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真夜中に来る女
交渉成立、らしい
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てっきり九条さんは電話中なのだと思って静かに足を踏み出したが、彼は何も持たずソファに座っていた。
「あ……れ、電話出ませんでしたか?」
「ああ、もう終わりました。今日の午後にでもうちの事務所に来ます」
「へ! もう交渉成功ですか!?」
朝比奈さん、と言っただろうか。話に聞く限りすごい実力者であまり依頼も受けないという人への交渉、こんな短時間で終わるとは。
私はお盆を九条さんの前に置いて自分も腰掛ける。
「ありがとうございます」
「すぐに来てくださるんですね……九条さんお友達とかなんですか?」
「……まあそんなところです」
変に空いた間が気になったが、別に深くは突っ込まなかった。それより、とにかく早く朝比奈さんという方が来てくれることに安堵する。大川さんたちの身が危険だものね。
作った味噌汁を手に取り啜りながら私は考えた。
どういう人なんだろう……そんなに有名な除霊師の人って。
頭に思い浮かぶはどうしてもテレビで見るような人物ばかりになる。数珠をもったおばさまとか、どこか怪しげなおじさまとか。あと除霊ってどうやるんだろう。お坊さんじゃないからお経は唱えないだろうし、なんか呪文だとか……?
九条さんがいうのだから実力は本物だろう。そんな人の除霊を見学できるのは、不謹慎だが少し楽しみでもあった。
「それにしても……あれすごかったですねえ……」
ぼんやりと呟く。あの家ではそんな話をすることすら駄目な気がした。隣の九条さんは焼きおにぎりを手に持って食べている。また口の端にご飯粒ついてるけど、どう食べたらいつもそうなるの。作法は至って変じゃないのに。
パソコンを見ていた伊藤さんが振り返る。
「そんなになんだ? あ、あの家について調べましたけどやっぱり変な情報は何一つありませんし、大川さん親娘も至って普通の方達でしたよ。ちゃんと会社に勤めて働いてるし」
九条さんはじっとおにぎりを見つめながらいう。
「そうですか……あの二人はなぜあんなものに取り憑かれているのか。波長が合うとかで連れてくるレベルではありませんからね」
「お二人は何も心当たりがないっておっしゃってましたね……」
「私は基本霊はシルエットとして姿が見えますが、あまりに強力だったせいか今回はその全貌が見えましたよ」
「あ、そうだったんですか!」
その姿を思い出して身震いする。すりガラス越しであの恐怖、もし直接見てしまったらと想像するだけで怖すぎる。
伊藤さんがまた声を上げた。
「え、それって相当強いってことですよね。ちなみにどんな姿だったんですか」
「簡単に言えばハンプティダンプティに似てます」
九条さんの口から出た例えを聞いて、私はつい味噌汁を吹き出しそうになった。ハンプティダンプティって! 慌てて口を押さえながら彼を非難した。
「ちょ、ちょっとやめてくださいよ、そんな可愛いものじゃなかったじゃないですか!」
笑い出してしまいそうな私を、彼はキョトンとしてみる。
「まず第一にハンプティダンプティを可愛いと思っているあなたに驚愕しています」
「え、可愛くないですかあれ」
「光さん結構趣味変わってるんですね」
「ええ自覚あります(男の趣味もね)」
目を座らせて答える。変わり者ナンバーワンの九条さんに言われるなんて光栄なことだ。
だがしかし、おかげさまでさっきまで思い出してはぶるぶる震えていた恐怖がほんの少し和らいだ。ハンプティダンプティとは似ても似つかない恐ろしい姿だったけれど、それくらい思っておかないとこちらの精神状態が危うくなりそうだ。私もハンプティダンプティと思うことにしよう。
伊藤さんが離れたところで嫌そうに顔を歪める。
「こういう時、僕はみえなくてよかったとつくづく思いますよー……光ちゃんも笑えるくらいなら強くなったね」
「いや、実際その時は震えて動けませんでしたけど……」
「だって帰ってきた時二人とも顔色悪かったもん。徹夜明けってのもあるだろうけどね。朝比奈さんが来るまで時間あるみたいだから二人とも寝ててくださいねー。時々大川さんたちには電話かけて変わったことがないか聞いてみます」
私はおにぎりを手に持って小さく頬張った。やはり食欲はないが、醤油の香ばしい香りは少しだけ気分を落ち着かせた。
午後ならばそれなりに時間はあるが、自宅に帰る勇気は持ち合わせていない。あんなものを見た後で一人きりになるなんて……久々に近くの銭湯にお世話になろうと心に決めた。
お腹を満たした私たちは各々休みだした。九条さんはいつもの黒い革のソファに寝そべり死んだように眠り、私は急いで入浴だけ済ませてくると仮眠室ですぐに寝入った。
目が覚めた時、枕元の携帯を見てみれば時刻はもう16時だった。
驚いて硬いベッドから飛び起きてみるも、事務所の方は静かだった。多分朝比奈さんという方はまだみえていないようだ。
ほっとしてベッドから足を下ろしまだ眠い目を擦る。銭湯から帰ってきてすぐに寝てしまったため、顔は化粧も施していなかった。依頼者の方に会いにいくので一応軽く化粧でもしようか、でも真夜中まで、いや明日の朝まで落とせないだろうし肌に悪いよなあ……。
こういう時化粧なんてものがいらない九条さんが羨ましい。男性であることはもちろん、彼は肌も綺麗で
顔立ちも奇跡のように整っているから不要だ。生まれ持った才能ってずるい。
私はとりあえず事務所の方へ出てみる。薄いカーテンを開けると、相変わらずソファからは九条さんの足が飛び出しており、伊藤さんはデスクに座ってパソコンを見ていた。
「あ、おはよ! まだ寝てていいよ、その時になったら起こすからさ」
私に気づいた伊藤さんが笑いかけてくれる。つられて頬を緩めながら頭を下げた。
「ありがとうございます。まだいらっしゃらないんですね、朝比奈さんという方」
「だねえ、まあ忙しいのかもね。有名な人だし」
「そうか……そんなに凄いかたなんですね、私全然知らなくて」
除霊のスペシャリスト、という感じか。テレビや映画で見ても、実際そんな人と会うなんて初めてだ。私みたいに視える人だって九条さん以外見たことない。少しワクワクしてしまっているのは否めない。
そんな私をよそに、伊藤さんが体ごとこちらを向いた。どこか困ったような表情をしているのに気がついて、首を傾げる。
「伊藤さん?」
「えーとさ、言おうか迷ってたんだけど、朝比奈さんってさ……」
ややボリュームの小さな声が響いている最中だった。事務所の扉がノックもなしに突然勢いよく開かれたのだ。私と伊藤さんはびくっと驚いて出入り口を振り返る。
「あ……れ、電話出ませんでしたか?」
「ああ、もう終わりました。今日の午後にでもうちの事務所に来ます」
「へ! もう交渉成功ですか!?」
朝比奈さん、と言っただろうか。話に聞く限りすごい実力者であまり依頼も受けないという人への交渉、こんな短時間で終わるとは。
私はお盆を九条さんの前に置いて自分も腰掛ける。
「ありがとうございます」
「すぐに来てくださるんですね……九条さんお友達とかなんですか?」
「……まあそんなところです」
変に空いた間が気になったが、別に深くは突っ込まなかった。それより、とにかく早く朝比奈さんという方が来てくれることに安堵する。大川さんたちの身が危険だものね。
作った味噌汁を手に取り啜りながら私は考えた。
どういう人なんだろう……そんなに有名な除霊師の人って。
頭に思い浮かぶはどうしてもテレビで見るような人物ばかりになる。数珠をもったおばさまとか、どこか怪しげなおじさまとか。あと除霊ってどうやるんだろう。お坊さんじゃないからお経は唱えないだろうし、なんか呪文だとか……?
九条さんがいうのだから実力は本物だろう。そんな人の除霊を見学できるのは、不謹慎だが少し楽しみでもあった。
「それにしても……あれすごかったですねえ……」
ぼんやりと呟く。あの家ではそんな話をすることすら駄目な気がした。隣の九条さんは焼きおにぎりを手に持って食べている。また口の端にご飯粒ついてるけど、どう食べたらいつもそうなるの。作法は至って変じゃないのに。
パソコンを見ていた伊藤さんが振り返る。
「そんなになんだ? あ、あの家について調べましたけどやっぱり変な情報は何一つありませんし、大川さん親娘も至って普通の方達でしたよ。ちゃんと会社に勤めて働いてるし」
九条さんはじっとおにぎりを見つめながらいう。
「そうですか……あの二人はなぜあんなものに取り憑かれているのか。波長が合うとかで連れてくるレベルではありませんからね」
「お二人は何も心当たりがないっておっしゃってましたね……」
「私は基本霊はシルエットとして姿が見えますが、あまりに強力だったせいか今回はその全貌が見えましたよ」
「あ、そうだったんですか!」
その姿を思い出して身震いする。すりガラス越しであの恐怖、もし直接見てしまったらと想像するだけで怖すぎる。
伊藤さんがまた声を上げた。
「え、それって相当強いってことですよね。ちなみにどんな姿だったんですか」
「簡単に言えばハンプティダンプティに似てます」
九条さんの口から出た例えを聞いて、私はつい味噌汁を吹き出しそうになった。ハンプティダンプティって! 慌てて口を押さえながら彼を非難した。
「ちょ、ちょっとやめてくださいよ、そんな可愛いものじゃなかったじゃないですか!」
笑い出してしまいそうな私を、彼はキョトンとしてみる。
「まず第一にハンプティダンプティを可愛いと思っているあなたに驚愕しています」
「え、可愛くないですかあれ」
「光さん結構趣味変わってるんですね」
「ええ自覚あります(男の趣味もね)」
目を座らせて答える。変わり者ナンバーワンの九条さんに言われるなんて光栄なことだ。
だがしかし、おかげさまでさっきまで思い出してはぶるぶる震えていた恐怖がほんの少し和らいだ。ハンプティダンプティとは似ても似つかない恐ろしい姿だったけれど、それくらい思っておかないとこちらの精神状態が危うくなりそうだ。私もハンプティダンプティと思うことにしよう。
伊藤さんが離れたところで嫌そうに顔を歪める。
「こういう時、僕はみえなくてよかったとつくづく思いますよー……光ちゃんも笑えるくらいなら強くなったね」
「いや、実際その時は震えて動けませんでしたけど……」
「だって帰ってきた時二人とも顔色悪かったもん。徹夜明けってのもあるだろうけどね。朝比奈さんが来るまで時間あるみたいだから二人とも寝ててくださいねー。時々大川さんたちには電話かけて変わったことがないか聞いてみます」
私はおにぎりを手に持って小さく頬張った。やはり食欲はないが、醤油の香ばしい香りは少しだけ気分を落ち着かせた。
午後ならばそれなりに時間はあるが、自宅に帰る勇気は持ち合わせていない。あんなものを見た後で一人きりになるなんて……久々に近くの銭湯にお世話になろうと心に決めた。
お腹を満たした私たちは各々休みだした。九条さんはいつもの黒い革のソファに寝そべり死んだように眠り、私は急いで入浴だけ済ませてくると仮眠室ですぐに寝入った。
目が覚めた時、枕元の携帯を見てみれば時刻はもう16時だった。
驚いて硬いベッドから飛び起きてみるも、事務所の方は静かだった。多分朝比奈さんという方はまだみえていないようだ。
ほっとしてベッドから足を下ろしまだ眠い目を擦る。銭湯から帰ってきてすぐに寝てしまったため、顔は化粧も施していなかった。依頼者の方に会いにいくので一応軽く化粧でもしようか、でも真夜中まで、いや明日の朝まで落とせないだろうし肌に悪いよなあ……。
こういう時化粧なんてものがいらない九条さんが羨ましい。男性であることはもちろん、彼は肌も綺麗で
顔立ちも奇跡のように整っているから不要だ。生まれ持った才能ってずるい。
私はとりあえず事務所の方へ出てみる。薄いカーテンを開けると、相変わらずソファからは九条さんの足が飛び出しており、伊藤さんはデスクに座ってパソコンを見ていた。
「あ、おはよ! まだ寝てていいよ、その時になったら起こすからさ」
私に気づいた伊藤さんが笑いかけてくれる。つられて頬を緩めながら頭を下げた。
「ありがとうございます。まだいらっしゃらないんですね、朝比奈さんという方」
「だねえ、まあ忙しいのかもね。有名な人だし」
「そうか……そんなに凄いかたなんですね、私全然知らなくて」
除霊のスペシャリスト、という感じか。テレビや映画で見ても、実際そんな人と会うなんて初めてだ。私みたいに視える人だって九条さん以外見たことない。少しワクワクしてしまっているのは否めない。
そんな私をよそに、伊藤さんが体ごとこちらを向いた。どこか困ったような表情をしているのに気がついて、首を傾げる。
「伊藤さん?」
「えーとさ、言おうか迷ってたんだけど、朝比奈さんってさ……」
ややボリュームの小さな声が響いている最中だった。事務所の扉がノックもなしに突然勢いよく開かれたのだ。私と伊藤さんはびくっと驚いて出入り口を振り返る。
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