視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

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オフィスに潜む狂気

証言

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①資料室

 資料室はその多さの割に狭くて、棚にぎっしりファイルなどが詰め込まれています。

 時刻は昼過ぎ。明るい時間帯だし、別に気味悪い場所とかでもないです。よくある普通の資料室です。

 一人でそこに出かけて資料を探していました。別に変わったこともなく、目的のものが見つかりました。

 私が欲しいと思っていたそれは一番上の棚に置かれていたので、資料室にあらかじめ置かれている脚立を利用して取り出そうと登ったんです。

 脚立を登りきったちょうど目の前に資料があって、私はそれを棚から抜き取りました。

 そしたら、です。

 私が抜き取ったファイルのせいで出来たほんの数センチの隙間。そこから誰かの目がこちらを見ていたんです。その目とは数十センチの距離。心臓が止まってしまうんじゃないかと驚きました。

 その目はただじっと私を見ていました。黒い瞳孔、目尻の皺、睫毛の一本一本が見えるくらいの距離でしっかり見えました。

 そのまま脚立から落下しました。叫びながら落ちたためすぐに近くにいた人が来て資料室に入ってきてくれて。

 混乱した頭で支離滅裂ながらも今起きたことを説明したら、その人がすぐに確認してくれました。でももうその時には何もなかったみたいで……。

 見間違いはありえないです。確実に人間の目でした。

 それに……あの資料棚は、壁にピッタリくっつけてあるんです。生きてる人間の仕業でもないのは確かです。






「と……いうと、見えたのは霊の顔の一部であって、男性の霊というわけではないかもしれませんね?」

 九条さんが尋ねた。斉木さんは首を傾げながら考える。

「一部、ですけど。でもあれは中年男性だったと私はかんじました」

「中年男性ですか」

「目と、それから眉と、髪の毛も見えたんです。鼻や口元は見えてないけど……ううん、思い込みだと言われればそれまでですけど、私は男の人だって確信してました」

「なるほど……まあ、女性はそういった直感力が強いとは思いますけどね」

 九条さんは頷きながら言う。

 私も斉木さんに質問をぶつけた。

「その見えた霊、どんな感じでした? 細かく教えていただきたいんですけど」

「ええっと……こう、奥二重の目でした。眉毛は無造作な感じで。あとはなんだろう、ええっと、言葉に出そうと思うと難しいですね……」

 唸りながら答えてくれる斉木さんに伊藤さんが言った。

「ううん、小さなことでも大事だから助かりますよ! 髪の毛とかはどうでした?」

「あ、黒髪でした。これもどちらかといえば手入れされてないような髪質だった気が……するんですけど、なんせ一瞬のことですから思い込みもあるかも……」

 至近距離とはいえ一瞬しか見えてない状況でそれだけ覚えていればかなりすごいと私は思う。普通驚きと恐怖でそんなに細かく覚えていない。

 やっぱり人の顔とか覚えるの得意なのかな営業さんって……未知の仕事だからわからない。

 腕を組んだまま九条さんが考え込む。

「まあ性別はともかく、中年という点はおそらく確定でしょうかね。その経験をするまでに変わったことはありませんか」

「ええ、特に。その後も何も見てないし」

「分かりました。ご協力感謝します」

 斉木さんは立ち上がって軽く頭を下げるとそのまま仕事へ戻っていく。話を聞いていた花田さんが、再び声をあげた。

「えーと楠瀬! こっちに! 次が、カッターで怪我を負ってしまった者です。今度は確実に男の霊を見たって本人は言っていました」

 花田さんの声に反応し、一人の女性が近づいてきた。二十代半ばくらいだろうか、髪を一つに束ねたおとなしそうな女性だった。

 やや緊張した面持ちで、楠瀬さんは私たちに歩み寄り頭を下げる。

「初めまして、楠瀬といいます」

「例の件を、九条さんたちにお話しして」

「は、はい……」

 楠瀬さんは先程の斉木さんよりだいぶ緊張しているように見えた。両手をぐっと握って一つ息を吐くと、か細い声で話し出す。私たちも集中してその声に耳を傾けた。





②残業中に

 昼間に仕事のミスに気づいて、残業しているときの話です。時刻は夜の十時頃だったと思います。

 一人、また一人と残業組も帰宅して、私一人残っていました。このオフィスも半分は電気を消灯して、どこか薄暗い中で一人残っていました。

 ちなみに、今までこういう怖い体験をしたことはないです……幽霊とか、むしろ信じてなかったくらいで。

 残業も珍しいことではないし、とにかく早く帰りたい一心でパソコンに集中していました。

 そしてようやく仕事が終わって……ため息をつきながらあとはシャットダウンしようとしたところです。

 どこかでこう……ボソボソとした話し声が聞こえてきした。

 振り返って見渡しましたけど、やっぱりもう私しか残っていませんでした。でもこう、聞こえるんです。低い男性の声が話している声。本当に小さな話し声だったから、何を言っているのは内容までは全然聞き取れませんでした。

 ボソボソ ボソボソ ボソボソ

 その声は例えば廊下で誰かが話しているとか、そういうことではなかった。ものすごく近くで話しているのに、声の主も見えないし何を言ってるのか聞こえない。そんな状況だったんです。

 私は一気に怖くなって。慌ててそばにおいてあるカバンだけ手にしてそこから出ていこうとしたときでした。

 ずっと遠くで喋ってただけの低い声が、突然耳元で聞こえたんです。



『聞こえた?』



 そう、私に尋ねました。

 大声で叫びました。そして持っていたカバンを反射的に振り回したんです。でもカバンが何かにぶつかることはなかった。あの距離の感じなら、誰かがすぐ背後にいたはずなのに。

 パニックになりながら後ろをふりかえりました。今思えばよく背後を確認できたなと思います。

 誰もいませんでした。背後には大きな窓が見えるだけ。夜の窓ガラスに自分の怯えた顔がはっきり映ってました。

 そしてそのガラスに映り込んだ自分の顔のすぐ横に、男性が見えました。

 デスクの上に正座している中年男性。私の顔を覗き込むようにして、目を見開きながらじっとこちらを見ていたのです。

 二度目の悲鳴をあげて走り出しました。その時急いでいたためか転んで。……今思えば、何かに足を引っ掛けたような気もします。

 近くのデスクの上のものを派手にぶちまけながら転びました。その中にカッターがあったらしくて、足を切ってしまったみたいです。

 でもその時は恐怖で気がつかなくて、会社を出てから気がついたんですけどね……。


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