だけは、私の味方だった。

 ちかさんの顔を覆っている黒髪を、そっと指先で上げる。白い横顔があらわになった。その目はどこか寂しげにも見える。

 彼女はゆっくりと私の方を見た。虚な目に自分の輪郭が映り込む。恐怖心などなく、ただ哀れだと思った。

「今は少しだけ成長して、私を理解してくれる人たちと過ごせています。結構、楽しいです」

「…………」

「現実に戻っても楽しいことなんてない、と思ってるのかもしれません。でも、夢は所詮夢です。夢の中でどんなことをしても何が起こっても、それは幻です。
 夢から覚めてみてはどうですか。もし私なんかでよければ、友達になりましょう」

 辛い時間は永遠のように長い。痛いほど分かる。

 逃げ出したい気持ちも、現実に嫌気がさす気持ちも十分に分かる。

 そんな私だからこそ伝えたい。今、なんとかそこそこ幸せにやってますよ、って。

 家族もいないし友達と呼べる人もいないけど、いつだって明るくて一緒にいて楽しい伊藤さんがいて、凄く変な人だけど片想いしちゃってる九条さんがいる。二人とも、私の人生や能力を知った上で受け入れてくれてるから。

 これは最高に「幸せ」なんだ。

「……シイ」

 はっと目を丸くする。ほとんど動かないちかさんの唇から、言葉が漏れたのだ。私はぐっと耳を寄せて集中する。

「さみ、しい」

 彼女は小声ながらもはっきりとそう言った。その表情を見ると、どこか苦しそうな顔をしているように思えた。

 ぐっと涙が出そうになる。それは以前、私も自ら命を絶とうとしていた頃を思い出したからだ。

 あの時も私は寂しかった。親も友人も恋人もいない世界があまりに寂しくて、死んでしまおうと決意したんだった。

 ついに頬に涙が溢れたのもそのままに、私は頷いた。

「私も死のうとしたから気持ちはわかります。でも今、あの時死ななくてよかったって実感してるんです。ちかさんにもそんな人生が待ってるかもしれない」

 私はそっとちかさんの首元に手を伸ばした。未だその細い首に巻きついたままの紐を解いていく。痛々しい赤い線が肌には残されていた。

 そんな傷を指先でさすり、私は微笑み掛ける。

「大丈夫。きっと大丈夫だから。
 ちかさん、起きましょう。もう十分、寝ましたよ」

 私がそう言うと、彼女の黒い瞳が揺れた。活力のなかったその顔に、赤みが刺してくるように思えた。

 ようやく解けた紐を回収し、手に握る。

「この紐はもう使い物になりませんね。私が処分しておきます。どうか元のちかさんの姿で会いましょう。そして私と話しましょう。待っています、必ず」

 そう発言した途端、風も吹いていないのに、ふわりとちかさんの黒髪が靡いた。あっ、と思った瞬間、突如その体は跡形もなく消滅してしまったのだ。

 私の右手には、一本の紐だけが残っている。
しおりを挟む
感想 53

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。