視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

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オフィスに潜む狂気

白い手

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 そうしていた時だった。

 突然、トイレ内の電気がバチンと落ちたのだ。驚きでびくっと体が反応する。目の前が真っ暗になり、光に慣れすぎた目では何もあたりが見えない状況になってしまった。

 嘘、停電? それとも、誰かが消した?

 こんな大きな会社でまだ社員も多く残っているのに消すなんてありえない、と考えつつも、さっきの長谷川さんなら嫌がらせで消すかもしれない……と心の中で思ってしまった。

 真っ暗で何も見えない状況だったので、とりあえずポケットからスマホを取り出す。こう言う時、普段使うことのないスマホだけれどやっぱり契約してよかったと思える。

 ライトをつける。ぼんやりとした明かりで周囲が見えた。とりあえず一度外にでようか、と鍵に手をかけた時だ。


 足先から頭の先までぶわっと寒気が走った。


 ピタリと手を止めた。

 空調管理が完璧にされているこの会社内で、額を汗が伝った。寒気があるのに体が火照る。この不気味な感覚を、さすがに私はもう分かっている。

 ……何かいる

 鍵に掛けている手が震えた。このまま開錠して扉を開けるべきか。そして姿を確認……する勇気があるだろうか。

 停電にしては、物音が何一つ聞こえてこなかった。もし会社中が停電になればもっと大騒ぎになっているはずなのに、このトイレは物音一つ響かない。

 スマホのライトが白い丸い円を描いている。それをほんの少し動かして目の前の扉を観察した。この感覚、きっと間近に何かがいる。やっぱりこの扉一枚の向こう側に、男性がいるのだろうか……。

 暴れる心臓を押さえ込む。もう場数はこなしているというのにいまだに慣れない、でも最初みたいに怯えているだけでは何も解決しないのだと学んでいる。

 私はそっと鍵を強く強く握った。そしてそれを開けようとした時、突如背後から大きな音が響いてつい驚きで声が漏れた。

「きゃ!」

 振り返ってスマホを翳す。ライトでぼんやり照らされている先は便器だ、なんてことはない、水が流れたのだ。ようやくセンサーが作動したのだろうか。

 何だ、びっくりした。水の音か……。

 バクバクした心を落ち着かせるように息を吐いた。ライトに照らされた便器は水飛沫を少し上げながら吸い込んでいく。

 ふと、違和感を覚える。

 トイレの水はもうとっくに流し終えているはずだというのに、いまだ派手な音を立てて流れ続けている。吸い込まれるようなゴボボっという音がずっと続いているのだ。水が、止まらない。

 いけない。そう思った瞬間だった。

 突如底から一本の白い腕がすごい速さで伸びてきた。

 同時に自分の喉から悲鳴が上がる。やたら白いその腕は私を掴もうとしっかり開かれて手のひらが見えた。それはとても強い怒りと憎悪が伝わってくる動きだった。

 一瞬の出来事で、驚きと恐怖で全身をこわばらせまるで動けなかった。そして腕が私の目の前に来たのを見て反射的に両目を瞑った。

 ……が、特に何も異変はかんじなかった。

 恐る恐る目を開けた時再び小さく叫んだ。白い手がほんの数センチ前で停止していたのだ。スマホのライトで当てていないけれど、やはりこの世のものではないからかぼんやり認識できた。ただ、先ほどは私を掴もうとしているようにしっかり開かれていたその手は、今は脱力したように垂れていた。

 とま、った?

 そう疑問に思ったが、何よりこの状況から逃げ出すが一番。私は後ろでに扉の鍵をなんとか開けると、一目散にそこから飛び出していった。

 その瞬間眩しさが襲った。光に目が眩んで瞑る。すぐに開眼した時、目の前には知らない女性社員がポカン、とした様子で私をみていた。

「……え、あれ?」

「大丈夫……ですか?」

 トイレ内は電気がしっかり付いていた。この人の様子を見る限り停電していたという様子はなさそうだった。個室からすごい形相で出てきた私を見て不審がっている様子がわかるからだ。

 慌てて後ろを振り返った。そこには水の音なんて一切しない静かなトイレがあった。

……何もいない……。

 浮かんだ汗をそっと拭いた。嫌なものを見てしまった、攻撃しようとしたのかはわからないけど、この霊は何かに対してだいぶ怒っているようだ。それだけは感じ取れた。

「あのう……?」

「あ! すみません、ええと、ゴキブリが出て!」

「きゃあ! それは叫びますね! やだー!!」

 それらしい嘘を言って苦笑いをすると、私はそそくさと逃げるようにそのトイレを後にした。今まで「お願いだからトイレだけは出てくれるな」と祈っていたのにとうとう出てきてしまった。これで用を足さねばならないとき、毎回震えながらトイレにいく羽目になってしまう。



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