視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

文字の大きさ
231 / 450
家族の一員

すぐに出発

しおりを挟む

 私のそばで横たわっている人形を九条さんは躊躇いなく掴むと、そのまま寝室を出た。私もベッドから出て慌てて追いかける。

 リビングに戻ってみると、テーブルの上に空っぽの紙袋だけが置いてあった。私と九条さんは愕然としてそれをみる。手に持った人形をじっと見つめてため息をついた。

「全く気づきませんでした……一体いつ光さんの元へ」

「わた、私も朝方まで寝れなかったんです。少しだけ眠れたと思ったら、そのちょっとした間にいつのまにか」

「気を強く持ってください。分かってはいましたが、あなたはかなり気に入られてしまった。寺にまでいけば安心なので、それまで喰われないように」

 喰われない、の言葉に自然と背筋が伸びた。ぐっと顎を引いて姿勢を正す。一体なぜ私が、という疑問が浮かぶがそれは愚問だ。こういうのは大概相性なのだ。

 九条さんは人形をそのまま紙袋に突っ込んだ。

「すぐに出ましょう」

「は、はい。あの、歯磨きだけ」

「あなた歯ブラシ持ってきてるんですか」

「…………」

「あいにく今ストックもないので我慢してください。寺に人形を任せたらもう自由なので。すぐに行きましょう」

 私は素直に頷いた。確かにこれは歯磨きしてる場合でもないな。もう細かいことは気にしてられない。九条さんはいつものように後頭部が寝癖で跳ねていた。

 時計を見ればまだ朝の六時だった。が、外はそこそこ明るくなってきている。これなら運転も夜よりは安心だ。

 私たちはすぐにマンションを出た。紙袋に入れられた人形は、無駄だと思うがバスタオルできつく包んでおいた。それを後部座席に間違いなく乗せると、私は助手席に座り込む。冷え切っている車のシートがぶるると寒気を誘った。震える体をそのままにシートベルトをしっかり締める。

 九条さんはいつもより増して慎重に車を発車させた。どこか厳しい表情の横顔が彼の緊張感を表している。

 私も気を抜かないように前を向く。とにかく私にできることといえば入られないようにしないと。マイナス思考は絶対避けなきゃ。

 しばらく車をすすめるとようやく暖房が効いてきて車内が暖かくなってきた。朝早いため、道も比較的空いている。車は何の障害もなく進んでいく。

「大丈夫ですか」

 突然声を出したのは九条さんの方だった。私は頷いてみせる。

「はい、今のところ何の異変もないです」

「朝の話ですが。声が聞こえた、と言っていましたね」

「ええ、夢の中って感じでしたけど」

「具体的にどのような」

 私は今朝のことを思い出す。首を傾げながら一つずつ説明した。

「声の主は……幼い子供って感じでしたね。聞こえた声は一つです」

「幼い子供……」

「何を言ってるのかはほとんど聞き取れなくて。ただ最後に言ったのは、「私の新しい家族だよね」です」

「新しい家族」

 ハンドルを握ったまま九条さんは繰り返した。考えるように眉を顰めるが、すぐに困ったように言う。

「なんせ今回は予想外のことだらけで。何も分かりませんね、藤原さんから詳細も聞いていない」

「そうですよね、藤原さんは不運が続くとか体調悪い、という漠然とした話しかしてないですしね、具体的に一体どうなったんだろう」

「はあ……とんでもないことになったもんです」

 車は法定速度を守りながら空いている道をどんどん走っていく。何度か振り返り、後部座席を観察した。人形を包んだバスタオルは何の異変もなく静かにそこに置いてある。

「まあ、麗香さんもあのお寺ならいいって言ってたし、間違いないですよね。そこにさえ着けば」

「ええ。とにかく到着さえすればこっちのものです。あの人形が逃げ出したりしなければいいんですけど」

「やめてくださいよもう……」

 人形が一人でに歩き出す姿を想像してしまいげんなりする。ぶるぶると首をふった、だから気分が落ちるようなこと考えちゃダメなんだって。

 時折九条さんと会話を交わしつつ、車はどんどん進んでいく。事故に巻き込まれるだとか、道が工事中で進めないだとか、そんな王道な展開は一切なかった。順調に目的地まで近づいていく。

 一時間以上かかると言っていたお寺は、早朝で道が空いていたためか、それよりも早く辿り着きそうだった。ナビの地図を見てみると、目的地はもうすぐそばまで迫ってきている。最後まで気が抜けないが、私は少しだけ安心した。

 目の前に少し古びた看板が目に入る。雨風による汚れで薄汚れたものだ。『法閣寺 この道左へ』と書かれていた。

 その通りに左折すると、それらしきものが視界に入ってきた。

 テレビでも少しだけ見た、人形の供養を中心に行っている有名なお寺。そこそこの広さがありそうだった。多くの木で囲まれた駐車場に車を入れていく。もちろん周りはまだガラガラだ。あまり舗装されていない凸凹な地面に駐車し、九条さんはエンジンを切った。

 私はシートベルトを外し息を吐く。

「普通に辿り着きましたね……! 私もっと色々障害があるのかと」

「分かりませんよ、バスタオルで巻いたあの人形が姿を消しているかも」

「……ありえるから笑えない」

 私たちは車から出て地面に足を下ろす。寒さで自然と肩をすくませた。九条さんは後部座席のドアを開き、例のものをそっと持ち出す。

 しっかり固定してあったタオルを取った時、彼は意外そうに言った。

「大人しくしてたみたいですね。ちゃんとあります」

「ほっ……」

「行きましょう。あとは住職に話をつけるだけです」

 紙袋に入れられた人形をしっかり両手で抱くと、九条さんが足早に歩き出した。私もそれに続いていく。

 砂利道を踏み締めて道を進んだ。二人の足音だけが辺りに響く。

 空は明るくなっていた。曇りがかった白い空がすぐ上に存在している。寒さに肩をすくめながら、私たちは目的地を目指していた。

 寺はやはりかなりの大きさだった。境内に向かって二人どんどん歩いていると、先の方に人が立っているのに気がつく。九条さんと二人顔を見合わせる。目を凝らしてみると、どうやら掃き掃除をしている僧侶のようだった。箒を持って黙々と落ち葉を掃いている。

 私たちはその人に向かって歩いて行った。相手もこちらに気づいたようで、私たちを見て掃除の手を止める。九条さんが彼に声をかけた。

「朝早くすみません」

「いいえ、どうされましたか」

「人形の供養をお願いしたいのです。曰くのあるものなので、住職に直接お会いしたいのですが」

 九条さんは未だ両手で紙袋を抱いている。僧侶はそこに視線をおろした。と、同時に、彼は困ったように頭を下げたのだ。

「申し訳ありません、今人形の供養は受け付けておりません」

「なんですって?」

 九条さんが目を丸くする。予想外の答えに私も驚きで声を出した。

「え、ど、どうしてですか!? 困ります、とても私たちの手に負えるものではないんです!」

 僧侶は眉を下げながら答える。

「申し訳ございません、実は今住職は病気で入院中でして。普通の人形の供養は受け付けておりますが、曰くのあるものはお断りさせて頂いてるんです。そういうものはやはり住職がいませんと」

 ここを目指してきたと言うのに、なんということか。私は目の前が真っ暗になった。

 果たしてこれは偶然なのか。私は九条さんの抱く白い紙袋を見つめた。顔の見えないあの市松人形が微笑んでいる気がしてゾッとする。


しおりを挟む
感想 53

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。