視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

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オフィスに潜む狂気

言葉は凶器

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 ピタリと長谷川さんが止まった。ゆっくりと視線が泳ぎ私たちを見つめる。

「……どこで聞いたの」

「答えてください。退職した人間にあんな電話をかける必要がありましたか? その電話を受けた時、のぞみさんは電車を待っていた時です。あなたの電話に出たことで、そのまま飛び込んでしまったのですよ」

 背後から息をのむ声が聞こえてくる。社員たちみんなが私たちの会話に注目していた。長谷川さんは珍しく何も言わずに黙っている。

 九条さんが続けた。

「のぞみさんの霊は拓郎さんのおかげでいなくなりました。でもこれから必要なのは供養です。長谷川さん、せめて心から反省しのぞみさんに深く謝罪してください。あなたの行き過ぎたやり方が一人の、いいえ今回の場合は二人の人生を狂わせたのは紛れもない事実なのです」

 私は祈る気持ちで彼女を見た。

 のぞみさんは確かに消えた。忘れていた家族の存在を思い出して、もう一度前を向こうと決意して眠ってくれた。でも、彼女の心の中には無念さがいっぱいだったのは間違いない。きっと消えきれない怒りと悲しみの気持ちを抱きながら眠ったのだ。

 残された私たちにできることは、せめて少しでも。のぞみさんの無念さを晴らしてあげられる手伝いがしたい。

 謝って許されることでもないが、長谷川さんが反省してこれからは心をあらためてくれたら、少しでも報われるんじゃないだろうか。

 そう思っていた私たちの耳へ届いた言葉は、なんとも冷たい声だった。

「なんのこと? 私は確かに電話したけど、それは退職の時の引き継ぎについてちょっと確認したいことがあっただけだけど」
 
 堂々と言ってのけた長谷川さんを見た。その人は特に表情も変えずに涼しい顔をしている。

「私が罵声を浴びせた、って一体どこから貰った情報なの? 通話履歴は残ってるだろうけどあなたたちの思い込みじゃない? 証拠出してみなさいよ」

 私たちは何も答えなかった。長谷川さんの言うことはもっともだった。

 私がのぞみさんに入られた時に見た映像ってだけで、その音声はどこにも残されていない。私は強く拳をにぎりしめた。

 それでも———、ここまできてもしらばっくれるこの人に、怒りしかわかない。

「急に退職されたおかげでこっちがどんな迷惑を被ったかわかる?」

 私は静まり返ったオフィスに一人声を出した。九条さんたちがこちらを向くのがわかる。

「あーあ。そりゃあんたみたいな出来ない人間いなくなってもらったほうが助かるとはいえ」

 私がなお続けた時、ようやく長谷川さんがはっとした顔になる。ゆっくりとこちらを見上げた。

「わかる? 私がどれだけあんたに時間を奪われたか! 成長させるために必死になってきたのに、あんな簡単に辞めてどうすんのバカじゃないの?」

「な、なによ……」

「あんたみたいなの、どこに行ってもやっていけないわ。どうせまた仕事についていけなくてすぐ辞めるでしょ。もうそのまま引きこもってたら? 誰の役にも立たないし、根性もないし。どこの仕事もやれないわよ」

「な、何よ、なんなのよ!」

 狼狽えるように彼女は喚いた。私は繰り返しあの言葉たちを吐き出すことで、のぞみさんと一体化した時の悲しみが蘇ってくる。

 心が崩れそうな時、それでも歩き出していたのに、あんたはダメなんだと頭ごなしに言われた。自分は存在している価値がないんだ、って痛感してしまった。

 声が震えてくる。悲しみと怒りで目に涙が溜まっていく。あんなに幸せそうに暮らしていた拓郎さんたちはもう戻れないのだと思うと、感情が揺さぶられてならない。

 反省と謝罪。私たちはそれが欲しいだけなのに。

「すぐにわかるわよ、私が言ってる意味がね。辞めたことも後悔するわよ。ああ、あんたって母親ずっといないんだっけ。だからかもね。じゃあしょうがないか」

「突然なんなのよ気持ち悪いわね!」

 長谷川さんの顔色は青ざめていた。私が発したセリフに聞き覚えがあるはずだ、あの人自身が吐き出した言葉なのだから。

 私は涙目で強く睨みつけて言った。

「わかってるでしょう? あなたが電話でのぞみさんに言ったセリフですよ。忘れたなんて言わせないです。確かに物的証拠はないけど、私は見たんですよ。絶望に包まれて電車の中に飛び込むのぞみさん、本当は死にたいわけじゃなかったのにあなたの言葉に引きずられてしまったんだから!」

 長谷川さんは唇を震わせて私を見ていた。流れてきた涙もそのままに、私は続ける。

「最低ですよ! あの電話がなければのぞみさんは生きていた。拓郎さんだって! 失われた命は戻ってこないけど、せめてあなたがしっかり反省しなきゃ報われないのわからないの!?」

 長谷川さんは目を見開きながらこちらをただ眺めていた。その瞳の動きからやや戸惑いが生じていることがわかる。

 人の心がほんの少しでもあるのなら、ちゃんと二人に謝罪してほしい。それが、私たちができる最後の供養なのに。

 しんとしたオフィスはしばらく沈黙を流した。誰も何も声を出すことができず、時折場違いな電話の音だけが響いた。

 少し経った頃、ようやく長谷川さんが動く。目を固く閉じ、眉間に皺を寄せた。体制を整えるように座り直すと、腕を組んで俯く。

 そしてボソリと、小声で言ったのだ。
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