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オフィスに潜む狂気
悲しい終わり
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「危ない!」
ちょうどそのパソコンが九条さんに当たりそうになるも、彼は素早く避けて横を素通りしていった。するとその隙に、長谷川さんは叫びながら営業部を飛びだしたのだ。ぎゃああという声は喉が引きちぎれそうな音を出していた。
「長谷川さん! どこへいくのです!」
九条さんが追いかけたのを見て私たちも急いで続く。廊下へ出たとき見えたのは、階段の方へ向かっていく長谷川さんだった。何かから必死に逃げようとしているらしい。
「長谷川さん! 待って!」
私がそう叫んだ時だ。
ちょうど階段を降りようとした彼女のスーツを、一本の腕がぽん、と背後から押した。
それは肘から手の先までしか見えない、霊体だった。
あ、と思った時にはもう遅かった。
長谷川さんは体のバランスを崩し、そのまま大きな音を立てながら階段を落下していったのだ。
「長谷川さん!!」
私たちは慌てて階段へ駆け寄っていく。営業部の人たちも続いて人が集まった。
下を覗き込んだ時、階段の踊り場で動かなくなっている長谷川さんの姿が目に入る。床には真っ赤な血が少し流れていた。
最悪の結末が目に浮かぶ。
「救急車を呼びます!」
一番にそう声をあげたのは伊藤さんだった。ポケットからスマホを取り出して救急車に電話をかける。九条さんは素早く長谷川さんの元へ近寄り、声をかけた。
「長谷川さん!」
何も反応がない彼女の首元に手を当てる。
「息はしています、気道だけ確保しておきます、あとは動かさないように!」
人々が集まり背後で小さな悲鳴をあげていく。その中で私はただ横たわる長谷川さんを見つめるしかできなかった。
突然何か幻覚を見たように暴れ、叫び、逃げようとしたところ何者かに突き飛ばされた。あの腕は……
すると、彼女の傍にいる九条さんがこちらを見上げ、一瞬驚いたように目を見開いたのだ。
私はそれに釣られて振り返る。集まり出した人混みの一番後ろに、見慣れた顔があった。
拓郎さんだった。
彼はひとり、じっと黙って長谷川さんを見下ろしている。その頬には涙が伝っていた。悲しそうな、苦しそうな、苦痛の表情。
てっきりのぞみさんと一緒に眠ったかと思い込んでいた彼は、まだここに残っていた。
……ああ、そうか。私は理解する。
娘には復讐なんてことしてほしくなかった。安らかに眠って天国に行って欲しかったから。
でも自分自身は、愛しい娘を死に追いやった人間を許すことができなかったのか……。
その矛盾を、私は理解できると思った。
のぞみさんが眠った今、きっと拓郎さんは自分の怨恨をぶつけるためにここにいるんだ。
こんな、悲しい顔をしながら。
「ごめん、なさい……」
あなたにそんなことをさせてしまって。
本当は拓郎さんにも、のぞみさんと同じように安らかに眠って欲しかったのに。
あなたに復讐なんてことさせて、ごめんなさい。
きっと彼は最後まで待っていたんだ。長谷川さんが深く反省してくれる姿を。私たちを見守ってくれていたんだ。
なのに……結局長谷川さんは変われなかった。それに絶望し、怒り、ついに行動してしまった。きっと復讐なんてしたくないはずなのに。
私が小さな声で呟いたとき、一瞬拓郎さんがこちらを見た。涙で濡れた顔でほんの少しだけ口角を上げ、僅かに頭を下げて会釈した。そしてそのまま音もなく消えていく。
最後まで、彼の表情は悲しみで満ちていた。
病院へ救急搬送された長谷川さんは、命には別状はないとのことだった。
だが勢いよく階段から落ちたせいで脊髄損傷、今後は車椅子生活になる見通しだそうだ。
意識を取り戻した長谷川さんは酷く怯えており、時折錯乱状態にも陥るようだった。
あの日、大勢の人が一人で騒ぎながら階段を落ちる姿をみているので事件性はなし、何か幻覚を見て錯乱したのだろうという結論になった。
ただ……私たちだけは、
一人で落ちたわけではないことを知っている。
ちょうどそのパソコンが九条さんに当たりそうになるも、彼は素早く避けて横を素通りしていった。するとその隙に、長谷川さんは叫びながら営業部を飛びだしたのだ。ぎゃああという声は喉が引きちぎれそうな音を出していた。
「長谷川さん! どこへいくのです!」
九条さんが追いかけたのを見て私たちも急いで続く。廊下へ出たとき見えたのは、階段の方へ向かっていく長谷川さんだった。何かから必死に逃げようとしているらしい。
「長谷川さん! 待って!」
私がそう叫んだ時だ。
ちょうど階段を降りようとした彼女のスーツを、一本の腕がぽん、と背後から押した。
それは肘から手の先までしか見えない、霊体だった。
あ、と思った時にはもう遅かった。
長谷川さんは体のバランスを崩し、そのまま大きな音を立てながら階段を落下していったのだ。
「長谷川さん!!」
私たちは慌てて階段へ駆け寄っていく。営業部の人たちも続いて人が集まった。
下を覗き込んだ時、階段の踊り場で動かなくなっている長谷川さんの姿が目に入る。床には真っ赤な血が少し流れていた。
最悪の結末が目に浮かぶ。
「救急車を呼びます!」
一番にそう声をあげたのは伊藤さんだった。ポケットからスマホを取り出して救急車に電話をかける。九条さんは素早く長谷川さんの元へ近寄り、声をかけた。
「長谷川さん!」
何も反応がない彼女の首元に手を当てる。
「息はしています、気道だけ確保しておきます、あとは動かさないように!」
人々が集まり背後で小さな悲鳴をあげていく。その中で私はただ横たわる長谷川さんを見つめるしかできなかった。
突然何か幻覚を見たように暴れ、叫び、逃げようとしたところ何者かに突き飛ばされた。あの腕は……
すると、彼女の傍にいる九条さんがこちらを見上げ、一瞬驚いたように目を見開いたのだ。
私はそれに釣られて振り返る。集まり出した人混みの一番後ろに、見慣れた顔があった。
拓郎さんだった。
彼はひとり、じっと黙って長谷川さんを見下ろしている。その頬には涙が伝っていた。悲しそうな、苦しそうな、苦痛の表情。
てっきりのぞみさんと一緒に眠ったかと思い込んでいた彼は、まだここに残っていた。
……ああ、そうか。私は理解する。
娘には復讐なんてことしてほしくなかった。安らかに眠って天国に行って欲しかったから。
でも自分自身は、愛しい娘を死に追いやった人間を許すことができなかったのか……。
その矛盾を、私は理解できると思った。
のぞみさんが眠った今、きっと拓郎さんは自分の怨恨をぶつけるためにここにいるんだ。
こんな、悲しい顔をしながら。
「ごめん、なさい……」
あなたにそんなことをさせてしまって。
本当は拓郎さんにも、のぞみさんと同じように安らかに眠って欲しかったのに。
あなたに復讐なんてことさせて、ごめんなさい。
きっと彼は最後まで待っていたんだ。長谷川さんが深く反省してくれる姿を。私たちを見守ってくれていたんだ。
なのに……結局長谷川さんは変われなかった。それに絶望し、怒り、ついに行動してしまった。きっと復讐なんてしたくないはずなのに。
私が小さな声で呟いたとき、一瞬拓郎さんがこちらを見た。涙で濡れた顔でほんの少しだけ口角を上げ、僅かに頭を下げて会釈した。そしてそのまま音もなく消えていく。
最後まで、彼の表情は悲しみで満ちていた。
病院へ救急搬送された長谷川さんは、命には別状はないとのことだった。
だが勢いよく階段から落ちたせいで脊髄損傷、今後は車椅子生活になる見通しだそうだ。
意識を取り戻した長谷川さんは酷く怯えており、時折錯乱状態にも陥るようだった。
あの日、大勢の人が一人で騒ぎながら階段を落ちる姿をみているので事件性はなし、何か幻覚を見て錯乱したのだろうという結論になった。
ただ……私たちだけは、
一人で落ちたわけではないことを知っている。
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