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真夜中に来る女
これが愛?
しおりを挟む八重さんは妊娠していた。今現在三ヶ月で、お腹も目立たないので誰も気が付かなかった。
彼女自身、何度か言おうとしたがあえて言う必要もないかと思い私たちに黙っていたらしい。言っても余計な心配をかけるだけだからと。
そもそも結婚のきっかけも妊娠だったそうだ。
『八重さんって、妊娠してるんですかね?』
玄関でしゃがみながら、私はふと思い浮かんだ言葉をそのまま呟いた。背後に立っていた九条さんが目を丸くする。
『……なんと言いました』
『あ、いえ、ふと思っただけで……』
『なぜそう思ったのです』
九条さんが珍しく言葉に被せるようにして尋ねてきた。その表情はずいぶん切羽詰まってるように見えて、私は驚きながらも、目の前に並んでいた靴を指さした。
『八重さん、パンプスが好きだってご自身が作られた靴を色々見せてくれたんです。どれもヒールのある靴でした。八重さんのファッションも確かにヒールが似合う服装じゃないですか』
『私はよくわかりませんが』
『でも、そのヒールたちは靴箱に仕舞い込んで、出ているこの靴はローヒールのものだから……。それに、初めてうちの事務所に来たときも、そしてこの家に来てからも、八重さんはコーヒーとかお茶とかカフェインが入ってるもの飲んでないんです。いつもジュースとかで』
『……妊娠、してる?』
『あっ、私の勝手な憶測だし、こう言う問題はデリケートだから……って九条さん!?』
呼び止める間も無く九条さんは踵を返しリビングへと戻った。そしてストレートに八重さんに、今妊娠しているという事実があるのかと尋ねたのだ。
彼女はそうだと言った。隠してたつもりはなかったけれど、と。
女を家に招き入れた時、八重さんの身代わりに最初は反応したものの、女はすぐに興味を無くした。麗香さんが完璧に作り上げた身代わりをなぜ見抜いたのかと疑問だった。
それは単に、女の狙いは初めから八重さんではなくお腹の中にいる胎児だったからだ。胎児の気を感じないマネキンには興味がなかった。だからあの身代わり計画は失敗に終わってしまった。
八重さんに聞いたところ、彼女の妊娠について知っているのはまさこさんと婚約者の京也さんのみだった。職場の人たちにも、言うより先に女のことでバタついたため誰にも言えていないと。そうなれば、候補者はその二人に絞られる。
ここで肝心なのは、相手が胎児であるということだ。
普通生きている人間に呪詛をかける際、写真や生年月日に名前、髪の毛などの体の一部、もしくはその人が愛用している物を使うことも可能だそうだが、胎児相手には写真しか手段がなくなる。胎児にはまだ名前もないし体の一部を用意することもできない。
お腹のエコー写真を誰かにあげたか。その質問に、八重さんは京也さんの名前を挙げた。少しでも父性を育てるために、今まで撮ったエコー写真は全て京也さんにあげてきたと。
そこで九条さんの中では京也さんが今回の犯人だと確定したらしかった。
京也さんが言っていた『結婚前に片付けなければいけない案件』とは、
胎児を葬ることだった。
「なん、で……」
自分の喉から震える声が出た。目の前が涙でぼやける。
あれだけ京也さんを信じてると言っていた八重さん。この事件が片付いたら二人で暮らしていくんだと言っていた八重さん。そこにはきっと、いずれ新しく迎えるもう一人の家族も含まれていたはずなのに。
なんて、ひどいことを。
「なんで自分の子供をそんなことしたんですか……! あなたの子供でしょう? そんなに八重さんとの結婚が嫌だったんですか!」
つい目の前の男に詰め寄った。後ろから九条さんが肩を掴んで止めに入る。それでも私は止まれなかった。
「ひどい、ひどすぎる! なんで!?」
京也さんはじっと私を色のない目で見つめた。その表情からは感情がカケラも読み取れない。
「僕が八重との結婚を嫌がる? 何を言ってるんですかあなたは」
「え?」
京也さんはゆっくり振り返った。そして、木にもたれ釘と針だらけになっているエコー写真を愛おしそうに撫でた。その光景が異様で言葉を失くす。
「この子はね、八重と僕の結婚を実現化させてくれた天使です。きっと妊娠がなくてはこんなに早く結婚できなかった。八重は本当に素晴らしい人間です、あんなに素敵な女性はこの世にいません」
九条さんがぐっと私の肩におく手の力を強めた。目の前の頭のおかしい男をただ二人で見つめる。
「八重を本当に愛しているんです、誰よりも。誰にも渡したくない!! 結婚して、永遠に僕だけのものにできるんです、こんな嬉しいこと他にないでしょう?」
「…………」
「でも、それでこの子の役目は終わりです。あとは生まれてこなくていいんです。だって、子供なんて生まれたら八重は子供ばかり見てしまうでしょう?
彼女は僕だけ見てればいいんです。他のものに夢中になるなんて考えられない。子供は邪魔です、八重と二人きりの生活に」
光悦の表情で彼はそう言った。
私たちはただエコー写真を撫で続ける男を愕然と見つめた。
狂っている。それだけが分かった。
伊藤さんが、京也さんの愛情が少し度を超えている感じがすると感想を言っていたけれど正しかった。これは異常な愛だ。八重さんを独り占めしたくて、お腹の中にいる自分の子供まで殺そうとする男のどこに正気などあろうか。
これが、愛?
笑わせないでほしい!
私は九条さんの手を強く振り払った。そして一気にあの男に駆け寄ると、その頬を思い切り引っ叩いた。人をこんなに本気で殴れる日が来るだなんて思ってもみなかった。手のひらが熱く痛む。
「光さん」
九条さんが私を冷静に制す。それでも私は京也さんから視線を逸らすことはない。この狂った男のしでかしたことがどうしても許せなかった。
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