視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

文字の大きさ
124 / 450
真夜中に来る女

悲しい結末

しおりを挟む

 

 しん、と長い沈黙が流れる。

 麗香さんがふうーと長いため息をつき、いつもの調子で私たちに振り返った。

「もういいわよ。これで完了。呪詛は終了いたしました、と」

 八重さんがヘナヘナとその場にへたり込んだ。まさこんさが慌てて声をかけるが、本人はただ呆然としていて返事はなかった。

 九条さんも一度大きく息を吐き、地面に置いてあるコンパクトミラーを手に取り麗香さんへ手渡す。

「さすがです」

「呪詛かけてる本人もいないし、呪いの元が手に入ったらこっちのもんよ」

「……そういえば京也さんは。よほど錯乱していたようで、樹海の深いところへ行ってしまいました」

 九条さんが遠くを見つめる。そう、京也さんは女に驚いた後、車の姿も見えるというのに逆方向へ走って行ってしまったのだ。この暗闇の樹海、明かりも持たずにたったひとりで。

 私は慌てて九条さんに言う。

「ど、どうしましょう……!」

「素人が動くのは危険すぎます。すぐに警察に電話しましょう。……幸運にも電波は届くようです」

 ポケットから携帯を取り出して九条さんがすぐに警察に電話をかける。確かに、私たちがこの状況で探しにいけるわけもない。下手に動いてはまずい。

 困ったようにオロオロしている私とは逆に、麗香さんは興味なさそうに九条さんを見ていた。そして思い出したように木に貼り付けてあったエコー写真をゆっくり剥がす。それを見て悲しそうに眉を下げた。穴だらけで、もはや元の姿はまるでわからない状況になっていたのだ。

 それでも麗香さんはそれを持って八重さんの元へいく。未だ立ち上がれずにいる八重さんにそれを差し出した。

「もうこれで女は大丈夫よ」

 八重さんは喜ばなかった。差し出されたそれをしばらく見つめ、ゆっくり手を出して受け取る。呆然としたように穴を見つめた。

 その光景に胸が痛む。

 信じていた婚約者が自分のお腹の子に呪詛をかけていたなんて。あんな恐ろしい人間だったなんて……

 結婚する前に気づけてよかった、なんて安易な励ましは通用しない。

 電話を切った九条さんが携帯をしまいながら言う。

「すぐに警察は来るそうです。ですが捜索は夜明けからになるでしょうね。さて呪詛やあの女についてどう説明すればよいか……」

 考えるように一人話していた九条さんだが、ふと地面に座り込む八重さんに気がつく。そしてゆっくりと足を運んだ。

「大丈夫ですか。床地面に座っては冷えますよ。体によくありません」

 八重さんに向かって話しかけるも、彼女はただぼうっとしていた。その頬は涙でぐっしょり濡れてしまっている。

 まさこさんが着ていたカーディガンを脱いで八重さんにかける。それでも、八重さんは何も反応しなかった。

「……わた、し」
 
 ポツンと小さな声がする。

「信じてたんです……京也のこと……いつだって優しくて、全力で、愛してくれてた……きっと彼と幸せな家庭を築けるって、今の今まで疑わなかった……」

 震える声でそう話す言葉を聞いて、私はついに涙が溢れた。

 愛する人がいなくなる辛さを知っている。

 私もそうだった。

 でも八重さんはそれよりもっともっと辛いはず。今現在妊娠しているのなら、お腹の子は? これからの生活どうしていくのか? あまりに問題が多すぎる。

 信じていた人があんな人だったなんて。今の彼女のショックは計り知れない。

 私は八重さんの隣に移動してしゃがみ込んだ。

「八重さん……」

「見ました? 母も、黒島さんも私を庇ってくれたのに。九条さんも朝比奈さんも女に向かってくれたのに、京也だけ私を置いて逃げたんですよ。

 逃げたんですよ……」

 はは、と乾いた笑みがその口から溢れる。同時に再び両目から涙が溢れ出た。真っ赤な顔をしてまつ毛を濡らす彼女に、かける言葉が見つからない。

 嗚咽を漏らしながら泣く八重さんは、そっと自分のお腹を触った。紺色のカーディガンの下にいる命を撫でる。

「私。本当にこの子産んでいいのかな……」

「! 八重?」

「あんな、あんな恐ろしい人の遺伝子を引き継いでるのよ? 小動物を殺して自分の子供に呪詛をかけるような、そんな人間の子……私たった一人で育てていくの?」

 まさこさんに向かって八重さんは詰め寄った。私は彼女の肩を抱いて止める。

「八重さん、気持ちは分かりますが少し落ち着いて……」

「怖い……怖いんです、私……呪詛をかけたこの子の父親が、かけられたこの子が。自分のお腹の中にいるのは本当に人間なのかななんて、そんなことを思ってしまうんです……!」

 彼女は両手で顔を覆って泣き喚いた。どう答えていいのかがわからず、私も、まさこさんですら押し黙ってしまった。

 八重さんの気持ちがわかる気がした。目の前であんな姿を見せられては。穴だらけのエコー写真を見せられては。こんな風に自分を見失ってしまうのは仕方がないとすら思ってしまう。

「覚悟がないのなら生むのは考え直してください」

 そう抑揚のない言葉が響いた。八重さんの泣き声がピタリと止まる。

 私は慌てて九条さんを咎めようとした。

「くじょうさ……!」

「私は男なので一生経験できませんが。
 子を産む事は命懸けです。
 もしくは産んだ後、子を欲しいと切望する夫婦に預けてください」

「九条さん、八重さんは今……!」

「産むことももちろんですが。子を育てるという気持ちは生半可はものでは成し遂げられません。愛せる自信がないのに育て続けることは誰のためにもならない」

 私は言葉を飲み込んだ。それは彼の言うことがあまりに正論だったからだ。

 私だってまだ経験はしていないから分からないが、彼の言うことは正しい。お産は命がけで、そしてそれ以上に覚悟がいるのは育てること。この国でも親から愛を受けずに悲しむ子供達は多くいる。

 綺麗事では片付けられない問題だ。
 
 八重さんの混乱も十分に理解できるが、九条さんの言いたいこともわかる。

 八重さんは何も言わずに黙って俯いていた。涙はもう止まっていた。

 九条さんはポケットに手を入れたまま立ち八重さんをじっと見つめている。

「……DNAは確かに強いものです。
 ですが私はそれ以上に、育てる者の愛情や生活の環境が重要だと思っていますよ」

 九条さんの言葉の節々に、優しさを感じた。

 隣の八重さんを見る。彼女はじっと黙ったまま、お腹を抱えていた。

 私たち第三者が何かを勧める権利はない。全ては母親である八重さんが決めること。

 無責任に放棄しろとも、大丈夫だよとも言えない。

 でも、伝えておきたいたった一つのこと。

「……八重さん。私は幼い頃両親が離婚して、母一人に育てられました。たくさん愛情をくれた母で、今でも感謝してます。途中辛いこともあったけど、母のおかげで今こうして楽しく生きています。
 今すぐ決めることではありません。八重さんがしっかり考えて、綺麗事抜きで決断してください。でも、周りにいつでも力になる人物がいるのを忘れないでください。まさこさんも、私だって」

 ぴくん、と肩が震える。八重さんが顔を上げた。

 涙に濡れた顔で当たりを見渡す。

 黙っていた麗香さんがツカツカと歩み寄って、八重さんが握りしめていたエコー写真を奪った。

「やっぱりこれは私が預かっておくわ。とんでもない呪詛はかけられてたけど、その力はお腹の子には及んでない。
 最初にも言ったけど愛溢れる家が守ってくれたり、ナオ達が頑張ったりしたからね。この写真見ると色々思い出すでしょ、とりあえず一度検診に行って新たな写真もらってきなさい」

 写真をジャケットのポケットに仕舞い込んだ麗香さんを、八重さんはじっと眺めていた。

 彼女は私たちに何も返事を返さなかった。




しおりを挟む
感想 53

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。