138 / 450
オフィスに潜む狂気
さすがの人望
しおりを挟む社内へ足を踏み入れると、やはり別世界のように感じた。
どこかのテレビドラマで見るような大手企業。自分が普段過ごす世界とは全く違って見えた。みんな忙しそうに足を運んでいる。イキイキした表情の人もいれば、ちょっと疲れてる人。いつも小さな事務所にいる私には新鮮な光景でつい目を輝かせてしまう。
こんなとこに伊藤さんいたんだ……。でも凄く簡単に想像つくな。きっとたくさんの人に囲まれながら笑ってるに違いない。
伊藤さんに案内されるがままエレベーターに乗り込む。三人で上昇していき、ついた階で降りていく。これまた忙しそうに動きまわる人たちの中を通り抜け、『営業部』と書かれた場所へと辿り着いた。
さて。仕事真っ最中であろう部署に入るのはなんとなく緊張してしまうのだが、伊藤さんと九条さんは特にそんな素振りはなく、普段と同じ表情でノックをした。
「失礼しまーす」
明るい声で伊藤さんが扉を開けた。なんとなくドキドキしながら後ろから中を覗き込んだ瞬間だった。
「ああ! 本当に伊藤さんーー!」
中からそんな賑やかな声が溢れかえって、つい面食らってしまった。
わっと男女の嬉しそうな声がこちらに向けて発せられる。伊藤さんはにっこり笑った。
「みなさんお久しぶりです! お元気でしたー?」
そう言いながら中へ足を踏み入れると、多くの人たちが伊藤さんを囲うように集まってきた。私と九条さんはその光景に安易に近寄ることもできず、そのまま廊下に立って様子を眺めていた。
「花田さんから聞いてびっくりしました! 伊藤さんお久しぶりです!」
「伊藤さん変わってない!」
「伊藤さんがまさか来てくれるなんて思ってませんでしたよー!」
次々出てくる嬉しそうな言葉に、私は唖然とした。
……普通、退社した人間が久々に来たからと言って、ここまで盛り上がるだろうか……?
まさに伊藤さんの人望だと思った。最近時々伊藤さんのすごさに引いてしまう自分がいたが、今日もやっぱりそうなってしまう。そういえばいつも初対面である依頼主としか接してるのを見たことがなかった。伊藤さんの昔の同僚、かあ……。
少しの間世間話を交わした伊藤さんは、タイミングを見計らって私たちの方を見た。
「あ、今回の調査は僕って言うよりあの二人がメインですから! 九条さんと黒島さんです」
伊藤さんの紹介を聞いて、その場にいた人たちが一斉にこちらを見てきた。大勢の目に見つめられ萎縮する。が、やはりというか九条さんは普段と変わらない様子で挨拶をした。
「初めまして。九条尚久といいます。今回はこの部署で発生している現象の調査に伺いました。まずは男性の霊を見たことがあるという方々にお話を伺いたいのですが」
いつものペースで早速調査を進めようとする。人混みの奥から、花田さんが慌てた様子で出てきた。そして私たちを中へ促す。
「すみません、九条さん黒島さん、こちらへどうぞ!」
その言葉があってようやく私たちは足を踏み入れた。中の広々としたオフィスの光景が目に入る。
たくさんのデスク、コピー機に積み重なる書類。どこか懐かしい匂いがした気がした。
……私がいた場所とは全然広さは違うけど、やっぱり似たような空気感だなあ……。
ほんの少しだけ心の奥が疼いた。
懐かしさと同時に、昔の思い出が蘇ってくる。
「花田さん、部長とやらはどちらに」
隣の九条さんが尋ねた。チラリと部屋を見渡す。一つだけ特別な位置に配置されているデスクに、今は誰も座っていなかった。
花田さんが苦笑いをする。
「ええと、今は少し席を外していて。すぐに戻るとは思いますけど、その、やっぱりあなた方のことを快くは思っていません。失礼があるかもしれませんが……」
「別に我々はかまいません、慣れていますから」
「すみません、どうぞよろしくお願いします……あ、そうだ、斉木!」
花田さんが思い出したように名前を呼んだ。伊藤さんの周りを囲っていた中の一人がひょこっと顔を出す。ショートカットで小柄な女性だった。
「こっちに来て、九条さんたちにお話を」
斉木さんと言う方は頷いて歩いてくる。その際、少し足を庇うようにして歩いてくる様子に気がついた。もしかして脚立から落ちて捻挫したという人がこの人なのだろうか。
花田さんの声をきいて、人々に囲まれていた伊藤さんも話を切り上げてこちらへ向かってくる。
斉木さんは丁寧にお辞儀をした。
「初めまして、斉木と言います」
私と九条さんも頭を下げた。花田さんが紹介してくれる。
「彼女は例の、資料室で男の霊を見て脚立から落ちてしまった人で……」
やはり。九条さんと二人、自然と視線を下に下ろした。スラックスを履いている斉木さんの足は見ることができなかったが、布の下は手当てが施されているのだろう。
聞いていた伊藤さんが近くにある椅子をさっと引き寄せた。
「斉木さん座って」
「あ、伊藤さんありがとうございます……」
おずおずと腰掛けた斉木さんは、少し恥ずかしそうに私たちを見上げながら口を開く。
「ここから歩いてすぐのところに資料室があるんです。あまり使っていないところでそう広くもありません。その日はたまたま欲しい資料があって、珍しく一人で取りに行きました……」
27
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。