視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

文字の大きさ
216 / 450
聞こえない声

ありがとう

しおりを挟む
 九条さんが話の続きを話す。

「と、いう事情をあの日、私と伊藤さんで聞いたわけです。そこでようやく私は今まで感じていた違和感の答えにも気づき、菊池正樹がとんでもない輩だと分かったわけです」

「で、私に電話をくれたってわけですか」

「残念ながら遅かったのですが」

 やや悔しそうに九条さんが呟いた。あの日のことを思い出す。丁度九条さんから電話をもらったとき、もう私は菊池さんを招き入れ告白を断ったあとだった。逆上した彼に気を失わされ運び出された、というわけだ。

 私が言葉を発する前に、九条さんが説明を続ける。

「電話で光さんに何かあったのは明白でした。私も伊藤さんも戸惑い正直パニック状態でした。警察に電話し私たちもすぐに事務所へ戻りましたが、案の定あなた方の姿はもうなかった」

「すれ違いだったんでしょうね……」

 九条さんは思い出すようにやや険しい表情で前を向き話す。普段より声も僅かに低いように感じた。

「常識的に考えて菊池正樹が普段住んでるアパートに連れ帰ってる可能性は低い。ではどこに連れて行かれたのか。なんの手がかりもなくただ焦りで混乱しているところに、二つの存在が現れました」

「……え?」

 九条さんがゆっくりとこちらを向く。綺麗なガラス玉のような瞳が揺れた。

「首なしと大福です」

「…………」

「首なしは無言で立ったまま、ある方向を指さしていた。もしやと思いそちらに足を運んでみると、今度は勢いよく大福が走り出したのです。もうそれしか信じるものがない我々は、大福のあとを追ってあの場所にたどり着いたんです」

「大福と、弥生さんが……?」

 不思議に思っていた。菊池さんが普段住んでいるのとは違ったアパートに九条さんたちが時間もかからずにたどり着けたことが。だがようやく答えがわかった。

 弥生さんと大福に、私は生かされたのか……。

 付け加えるように九条さんが言った。

「それに菊池も言っていましたが、玄関の鍵は掛けたはずと。でも私たちが到着したとき鍵は開いていました。掛け忘れたと結論づけるのは簡単ですが、私はそれよりももっと不思議な力が関わっていたと考える方が納得がいきます」

 ようやく事件の全容を知り、一つだけ長い息を吐いた。

 全てを理解した。たった一人の頭の狂った男に振り回されただけの調査。嘘にまみれ、嘘を重ねたあの人は一体なぜあんなふうになったんだろう。

 菊池さんの嘘さえなければなんて簡単なこと。弥生さんは自分を殺した人物、そして自分の首が保管されている場所に愛犬と共に現れていただけ。

「……弥生さんは、私に警告してくれてたんでしょうね……」

 私の部屋や事務所に出てきたのはてっきり、調査が進まないことに対する催促かと思っていた。でも今思えば違う、彼女はただ菊池さんに気をつけてと言いたかったのだ。そして私の命も助けてくれた。

 声が出ないので中々伝わらなかった。首のない姿で必死に訴えてくれていたのに。

 私の囁きをきき、目の前に座る須藤さんがとうとうポロポロと涙を溢れさせた。それは次から次へと頬をつたいそのまま膝へと零れ落ちる。肩を震わせ、須藤さんは嗚咽を漏らす。

「どうして、お姉ちゃんがあんなことに……! 私、これで、とうとう一人ぼっちになってしまったっ……。しかも、死んだ後も首を切られるだなんて、そんなこと。何をしたって言うの? お姉ちゃんは私のたった一人の家族だったのに……!」

 あまりに悲しい響きだけが事務所に籠る。私たちは何も言えず彼女を見つめた。小さな体を震わせながら涙するこの人を励ます言葉なんて、今はこの世のどこにも存在しない。

 なんの罪もないのに大切な人を奪われた悲しみは、どう努力しても第三者がすぐに癒せるわけがない。

 どんどんこぼれ落ちる涙を眺めながら、私は小さく言った。

「須藤さん。ご存じかもしれませんが、私は霊の姿を見ることができます、時にはその霊の思考を読み取ることも」

「は、はい……」

「お姉さまはお話ができない状態でしたが、それでも弥生さんの気持ちは感じ取れました。
 菊池さんへの恨みや怒りより、ただ大事な人の元へ帰りたい……その気持ちが弥生さんの全てでした」

 須藤さんの涙が一瞬止まる。真っ赤になった鼻もそのままに、私を見た。

 ゆっくり微笑んでみせる。

「あなたですよね、須藤さん。妹であるあなたの元に帰りたいって、ずっとずっと願っていたみたいです」

 一度だけ入られたとき、首を切られる瞬間の気持ちがシンクロした。たった一人の大事な人にもう一度だけ会いたい、そんな心で弥生さんはいっぱいだった。

 間違いなくその相手は須藤さんだ。一緒に暮らしてきた大事な妹、きっと彼女に会いたくて仕方なかったんだ。

 止まった涙は再び溢れ出し、彼女は大きな声を出して泣いた。

 私たちはそのまま見守った。

 そうか、弥生さんは妹である須藤さんをあんなに大事に思っていたのか。きっと想像以上の絆が二人の間にはある。それを引き裂いたあの男には怒りを通り越えて言葉にできない感情が沸き出るが、もはやぶつけることもできない。

 弥生さんは亡くなってしまった。須藤さんにとってはそれが全て。

 耐え難い苦しみで私には想像もつかない。病気などとはまた違う、誰かに奪われたという真実。

 そのまま誰も言葉を発することなく彼女の泣き声だけが響いてる中、ふと気がつくと九条さんがある一点を見つめていた。事務所の出入り口のようだった。

 私は釣られてそちらへ視線を向ける。その瞬間どきりと自分の心臓が鳴った。

 長い黒髪の女性が立っていた。紺色のワンピースに白い肌、大人しそうな垂れ目に目元のホクロが印象的だった。優しく微笑んだ女性は、腕にふわふわのポメラニアンを抱いていた。白い犬は舌を出して笑っているようにしてこちらを見ている。

「 ! 」

 彼女はゆっくりこちらに足音もなく歩み寄ってくる。未だ泣いている須藤さんの隣に立った。温かい目でじっと須藤さんを見ている。そして幸せそうに笑うと、その目から一つだけ涙をこぼした。

 私は言葉もなく、その人に見入っていた。とても美しい人だと思った。美人だとかそういう言葉ではなく、優しさが詰まっているような包容力のある人だ。首のない状態では恐怖心があったが、こうしてみれば敵意も悪意も何もない、優しい霊だった。

 泣いた弥生さんの頬を、大福がぺろりと舐めて涙を拭き取った。弥生さんはくすぐったそうに笑う。そして私たちの方に向き直った。

 彼女は私たち三人の顔をしっかり順に見ていくと、ゆっくりと頭を下げた。ありがとうございます、と言っているようだった。私の目からも涙がこぼれたがそのままに必死に答える。

 お礼を言うのはこっちです、助けてくれてありがとう。私の命があるのは弥生さんのおかげです。

 あなたがいてくれなければきっと私はこの世にいない。散々警告してくれたのに気づけなくてごめんなさい、どうか安らかに。

 顔をあげた弥生さんは笑った。そして最後に今一度泣いている須藤さんを見、その頭に片手を置いた。ふわりと頭を撫でるように腕を動かしながら、彼女は大福と共に消えた。

 温かな空気が残っている気がした。優しさと愛しさでできた空気。


しおりを挟む
感想 53

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。