視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

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オフィスに潜む狂気

敵意

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 無意識に近くにあったデスクを見てしまった。この上に正座した中年男性。……想像だけでも不気味すぎる。

 そんなのを一人でみただなんて、不憫に思った。

「なるほど……怪我の具合はどうですか」

 九条さんが尋ねる。

「あ、そんなたいそうなものじゃないです。普通に歩けるし、少し血が出たくらいでしたから」

「そうですか」

「でも本当に怖くって、怖くって、そのせいで少しお仕事休んでしまいました」

「見慣れていない人がそうなるのは致し方ありません。それで、中年男性の特徴について教えていただけますか」

「ええっと……すみません一瞬なのでそううまく言えないんですけど。スーツとかじゃなくて私服でした、普通の……それで、ううんと、何か悲しげに私をみていた感じで。よくいる中年男性です、特に特徴もなくて……すみません」

 消え入りそうな声で楠瀬さんが言った。一瞬の出来事だったろうし、何より恐怖心が大きくてそれどころではないはずだ。こうなってしまうのも仕方がない。

 伊藤さんが励ますように優しく言った。

「そんな怖い状況じゃ詳しく覚えてないの無理ないよね、服装だけでも覚えてたのすごいよ」

「あまりお役に立てず……」

「いやいや、怖かったよね」

 楠瀬さんがほっとしたように微笑む。伊藤さんという緩和剤が本当にありがたい存在となっている。彼が一言フォローするだけでこんなに違うんだもんな。

 楠瀬さんはそのまま仕事へ戻っていった。花田さんは心配そうにこちらを見てくる。

「その、どうでしょうか。九条さんや黒島さんから見て、何かいますでしょうか」

「私は今のところ何も。光さんは」

「私も今特に何も見えません」

「まあ、霊は初めこちらの様子を伺って静かにしていることが多いですから。少し様子見をしましょう。さて……」

 九条さんが考え込むように唸った。

「普段は霊の姿をとらえるため撮影機材を使用するのですが、今回はそうも行きませんね。会社内となれば機密にせねばならない物も多くありますし、それを部外者が撮影するのは流石に」

 そうか、と納得した。確かに、これほど大手の会社の営業部。私たち部外者が入れただけでも信じられないくらいだ、撮影なんてしてはいけないだろう。普段気を遣えないのに九条さんってなんでこんな時だけ気が回るんだろう。

 さらに彼は続けた。

「それに……今の二人の話から、どうやらここに出没する霊は彼らの知らない人間らしいですね。このオフィスに限って出るということで、私は以前勤めていた人や仕事場関係ある人の可能性が高いかと思っていたのですが」

 花田さんが頷いて答えた。

「ええ、確かに、斉木も楠瀬も知らない人だといっていました」

「そうなれば別にここに恨みはないけれど住み着いてるのか、誰かが拾ってきたのか……伊藤さん、とりあえず先程の証言を元に、営業部の人たちに心当たりがないか聞いてみてください。知り合いに最近亡くなった中年男性がいないかなど」

「はーい。聞いてみますね」

「あとはどう攻めようか。泊まり込みの許可は得ていますが……」

 そう九条さんが言いかけた時だった。

 営業部の扉が開いたかと思うと、和やかだった空気感が一気にピリッと固まった。同時にどこか苛立ったような声が響き渡る。

「あーーっ! なんか知らない人間が入り込んでるらしいわね、このクソ忙しい時に馬鹿げてるわ」

 花田さんの表情が一瞬で暗くなる。私たちは顔をあげて声の主をみた。

 五十代ほどの女性だった。髪はセミロングの黒髪、グレーのスーツ。キリッと上がった眉と鋭い目線が、かなり気の強そうなのを証明している。

 その人は遠目からでもわかるほど、私たちに敵意のこもった眼差しを向けていた。

……うそ、もしかしてあれって、部長さん?

 思い込みとは恐ろしい。私はてっきり、手厳しい人という印象から男性を思い浮かべていた。部長さん、女性だったんだ。

 性別に驚くとともに、あまりの威圧感についたじろいだ。まさかこんなあからさまに敵意を向けられるなんて。花田さんが初めあれほど戸惑いながら相談に来た理由がわかる気がした。

 すっかり静まり返った営業部の真ん中を、女性はツカツカと歩いてくる。私は萎縮してしまうが、九条さんと伊藤さんは特に普段通りの表情で彼女を待ち受けていた。

 腕を組んで嫌悪感剥き出しにしながら、彼女は言う。

「あんたたちね? 幽霊騒ぎに便乗して調査だとかをするって言ってるのは」

「初めまして、九条尚久と言います」

「とんだ詐欺集団を招き入れたうちの会社も頭おかしいわね。泊まり込みでやるって? みんな重要書類は全部鍵かけておくのよ、部外者に絶対見られないようにね!」

 唾を飛ばしながらその人は大声で叫ぶ。あまりの言い草にポカンとしてしまった。これは敵意、という単語なんかで済まされない。初対面でここまで棘だらけの言葉を投げつけられた事は未だかつてない。

 花田さんが慌てて言った。

「えっと、こちらが営業部の長谷川部長です……。あの部長、この人たちはそんな詐欺師とかじゃないですよ。以前うちで勤めてた伊藤さんが再就職されてるところで。部長は面識ないと思いますが、すごく期待されてたルーキーって……」

「はあ?」

「みんなの信頼も厚い伊藤さんが勤めてるからお願いしたんです」

 腕を組んだまま、長谷川さんは伊藤さんをジロリと見た。彼は何も怯える様子なく、いつもの穏やかな表情で長谷川さんを見ている。

「ああ……なんか聞いたことあったっけ」

 そう思い出したようにいうと、彼女は鼻で笑った。

「かなりの噂になるほどのルーキーだった人がここ辞めて行き着いた先がそんな胡散臭いところなの? 人間落ちるところまで落ちるものね」

 そう吐き捨てたのを聞いて、あまりの言い草にカッとした。確かに私たちの仕事は、みえない人たちから見れば怪しくみえてしまうことは承知している。それでも、面と向かってこんなことを言うなんて。

「あの……!」

 私が言葉を出そうとしたのを、手首を掴んで止めたのは伊藤さんだった。はっとして隣を見る。彼は普段と何ら変わらない笑顔でそこに立っていた。

 眉一つ動いていない。その涼しげな表情からは余裕しか感じなかった。

「僕たちの仕事をすぐに信じられないのはこちらは承知してますので。でも、僕は誇りを持って勤めてますよ。僕たちを怒らせて撤退させたいのか知りませんけど、ちゃんと誇りがあるからこそ別に怒りもわきません」

 サラサラと述べる伊藤さんを唖然としてみた。怒りがわきまくってしまったんですけど私。伊藤さんはまるで表情を変えていない。

 さらに九条さんが続く。

「まあ、元々私たちのクライアントは花田さんたちなので。あなたに何を言われてもここを撤退する理由になりませんから」

 ようやく悟る。そうか、長谷川さんはあえてこうやって私たちを怒らせようとしたのか……! それでこの件を終わらせるつもりだったんだ。全然そこまで考えが回らなかった自分が恥ずかしくなった。

 長谷川さんはぐっと唇を噛んだ。そしてバカにしたような口調で続ける。

「あっそ。まあ撤退したらせっかく巻き上げるお金もなくなっちゃうもんね。好きにしたら」

 最後の最後まで嫌味を吐き出した長谷川さんはそのまま踵を返して自分のデスクに戻っていく。私たちは無言でその光景を見つめた。

 すごい人だ。あれだけ悪意と敵意に満ちた人、初めてあったかもしれない。
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