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オフィスに潜む狂気
夜の足音
しおりを挟む廊下は消灯され、営業部のオフィスだけが灯りが残されていた。ただそれも半分ほどだけだ。楠瀬さんもやや薄暗い時に霊を目撃したとのことで、私たちもそれに倣った。確かに明るすぎる場所より暗い方が霊が出やすい……と一般的には思う。
営業部のみに現れる怪奇と聞いたので、私たちはひたすらその周辺をみて回った。だが午前零時を過ぎても結局何も見つからないままだった。時間だけがすぎ、疲労感が増す。
何かがいると感じることすらできず、私たちは項垂れながら休憩を挟んだ。
「いませんねえ」
私は自動販売機で購入した飲み物を口にしながら呟いた。適当にそこら辺の椅子を引いて拝借しする。隣に座る九条さんは相変わらず例の棒を食べながら頷いた。
「今のところ感じるものもありません。光さんがトイレで体験しましたし何かいるのは確実なんですがね」
「そうですね、手しか見えてないけど……」
私たちの声と九条さんのポッキーを齧る音だけが響いていた。今はパソコンも電源を切られているし、しんとして誰もいない。無人のオフィスって思った以上に不気味なんだな、と思った。
ふいに九条さんが私に袋を差し出した。
「どうぞ」
「いいです、夜中にポッキーなんて食べませんよ」
「調査が入ると痩せてしまうんでしょう。なら食べておかねば。いつも思ってましたが光さんは少食すぎます」
「九条さんに食事について注意される日が来るとは夢にも思ってませんでした」
目を座らせて答える。まともに食事も取れないくせに、このポッキー星人め。
それでも彼はまるで引かずずいっと袋を差し出してくる。
「私は食べる時はちゃんと食べてますよ」
「私も、調査中はちょっと食欲落ちるだけです。普段夕飯とか結構ガッツリ食べてますよ、どちらかといえばよく食べる方なんですから」
「そうですか。ではポッキー一本ぐらい入りますよね、どうぞ」
まるで引く素振りはない。私は仕方なしに一本抜き取った。もう半年近くこのお菓子ばっかり目にして、ポッキーに罪はないけどもう飽き飽きですよ。
それでも口に入れればやはり美味しい。日本のお菓子は高レベル。もぐもぐしながらぼんやりと言った。
「それにしても伊藤さんが前ここにいたんだなって思うと不思議な感覚です。まあ似合ってはいるんですけどね、事務所で見るのがほとんどだから」
「彼には感謝してます。あなたも彼がいなくてはうちで働いてみようと思わなかったのでは」
突然言われてポッキーを喉に詰まらせた。慌てて持っていたお茶を飲む。
あの事務所に来た日のことを思い出す。九条さんという凄まじい変人さに驚いたのは確かだ。そこへ現れた伊藤さんという清涼剤に癒されたのも確か。九条さんは圧倒的に第一印象が悪いのだ。
「い、いや、別に……確かに初め九条さんに驚きましたけど」
「伊藤さんが来てからかなり依頼も増えましたし、彼の人柄はうちにとってとても大きいです」
「依頼が増えたのはちゃんと事務所の鍵を開けている効果も大きいと思いますが」
「まあこんな大手を辞めてうちに転職してくるあたり彼も相当変人ですけどね」
「ぶはっ。九条さんに変人って言われたらおわりですよ!」
確かに納得だ。色々な面で見ても、ここを辞めてあの小さな事務所に来るだなんて決断なかなか出来ない。そこは伊藤さんさすがだなあ、と思う。
……思うけど、さ。
「……私は今なら少しは分かりますよ。九条さんという人柄を分かった今なら」
大事なとこはちゃんとしてて、憎めない人だから。彼のそばで働きたいという気持ちは理解できる。(とはいえここを辞めちゃうのはやっぱりすごいけど)
私だって、何度九条さんに助けられたか……
ちらりと彼の顔を見ると、目を丸くしていた。何だか恥ずかしいことを言ってしまった気がして視線を落とす。
「あ、いい、いえ、九条さんには命を助けていただ」
「しっ!」
私の言葉に被せるように彼が言った。それを聞いてはっと気が引き締まる。今までの和やかだったムードはどこへいったやら、急に空気が張り詰めた気がした。自然と背筋が伸びる。
しんとした静けさが流れたかと思うと、すぐその後に小さな音が響いた。
ペタ ペタ ペタ ペタ
何かの足音がこちらへ近づいてきているようだった。私と九条さんは動かないままそれに耳を傾ける。
ペタ ペタ ペタ ペタ
例えば見回りに来た警備員だとか。それもありえる。
…………いや
これは素足の音だ。
ゆっくりと九条さんが立ちあがる。私もそれに続いた。二人でなるべく足音を立てないようにそうっと移動する。営業部オフィスの出入り口まで足を運んだ。
足音はどんどん近づいてきている。遅い速度だが確実に、ここを目指してやってきている。
ちらりと九条さんが私を見た。小さく頷いて返す。
彼がドアをそっと開いた。ごくりと唾を飲んだ後、二人同時に廊下へ足を踏み出す。それとともに足音はピタリと止んだ。長く続く暗い廊下に、一人の霊が見えた。
(……この人)
そこにはやはり、男性が立っていた。年は五十代くらいだろうか、白いポロシャツにチノパン、パッと見たら生きている人間と勘違いしてしまいそうなほど普通の出立ちだった。
だが彼は死んでいる。それは一目で分かった。
腹部に刃物らしきものが刺さっていたからだ。
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