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真夜中に来る女
すりガラスの向こうに
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私は掴んだ細い手首をぐいっと手前に引き寄せる。バランスを崩しよろめいた八重さんを抱きかかえるようにして支えた。
その途端、ぶわっと鼻がもげてしまいそうな程の異臭に包まれる。
八重さんはただキョトンとして私の顔を見上げていたが、私は厳しい目でじっと目の前の扉を見た。
「ちょっと、開けてー」
まさこさんの声がする。
ショートカットの髪に低い背。映るシルエットは紛れもなくまさこさんだった。
それでも、
それを支える彼女の二本の足は、
今にも折れそうだ。
「? くろしまさ」
「しっ!」
私はしっかり八重さんを抱きしめたまま言葉を制する。バクバクと鳴り出した心臓を必死に抑え、なんとか冷静になろうとつとめた。
ここにいてもだめだ。私には何をすることもできない。
私は目の前のまさこさんから視線を逸らさないまま八重さんの体をゆっくり引く。私の異変に気づいている八重さんは無言でそれに従った。二人でじっくり後退りしながら廊下を進む。
「ねえー? 開けてよー」
「…………」
「おねがーい、開けてー」
「…………」
「手がふさがってるのおー」
ただ二人で足音を立てないように玄関から離れていく。手のひらにじっとりとした汗をかきながら、私はただひたすら八重さんから手を離さず居間まで戻る。
あと少しで居間へつく、という時、遠目に見えるまさこさんの声色が変わり、抑揚のない言い方で呟いた。
「なんであけてくれないの」
リビングへ入った瞬間扉を閉め、慌ててポケットに入っていた携帯を取り出して九条さんへ電話をかけた。
玄関とは違い、ここはあの匂いがなかった。恐らくだが、扉を開けてはいないから女が入ってくることはないだろうと思う。今までも玄関さえ開けなければあの女は帰っていったのだ。
それでもやつは確実に変わっていってる。夜中しか訪問しなかったのにこんな真昼に現れ、そして出かけているまさこさんの姿に変えてきたのだ。詳しいことは私ではわからないが、とにかくよくないことだと思った。
しばらくコール音が響いたあと、九条さんではなく麗香さんの声が響いた。九条さんは運転しているのかもしれない。
『はあい?』
「れれ、麗香さんですか!? い、いま、来たんですあの女……!」
『あら。もう待ちきれないってわけね。戸は開けてないわよね?』
「な、なんとか……今買い物に出かけているまさこさんの姿だったから、開けようとしちゃったんですけど、かろうじて……」
『よく気づいたわね。招いてないなら大丈夫よ。でも玄関には近寄らないで。もう少ししたら帰るから待ってて』
「は、はい……」
『念のため八重さんを一人にしちゃだめよ。リビングからは出ないで』
麗香さんはそれだけ言うと電話を切った。私が振り返ると、ガタガタと震えている八重さんが立ったままこちらをみていた。
私は慌ててキッチンに入り塩を瓶ごと手に持ち、八重さんの側にいった。私が塩を持ったところで麗香さんとは違いなんの役にも立たないだろけれど、気休めでも持っていたかった。
彼女の肩をぎゅっと抱きしめる。
「戸を開けてないなら大丈夫ですって……! もう麗香さんたち帰ってくるみたいですから……!」
「は、母はどうしたんでしょうか……」
「え、っと、多分化けてただけだからまさこさんの身に何かあったわけじゃないと思うんですが……そうだ、一応一人で家に入らず、麗香さんたちの帰宅を外で待っててもらいましょうか」
八重さんは頷くと、近くから携帯を取り出しまさこさんに電話をかけた。すぐに相手は電話に出たようで、八重さんはことの始終を震えた声で話す。
まさこさんの無事に安堵したのか、彼女は少し落ち着きを取り戻したが、電話を切ったあとさめざめと泣き出してしまった。
「どうしてこんなことに……私が何をしたっていうんでしょう……」
大粒の涙を頬に流す彼女を、私はただ無言で抱きしめることしかできなかった。
その途端、ぶわっと鼻がもげてしまいそうな程の異臭に包まれる。
八重さんはただキョトンとして私の顔を見上げていたが、私は厳しい目でじっと目の前の扉を見た。
「ちょっと、開けてー」
まさこさんの声がする。
ショートカットの髪に低い背。映るシルエットは紛れもなくまさこさんだった。
それでも、
それを支える彼女の二本の足は、
今にも折れそうだ。
「? くろしまさ」
「しっ!」
私はしっかり八重さんを抱きしめたまま言葉を制する。バクバクと鳴り出した心臓を必死に抑え、なんとか冷静になろうとつとめた。
ここにいてもだめだ。私には何をすることもできない。
私は目の前のまさこさんから視線を逸らさないまま八重さんの体をゆっくり引く。私の異変に気づいている八重さんは無言でそれに従った。二人でじっくり後退りしながら廊下を進む。
「ねえー? 開けてよー」
「…………」
「おねがーい、開けてー」
「…………」
「手がふさがってるのおー」
ただ二人で足音を立てないように玄関から離れていく。手のひらにじっとりとした汗をかきながら、私はただひたすら八重さんから手を離さず居間まで戻る。
あと少しで居間へつく、という時、遠目に見えるまさこさんの声色が変わり、抑揚のない言い方で呟いた。
「なんであけてくれないの」
リビングへ入った瞬間扉を閉め、慌ててポケットに入っていた携帯を取り出して九条さんへ電話をかけた。
玄関とは違い、ここはあの匂いがなかった。恐らくだが、扉を開けてはいないから女が入ってくることはないだろうと思う。今までも玄関さえ開けなければあの女は帰っていったのだ。
それでもやつは確実に変わっていってる。夜中しか訪問しなかったのにこんな真昼に現れ、そして出かけているまさこさんの姿に変えてきたのだ。詳しいことは私ではわからないが、とにかくよくないことだと思った。
しばらくコール音が響いたあと、九条さんではなく麗香さんの声が響いた。九条さんは運転しているのかもしれない。
『はあい?』
「れれ、麗香さんですか!? い、いま、来たんですあの女……!」
『あら。もう待ちきれないってわけね。戸は開けてないわよね?』
「な、なんとか……今買い物に出かけているまさこさんの姿だったから、開けようとしちゃったんですけど、かろうじて……」
『よく気づいたわね。招いてないなら大丈夫よ。でも玄関には近寄らないで。もう少ししたら帰るから待ってて』
「は、はい……」
『念のため八重さんを一人にしちゃだめよ。リビングからは出ないで』
麗香さんはそれだけ言うと電話を切った。私が振り返ると、ガタガタと震えている八重さんが立ったままこちらをみていた。
私は慌ててキッチンに入り塩を瓶ごと手に持ち、八重さんの側にいった。私が塩を持ったところで麗香さんとは違いなんの役にも立たないだろけれど、気休めでも持っていたかった。
彼女の肩をぎゅっと抱きしめる。
「戸を開けてないなら大丈夫ですって……! もう麗香さんたち帰ってくるみたいですから……!」
「は、母はどうしたんでしょうか……」
「え、っと、多分化けてただけだからまさこさんの身に何かあったわけじゃないと思うんですが……そうだ、一応一人で家に入らず、麗香さんたちの帰宅を外で待っててもらいましょうか」
八重さんは頷くと、近くから携帯を取り出しまさこさんに電話をかけた。すぐに相手は電話に出たようで、八重さんはことの始終を震えた声で話す。
まさこさんの無事に安堵したのか、彼女は少し落ち着きを取り戻したが、電話を切ったあとさめざめと泣き出してしまった。
「どうしてこんなことに……私が何をしたっていうんでしょう……」
大粒の涙を頬に流す彼女を、私はただ無言で抱きしめることしかできなかった。
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